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現代を代表する匠たち——ザ・ベスト・オブ・独立時計師

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大手ブランドや企業に属することなく、自らの名のもとに時計を設計し、製作する作り手である。静謐な工房に身を置き、ミクロの機構と向き合いながら、思索と技

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The Best of Independent Watchmaking

現代を代表する匠たち―ザ・ベスト・オブ・独立時計師

独立時計師――大手ブランドや企業に属することなく、自らの名のもとに時計を設計し、製作する作り手である。静謐な工房に身を置き、ミクロの機構と向き合いながら、思索と技巧を極限まで研ぎ澄ませていく。その手から生まれる時計は、驚異を体現し、未来への視座を提示し、時計という世界そのものをいっそう豊かで刺激的なものへと押し上げてきた。ここでは、現代を代表する独立時計師たちに光を当てる。

by Cheryl Chia. jan 3,2023

独立時計師とは何か?

 ここ数年、独立時計師による時計への関心は、かつてないほど高まっている。世界的ブランドの陰で静かに制作を続けていた彼らは、いまや時計界の最前線に立ち、熟練のコレクターから新たな愛好家まで、多くの人々を魅了している。

 独立時計師は、機械式時計の魅力を純粋なかたちで紹介している

 そもそも独立時計製作というあり方は、時計史の流れとは異なる位置にある。工業化と大衆化によって発展してきた時計産業に対し、彼らは時間やコストといった制約にとらわれず、技術や芸術の表現として時計を追求する。

 そこにあるのは、商売ではなく、「こういう時計を作りたい」という情熱だ。そのため生産数はごく限られるが、時計界に与える影響はむしろ大きく、その存在感はしばしば大手ブランドをも凌ぐ。

 独立時計師を語るうえで欠かせないのが、英国の時計師・時計研究家ジョージ・ダニエルズ(1926〜2011年)である。電子時計やクォーツの登場によって機械式時計の存続が危ぶまれた時代に、彼はその技術と精神を一人で守り抜いた男だ。

 それまで分業が当たり前だった機械式時計の世界において、製作に必要な多くの技能を自ら習得した、稀有な存在である。 彼は機械式時計の心臓部である脱進機の改良に生涯を捧げた。そして約250年ぶりに従来の仕組みに代わる新たな機構を生み出し、機械式時計の可能性を大きく広げたのである。

ドクター・ジョージ・ダニエルズ(1926〜2011年)

 しかし、コーアクシャル脱進機実用化への道のりは、決して平坦ではなかった。数多くの試行錯誤と困難を経てなお、ジョージ・ダニエルズはスイスの時計業界に対してこう語っている。

「この新しい脱進機が、彼らに何かを考えるきっかけになればいい。金儲けのためだけに時計を作り続けるのではなく、別のやり方を模索してほしい」

 その言葉どおり、彼の生涯にわたる献身は、短期的な利益ではなく、知的、精神的な深みを持つ時計づくりの未来を示した。

 そして現代、Revolutionはダニエルズの精神を受け継ぎ、内なる情熱に突き動かされながら時計製造の限界を探る時計師たちに目を向ける。

 時計界の中心的存在として揺るぎない地位を築いた巨匠から、それぞれの分野で独自の進化を遂げてきた実力者、さらにはデビュー作で大きな可能性を示した新鋭まで――その顔ぶれは実に多彩である。

 彼らの多くは、決して華やかとはいえない出発点から歩みを始めた。すでに確固たる評価を得た者もいれば、いまだ発展途上の者もいる。しかし共通しているのは、それぞれの領域において、飛び抜けた才能を感じさせるという点だ。

〈生ける伝説たち〉Svend Andersen

スヴェン・アンデルセン(1942年〜) デンマーク生まれ。若くして時計製作の道に入った彼は、やがてパテック フィリップに入社し、グランド・コンプリケーション部門キャリアを築いた。1979年に独立し、1980年には自身の工房を設立。これが現在のアトリエ アンデルセン・ジュネーブである。現代独立時計師の礎を築いたひとりであり、複雑機構、とりわけカレンダーやワールドタイムで高い評価を受ける。

 1985年、同業のヴィンセント・カラブレーゼとともに独立時計師協会を共同設立したことで知られるスヴェン・アンデルセンは、初期の独立時計師のひとりとして、カスタムやビスポークを中心とした時計製作で名を上げた。

 1979年に自身の工房を立ち上げ、現在ではルイ・コティエのワールドタイム機構を基盤とした、美しいワールドタイムウォッチの作り手として広く知られている。

 一方で、より重要でありながらあまり語られてこなかった業績が、1996年に発表した腕時計用のセキュラー・パーペチュアルカレンダーである。これは、西暦2100年、2200年、2300年といった400で割り切れない世紀年を平年として正確に処理する機構を備えたものだ。

 1979年にパテック フィリップを離れた後も、彼は同社の時計師たちとの交流を保ち、キャリバー89の開発におけるセキュラーカレンダー機構について助言を求められている。

 しかしアンデルセン自身は、その機構があまりにも複雑であると考え、より実用的で、腕時計に搭載可能なキャリバーを目指して独自の開発に取り組んだ。その結果、部品点数を抑えながらも機能を成立させる、極めて巧妙で現実的な解決策を導き出したのである。

スヴェン・アンデルセン〈セキュラー・パーペチュアルカレンダー〉(1996年)

Felix Baumgartner and Martin Frei, URWERK 

フェリックス・バウムガルトナー&マーティン・フレイウルベルク 左:マーティン・フレイ (1960年〜)、スイス、ヴィンタートゥール生まれ。1987年ルッツェルンのアート&デザインスクールを卒業。絵画、彫刻、映像まで幅広く手がけてきたデザイナーでもある彼は、フェリックスが作り出す機構を芸術的に仕上げる。右:フェリックス・バウムガルトナー (1975年〜)スイス、シャフハウゼン生まれ。祖父と父親が時計職人だったことから優れた複雑時計に囲まれて育つ。1995年、ジュネーブに移り、独立時計職人として働き始める。名門ブランドの永久カレンダーやミニッツリピーターなどの複雑時計製作や、修復も手がける。

 1997年にウルベルクが誕生したことで、21世紀における最もラディカルな時計製作のひとつが幕を開けた。運動と視覚の両面において、それは時間の捉え方そのものを変えるものだった。

 フェリックス・バウムガルトナーとマーティン・フレイによって設立されたこのブランドは、“ワンダリングアワー”という伝統的機構を、まったく新しい領域へと押し上げてきた。

 2005年、ハリー・ウィンストンから発表され、ウルベルクが製作を担当した〈オーパスV〉では、立体的機械の中で、時表示のサテライト機構を露出させ、レトログラード式分針と組み合わせることで、時計に新たな“奥行き”を与えた。

 彼らは、ジャンルの枠を越えた手法によって、より高度な精度の追求にも取り組んできた。2013年に発表された〈EMC〉は、電子式の歩度モニターとユーザーによる調整機構を内蔵した初の時計であり、着用者と時計との関係性そのものを変える試みだった。

 さらにこの構想は〈AMC〉へと発展し、原子時計の本体にセットすることで機械式時計の時刻合わせと調整を行うという、新たな領域へと到達する。これは、2世紀以上前にブレゲが〈シンパティーク・クロック〉で試みた理想を、現代において再解釈したものでもある。

ウルベルク〈EMC〉

ウルベルク〈AMC〉

 Maximilian Büsser, MB&F

マキシミリアン・ブッサー, MB&F マキシミリアン・ブッサー(1967年〜)イタリア・ミラノ生まれ。エンジニアリングを学んだ後、ジャガー・ルクルトに入社。ここで複雑時計の開発に関わり、その後、ハリー・ウィンストンに移り、同社の時計部門を率いる立場として〈オーパス〉シリーズを立ち上げた。2005年、彼は自身の理想を実現するためにMB&F(エムビーアンドエフ)を創設。ブランド名は“マキシミリアン・ブッサー&フレンズ”を意味している。

  独立時計製作という潮流を制度として定着させた人物といえるのが、マキシミリアン・ブッサーである。ハリー・ウィンストンで手がけた〈オーパス〉シリーズを通じて、独立時計師たちに大きな舞台を与え、その存在を広く世に知らしめた。

 そして2005年、自らが育んだその流れの中に身を投じるかたちで、時計製作の思考実験の場ともいえるMB&Fを創設する。以来、高級時計における表現の枠組みを押し広げる存在として、異彩を放つ数々の作品を生み出してきた。

 そこでは機械は単なる機能ではなく、むしろ造形や世界観を支えるための存在となり、SF的な美学を持った時計が製作されている。時刻表示は

 副次的な要素にすら感じられるほど、時計という概念そのものが再構築されているのである。

MB&F〈レガシー・マシン・スプリットエスケープメント EVO〉

▲ 乳がん研究支援のためのチャリティ企画#ThePinkDialProjectのために制作されたユニークピース〈M.A.D.1 ピンクダイヤル〉

 〈オロロジカル・マシン〉が、腕に装着する機械的ファンタジーだったのに対し、〈レガシー・マシン〉はラウンドケースとトゥールビヨンやパーペチュアルカレンダー、さらには近年のクロノグラフといった古典的機構を軸に、その制約の中で創造性を発揮している。

 同じく革新的だったのが、そのビジネスモデルである。ブランド名にも刻まれている通り、彼は独立時計師やデザイナー、さまざまな分野の専門家と積極的にコラボレーションしてきた。この共創の姿勢は、機械的コンセプトアートとも呼ぶべき作品を生み出しただけでなく、ブランドではなく“人の才能”に光を当てる文化を育むことにもつながった。

Philippe Dufour

フィリップ・デュフォー(1948年〜)スイス・ル・サンティエに生まれ、若くして時計製作の道に入り、複雑時計の名門工房で技術を磨いた後、1978年に独立。以来、少量生産を貫きながら、極めて高い完成度を持つ時計を世に送り出してきた。面取り、ポリッシュ、ジュネーブ仕上げといった伝統技法を駆使した仕上げの美しさは現代最高といわれる。

 伝統的な高級時計製作の理想を、これほど体現する時計師は他にいないかもしれない。それがフィリップ・デュフォーである。

 独立後の1992年、彼は腕時計として初めてグランド・ソヌリとプティット・ソヌリを実現し、その名を一躍高めた。さらに1996年には、差動装置によって連動する二つの調速機構を備えた〈デュアリティ〉を発表し、20世紀最後の重要な成果を残す。

 そして2000年に登場した〈シンプリシティ〉は、時刻表示のみというシンプルさでありながら、そのムーブメントは造形と仕上げの美しさにおいて現代時計の頂点のひとつと評される。

 多くの同時代の時計師が生産規模を拡大していくなかで、デュフォーはあくまで一人の時計師としての制作体制を貫き、ブランドではなく“個人の仕事”として時計を作り続けている。その結果、彼の作品は現在、存命の独立時計師によるタイムピースの中で最も入手困難なものとなっている。

フィリップ・デュフォー〈グランド・ソヌリ&プティット・ソヌリ No.1 イエローゴールド〉

Laurent Ferrier

ローラン・フェリエ(1946年〜)スイス生まれ。長年にわたりパテック フィリップでキャリアを築き、主に技術開発の分野で重要な役割を担った。2008年、自身のブランドを立ち上げ、デビュー作〈ガレ〉で一躍注目を集めた。これはクラシックなラウンドケースと文字盤を持ちながら、内部にはダブルインパルス脱進機を搭載し、伝統と革新の融合を体現している。

 37年にわたりパテック フィリップでキャリアを積んだ後、ローラン・フェリエは2008年に自身のブランドを立ち上げ、現在では最も高く評価される独立系ブランドのひとつになった。

 その時計は、流れるように磨き上げられたケース、繊細で奥行きに富んだ文字盤、そして丸みを帯びた面取りが施された美しいムーブメントによって特徴づけられ、極めて上品で感覚的な魅力を備えている。

 彼は精度への強い関心を持ち、トゥールビヨンではダブルヒゲゼンマイを採用するなど、構造面でも高度な工夫を凝らしてきた。また、マイクロローター搭載ムーブメントでは、ブレゲが構想したナチュラル脱進機を現代的に再解釈し、その本質を追求している。

 この機構では、LIGA技術によってニッケルリン製の2つのガンギ車を一体成形し、垂直に刻まれた歯によってシリコン製のデテントを正確に制御する。これにより、極めて高い幾何学的精度が確保されると同時に、歯車間の遊びや組み立て誤差を最小限に抑えることが可能となっている。

ローラン・フェリエ〈クラシック・オリジン SHH エディション〉(©Revolution)

Denis Flageollet, De Bethune

デニス・フラジョレ―ドゥ・ベトゥーン フランス出身。若くして時計修復の道に入り、18〜19世紀の懐中時計や精密時計の研究・修復に従事。この経験を通じて、伝統的な脱進機構や調速理論に対する深い理解を獲得した。2002年、実業家ダヴィッド・ザネッタとともにドゥ・ベトゥーンを創業。同ブランドの技術開発を一手に担い、数々の革新的機構を世に送り出している。

  2002年の創業以来、ドゥ・ベトゥーンは現代時計製造において最も先進的なブランドのひとつとして知られている。美学や素材の革新にとどまらず、クロノメトリー(精度)の追求という点においても際立った存在である。

 時計師デニス・フラジョレの主導のもと、主ゼンマイからヒゲゼンマイに至るまで、動力伝達系のあらゆる要素が再設計され、性能向上のために最適化されている。

 その結果、市場においても数少ない、機構の根本から再構築された時計を生み出すブランドとなっている。

ドゥ・ベトゥーン〈DB25 スターリー・ヴァリウス エアロライト〉

  ドゥ・ベトゥーンは、球体型ムーンフェイズ、高速トゥールビヨン、そして5本のセンター針と革新的なハイブリッド・カップリング機構を備えたクロノグラフによって、伝統的な複雑機構の枠組みを新たな方向へと押し広げてきた。

 人間工学的観点にまで及ぶ徹底したエンジニアリングへのこだわりと、際立ったデザイン性が相まって、ドゥ・ベトゥーンの時計は知的刺激に富み、かつ感情的にも深い満足をもたらすタイムピースとなっている。

Romain Gauthier

ローマン・ゴティエ(1975年〜)スイス出身。機械工学を学んだ後、精密加工の分野でキャリアをスタート。その後、時計製造へと転身し、2005年に自身のブランドを創設した。歯車やブリッジの加工精度に強いこだわりを持ち、機構の効率と安定性を高いレベルで実現している。

 2005年の創業以来、ローマン・ゴティエは精緻かつ創造的なエンジニアリングをベースとしたシンプルウォッチを生み出してきた。

 伝説的な〈ロジカル・ワン〉は、現代における最も優れ、革新的なフュジー&チェーン機構を備えた時計であり、また〈インサイト・マイクロローター〉は、現行自動巻きムーブメントの中でも最も複雑かつ精巧に構築されたもののひとつである。

 特筆すべきは、そのムーブメントの美的構成にある。設計段階から、丸みを帯びた手磨きアングラージュ(面取り)や鋭い内角を見せることを目的としており、その表現は他のどのブランドにも見られないレベルに達している。

 現在では、自社製品に加え、シャネルをはじめとする他ブランドへの部品供給も事業の柱となっており、シャネルはローマン・ゴティエに対して少量出資もしている。

ローマン・ゴティエ〈ロジカル・ワン〉は、フュジー&チェーン機構を備えている。

Robert Greubel and Stephen Forsey, Greubel Forsey

ロベール・グルーベル&ステファン・フォルセイ,グルーベル・フォルセイ 左:ステファン・フォルセイ(1967年〜)英国生まれ。ルノー・エ・パピで複雑機構の開発に従事。精密な仕上げと構造理解に強みを持つ。右:ロベール・グルーベル(1960年〜)フランス出身。若くして時計製造の道に入り、複雑機構の開発を専門とする。ルノー・エ・パピにおいて高度な機構設計に携わる。二人はルノー・エ・パピで出会い、意気投合して2004年にグルーベル・フォルセイを立ち上げた。

 グルーベル・フォルセイは、2004年の創業以来、クロノメトリー(精度)と仕上げを極限まで追求してきた。他に類を見ない三次元的なムーブメントという独自のスタイルを確立している。

 ブランドはロベール・グルーベルとステファン・フォルセイによって創設され、トゥールビヨンを腕時計に最適化するというプロジェクトに着手した。その過程で生まれたのが、傾斜トゥールビヨンである。

 トゥールビヨンを90度未満の角度で配置することで、水平・垂直いずれの姿勢においても重力の影響を回避しつつ、ムーブメントの厚みを現実的な範囲に抑えることに成功した。

 その後も両者は、多くの新機構を開発している。24秒で一回転する高速トゥールビヨン、二つの傾斜テンプ、さらには定力ディファレンシャルによって歩度を平均化する二軸トゥールビヨンなど、その内容は極めて高度である。

 同時に、GMTやグランド・ソヌリといった伝統的複雑機構にも独自の解釈を加え、時計製造における最も難解な領域において革新を続けている。

グルーベル・フォルセイ〈トゥールビヨン 24 セコンド アーキテクチャ〉

グルーベル・フォルセイ〈GMT バランシエール コンヴェクス〉

  2022年、技術の集大成として発表されたのが〈トゥールビヨン 24セコンド アーキテクチャ〉であり、これは仕上げと構造(アーキテクチャ)の探求を最高峰のレベルへと引き上げるモデルである。

 近年では、精巧な仕上げを施した立体的なムーブメントと、人間工学に基づくカーブを持つ100m防水のチタン製ケースを融合させた、スポーツウォッチのラインナップ〈コンヴェクス〉シリーズも展開されている。

Bart and Tim Grönefeld

バート&ティム・グローネフェルド オランダ・オルデンザール出身の兄弟時計師。祖父ヨハン、父ヘンクに続く時計一家の三代目。左:兄バート・グローネフェルド(1961年〜)はスイスで複雑機構の分野に携わり、ルノー・エ・パピなどに在籍した。右:弟ティム・グローネフェルド(1974年〜)はブレゲやショパールなどで研鑽を積んだ。2008年、グローネフェルドを設立。

  2008年の創業以来、オランダ出身の兄弟時計師、バート・グローネフェルドとティム・グローネフェルドは、精度と視認性の追求に特化した独創的な機構を数多く生み出してきた。

 特筆すべきは〈ワン ヘルツ〉である。デッドビートセコンドを採用したこのモデルは、市場に存在する同機構の中でも最も精緻に作り込まれた一本であり、二つの香箱と2系統の輪列を備える。一方は時刻表示を司り、もう一方は両側作動のレバー脱進機を介して、1秒ごとに独立した輪列を解放する構造となっている。

 これに続いたのが、センターセコンドにハック機能を備えた〈パララックス トゥールビヨン〉、そして8秒ごとに作動するルモントワールの巻き上げ動作を、ガバナーによって滑らかに制御する〈1941 ルモントワール〉である。

グローネフェルド〈1941 グローノグラーフ〉

  彼らが発表した初のクロノグラフが、〈1941 グローノグラーフ〉である。

 このモデルは、市場でも極めて稀なインスタンタニアス・ジャンピングミニッツ(瞬時に切り替わる積算分表示)を備え、さらにクロノグラフのリセット時におけるハンマーの作動は、ガバナーによって減速・安定化され、衝撃の少ない滑らかな帰零動作を実現している。ハンマーにはルビーローラーが組み込まれており、摩擦を低減する工夫も施されている。

 こうした伝統的複雑機構への独自の解釈に加え、グローネフェルドは仕上げにおいても個性を確立している。ムーブメントにはフロステッド仕上げのスティール製ブリッジが用いられ、特徴的な立ち上がりを持つリップは、上面がストレートグレイン、エッジは面取りと鏡面仕上げが施されるなど、極めて高い完成度を誇る。

 Vianney Halter

ヴィアネイ・ハルター(1963年〜)フランス生まれ。14歳で時計学校に入り、アンティーク時計の修復に携わることで複雑機構への理解を培った。1980年代末にはフランソワ=ポール・ジュルヌやデニス・フラジョレらとともにTHAに参加し、名門ブランドの機構開発を手がける。1994年に独立、未来装置を思わせる独自のデザインで知られる。

  今日の独立時計製作がこれほど多様で活気に満ちたものとなった背景には、デザインやムーブメントの枠を打ち破り、その基盤を築いたごく少数の時計師たちの存在がある。そのひとりが、ヴィアネイ・ハルターである。

ヴィアネイ・ハルター〈アンティコア〉(Image © Revolution)

ヴィアネイ・ハルター〈ディープスペース トゥールビヨン レゾナンス〉 トリプルアクシス・トゥールビヨンに2つのテンプを搭載している。

  1998年、彼は〈アンティコア〉を発表した。瞬時切り替え式のパーペチュアルカレンダーを備え、リベット留めされたベゼルに囲まれた4つのサブダイアルを、それぞれ独立した開口部に収めた非対称ケースは、スチームパンク的ともいえる革新的なデザインであった。この時計によって、ハルター特有のデザインは確立される。

 その後はクロノメトリーを芸術へと昇華させる試みに取り組み、トリプルアクシス・トゥールビヨンを備えた〈ディープスペース トゥールビヨン〉を発表。

 さらに2021年には〈ディープスペース トゥールビヨン レゾナンス〉を送り出す。ここでは二つのテンプを同軸上に配置し、共通のブリッジで直接結合することで振動の伝達効率を高め、さらに二つのヒゲゼンマイが単一のスタッドホルダーを共有するという、極めて独創的なレゾナンス機構が採用されている。

 そして近年発表された〈ラ・レゾナンス〉では、支柱構造と大型の歯車を強調した開放的な設計によって、時間表示のみのシンプルな構成の中に、彼のクロノメトリーへの探求が凝縮されている。

 François-Paul Journe

フランソワ=ポール・ジュルヌ(1957年〜)フランス・マルセイユ出身。1999年に自身のブランド、モントル・フランソワ=ポール・ジュルヌを設立した独立時計師であり、〈クロノメーター・レゾナンス〉や〈トゥールビヨン・スヴラン〉に代表される独創的な機構によって、現代高級時計製造における最重要人物のひとりとされる。

  フランソワ=ポール・ジュルヌは、現代における最も影響力ある時計師のひとりにして天才技術者である。

 〈トゥールビヨン・スヴラン〉におけるルモントワール・デガリテ(脱進機に常に一定のトルクを供給するための定力装置)、〈クロノメーター・レゾナンス〉における共振機構、さらに〈クロノメーター・オプティマム〉に搭載されたブレゲのナチュラル・エスケープメントに着想を得たハイパフォーマンス・バイアクシャル脱進機など、18世紀から19世紀にかけてのクロノメトリーの数々を現代に蘇らせた。

F.P.ジュルヌ〈トゥールビヨン・スヴラン ルテニウム〉

▲  F.P.ジュルヌ〈クロノメーター・レゾナンス〉

  ジョージ・ダニエルズと同様に、フランソワ=ポール・ジュルヌはアブラアン=ルイ・ブレゲの仕事から深い影響を受け、その機械的エレガンスの実現を追求してきたが、その志向は単なる時計製造の本質にとどまらず、複雑機構の開発にまで及んでいる。

 実際、〈サンティグラフ・スヴラン〉においてはデカップリング機構の採用によって、3Hzのテンプでありながら1/100秒の分解能を実現し、また〈クロノグラフ・ラトラパンテ〉では極めて実用的なオシレーティングピニオンを採用するなど、独創性と実用性を高次元で両立させてきた。

 独自の設計思想とエンジニアリングは時計製造に確かな足跡を残しており、この10年でその評価はさらに高まり、二次市場における価格は小売価格の数倍にまで跳ね上がっている。

 Andreas Strehler

アンドレアス・ストレーラー(1971年〜)スイス・シルナッハ生まれ。2007年に自身のブランド、アンドレアス・ストレーラーを設立した独立時計師であり、〈パーペチュアル・ワン〉に代表される超高精度の永久カレンダー機構や、天文表示を組み込んだ独創的な複雑機構によって知られ、理論設計と実装の双方において現代時計製造の最前線を担う存在である。

  極めて創造性に富み、卓越した才能を持つムーブメント設計者であるアンドレアス・ストレーラーは、有機的な形状のブリッジから円形スポークを備えた歯車に至るまで、すべてをゼロから設計する精緻かつ高度に洗練されたムーブメント構築で知られている。

 なかでも2014年に発表された〈ソートレル•ア•リューン•パーペチュエル2M〉は、世界で最も高精度なムーンフェイズ表示としてギネス世界記録に認定され、約204万5000年に一度しか補正を必要としないという驚異的な精度を誇る。

 また、トゥールビヨンケージにルモントワールを組み込んだ独自機構を備える〈トランスアクシャル・ルモントワール・トゥールビヨン〉や、ベベルギア・ディファレンシャルによって駆動されるパワーリザーブ表示など、革新的な機構を次々と生み出している。

 さらに同氏が主宰するムーブメント開発・製造会社、ウーアタイルは、H.モーザーの瞬時切替式パーペチュアルカレンダーのように、単一リュウズで前後双方向に調整可能な革新的ムーブメントの開発でも重要な役割を果たしている。

アンドレアス・ストレーラー〈ソートレル•ア•リューン•パーペチュエル〉。世界一正確なムーンフェイズ。

Kari Voutilainen

カリ・ヴティライネン(1962年〜)、フィンランド・ロヴァニエミ生まれ。2002年に自身のブランド、ヴティライネンを設立した独立時計師であり、手作業による伝統仕上げと独自の脱進機構を特徴とする〈Vingt-8〉などで知られ、現代における最も優れた仕上げ技術を持つ時計師のひとりと評価されている。

  古典的な教育を受けたフィンランド人時計師であるカリ・ヴティライネンは、2002年に自身の名を冠したブランドを設立し、手作業による精緻なギヨシェダイアル、卓越した仕上げ、そして巧みに構築されたムーブメントによって名声を高めてきた。

 2005年には、分を10分単位で打ち分けるより直感的な音響機構を備えた世界初のデシマル・ミニッツリピーターを発表し、さらに2011年には〈Vingt-8(ヴァントゥイット)〉において、修復師時代に触れたブレゲのナチュラル・エスケープメントに着想を得たダブル・ダイレクト・インパルス脱進機を導入した。

 このムーブメントでは、双子のガンギ車を駆動する一対の歯車が地板の下に隠されているため、ガンギ車があたかも独立して動いているかのように見えるというユニークな構造を持つ。

ヴティライネン〈Vingt-8〉

  時計師としての才能にとどまらず、カリ・ヴティライネンはビジネス面でも優れた手腕を発揮している。現在では、ダイアル製造のコンブレミンとケース製造のヴティライネン&カッタンを擁する垂直統合型マニュファクチュールを運営しており、さらに18世紀に起源を持つデンマーク系の名門時計ブランド、ウルバン・ヤーゲンセンの再興にも乗り出そうとしている。

 〈今日のスターたち〉Konstantin Chaykin

コンスタンチン・チャイキン(1975年生まれ、ロシア出身)は、2010年に自身のブランド「コンスタンチン・チャイキン」を設立した独立時計師であり、〈ジョーカー〉に代表されるユーモラスで独創的な“リストモン(腕時計型キャラクター)”のシリーズや、ロシア初のトゥールビヨン開発などで知られ、技術力と遊び心を融合させた現代時計製造の異端児的存在である

  コンスタンチン・チャイキンは、2017年のバーゼルワールドの4カ月前に開発された、ユーモラスでありながら巧妙に設計されたレギュレーター式ウォッチで一躍有名になった。当初発表予定だったモデルのムーブメントが完成しなかったことを受けて急遽生み出されたこの時計は、その後の成功の礎となった。

 以降、キャラクターの瞳で時・分を表示し、ぶら下がる舌でムーンフェイズを示す〈ジョーカー〉シリーズは爆発的な人気を博し、多彩なバリエーションを生み出している。

 しかし、その真価はむしろ別の作品群にこそ表れている。

 例えば〈シネマ〉ではミニチュアのゾープラクシスコープ(回転する円盤に連続画像を描き、投影して動きを再現する装置、映画の原型)を搭載し、動く映像表現を腕時計に取り入れた。

 また複雑な〈コンプトゥス・クロック〉では、ユリウス暦に基づく532年周期をプログラムホイールに組み込むことで、東方正教会の復活祭の日付を正確に表示するという、極めて難解な機構を実現している。

コンスタンチン・チャイキン〈ジョーカー〉。左目が時(アワー)、右目が分(ミニッツ)、舌がムーンフェイズを表す。

 Karsten Frässdorf, Montres KF

カーステン・フレスドルフ―モントレKF ドイツ生まれ。2016年に自身のブランド、モントレ KFを設立した独立時計師であり、19世紀の懐中時計に着想を得た伝統的構造と手作業による仕上げを特徴とする〈KF 001〉などで知られ、古典的クロノメトリーと現代的解釈を融合させた少量生産の時計製作を行っている。

  2016年、ドイツ人時計師カーステン・フレスドルフは、自身のブランド、モントレ KFを設立し、支柱構造を備えたハッキング・トゥールビヨンという卓越したムーブメントを核に、カスタムおよびビスポークウォッチの製作を行っている。

 マリンクロノメーターに着想を得た彼の最大の成果のひとつは、かつて航海における経度測定の鍵を握っていたコンペンセーション・バランス(温度補償テンプ)の復活である。

 このテンプは、温度上昇に伴ってバランスバーが伸長し、サファイアクリスタル製のインバリアブルバー(不変バー)を組み合わせることで、一対の湾曲アームが内側へとしなる構造となっている。これによりアームが収縮すると回転慣性が減少し、温度変化によって弱まるヒゲゼンマイを補うべく、テンプの振動数が高まるよう設計されている。

 さらにムーブメントには、テンプを下側から停止させる独創的なハッキングセコンド機構が組み込まれている。この機構はコンパクトでありながら非常に複雑で、多数の部品で構成される。

 リュウズを引き出すと、二股状のブレーキレバーが上方へ回動し、リングに接触、そのリングがテンプバーに取り付けられた一対のスプリングを押さえ込むことで、確実にテンプの動きを停止させる仕組みである。

カーステン・フレスドルフ〈ビスポーク オンリー エイト メテオライト〉

 Bernhard Lederer

ベルナルド・レデラー(1958年〜)ドイツ生まれ。2010年に自身のブランド、レデラーを設立した独立時計師であり、〈セントラル インパルス クロノメーター〉に代表されるダブルインパルス脱進機やコンスタントフォース機構を組み合わせたクロノメトリー重視の革新的ムーブメントで高く評価されている。

  近年登場した機械的に最も印象的な時計のひとつは、脱進機に対する深い理解を持つドイツ人時計師ベルナルド・レデラーによるものである。

 AHCI(独立時計師アカデミー)の創設メンバーのひとりでもある彼は、そのキャリアの多くにおいて、自身の会社マニュファクチュール・ド・オートオルロジュリー・エ・ミクロメカニーク(MHM)を通じて他ブランド向けに複雑機構の製作を手がける一方、BLU(ベルナルド・レデラー・ユニバース)と名付けられた自らのコレクションも展開してきた。

革新的なデュアル脱進機を備えるベルナルド・レデラー〈セントラル インパルス クロノメーター〉

  〈セントラル インパルス クロノメーター〉は、クロノメトリーを徹底的に追求したモデルである。本機は、これまでに考案された中で最も効率的とされる脱進機を搭載するだけでなく、10秒ルモントワールを組み合わせることで、エネルギーを安定して供給する構造を備えている。

 さらに、この二重ガンギ車の脱進機は、ブレゲのナチュラル脱進機に対する解としてジョージ・ダニエルズが発展させたもので、無潤滑で作動する点において、既存のあらゆる脱進機よりも優れた特性を持つとされている。

Rémi Maillat, Krayon

レミ・マイヤ―クレヨン(1983年〜)スイス・ヌーシャテル生まれ。2017年に自身のブランド、クレヨンを設立した独立時計師であり、任意の地点における日の出・日の入り時刻を機械式で表示する〈エブリウェア〉に代表される天文機構で知られ、実用性と詩的表現を融合させた時計製作で高く評価されている。

  近年の天文時計において最も優れ、かつ知的に刺激的なもののひとつが、クレヨンによる日の出・日の入り表示機構である。

 クレヨンは2013年、ムーブメント設計者、レミ・マイヤによって設立された。彼はキャロル・フォレスティエ率いるカルティエのファインウォッチメイキング部門で5年以上の経験を積んでいる。

 日の出・日の入り表示は、緯度に依存するため、所有者がいる地球上の地点に合わせて調整する必要がある。したがって、使用場所が変わるたびにマニュファクチュールによる再調整が必要となり、通常は限定モデルや一点物のタイムピースにとどまる機構である。

  左:クレヨン〈エブリウェア〉 右:クレヨン〈エニィウェア〉

 〈エヴリウェア〉は、この機構における大きな進化を示すモデルであり、ユーザーがタイムゾーン、日付、緯度および経度を設定することで、世界中どこでも日の出・日の入り時刻を表示することができる。

 このムーブメントは合計595点の部品から構成され、4つのディファレンシャルを含む極めて複雑な構造を持つ。

 その後レミ・マイヤは、このエキゾチックな機構をより手の届きやすい形に落とし込んだ〈エニウェア〉を発表したが、こちらは単一の固定地点における日の出・日の入り時刻のみを表示する、比較的シンプルな仕様となっている。

Serge Michel and Claude Greisler, Armin Strom

セルジュ・ミシェル & クロード・グライスラー アーミン・シュトローム 左:クロード・グライスラー 右:セルジュ・ミシェル ともにスイス生まれ。2009年に共同でブランド、アーミン・シュトロームを再興した実業家兼時計師のコンビであり、〈ミラード・フォース・レゾナンス〉に代表される共振機構や、完全自社開発ムーブメントによって、現代独立時計ブランドの中核的存在として評価されている。

  アーミン・シュトロームは、今日において量産レベルで共振機構を搭載した時計を製作する数少ないブランドのひとつである。同ブランドは1967年、同名のスイス人時計師によって創業され、その後2006年にセルジュ・ミシェルの家族によって買収された。現在はミシェルと、幼なじみであり技術開発を担うクロード・グライスラーによって率いられている。

 2016年に発表された〈ミラード・フォース・レゾナンス〉は、共振時計の歴史を大きく飛躍させたモデルだ。ふたつのオシレーター間の結合を強化することで、その機構をさらに発展させた。

アーミン・シュトローム〈ミラード・フォース・レゾナンス〉

  実際、アーミン・シュトロームは極めて信頼性の高い共振手法を確立しており、そこにブランドのアイデンティティがある。

 鍵となるのが特許取得済みのクラッチスプリングである。ふたつのヒゲゼンマイの外端カーブ同士を直接結合することで、従来のように共通の地板を介した振動伝達に頼ることなく、より直接的に共振現象を誘発する。

 この方式は、現在市場に存在する腕時計の中でも最も効率的に共振を実現する手法のひとつであり、その構造は比較的シンプルでありながら、再現性、堅牢性、信頼性のいずれにおいても際立っている。

 この完成度は同種の機構の中でも群を抜いており、さらに機能面だけでなく、クラッチスプリングが描く極めて優雅な動きは、視覚的にも大きな魅力となっている。

 Raúl Pagès

ラウル・パジェス スイス生まれ。2012年に自身のブランド、ラウル・パジェスを設立した独立時計師。伝統的な構造美と卓越した手仕上げを特徴とする〈レギュラトゥール・ア・デタント〉などで知られる。2023年にはルイ・ヴィトン主宰の独立時計師に送られる賞“ルイ・ヴィトン ウォッチ プライズ フォー インディペンデント クリエイティブズ”を受賞。

  ラウル・パジェスは、パルミジャーニ・フルリエにおいて懐中時計やクロック、オートマタの修復を担当し、さらにパテック フィリップ ミュージアムでの経験を経たのち、2012年に独立した。

 独立後最初のプロジェクトは、352点の手作業部品からなる一点物の金製エナメル〈トルテュ〉オートマトンである。

 続いて2016年には、精緻に装飾されたシーマ製の懐中時計ムーブメントをベースにした初の腕時計〈ソバリー・オニキス〉を発表したが、真に重要な作品となったのは、新たに発表された〈レギュラトゥール・ア・デタント RP1〉である。

 このモデルでは、独自のデテント脱進機を備えた自社製ムーブメントが、極めて高い水準で実現されている。

 一般的なスイスレバー脱進機が1周期あたり2回の間接インパルスを与えるのに対し、デテント脱進機は一方向に1回のダイレクトインパルスのみを与えるため、より高精度な計時が可能となる。

 一方で、衝撃によって運動が乱されやすいという弱点も持つ。これに対しラウル・パジェスは、テンプ軸に特許取得のセーフティローラーを備えることで、衝撃時にデテントレバーが不意に解除されてガンギ車が解放されるのを防ぐ機構を実現している。

ラウル・パジェス〈レギュラトゥール・ア・デタント RP1〉

Gaël Petermann and Florian Bédat, Petermann Bédat

ガエル・ペテルマン&フロリアン・ベダ―ペテルマン・ベダ 左:フロリアン・ベダ 右:ガエル・ペテルマン ともにスイス生まれ。両者とも名門にて研鑽を重ねた独立時計師コンビ。2020年に共同でブランド、ペテルマン・ベダを設立した。〈1967 デッドビート・セコンド〉に代表される極めて高水準の手仕上げと伝統的クロノメトリー機構の再解釈によって、注目を集めている。

  ペテルマン・ベダは、30代の若き時計師ガエル・ペテルマンとフロリアン・ベダのふたりによって設立されたブランドである。

 両者はジュネーブの時計学校で出会い、その後、A.ランゲ&ゾーネで研鑽を重ねた。2017年には、オーデマ ピゲ傘下の名門技術工房ルノー・エ・パピに隣接するルナンにアトリエを構えた。

ペテルマン・ベダ〈1967 デッドビート・セコンド〉 ブランドを一躍トップクラスの独立時計ブランドへと押し上げたデビュー作であり、伝統的クロノメトリー機構と手仕上げを融合させたモデルである。

  ルノー・エ・パピの共同創業者であるドミニク・ルノーの協力を得て、若き時計師ふたりはデビュー作〈1967 デッドビート・セコンド〉とキャリバー171を開発した。現在市場に存在するデッドビート秒針機構の中でも、視覚的に最も印象的なもののひとつである。

 一般的にデッドビート・セコンドは、1秒ルモントワールや、シンプルなスター・アンド・フリルト機構によって実現されることが多いが、〈1967 デッドビート・セコンド〉ではムーブメントの四番車によって駆動されるセカンダリー・エスケープメント(副次的な脱進機)を用いている。両側作動のアンクルがふたつのガンギ車のロックとアンロックを制御する構造を採用し、ドラマティックで優雅な動きを生み出している。

 さらに、ムーブメントおよびダイアルには、内角・外角の双方に多数のポリッシュ仕上げの面取りが施されており、その手仕上げの水準は極めて高く、現代における最高峰のひとつといえる。

 Sylvain Pinaud

シルヴァン・ピノー フランス生まれ。フランスで時計製造を学んだ後、スイスに渡り、若い頃から高級時計製造の現場で経験を積み、複雑機構と仕上げ技術の両面において研鑽を重ねてきた。2018年に自身のブランド、シルヴァン・ピノーを設立。代表作〈オリジン〉に見られるように、構造そのものの合理性と、手作業による美を追求している。

  2019年、数多くの大手ブランドでプロトタイプ技術者として経験を積んだのち、シルヴァン・ピノーは〈モノプッシャー・クロノグラフ〉を発表して独立を果たした。

 このモデルは、複雑なケース構造に加え、水平クラッチ式クロノグラフ機構の全体を見渡せるオープンワークダイアルを備え、その設計と仕上げのすべてを自身で手がけた点が特筆される。

 続いて発表された〈オリジン〉は、時刻表示のみのシンプルなモデルでありながら、より高度な仕上げが施された一本である。

 香箱によって駆動されるオフセット配置のダイアル、間接駆動のスモールセコンド、そして6時位置に配された自社設計の大型三本アームのフリースプラングテンプが特徴であり、それはブラックポリッシュ仕上げのブリッジによって支持されている。

 まだ2作目に過ぎないが、その完成度と装飾水準は将来性の高さを示している。

▲  シルヴァン・ピノー〈オリジン〉 オフセットダイヤル、スモールセコンド、フリースプラングテンプなどを特徴とする。

 Rexhep Rexhepi, Akrivia

レジェップ・レジェピ―アクリヴィア レジェップ・レジェピ(1987年〜)コソボ生まれ。パテック フィリップ、BNBコンセプト、そしてフランソワ=ポール・ジュルヌのアトリエで経験を積み、2012年に自身のブランド、アクリヴィアを設立した。若くして頭角を現した現代独立時計界の象徴的存在である。〈クロノメトル・コンテンポラン〉に代表されるクラシカルかつ高精度な作品によって知られている。

  35歳にして、レジェップ・レジェピは時計製造における最も成功したひとりとなった。コソボ出身の神童的時計師である彼は、わずか15歳でパテック フィリップに見習いとして入り、その後BNBコンセプトを経てフランソワ=ポール・ジュルヌのアトリエに加わった。

 2012年、26歳でアクリヴィアを創設。当初はレギュレーター表示のトゥールビヨンや、チャイミング機構を備えたジャンピングアワーなどを、大ぶりでモダンなケースに収めたモデルを手がけていた。

 これらは高い仕上げと技術力で注目を集めたものの、真の飛躍は2018年に発表された〈クロノメトル・コンテンポラン〉によってもたらされた。

 このモデルは、グラン・フーエナメルの文字盤を備えたクラシカルなケースと、時刻表示のみに徹したムーブメントによって、彼の手仕事への徹底したこだわりを純粋な形で表現した一本である。その完成度は瞬く間に評価され、彼を一躍トップスターの地位へと押し上げた。

〈クロノメトル・コンテンポラン II〉は、レジェップ・レジェピのクロノメトリー思想と手仕事の美学をさらに深化させた一本である。

  レジェップ・レジェピは、その時計製作の才能にとどまらず、優れたビジネス感覚も示しており、とりわけ垂直統合の重要性を深く理解している。

 2019年には、20世紀後半を代表する名ケースメーカーのひとりであるジャン=ピエール・アガマンを迎え、ケースの自社製造工房を設立した。

 同年、カルト的存在となったモデルの後継機として〈クロノメトル・コンテンポラン II〉を発表。この新作は、引き続き卓越した仕上げが施された新設計ムーブメントを搭載しつつ、ふたつの香箱によってそれぞれ駆動されるツイン輪列構造を採用。

 さらに、独立駆動のデッドビート・セコンドに加え、ハック機能およびゼロリセット機構を備えるなど、クロノメトリーと実用性の両面で大きな進化を遂げている。

Roger W. Smith

ロジャー・W・スミス(1970年〜)イギリス出身。ジョージ・ダニエルズ唯一の弟子として知られる存在である。若い頃にダニエルズの著書『ウォッチメイキング』に感銘を受け、マン島に渡って直接師事し、伝統的な手作業による時計製造技術を徹底的に学んだ。2001年に自身のブランド、ロジャー・ダブリュー・スミスを設立した。

  ロジャー・W・スミスは故ジョージ・ダニエルズのもとで唯一、弟子として、そして共同で時計製作に携わった時計師である。一般に“ダニエルズ・メソッド”と呼ばれる手法を用い、今日において最も優れ、かつ希少価値の高い時計を生み出すひとりである。

ジョージ・ダニエルズとロジャー・W・スミス。ふたりは英国時計製造を象徴する師弟関係であり、手作業による伝統技術とクロノメトリーの思想を継承・発展させてきた。

  20年以上にわたり、彼はマン島という静かな環境の中で孤高の製作を続け、年間わずか10本ほどの時計しか手がけていない。この間、師が発明したコーアクシャル脱進機にも改良を加えてきた。

 もともとこの脱進機は、同軸上に配置されたふたつのガンギ車を特徴としていたが、スミスはその構造を簡素化し、異なる歯形をひとつのガンギ車に統合した。これにより、一方の歯がテンプのローラーに直接インパルスを与え、もう一方がアンクル石に力を伝える構成となり、より高い同心性と円環性を維持することが可能となった。

 さらに彼は、質量を抑えることで低慣性化を図り、動力伝達効率を高めるよう設計を最適化している。これにより、テンプの振動をより安定して維持することが可能となり、クロノメトリーの向上に大きく寄与している。

 〈注目の新鋭〉Théo Auffret

テオ・オフレ フランス生まれ。若手独立時計師の中でも急速に注目を集める存在であり、伝統的な手作業とクラシカルな機構に根ざしながらも、独自の構造美と高い仕上げによって評価を高めている。パリの時計学校で学んだ後、複雑機構の分野で経験を積み、独立後は〈トゥールビヨン・ア・パリ〉などの作品を通じて、その技術力と審美性を示している。

  2018年の“F.P.ジュルヌ ヤング・タレント・コンペティション”で、レミ・クールズおよびシリル・ブリヴェ=ノードとともに受賞。その後、テオ・オフレはブランド立ち上げの資金調達を目的としたスースクリプション(予約販売)形式で〈トゥールビヨン・ア・パリ〉を発表した。

 このモデルは、ムーブメントの構造と仕上げの完成度が極めて高く、その機構そのものがダイアルデザインの中核を成している。

 分表示はセンター針で行い、時表示は5時位置のサブダイアルに配されることで、大型のトゥールビヨンと香箱を大胆に露出させ、それらをフィンガーブリッジで固定する構成となっている。裏側には美しい曲線を描くふたつのフィンガーブリッジが配され、その一方はポリッシュ仕上げの面取りと鋭い内角を備えた大型の三番車を支えている。

 さらに新作として〈トゥールビヨン・グランスポール〉を発表。全面スケルトンのダイアルと、インテグレーテッドストラップに対応するためのより複雑なケース構造を採用している。トゥールビヨンムーブメントも改良され、中央時分表示、トゥールビヨンキャリッジ上の秒針、そして4時位置のパワーリザーブ表示を備える仕様となっている。

〈トゥールビヨン・グランスポール〉は、テオ・オフレが従来のクラシカルな作風から一歩踏み出し、よりスポーティかつ現代的な方向性を打ち出したモデルである。

 Cyril Brivet-Naudot

シリル・ブリヴェ=ノード フランス生まれ。2018年に自身のブランド、シリル・ブリヴェ=ノードを設立した独立時計師。フランスで時計製造を学んだ後、従来の歯車式伝達とは異なる独自のスタイルを追求してきた。〈エシャペマン・ナチュレル・セコン〉では、歯車を極力排した機構構成と、ダイレクトインパルスを採用し、極めてユニークな時間表示を実現している。

  シリル・ブリヴェ=ノードは、原材料からすべてを手作業で時計へと作り上げる典型的な独立時計師である。フランスを拠点とするこの有望な若手は、約4年前に〈エキセントリシティ〉でデビューし、続いて2021年に〈エキセントリシティ・レゼルヴ・ド・マルシェ〉を発表した。

 いずれのモデルも19世紀の懐中時計に着想を得ながら、極めて独創的なレギュレーター表示を採用している点が特徴である。

 回転する分表示のサブダイアルの中に小さな時表示ダイアルを内包する構成で、分リングは透明なサファイアディスクに取り付けられ、このディスクがムーブメントの二番車に連動して1時間で1回転し、固定されたブルースチールのポインターによって現在の分が示される仕組みとなっている。

シリル・ブリヴェ=ノード〈エキセントリシティ・レゼルヴ・ド・マルシェ〉 代表作〈エキセントリシティ〉を発展させたモデルであり、独自の表示機構と手作業による製作哲学を体現した一本である。

  とりわけ重要なのは、このムーブメントが、19世紀のクロノメーター製作者ルイ・リシャールによって考案されたエキセントリック脱進機を改良した機構を採用している点である。

 いわゆるフリー・エキセントリック脱進機は、スイスレバー脱進機のロック/アンロック機構と、デテント脱進機の持つ摩擦の少ない作動=ダイレクトインパルスを組み合わせ、いいとこ取りを目的として設計された。

 テンプはダイアル上で時刻表示と対称的に配置されている一方、この脱進機自体は構造が複雑であるため、ケースバック側に設けられている。全19点の部品から構成され、それらはすべて手作業で製作されている。

Rémy Cools

レミ・クール フランス生まれ。パリの時計学校で学んだ後、フランスを拠点に手作業による時計製作に取り組み、2018年のF.P.ジュルヌ ヤング・タレント・コンペティションを受賞。2018年に自身のブランド、レミ・クールを設立した。〈トゥールビヨン・スー・スクリプション〉など伝統的な構造を踏まえつつ、機構そのものを視覚的に表現している

  わずか25歳にして、レミ・クールは若手独立時計師の中でも最も才能あるひとりと目されている。

 フランス出身の彼が初めて注目を集めたのは、2018年にF.P.ジュルヌ ヤング・タレント・コンペティションで、卓上時計〈メカニカ・テンポス・ペンデュレット・トゥールビヨン〉により3名の受賞者のひとりとなったときである。

 モルトーのリセ・エドガール・フォールを卒業後、グルーベル・フォルセイで短期間の経験を積み、〈ハンドメイド1〉の製作に携わったのち、フランスに自身の工房を設立。

 2020年には〈トゥールビヨン・スースクリプション〉を発表した。このモデルは、将来の納品を前提に顧客がデポジットを支払うスースクリプション方式で販売された。

 ほぼすべてが手作業で製作されるこの時計は、持ち上げられたように配置された縦方向のサブダイアルとトゥールビヨン、そしてフリースプラングテンプを特徴とする。さらに、ケースバック側に設けられたふたつの平面状リューズで、回転式タブとして主ゼンマイの巻き上げと時刻調整をそれぞれ担う。

 またムーブメントの仕上げは極めて高水準で、香箱受けやフィンガーブリッジには多数の内角が施され、受け石はポリッシュ仕上げの座ぐりにセッティングされている。

 歯車に至るまでスポークの面取りや鋭い内角が与えられており、その徹底ぶりは特筆に値する。全9本のシリーズの納品を終えた現在、彼はトゥールビヨンの最終進化形の製作に取り組んでいる。

〈トゥールビヨン・スースクリプション〉は、レミ・クールが独立後に発表した代表作であり、スクールウォッチ(卒業制作)を発展させたもの。純粋なクロノメトリー志向と手作業の極致を示す一本である。

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