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モリッツ・グロスマン:ドイツの至宝、そのこだわりのすべて

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ドイツの時計産業の中心地、グラスヒュッテに位置するモリッツ・グロスマンは、執拗的ともいえるクラフツマンシップへのこだわりで知られる。その精緻な時計製造の世界に深く迫る。

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Moritz Grossmann: A German Jewel

モリッツ・グロスマン:ドイツの至宝、そのこだわりのすべて

ドイツの時計産業の中心地、グラスヒュッテに位置するモリッツ・グロスマンは、執拗的ともいえるクラフツマンシップへのこだわりで知られる。その精緻な時計製造の世界に深く迫る。

by Cheryl Chia. Jun 14, 2023

モリッツ・グロスマンの歴史

 ドイツのファインウォッチメイキングの話になると、まず名前が挙がるのはやはりA.ランゲ&ゾーネだろう。だが近年、小さい田舎町ながら、ドイツの時計製造の中心地グラスヒュッテにおいて、モリッツ・グロスマンは着実に存在感を高めている。

 卓越したクラフツマンシップと、ムーブメント製作における独自のアプローチによって、時計界における確固たる地位を築きつつあるのだ。

 控えめな生産規模のブランドでありながら、その時計製造の水準は、著名な隣人と同等の領域にある。ただし、そのスケールははるかに小さい。

 ブランドの物語は実に魅力的だ。創業者は、アイヒシュテット出身の時計師であり、ランゲ&ゾーネおよびグラスヒュッテ・オリジナルでの勤務経験を持つクリスティーネ・フッター。彼女が機械式時計に魅了されたのは、1986年に大学を卒業して間もなくのことだった。

 ミュンヘンにて、名匠ヴィルヘルム・グレッグラーのもとで修業し、振り子時計、懐中時計、クロノグラフの修復に従事。クラス首席で修了した後、ドイツ時計製造の聖地グラスヒュッテへと歩みを進めた。

 キャリアはドイツ最大の高級時計リテーラー、ヴェンペから始まり、その後モーリス・ラクロアを経て、1996年にはグラスヒュッテ・オリジナル、さらにランゲ&ゾーネへと移籍した。

 そしてグラスヒュッテでの歳月の中で、彼女は時計師カール・モリッツ・グロスマン(1826–1885年)という偉大な名に出会う。郵便仕分け人の息子として生まれながら、フェルディナント・アドルフ・ランゲ、ユリウス・アスマン、アドルフ・シュナイダーと並び、ドイツ時計産業の礎を築いた人物である。

左:伝説の時計師、モリッツ・グロスマン 右:新生ブランドのファウンダー、クリスティーネ・フッター。

 フェルディナント・アドルフ・ランゲと同様に、カール・モリッツ・グロスマンは、時計学の発展とグラスヒュッテの繁栄に大きく寄与した。

 ランゲ&ゾーネを9年前に創業していたランゲの勧めを受け、モリッツ・グロスマンは1854年に自身の時計工房を設立。そこでグラスヒュッテの時計師たちのために高精度旋盤を開発し、その後はレバー脱進機や、クロノメーターに用いられるデテント脱進機の改良に取り組んだ。 やがて同社は、高品質な懐中時計やマリンクロノメーターの製造で広く知られるようになる。

ホワイトエナメルのダイヤルに、精緻に仕上げられたブルースティール針が流れるように時を刻む、ゴールド製ハンターケースのモリッツ・グロスマンの懐中時計。

 何よりもグロスマンを際立たせていたのは、グラスヒュッテにおける時計製造の水準を引き上げようとする揺るぎない情熱であった。彼は講座を開き、講演を行い、国内外の専門誌に数多く寄稿するなど、多作な執筆家でもあった。

 さらに著作や翻訳にも取り組み、クラウディウス・ソニエによる大著『時計学教程(Lehrbuch der Uhrmacherei)』の編集・翻訳にも関わっている。

 彼の重要な業績のひとつが、1866年に発表したアンクル脱進機に関する論文である。これは、今日の多くの時計に採用されているスイスレバー脱進機の基盤となるものであり、この研究によって彼は英国時計学協会が主催するコンペティションにおいて、ドイツ人として初めて優勝を果たした。

 その思想は1880年の著書『単純にして機械的に完璧な時計の構造について(Über die Konstruktion einer einfachen, aber mechanisch vollkommenen Uhr)』において詳述されている。

 1878年には、優れた時計師を育成するため、グラスヒュッテにドイツ時計学校を設立。学校はその後114年以上にわたり存続し、発展する産業を支え続けた。 しかし彼自身の時計製造は、1885年の早すぎる死によって幕を閉じることとなる。

 そしてモリッツ・グロスマンの名が再び時計界に姿を現したのは、2008年のことだった。家族の支援を受けたクリスティーネ・フッターが、19世紀のこの偉大な時計師の名の使用権を取得し、その継承者としてブランドを再興したのである。

グラスヒュッテのモリッツ・グロスマンのマニュファクチュール。

  2010年までに彼女は土地を取得し、ドイツの名門建築事務所フレンダー&ドロービッヒの協力を得て、伝統への敬意と先進的なビジョンを組み合わせたマニュファクチュールの建設に着手した。

 同年後半には、印象的なキャリバー100.0を搭載した〈ベヌー〉を発表。これを皮切りに、構造と仕上げの両面において、ドイツのみならずスイスの最高峰にも比肩するコレクションを展開していく。

モリッツ・グロスマン〈ベヌー〉プラチナ製モデル。

 年間わずか400本以下、そのこだわり

 現在、約40名の熟練時計師を擁するモリッツ・グロスマンの生産本数は、年間わずか400本以下にとどまる。ダイヤルに関しては、グラスヒュッテの伝統的な美意識に則り、クラシックそのものだ。過剰な装飾は一切なく、本質的な要素に対して徹底的な精度と手間が注がれている。

 このブランドを際立たせているのは、針の製作に費やされる労力である。モリッツ・グロスマンでは、針を自社で一から手作業により製造している。多くの著名ブランドが外部に委ねていることを考えれば、この点は同社の強いこだわりを物語っている。

 ひと組の針を完成させるまでには、時計師が丸一日を費やす。すべては、この上ない仕上がりを実現するために。

それぞれの針は自社で精緻に製作され、取り付けられるハブにも面取りとポリッシュが施されている。

  その工程は、平らなブランク材から針の輪郭を切り出すことから始まる。続いてダイヤモンドヤスリを用い、優美な立体へと成形される。次に、木製のホイールを使って手作業でポリッシュされる。

 特筆すべきは、各針に個別のハブが備えられ、それぞれに面取りとポリッシュが施されている点で、これにより他社とは一線を画す、明確な立体感が生まれている。最後に、針先は分目盛りに沿うよう曲げられ、視差を防いでいる。

針の形状はヤスリで整えられ、その後ポリッシュが施される。

針のエッジはポリッシングホイールで磨かれるが、これには高度な職人技が求められる。

各針はハブに圧入によって取り付けられる。

 最後に、加熱によって特定の色味を引き出す処理“アニーリング(焼きなまし、熱処理)”が行われる。多くの時計メーカーが採用する一般的なブルーではなく、モリッツ・グロスマンは独自の“ブラウン・バイオレット”と呼ばれる色調を用いる。

 この色を得るためには、270℃という温度で加熱する必要があり、許容される誤差はわずか±5℃に過ぎない。この工程にはリスクが伴う。わずかなミスでも、それまでの工程が台無しになってしまうのだ。

 さらに特筆すべきは、その針の薄さである。モリッツ・グロスマンの針は、最も細い部分でわずか0.1mmである。これを一本一本手作業で研磨・ポリッシュして作るのだ。まさに針のように鋭い職人技である。

最後に、針は直火で加熱され、美しいブラウン・バイオレットの色調へと仕上げられる。

レボリューション&ザ・レイクのために製作された、グラン・フー エナメルのアイボリーダイヤルを備えたモリッツ・グロスマン〈ベヌー 37 スチール〉。その文字盤と、ブランド独自の色調に熱処理された極めて繊細な針をクローズアップで見る。

 超精密なムーブメント

 ムーブメントに関しては、時代錯誤的ともいえるピラー&プレート構造が採用されている。これは地板と2/3プレートのあいだに輪列を挟み込み、ジャーマンシルバー製のピラーによって両プレートを固定する構造である。

 この方式は17世紀にまで遡るが、18世紀半ばに登場した時計師アントワーヌ・レピーヌが考案したキャリバーの普及とともに廃れていった。レピーヌ式では、2枚のプレートの代わりに単一の地板を用い、その上に独立したブリッジで輪列を固定するため、より合理的な設計が可能となったからである。

 とはいえ、ピラー&プレート構造は完全に姿を消したわけではない。大型の部品を用いるクロックやマリンクロノメーターでは、この構造が引き続き採用されてきた。

 ピラー構造は3/4プレート構造と同じく、組み立てが難しい。輪列のすべての上部ピボットを、上側の受石と一致させる必要があるため、高い精度が要求されるのである。

美しく構築され、精緻に仕上げられたキャリバー100.0。

2枚のプレートを繋ぐ曲線的に成形されたジャーマンシルバー製ピラーに注目してほしい。

  輪列の歯車には、真鍮ではなくすべてARCAPが用いられている。ARCAPは銅・ニッケル・亜鉛から成る非磁性合金で、軽量かつ耐食性に優れ、高い引張強度を備えている。

 モリッツ・グロスマンのムーブメントは、マリンクロノメーターの設計思想を踏襲し、特大のテンプが採用されている。振動数は伝統的な毎時1万8000振動(2.5Hz)である。

 このテンプは自社開発によるもので、リムにバランス調整用のスクリューを備えている。スクリューを埋め込み式とすることで、テンプは可能な限り大型化され、利用可能な空間を最大限に活用している。

 伝統的なクロノメーターの原理に則り、ヒゲゼンマイにはブレゲひげが採用されている。調整機構には12パーツからなる精巧なインデックスレギュレーターが用いられ、テンプ受けには深いネジ山を持つマイクロメータースクリュー付きの緩急針が設けられており、これが露出しているのも特徴だ。

 インデックスのテール先端はこのスクリューのネジ山と噛み合っており、スクリューを回すことでインデックスが微調整され、ヒゲゼンマイの有効長が変化する。それにより、テンプの振動数が精密に調整される。

バックページ表示を実現するために、構造を反転させたキャリバー107.0。モーションワークスを支えるブリッジには、数多くの内角仕上げが施されており、その精緻な作り込みに注目したい。

  構造のみならず、そのムーブメントは視覚的にも魅力的である。素材の色使いが巧みで、ポリッシュされたゴールドシャトン、加熱発色されたブラウン・バイオレットのスクリュー、そしてホワイトサファイアの受石が、ジャーマンシルバーのプレート上に美しいコントラストを描いている。これらはクラシカルなダイヤルと見事な対比を成している。

 設計は、歴史的なグロスマンの懐中時計に着想を得ている。ブラウン・バイオレットのスクリューと、ホワイトサファイアの受石を保持するゴールドシャトンはいずれもわずかに盛り上がっており、ムーブメントに立体感を与えると同時に、受石の取り外しや清掃を行う際に、プレートを傷つけるリスクを回避できる。

ブラウン・バイオレットのスクリューとゴールドシャトンはわずかに盛り上がっており、ムーブメントに奥行きを与えている。これにより、受石の取り外しや清掃を行う際にも、プレートを傷つけることなく安全に作業できる。

  この複雑を極めた構造に加え、銅含有量が高く比較的柔らかいジャーマンシルバーを用いているため、すべてのムーブメントは入念な二段階組み立て工程を経る。

 まず初回の仮組みによって機械的なチェックが行われ、輪列のエンドシェイク調整(上下のクリアランス調整)に続き、脱進機の調整、そしてテンプのトゥルーイング(真円出し)が施される。

 その後、ムーブメントは一度完全に分解され、各パーツに装飾仕上げが施されたのち、最終組み立てへと移行する。

 すべてのムーブメントは二度組みされる。

テンプはポイジングツール上で回転させられ、バランスの偏りがないか確認される。

 クラシックなデザインと独創の複雑機構

  グロスマンの掲げた“単純にして、完璧に設計された時計”という哲学を受け継ぐブランドとして、展開はクラシカルな三針時計が中心である。これらは多彩なバリエーションで用意されるほか、日付表示やパワーリザーブ、GMTといった小複雑機構もラインナップに含まれる。

 さらに、表向きはシンプルな時刻表示にとどまりながらも、巧妙なメカニズムを内包したモデルも存在する。たとえば、ムーブメントを反転させた〈バックページ〉や、ハンマー巻き上げ機構を持つ〈ハマティック〉などである。

〈ハマティック〉に搭載されるキャリバー106.0は、揺動するウェイトによってポールを作動させ、巻き上げ輪の歯に噛み合わせることで主ゼンマイを巻き上げる。Image: Wanyu Lee(IG: Deletrium)

  モリッツ・グロスマンは複雑機構に取り組む場合でも、その表現は独創的だ。たとえば2022年に発表された〈ユニバーサルツァイト〉では、6つのタイムゾーンを開口部のデジタル表示で示し、都市名はワールドマップ上に配されている。

モリッツ・グロスマン〈ユニバーサルツァイト〉(Image: ©Revolution)

  ブランド史上最も複雑なモデルである〈ベヌー・トゥールビヨン〉は、ストップセコンド機構を備えたフライング・トゥールビヨンである。ブレーキレバーの先端には、人の髪の毛で作られたブラシが取り付けられており、トゥールビヨンを優しく止める役割を果たす。

 さらに、ケージの支柱は三角形の断面に設計されているため、万が一ブラシが触れても毛が左右に逃げ、テンプとの接触を妨げることなく維持できるよう工夫されている。

 このモデルは、3分で1回転するスロー・トゥールビヨンで、ストップセコンド付きトゥールビヨン以上に希少な存在といえる。一般的な1分トゥールビヨンとは異なり、異なるギア比が必要となるため、歯車はトゥールビヨンケージ内部に組み込まれている。この再設計により、視覚的にもより複雑で奥行きのある構造が実現されている。ゆったりとした回転速度ゆえに、その動きを余すことなく鑑賞することができる。

 テンプは毎時1万8000振動という低振動で駆動され、ゆっくりとしたリズムは機構の美しさを際立たせている。

〈ベヌー・トゥールビヨン〉は、ストップセコンド機構を備えたフライング・トゥールビヨンを搭載し、そのケージは3分で1回転する。

 細部まで完璧な手仕上げ

 ムーブメントの中でもひときわ目を引くのが、ラチェットホイールに施された三重のスネイル装飾である。これは他と一線を画す意匠となっている。ラチェットホイールのスネイリングは時計製造において見過ごされがちだが、実際の加工工程を目にすると、その奥深さが理解できる。

 というのも、単に研磨ホイールを回転させながら当てるだけでは、ペルラージュのような同心円状の模様しか生まれない。中心から放射状に広がるパターンを得るためには、ラチェットホイール自体を常に逆方向に回転させる必要があるのだ。

 そのため、この工程では2つのスピンドルが用いられる。ひとつは偏心位置に配置された研磨用、もうひとつはワーク自体を回転させるためのものである。一度プログラムされれば、この複雑な加工も安定して施すことができる。

ラチェットホイールに施された、特徴的な三重のスネイリング装飾。Image: Wanyu Lee(IG: Deletrium)

  段差のある立体的な装飾のために、技法の確立だけで数カ月を要したという。まずラチェットホイールの歯は外周に沿って面取りとポリッシュが施され、スネイリングとの美しいコントラストを生む。続いて最内周から外側へ向かって、スネイリングの層が段階的に重ねられていく。

クラウンホイールにはブラックポリッシュ仕上げのスチール製キャップが備えられ、ラチェットホイールにはブランドのシグネチャーである三重のスネイリング装飾が施されている。歯先の精緻なポリッシュにも注目したい。

  三重のスネイリングは、間隔を広く取ったグラスヒュッテ・リブ仕上げと美しいコントラストを成している。このリブは通常、ムーブメント上に4〜6本のストライプとして施される。

 針やムーブメント各部の仕上げに徹底して手間をかけるこのブランドにとって、これはコストの問題ではなく、あえて抑制を効かせた美的選択である。同様に、地板に施されたフロスト仕上げも、装飾されたパーツを際立たせるための静かな背景として機能している。

 また、2/3プレートに刻まれた、ブランドロゴを含めたすべての刻印は、精緻な手彫りで仕上げられている。

2/3プレートに刻まれた刻印は、すべて手彫りによるもの。Image: Wanyu Lee(IG: Deletrium)

  ラチェットホイールの隣に見えるクラウンホイールは、スポークを持たない構造となっており、2本の大きなスクリューで固定されたブラックポリッシュ仕上げのスチール製キャップによって支えられている。ブラックポリッシュとは、表面を鏡のように平滑に仕上げることで、光を黒く反射させる高度な仕上げ技法である。キャップのエッジにも面取りとポリッシュが施されている。

 2/3プレートは、直線的な面取りが施されたエッジと、大きな半円形の開口部で終端し、自社製のテンプを覗かせている。このテンプは、リムに面取りとポリッシュが施され、アームにはペルラージュがあしらわれるなど、細部まで丁寧に仕上げられている。

 多くのムーブメントでは、テンプおよびガンギ車は、精緻なフローラル模様の手彫りが施されたコックによって保持されており、一方でアンクル(パレットフォーク)を支える第三のコックにはスネイリング装飾が施されている。

 ほとんどすべてのパーツに表面仕上げが施されており、マイクロメータースクリューの角頭や、そのエッジの面取りに至るまでポリッシュされている。

グラスヒュッテの伝統として、テンプ受けおよびガンギ車受けには手彫り装飾が施される(©Revolution)

  こうしたザクセン流の美学と哲学――細部への徹底したこだわり、卓越したクラフツマンシップ、そして高い技術的完成度――こそが、年月を経てもなお魅力を失わず、競争の波にも揺るがない時計を生み出しているのである。

Brands:Moritz Grossmann

Brand:Moritz Grossman
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