時計と眼鏡。一見異なる世界に見えて、その根底には素材、技術、デザイン、そしてクラフツマンシップへのこだわりという共通の哲学が息づいている。本連載では、時計好きの視点からアイウェアの奥深い魅力を紐解いていく。
EYEWEAR FOR WATCH LOVERS
Vol.2:空間と色彩が織りなす、アイウェアデザイン論
時計好きのための眼鏡学
時計と眼鏡。一見異なる世界に見えて、その根底には素材、技術、デザイン、そしてクラフツマンシップへのこだわりという共通の哲学が息づいている。本連載では、時計好きの視点からアイウェアの奥深い魅力を紐解いていく。
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by Shigetoshi Oshiro. Sep 29, 2026 |
時計の世界において、常識を覆すデザインが歴史を塗り替える瞬間がある。1970年代に登場したラグジュアリー・スポーツウォッチのケースとブレスレットが一体となった革新的な構造、あるいは現代のインディペンデント・ブランドが魅せる「オープンワーク(スケルトン)」の美学。
それらは単なる装飾ではない。緻密に計算された構造と機能がデザインとして昇華したとき、時計は単なる道具を超え、腕元で個性を放つ作品となるのだ。
アイウェアの世界において、四半世紀以上も前からこの「構造によるデザイン革命」を日本から発信し続けている孤高のブランドがある。デザイナー・弓削貴敬氏が率いる「TAKANORI YUGE(タカノリ ユゲ)」だ。
1998年のデビュー以来、2004年・2005年と連続で「グッドデザイン賞」を手にするなど、その確固たる軌跡は、まさにアイウェア界における偉大な独立デザイナーの系譜そのものである。

▲(上・下)2005年グッドデザイン賞を受賞したTOKYO OPTICAL by yuge〈MT-6〉とTAKANORI YUGE〈CRANK〉。(中)2004年に同賞を受賞したTAKANORI YUGE〈JACK-1〉。弓削氏の先進的なデザインイノベーションを象徴する名作たちだ。
「引き算」が生み出す、顔の上のオープンワーク
高級時計のスケルトン文字盤を覗き込んだとき、私たちは何に魅了されているのだろうか。それはパーツそのものの美しさだけでなく、削り取られたブリッジの間に広がる「空間(すき間)」の奥行きである。
弓削氏がもたらした最大のデザインイノベーションも、まさにこの「空間の魔術」にあった。彼がアイウェア界の先駆者として生み出した「すき間フレーム」や「サイドオープン」、「ダブルリム」といった造形は、言わば顔の上で完成するオープンワークだ。
フレームとレンズの間、あるいはサイドのヨロイ部分にあえて光が透過する『間』を設ける。このわずかな空間が、顔に乗せた瞬間に驚くほどの立体感と軽快さを生み出すのだ。
これらのデザインは、決して奇をてらったものではない。メガネを理解し尽くしたオプティシャンとしてのバックボーンがあるからこそ、日本人の骨格に合わせた高い機能性と極上の掛け心地が担保されるのだ。優れたラグスポウォッチが、前衛的なケースフォルムでありながら完璧な装着感を誇るのと、まったく同じ理屈である。

▲(上)TAKANORI YUGE〈Melody-1〉、(下)TAKANORI YUGE〈HUMMING〉。あえて「すき間」を設けることで、顔の上で美しいオープンワークを完成させている。このわずかな「間」が、唯一無二の立体感と軽快な掛け心地を生み出しているのだ。
トレンドに左右されない「少量限定生産」の色彩
時計好きがなぜインディペンデントの作品に惹かれるのか。その答えの一つは「希少性と独自の色彩」にある。近年、時計界を席巻しているエキゾチックなカラーダイアルや、異なる素材・色を組み合わせたバイカラーのベゼルは、ブランドの強い意志の表れだ。
〈TAKANORI YUGE〉が描くカラーリングもまた、唯一無二の審美眼に貫かれている。見たこともない鮮烈なカラーの組み合わせ(バイカラー)は、まるで高級時計の文字盤に施された緻密なラッカー仕上げやエナメル細工のように、見る者の視線を捉えて離さない。
鮮やかな色彩を纏いながらも、決して品格を失わないそのバランス感覚こそ、彼がアイウェアデザインにおいてトップランナーであり続ける証左といえる。
底流に流れるこのこだわりは、すべて「少量限定」という生産スタイルに基づいている。弓削氏は、実験的なデザインや挑戦的なアプローチを惜しみなくプロダクトへと落とし込んでいく。このクリエイティビティの鮮度こそが、目の肥えた時計愛好家のコレクター心を揺さぶることだろう。

▲(上)TAKANORI YUGE〈LILY〉、(下)TAKANORI YUGE〈PASSION〉(ともに2026 TOKYO EYEWEAR AWARDノミネート作)。ハンドペイントによる鮮やかな色使いと美しいバイカラー、そして巧みな空間デザインが光る意欲作だ。
商店街で触れた「衝撃」と、ものづくりの原点
こうした独創的なプロダクトを生み出す弓削氏がオーナーを務める「東京オプチカル」は、東京・阿佐ヶ谷にある。初めて訪れた人は必ず思うであろう、「なぜここに?」と。
私はこの連載を始めるにあたって、まずはご挨拶にと思い、久々に阿佐ヶ谷を訪れた。私の記憶にあるその場所は、駅の真下にある駅ビルの一角にあった。衣料品や日用品、はたまた生鮮食品などがひしめく、よくある町の商店街の中に佇んでいたのだ。比類なき個性を放つプロダクトが、不思議とこの日常の風景によく溶け込んでいた――。
当然、この場所で変わらず私を迎えてくれるものと確信していた。長年培われた絶対的な安心感から、事前に下調べをする気などさらさらなく、私は足早に改札を出たのだ。
しかし、記憶を頼りに辿り着いた駅ビルで、私は足を止め、絶句することになる。
商店街は様変わりしていた。以前そこにあったはずの空間は、“世界の王者”〈ユニクロ〉へと変貌を遂げていたのだ。「ついに阿佐ヶ谷から去ったか……」と一瞬頭をよぎり、あまりの激変に面食らう。
あの盤石だと思っていた景色が消えてしまった焦燥感に駆られながら、私は慌ててその場でスマートフォンを取り出し、検索窓に文字を打ち込んだ。
だが、それは杞憂だった。画面に表示されたマップによると、そこからわずか5分ほど歩いた“別の商店街”に、移転しているという。最悪の事態を免れた安堵感とともに、新たな目的地へと足を向けながら、私は改めて考えた。
なぜ、このブランドは阿佐ヶ谷にあるのか? なぜこの場所に? だが、移転してなおこの街に留まり続ける理由を思えば、この疑問自体が愚問であることに気づく。
彼らは地域の人に愛され、ともに育ち、繁栄してきた。この拠点は、阿佐ヶ谷の“商店街”になければいけないのだ。スイスの山奥の小さな村で、地域と共生しながら至高のタイムピースを紡ぎ出すマニュファクチュールのように、彼らの作品の根底には、この街の空気感が不可欠なのである。
実際、愛用者はきわめて個性的だ。落語家の春風亭昇太や、この街の顔でもある阿佐ヶ谷姉妹などが名を連ねる。デザインが個性的だから愛用者も個性的なのだろうか。いや、むしろ逆だろう。一見すると挑戦的に思える弓削氏のデザインは、実は掛ける人の内面にある強烈な個性やエスプリを引き出し、引き立てるための完璧な計算がなされているからだ。
その確信は、グッドデザイン賞を受賞した名作たちに触れ、そのミニマルかつモダンなメタルフレームの佇まいを見たときにさらに深まる。

▲TOKYO OPTICAL設立50周年を記念して限定復刻されたTAKANORI YUGE〈JACK SPECIAL〉。2004年にグッドデザイン賞を受賞した名作〈JACK-1〉の意匠を受け継ぐ、美学の詰まった逸品。
目元を彩る、もう一つの「アンサンブル」
時代は変わり、トレンドは目まぐるしく移り変わる。現代は空前のネオ・クラシックブームであり、誰もが似たような丸メガネや黒フレームをかけ、同じような服を着て安心している時代かもしれない。
しかし、だからこそ〈TAKANORI YUGE〉が一貫して持ち続ける「デザインへの矜持」と「空間の調和」は、圧倒的な輝きを放つのである。腕元の時計があなたの「時間への哲学」を語るように、目元のアイウェアはあなたの「美学への意志」を雄弁に物語る。
もしあなたが、退屈な日常のコードを飛び越え、魂を揺さぶるようなデザインを求めているなら、弓削貴敬というデザイナーが仕掛ける“空間と色彩のアンサンブル(調和)”に、その身を委ねてみてはいかがだろうか。そこには、時計好きを虜にしてやまない、デザインへの敬意が息づいている。

▲デザイナー・弓削貴敬氏。優れたアイウェアデザインの才はもちろんのこと、その親しみやすい人柄もまた、〈TAKANORI YUGE〉のコアなファンやリテーラーを魅了してやまない。

▲デザインへの飽くなき探究心と、メガネに対する深い造詣が凝縮された彼のアイウェアコレクションの一部。
Brands:TAKANORI YUGE
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