The Long View with Alex Rosenfield, Urban Jürgensen
復活した名門、ウルバン・ヤーゲンセンの新たな挑戦を語る
CEOアレックス・ローゼンフィールド・インタビュー
2025年6月、約5年の準備期間を経て華々しい復活を遂げたウルバン・ヤーゲンセン。カリ・ヴティライネンをはじめとする名時計師たちの技術を結集し、発表した3つの新作は時計界に鮮烈な印象を残した。なかでも〈UJ-2〉は、2025年のGPHGでメンズウォッチ賞を受賞。その復活劇を主導したのが、時計業界の外からやってきた若きCEO、アレックス・ローゼンフィールドだ。253年の歴史を持つ名門の伝統をいかに守り、次世代へとつないでいくのか。復活から1年を経た今、彼が語るブランドの哲学と未来への構想に迫る。
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by Tracey Llewellyn. Oct 8, 2026 |
名門の名を守り、未来を切り拓く
2025年6月、ウルバン・ヤーゲンセンが復活を遂げたとき、そこに控えめな姿勢は微塵もなかった。数年間の沈黙を経ての再始動だけに、まずは1本の新作、あるいは限定モデルを発表するという慎重な選択肢もあったはずだ。しかし実際には、3つの新モデル、計9つのリファレンスを一挙に発表。
ブランドのビジュアルアイデンティティも刷新し、ロサンゼルスでは華々しいローンチイベントを開催した。これほど周到に準備された復活劇は異例であり、ローゼンフィールド親子が単なるブランドの再生にとどまらない、壮大な構想を描いていることを印象づけた。
父アンドリュー・ローゼンフィールド、そしてカリ・ヴティライネンとともに、約5年にわたってこのプロジェクトに取り組んできた息子アレックス・ローゼンフィールドにとって、突然のように見えた復活は、決してそうではなかった。
アレックスはいう。
「ロサンゼルスでの発表が、まるで8年も前の出来事のように感じられる一方で、ほんの8週間前のことのようにも思えるんです。それほど、この間に多くのことが起こりました」
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▲ウルバン・ヤーゲンセンのCEO、アレックス・ローゼンフィールド。
Revolutionではこれまで、ウルバン・ヤーゲンセンの時計と、その背景にある歴史について詳しく紹介してきた。ブランドの起源は1773年のコペンハーゲンに遡る。ヨルゲン・ヨルゲンセンが創業した時計事業を、息子のウルバンが発展させ、デンマークを代表する時計メーカーのひとつへと成長させたのだ。
時代が大きく下った1970年代には、ピーター・バンバーガーとデレク・プラットがブランドの新たな歴史を切り拓いた。この時代に製作された時計の数々は、今日、独立時計師による作品のなかでも、とりわけ高い評価を受けている。その後、幾度かのオーナー交代を経て、2021年にローゼンフィールド家がブランドを取得した。
新体制の中心人物となったのが、株主であり共同CEOにも就任したカリ・ヴティライネンだ。現在はシニア・ストラテジック・アドバイザーを務める彼のもと、ブランドの目指す方向性を明確に示す3つの新作が誕生した。
〈UJ-1〉は、デレク・プラットが手がけた名作「オーバル」懐中時計を腕時計として再解釈したモデルで、トゥールビヨン、ルモントワール・デガリテ、デッドビートセコンドを搭載する。
一方、〈UJ-2〉は、シンプルかつエレガントな時刻表示のみの時計に、ヴティライネン独自の解釈によるダブルホイール・ナチュラル・エスケープメントを採用したモデルだ。
そして、アンドレアス・シュトレーラーとの共同開発によって誕生した〈UJ-3〉には、永久カレンダーと瞬時に切り替わるムーンフェイズが搭載されている。
このように、ウルバン・ヤーゲンセンがどのような時計を生み出しているのかについては、すでに多くが語られてきた。しかし、ブランドをこれからどこへ導こうとしているのか。その舵取りを担う人物については、まだ十分に知られていない。
▲左から:ウルバン・ヤーゲンセン〈UJ-1〉、〈UJ-2〉、〈UJ-3〉
アレックス・ローゼンフィールド自身は時計師ではなく、そう名乗ったこともない。彼はビジネスとファッションの世界で経験を積み、スイスの時計業界とは異なる分野からウルバン・ヤーゲンセンに加わった人物だ。
時計製作に関する専門知識と技術をもたらしたのは、カリ・ヴティライネンである。一方、ローゼンフィールドが担ったのは、ブランドの将来像を描き、そのアイデンティティを明確にすることだった。
アレックスはいう。
「父も私も、時計師の真似事をするつもりはありません。技術的なことに口を出すこともありません。その部分については、完全にカリを信頼し、彼に任せていました」

▲2025年にロサンゼルスで開催されたウルバン・ヤーゲンセンのローンチイベントにて。父アンドリュー(アンディ)・ローゼンフィールドと息子アレックス・ローゼンフィールド。
こうした話を聞くと、ローゼンフィールド親子は資金を提供し、時計製作そのものは専門家に任せているだけのように思えるかもしれない。しかし、アレックスの役割はそれほど単純ではない。
ウルバン・ヤーゲンセンは、異なる時計師の視点を意図的に取り入れようとしている。そしてアレックスは、そうした多様な才能による作品が、最終的には誰の目にもウルバン・ヤーゲンセンとわかる、一貫した世界観が重要だと考えている。
アレックスは語る。
「私の役割は、ブランドとしての一貫性を生み出し、ウルバン・ヤーゲンセンが受け継いできた伝統と、その未来を守ることだと考えています。異なる作り手が、それぞれの個性を発揮して時計を生み出すことは構いません。しかし、そこにはブランドとしての連続性がなければならないのです」
これは時計業界においても、少し珍しいアプローチだ。ウルバン・ヤーゲンセンは、業界屈指の時計師や設計者たちとの協業を目指している。ただし、それぞれの時計が単発のコラボレーション作品に見えてしまうことは避けたいという。
ヴティライネンは現在もブランドに深く関わり、すでに次なる作品の開発を進めている。しかし、製作に携わるのは彼だけではない。プロジェクトの初期段階から、ほかにも複数の時計師が参加しているという。ただし、ローゼンフィールドはまだ、その名前を明かす段階ではないと考えている。
彼が重視するのは、時計を生み出した人物が正しく評価されること。そして、ブランドが成長しても、作り手と作品との結びつきが失われないことだ。
アレックスはいう。
「あるものが、誰の思考や経験、視点、哲学によって生み出されたのかを理解すると、その作品はより豊かで、意味深いものになります。例えば、フィリップ・デュフォーの考え方を理解すれば、それがどのように〈シンプリシティ〉という時計に結実したのかが見えてきます。独立時計師の作品には、そうした作り手とのつながりがあるのです」
ウルバン・ヤーゲンセンが目指しているのは、作り手と時計の間にある親密な関係を維持しながら、特定の個人に依存することなく存続できるブランドを築くことだ。
個々の時計には、それを生み出した時計師の個性が表れていてもいい。しかし同時に、253年の歴史を持つウルバン・ヤーゲンセンの作品として、確かな一貫性を備えていなければならない。
アレックスは、ウルバン・ヤーゲンセンを独立時計師と伝統的な時計メゾンの中間に位置する存在だと考えている。この考え方は、ブランドの復活に際して、単独のモデルではなく、3つのモデルからなるコレクションを発表した理由にもつながっている。
もし新作が1本だけだったなら、一度限りのプロジェクトと受け取られていたかもしれない。しかし3つのモデルを同時に発表することで、ブランド独自のデザイン言語や技術力、そして長期的な構想を示すことができたのだ。
「第一印象を与えるチャンスは一度しかありません。そして、最も多くの注目を集められる瞬間も、たった一度です。時計が1本だけでは、私たちの野心や目標、そして美意識を理解してもらうことは非常に難しいのです」
発表に向けた計画を立てるうえで、重要な手本となったのが、1994年のA.ランゲ&ゾーネの復活だった。ドイツの名門マニュファクチュールは、この年、4つのモデルを同時に発表。それぞれの時計が、新生ブランドの全体像を形づくる役割を担っていた。
ウルバン・ヤーゲンセンもまた、同様の構想のもとで復活を計画した。時計製作に対する独自の視点を打ち出しながら、品質とクラフツマンシップへの揺るぎないこだわりを示すことで、ブランドが最終的に何を目指しているのかを印象づけようとしたのである。
新作の開発は、徹底した秘密主義のもとで進められた。
2020年にブランドの買収交渉が始まり、翌2021年に買収が完了した時点では、発表時期すら決まっていなかった。時計が完成し、発表できる状態になったとヴティライネンが判断したときこそが、そのタイミングだったのだ。
一時は、2023年のブランド創業250周年を記念して、チャリティーオークション「オンリーウォッチ」のために特別な時計を製作するという案もヴティライネンから出された。しかし、ローゼンフィールドとそのパートナーたちは、新時代の幕開けには、もっと大きなインパクトが必要だと判断した。
開発中の情報を管理したことで、時計そのものだけでなく、ビジュアル、映像、そしてブランドの哲学までを、ひとつの完成された世界観として同時に披露することができた。
アレックスは語る。
「ひとつひとつを切り離して見れば、いくらでも批評することはできます。しかし、すべてをひとつの全体像として捉えれば、そこに込められたビジョンが見えてきます。私たちは、ブランドの世界観を構築することについて、非常に多くの時間を費やしています。人々の心に何かを感じてもらうためには、十分な広がりと奥行きを持った世界を提示する必要があるのです」

ビジョンを実現するための組織づくり
華々しい復活を遂げた昨年の発表会と比べると、この1年間のウルバン・ヤーゲンセンの動きは、比較的控えめなものだった。しかし、その舞台裏では、着実に組織の強化が進められている。
サプライチェーンの整備をはじめ、設計者や時計師の増員、さらには装飾工程の内製化など、実務面での基盤づくりに力が注がれてきた。現在では、アングラージュ(面取り装飾)も自社で行っているという。
開発過程では、職人の手仕事に依存する時計製作の難しさも浮き彫りになった。パンデミックの最中には、ひげゼンマイの供給不足によって試作品の製作が遅延。その後も、ダブルバランスの間に配置されるルビーの加工を担当していた専門職人が、スキー中に肘を負傷し、生産能力が半減するという事態に見舞われた。
こうした問題は、部品メーカーに納期を早めるよう要求すれば解決するというものではない。
アレックスはいう。
「私たちは、これからも彼らと仕事を続けていきたいと考えています。しかし同時に、代替手段や複数の調達先を確保し、十分に安定したサプライチェーンを構築する必要があるのです」
当初、チームは驚くほど少人数だった。時計師であり、カリ・ヴティライネンの娘でもあるヴェンラ・ヴティライネンは、最初はアフターサービスを担当し、その後COO(最高執行責任者)に就任。現在はウルバン・ヤーゲンセンを離れ、父が率いるヴティライネンで、より密接に仕事をするようになった。
また、スイスにおける時計製造部門の統括にはベルトラン・サヴァリーが加わった。エリザベス・パンがCMO(最高マーケティング責任者)として参画したのは、ジュネーブでのプレス向け内覧会を終え、アレックス自身が冗談交じりに「精神的に限界を迎えていた」と振り返る時期だったという。
さらに、アレックスの兄弟であるジェイク・ローゼンフィールドがCFO(最高財務責任者)に就任。CCO(最高商務責任者)のジョセフ・D・カルッチが加わったのは、一般向けの正式発表のわずか1週間前だった。
「飛行機を飛ばしながら、同時に組み立てているような状態でした」と彼は振り返る。
もっとも、これはローゼンフィールド家にとって、ウルバン・ヤーゲンセンがそれまで単なる趣味の延長にすぎず、最近になってようやく本格的な事業になったという意味ではない。アレックスによれば、ブランドへの強い思いと覚悟は、最初から変わっていないという。
現在との違いは、仕事を分担できる仲間が増えたこと、そして発表に伴う重圧から解放され、将来についてじっくり考える時間が生まれたことだ。
「実は、今のほうがずっと仕事を楽しんでいるんです」と彼は笑う。「仲間が増え、やるべきことも増えましたが、時間にも余裕ができました」
その時間は、今後10年にも及ぶ製品開発計画のために使われている。現在開発中の時計のなかには、完成までに8年を要する可能性があるものも含まれているという。
ただし、ローゼンフィールドは、年が変わったからという理由だけで新作を発表するつもりはない。
アレックスは語る。
「時計とは、本来、非常に長い年月にわたって使われるものです。何年にもわたってその魅力を語り続けられるような、普遍的な価値を備えていなければ、何世代にもわたって受け継がれることはないでしょう。時計を次々と買い替えるものとして捉えたり、常に新しさばかりを追い求めたりすることは、時計の本質に反しているのです」
コレクターとしての感性
アレックス・ローゼンフィールドにとって、ウルバン・ヤーゲンセンの本質は、その革新の精神にある。ただし、単に目新しさを追求することには意味がないと考えている。
その好例として彼が挙げるのが〈UJ-2〉だ。高度に洗練されたナチュラル・エスケープメントを搭載しながら、伝統的なブリッジ構造や手作業による仕上げ、そしてブランドの歴史に敬意を払ったデザインによって、その革新性を表現している。
アレックスはいう。
「私たちは、技術的に新しく革新的なものを生み出したとき、それをいかに伝統的な技法によって表現できるかを考えます。私たちが協働する優れた時計師たちは、何かしら新しい価値を生み出せると確信できるムーブメントしか作りたがりません。すでに存在するものを無難に焼き直すだけでは、彼らの創作意欲をかき立てることはできないのです」

▲〈UJ-2〉は直径39mmのケースを採用し、ダブルホイール・ナチュラル・エスケープメントを備えたムーブメントを搭載する。
こうした時計づくりには、ローゼンフィールド親子自身のコレクターとしての感性が大きく影響している。新作の企画において、価格帯や複雑機構の種類を一定のパターンに当てはめるようなことはしない。
むしろ、チームが重視するのは、もっと個人的な問いかけだ。自分たちが身に着けたい時計とは何か。既存のコレクションに欠けているものは何か。そして、技術的な面白さだけでなく、感情にも訴えかける複雑機構とはどのようなものか。
アレックスはいう。
「私たちは、どちらかといえばコレクターのような発想で時計を考えています。この世にどんな時計があってほしいのか。自分たちの腕に、どんな時計を着けたいのか。そうしたことを考えるのです」
自分たち自身の欲求や興味を出発点とすることで、技術的に優れているだけでなく、人の心を動かす時計を生み出すことができるという。
従来のビジネスの常識に縛られる必要がなかったことも、大きな利点だった。新体制がスタートした当初、ウルバン・ヤーゲンセンには、どれほどの売上を見込むべきか、時計を見た人のうち何人が購入に至るのか、あるいは顧客が購入を決断するまでにどれほどの時間を要するのかといったことについて、あらかじめ決められた想定はほとんどなかった。
重視したのは、優れた品質の時計を作ること、そして顧客と明確なコミュニケーションを図ることだった。販売本数や購入率といった一般的な経営指標についても、固定的な目標は設けていなかった。
アレックス・ローゼンフィールドによれば、もし最初からそうした数字を細かく設定していたら、自分たちの独自性には適さない指標にとらわれ、数字を基準に経営判断を下すようになっていたかもしれないという。
もっとも、だからといって、この1年間で得られた教訓を無視しているわけではない。
例えば、〈UJ-2〉には4つのバリエーションが用意されているが、顧客にとって、そのなかから1本を選ぶことが予想以上に難しいとわかった。
〈UJ-1〉の3つのバリエーションでは、多くの購入希望者がすぐにお気に入りを見つけるという。ところが、〈UJ-2〉の場合は、4つの候補から2つに絞り込んだところで迷い始め、数カ月経っても決められない顧客が少なくない。
こうした経験を踏まえ、今後はそれぞれのバリエーションの違いを、より明確に打ち出していくことになりそうだ。

▲〈UJ-1〉のトゥールビヨンとルモントワールのキャリッジは、伝統的な手仕上げと独立時計師が受け継いできた技術を体現する傑作だ。
とりわけ文字盤の開発では、コンピューターによるレンダリング画像に頼るのではなく、実物の試作品を使った試行錯誤を重ねている。
「実際の文字盤を手に取り、それぞれの要素がどのように調和しているのかを確かめてみなければ、感覚的に心に響くものかどうかはわからないのです」とアレックスは主張する。
コミュニティを築く
ウルバン・ヤーゲンセンは、顧客とのコミュニケーションについても、さまざまな手法を試してきた。有料のSNS広告では、すでにキャンペーンを目にしたことのある人々に、同じ広告を再び見せても効果はほとんど得られなかったという。
一方、メディアを通じた情報発信やイベントの開催、購入を検討している顧客と直接時間を過ごすことは、はるかに効果的だった。
この経験は、オーディエンスの規模よりも、ブランドに対する関心の深さこそが重要だという考えを裏付けるものとなった。
アレックスはいう。
「SNSのフォロワー数が増えること自体に、私たちは価値を感じていません。それよりも、一人ひとりの人生にとって意味のある存在となり、心に響くことのほうが、ずっと価値があるのです」
アレックスがウルバン・ヤーゲンセンに抱く構想は、現在、その時計を購入できる限られた富裕層だけを対象としたものではない。
〈UJ-2〉の価格は約14万米ドルから。現時点で購入できる顧客層が極めて限られていることは確かだ。しかし彼は、時計が持つ独自性を損なうことなく、より幅広い人々にブランドの魅力を届ける方法を、すでに考え始めている。
アレックスは語る。
「私たちは、人々の想像力や人生のなかに、非常に長く残り続ける何かを築こうとしています。それが購入につながることもあれば、そうならないこともあるでしょう。しかし、時計に込められた細やかな配慮や職人技、愛情、そして手仕事には、たとえその時計を所有することがなくても、人の心に深く響くものがあるはずです」
目指しているのは、顧客とのあらゆる接点を販売機会と捉えるのではなく、ブランドを中心としたコミュニティを築くことだ。そうした意味で、この1年間は、アレックス・ローゼンフィールドにとって時計業界の思いがけない一面を知る機会にもなった。
ファッション業界での経験から、彼はもっと閉鎖的で、互いに距離を置くような環境を想像していた。しかし実際には、時計師やコレクター、ジャーナリスト、さらには競合ブランドの関係者までもが、惜しみなく助言を与え、人を紹介し、励ましてくれたという。
ジュネーブで初めてプレス向けのプレゼンテーションを行う前には、ヴティライネンが「ずっとそばにいるから」と声をかけてくれた。さらに、Revolutionの創設者ウェイ・コーは、わざわざ予定を変更して駆けつけ、時計コレクターでありマセナ・ラボの創設者でもあるウィリアム・マセナも、応援のために姿を見せた。
そして2025年、ジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリ(GPHG)で、再び同じような興奮と驚きを味わうことになる。
ブランドの再始動からわずか5カ月後、〈UJ-2〉がメンズウォッチ賞を受賞したのだ。
アレックス・ローゼンフィールドは、受賞するとはまったく予想せずに授賞式に出席していた。それどころか、本人が認めるように、授賞式がどのように進行するのかさえ、ほとんど理解していなかったという。
ウルバン・ヤーゲンセンの名前が読み上げられたときも、何をすべきかわからず、隣に座っていた経験豊富な出席者から「今こそ立ち上がってステージに向かうときだ」と教えられたほどだった。
アレックスは語る。
「とても感動的な瞬間でした。自分がこのコミュニティの一員になり、温かく迎え入れられたのだと感じたからです。私たちが取り組んできたことを認めてもらえた。そして、そこに注いできたすべての努力を評価してもらえた。それが何よりもうれしかったのです」

▲〈UJ-2〉でGPHGのメンズウォッチ賞を受賞したアレックス・ローゼンフィールド(左)とカリ・ヴティライネン。
3つの新作のなかで、ローゼンフィールドが時計業界から最も高く評価されることを望んでいたのが〈UJ-2〉だった。〈UJ-1〉のほうが希少性は高く、機構も複雑だ。しかし、時刻表示のみに機能を絞った〈UJ-2〉こそ、ブランドが目指す未来を最も明確に示すモデルだと彼は考えている。
アレックスはいう。
「ウルバン・ヤーゲンセンがこれから進む方向性を最もよく表している時計はどれかと聞かれれば、私は〈UJ-2〉だと答えます。この時計こそ、私たちが取り組んでいることの核心なのです」
もっとも、GPHGの受賞によって、次の新作発表に向けたプレッシャーが増したわけではない。受賞はもちろん喜ばしい出来事だったが、それによってブランドの仕事の進め方や、目指す方向性が変わることはなかったとアレックスは語る。
今後、より大きな変化が現れるまでには、まだ時間がかかるだろう。そのひとつとして考えられているのが、より手の届きやすい価格帯のモデルの投入だ。もっとも、このブランドにおける「手の届きやすさ」は、あくまでも相対的な意味である。
アレックスが視野に入れているのは、10万米ドルを下回る価格帯だ。現在のコレクションと比べれば大幅な価格の引き下げとなるが、それでも決して誰もが購入できる時計になるわけではない。
さらに彼は、女性やヴィンテージのウルバン・ヤーゲンセンのコレクターに向けて、より小径のモデルも構想している。こうした新たな可能性を模索することで、高級時計の世界において、常に時代の一歩先を行くブランドであろうとしているのだ。

▲2025年GPHG(ジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリ)の受賞者たち。
世代を超えて受け継がれるブランドへ
最初にウルバン・ヤーゲンセンの時計を購入した顧客層は、アレックスが予想していた以上に幅広いものだった。彼の推測では、購入者の70〜80%は熱心な時計コレクターだという。しかし、それ以外にも、独立時計師の作品ではなく、カルティエやパテック フィリップ、ロレックス、オーデマ ピゲといったブランドの時計を購入してきた人々が、ウルバン・ヤーゲンセンに関心を寄せている。
地域的な偏りも特に見られず、顧客はアメリカ、ヨーロッパ、アジア、メキシコ、中東など、世界各地に広がっている。
アレックスによれば、ブランドを知るきっかけは、誰かが腕に着けている時計を目にし、それについて尋ねることなのだという。
そんなウルバン・ヤーゲンセンの時計を着用する人物のなかでも、ひときわ注目を集めるのが、俳優のティモシー・シャラメだ。シャラメが初めてブランドを知ったのは、2025年の正式発表の少し前。共通の友人を通じて紹介されたという。
当初、シャラメとアレックスの面会は、わずか10分程度の予定だったという。しかし、俳優がデレク・プラットやダブルホイール・エスケープメント、ブランドの歴史、さらには書体の開発に至るまで次々と質問をしたことで、会話は2時間近くにも及んだ。

▲ウルバン・ヤーゲンセン〈UJ-1〉は、デレク・プラットが考案したトゥールビヨンと、キャリッジに搭載されたルモントワールを腕時計として再現したモデルだ。
その後、シャラメはウルバン・ヤーゲンセンの少数株主となった。しかし、両者の関係は、ブランドアンバサダー契約ではなかった。アレックスが注目したのは、シャラメが広告キャンペーンの顔として登場することではなく、ブランドのクリエイティブな活動に自ら参加したいという意欲を持っていることだった。
アレックスはいう。
「シャラメが魅力を感じたのは、企業の広告塔になることではなく、その企業の一員になることでした。彼のもとには、広告塔やブランドの顔になってほしいというオファーが数多く寄せられています。しかし、私たちがお互いに求めていたのは、そういう関係ではなかったのです」
世代の異なるメンバーが集まっていることも、ブランドにとって大きな強みとなっている。
アンドリュー・ローゼンフィールドはカリ・ヴティライネンよりひと世代年上であり、ヴティライネンはアレックスよりもひと世代上。そしてアレックスは、シャラメよりも年上だ。
こうした世代の違いによって、それぞれがモノの価値やメディア、コレクションという行為に対して、独自の視点を持ち寄ることができる。
例えばシャラメにも、時計についてのアイデアがあるという。しかし、彼のプロジェクトへの参加に関して、具体的な製品や開発期限が決められているわけではない。
こうした姿勢は、新生ウルバン・ヤーゲンセンの哲学そのものを映し出している。最初からすべてを決めてしまうのではなく、自然な流れを大切にしながら、そこから生まれるアイデアと可能性を大切にしていくのだ。
▲ウルバン・ヤーゲンセンが展開するポートレートシリーズ《Time Well Spent》。撮影は有名写真家のエレン・フォン・アンワースが担当。左から:デンマーク出身の俳優ニコライ・コスター=ワルドー/イギリス出身のシンガーソングライター、シエナ・スパイロ/アメリカ出身の現代美術家ウェス・ラング。
アレックスが時計製作の世界に足を踏み入れたのは、純粋に時計が好きだったからだ。しかし、今もなお彼をこの世界に引きつけているのは、時計そのもの以上に、それを取り巻く人々の存在である。時計師やコレクター、そして彼らを中心に生まれるコミュニティだ。
彼が目指しているのは、そうした人々の情熱や創造性が結集したブランドを築き、それを次世代の時計師や愛好家たちへと受け継いでいくことである。
それこそが、新生ウルバン・ヤーゲンセンの本質なのだ。数世紀にわたる歴史を持つ名門ブランドを率いるのは、時計業界の外からやってきた人物。しかし、その周囲には、時計製作の世界で長年の経験を積んできた第一人者たちが集まり、ともに新たな歴史を紡ごうとしている。
復活から1年。アレックス・ローゼンフィールドはもはや、時計業界を外から眺める部外者ではない。彼はこの世界に自分の居場所を見つけ、そして何より、その一員であることを心から楽しんでいるようだ。

▲ケイシー・チャンが撮影した、デンマークを象徴するモチーフであるニシンを使ったウルバン・ヤーゲンセンのローンチキャンペーン。
Brands:Urban Jurgensen
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