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トゥールビヨンを傾けた男たち──165年にわたる重力への挑戦

Editorial

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The Angle of the Angels

トゥールビヨンを傾けた男たち──165年にわたる重力への挑戦

トゥールビヨンを「傾ける」という発想は、21世紀に生まれたものではない。その起源は、今から165年以上前、ボストンの時計師アンドリュー・H・ポッターが製作した一本の懐中時計にまで遡る。その後、ヴァルター・プレンデル、そしてグルーベル フォルセイをはじめとする現代の時計師たちへと受け継がれてきた、重力との終わりなき戦い。傾斜式トゥールビヨンはいかに生まれ、進化してきたのか。その知られざる系譜を紐解く。

by Wei Koh . Oct 2, 2026

11まで行く時計

 架空のロックバンドを追う、ドキュメンタリー風のコメディ映画『スパイナル・タップ』(1984年)には、こんな名場面がある。バンドのリードギタリスト、ナイジェル・タフネルが、自慢の宝物のひとつを披露する場面だ。

 それは、ボリュームつまみの目盛りが「11」まである珍しいマーシャルのアンプだ。ドキュメンタリー制作者に、普通のアンプよりも音が大きいのかと尋ねられ、タフネルはこう答える。
「ひとつ分、音が大きいだろ? 10じゃないんだ。普通の連中は10で弾く。ここを10にして、ギターも10にする。それでめいっぱいさ。しかし俺たちは、もうひと押ししたいときに、11まで上げることができるんだ!」

「……10の音をもっと大きくして、10を最大にすればいいのでは?」
「……こいつは11まであるんだ!」

  目盛りが11まであるから、10までのアンプより大きな音が出ると、タフネルは真顔で信じているのだ。ここから「go to eleven」は、「限界を超える」「通常以上に突き抜ける」という慣用句として使われるようになった。

 19世紀のボストンで活動した時計師、アンドリュー・H・ポッターが、優雅なサロンにゆったりと腰を落ち着けている姿を想像してみよう。そこでは時計コレクターたちが、ひとり、またひとりと、ウェストコートから驚くべき時計を取り出している。

 なかでも目の肥えた者たちが手にするのは、計時機構の中でもとりわけ複雑な装置、トゥールビヨンを備えた時計だ。テンプ、ヒゲゼンマイ、脱進機を含む調速機構を、自らの軸を中心に回転するケージに収め、重力による誤差を平均化する仕組みである。
 時計が垂直になった状態では、ヒゲゼンマイの伸縮は同心円状からずれやすくなり、軸の位置のずれによって軸先にかかる摩擦も増す。地上には重力に打ち勝つ力が存在しない。そこで1801年、アブラアン-ルイ・ブレゲは、重力をいわば自ら打ち消させるために、この装置を生み出した。

 しかし、ウェストコートのポケットに収めたり、提げ環を台座に掛けたりした垂直姿勢以外でも、トゥールビヨンが有効なのか。その点については、当初から議論があった。

▲アブラアン-ルイ・ブレゲのトゥールビヨン機構を搭載した、史上初の実験用懐中時計試作機、ブレゲ No.282。

 トゥールビヨンは、懐中時計をポケットに入れ、1日の大半を垂直に保って使うことを想定した仕組みだった。この姿勢では、ケージが回転することで、テンプに対して重力が働く方向が変わり続ける。その結果、重力によって生じる進みや遅れを平均化できる。

 ところが、時計を机の上に平らに置くと、事情が変わる。テンプの軸が垂直になり、片側の軸先が受け石に接する。接触する面積が小さいため、摩擦も比較的少ない。一般に、これはテンプが安定して動きやすい姿勢であり、夜間は時計を平らに置くことが薦められる理由でもある。

 しかし、従来のトゥールビヨンでは、平らに置いたときと、垂直にしたときの進み方の違いまでは平均化できない。平らに置くと、ケージが回ってもテンプに対する重力の方向は変わらず、エネルギーだけを消費し続ける。また、時計を斜めに置いた場合にも、姿勢による誤差を十分に補正できない。

 そこで生まれるのが、「テンプ自体を傾けたらどうか」という発想だ。テンプをムーブメントの地板と平行に置かず、角度をつけて取り付ける。すると、ケージの回転に伴って、テンプの傾きも変わり続ける。

▲ワルター・プレンデルの、傾斜したトゥールビヨンが6分で1回転する懐中時計。

 傾けたテンプは、ケージの回転に伴い、横から見ると円すいを描くように向きを変える。これによって、テンプに対して重力が働く方向も、従来より幅広く変化する。この考え方は、コートのポケットに入れたり、机の上に置いたりする懐中時計にも、動く腕に着ける腕時計にも当てはまる。時代が変わっても、その原理は変わらない。

 この仕組みを初めて実際に作ったのは、ボストンのほとんど無名の時計師だった。独立時計師による時計作りの伝統がほぼない街で、彼は1本の懐中時計を製作した。しかし、その時計は165年にわたり、別の時計師の作品と取り違えられてきた。彼の名は、アンドリュー・ホールデン・ポッターである。

▲アンドリュー・H・ポッターが製作した、テンプの軸を傾けた現存最古のトゥールビヨンを搭載する懐中時計(Image: Bonhams)

 それは1860年頃のことだった。彼の着想はその後、どこへ行き、誰に見いだされ、どうして再び忘れられたのか。誰が独自に同じ仕組みを考案し、そして21世紀になって、誰がようやく製品として世に送り出し、その精度を実証したのか。その歩みは、トゥールビヨンの歴史の中でも、とりわけ驚きに満ちた物語である。

 時計に精通した貴族たちが集まる部屋に、ポッターがいる姿を想像すると、いつも笑みがこぼれる。彼らは次々とトゥールビヨン懐中時計を取り出し、精緻な機構を披露する。そこでポッターが、こう口にするのだ。

「私も持っていますよ。ただ、私のは25度傾いています!」

 ナイジェル・タフネルが「こいつは11まであるんだ!」と言うときと同じ、静かな自信を漂わせながら。

ポッターはふたりいた

 アメリカの時計史を真剣に学ぶ人なら、少々頭を抱えたくなる事実がある。「A. H. ポッター」という時計師は、ふたりいたのだ。どちらも19世紀後半に活躍し、卓越した技術を持っていた。

 そして時計業界の専門誌やオークションカタログでは、1世紀以上にわたり、繰り返し、ときには驚くほど大胆に取り違えられてきた。

 よく知られているのは、アルバート・ヘンリー・ポッターである。1836年にニューヨーク州メカニックビルで生まれ、1908年にジュネーブで亡くなった。アメリカからジュネーブへ渡り、デテント脱進機を備えた、精緻な懐中クロノメーターを製作した時計師だ。

 その技術力を物語る逸話がある。スイス屈指の時計師で、ユリス・ナルダンの脱進機も手がけたポール・ベルナーが、自作を2本携えて彼の工房を訪れた。自分の腕前を見せるつもりだったが、ポッターの仕事に圧倒され、結局、時計を鞄から取り出すことさえなかったという。

 金時計の相場が50ドルだった時代に、アルバートはレバー脱進機を備えた時計を250ドルで販売していた。また、ガンギ車を固定し、その周囲をケージ内のアンクルが1分間に5回転するトゥールビヨンも考案した。

 この大胆な設計は21世紀に再び姿を現す。ジャン-ピエール・ゴレイが、フランク ミュラーの5秒トゥールビヨン〈サンダーボルト〉で採用したのである。

▲アルバート・H・ポッターと、彼が製作したトゥールビヨン懐中時計。ガンギ車は固定され、その周囲をケージ内のアンクルが1分間に5回転する(Image: Antiquorum)

 もうひとりが、アンドリュー・ホールデン・ポッターである。1834年にボストンで生まれ、1893年に亡くなった。ボストンの名簿には、時計師兼宝飾商として名を残している。

 長年にわたり複数のパートナーと事業を営み、1870年にはポッター・ドレイク&カンパニー、1875年にはポッター&パイク、1885年からはアンドリュー・H・ポッター&カンパニーの名で活動した。

 また、ボストンの時計師で発明家でもあったジョージ・P・リードと、早くから協力関係にあった。アンドリューのムーブメントには、巻き上げ中も時計に動力を送り続ける、リードの特許取得済みの香箱が使われている。

 全米時計収集家協会(NAWCC)の研究者たちは、リードの銘が入ったムーブメントのいくつかを、アンドリューが仕上げた可能性もあると考えている。率直に言えば、彼の知名度はアルバート・ヘンリー・ポッターには及ばない。アルバートの名を知る、ごく限られた時計愛好家の間でさえ、そうなのだ。

 しかし、アンドリューは、より有名な同姓の時計師が成し遂げなかったことを実現した。1860年頃、時計史上初となる、テンプを傾けたトゥールビヨンを製作したのである。

 ハワード製シリーズIのエボーシュを改造し、ジョージ・リードの特許香箱を組み合わせ、番号1857の54mmの銀製ハンターケースに収めた。トゥールビヨンのケージは通常どおり平面上で回転するが、その内部のテンプは約25度傾けられていた。

 そして彼は、なぜテンプを傾けるのかを、正確に理解していた。ここが重要だ。その理解があったからこそ、この時計は単に珍しい仕組みにとどまらず、時計技術における確かな成果となったのである。

▲アンドリュー・H・ポッターの、テンプを傾けたトゥールビヨン懐中時計(Image: Bonhams)

 この時計は、2020年12月のボナムズのオークションにロット105として出品され、2万4062.50ドルで落札された。カタログには、テンプを傾けた目的が明確に記されている。時計を水平に置いたときと、垂直にしたときの歩度差を小さくするためだった。

 理論上、理想的な傾斜角は45度だ。ケージが回転する際、テンプが水平と垂直の両姿勢に対して均等な位置関係を取れるからである。しかし、時計が厚くなりすぎるのを避けるため、ポッターは25度を選んだ。

 理論上の理想よりも、実用性を優先したのである。彼が考えていたのは、技術を見せつける時計ではない。持ち歩き、机の上にも置いて使う、実用品としての時計だった。

 これは、時計作りに真剣に向き合う職人の考え方だ。実際の構造にも、独創的な工夫が見られる。その価値は、これまでの文献では十分に評価されてこなかったが、ボナムズのカタログを丁寧に読むと、確かに見えてくる。

▲アンドリュー・H・ポッターは、テンプとガンギ車をケージの回転軸からそれぞれ反対側にずらし、両者の間にアンクルを渡す構造とした。

 ケージには、肉抜きを施した3本のブリッジがある。この3本が、構造を理解する鍵となる。

 1本目は、ケージの中心から片側にずらして配置された、傾斜したテンプを支える。中心にある2本目は、ケージの回転軸と、長いアンクルを用いた直線配置のレバー脱進機を支える。3本目はガンギ車を支え、通常のトゥールビヨンと同様に、固定されたムーブメントの4番車と噛み合う構造になっている。

 ケージが回転すると、ガンギ車は固定された4番車の周囲を回りながら駆動され、アンクルを介して、傾斜したテンプの振り座へ動力を伝える。

 ポッターは、従来のケージの中で、単にテンプを傾けたのではない。トゥールビヨン全体の配置を見直したのだ。テンプを回転軸の片側に、ガンギ車を反対側にずらし、両者の間にアンクルを渡した。

 ケージ自体は、通常どおり地板と平行な面内で回転する。傾いているのは、その内部に配置されたテンプである。部品を中心からずらすことで、ケージ内に左右非対称の空間を作り、テンプを傾けて収められるようにした。そこに、この構造の独創性がある。

 この時計はその後、アメリカの実業家で時計収集家のセス・アトウッドのコレクションに加わり、イリノイ州ロックフォードのタイム・ミュージアムに収蔵された。同館のクロノメーターのカタログを編纂したのは、イギリスの著名な時計師、アンソニー・G・ランドールだった。

 奇しくも彼自身、1977年1月に2軸トゥールビヨンを発明している。ランドールは、この時計をA. H. ポッターの作品としながらも、「おそらく別人」と注記した。同館にはジュネーブのアルバート・ヘンリー・ポッターの時計も収蔵されていたが、その人物の作品ではないという意味だ。

 一方、時計史研究者のドナルド・ホークのアメリカ製懐中時計のカタログでは、正しくアンドリュー・H・ポッターの作品とされていた。

 タイム・ミュージアムは1999年に閉館し、時計はオークションへと渡った。1860年頃のボストンから、2020年のボナムズ・ニューヨークまで。その長い年月の大半、この時計は作者を取り違えられるか、正しく特定されても注目されずにいた。

 あるいは、その仕組みを知ることで多くを得られたはずの時計師たちに、存在すら知られていなかった。

 2004年8月の『ヨーロッパ・スター』の記事も、その一例だ。同年のバーゼルでのグルーベル フォルセイの発表をきっかけに、立体的な構造や多軸式のトゥールビヨンが次々と登場する状況を取り上げた記事は、1860年頃に傾斜したテンプを持つトゥールビヨンを製作した人物を「アルバート・ポッター」としていた。ポッター違いであり、時計も違う。この誤認は、今日まで時計業界の専門誌に残っている。

 実際にトゥールビヨンのテンプを傾ける仕組みを生み出したアンドリュー・ホールデン・ポッターは、今もアメリカ時計史に埋もれた人物のひとりである。その功績は165年にわたり認められず、より有名な同姓の時計師のものとされてきた。

 確認されている唯一の傑作は、約2万4000ドルで落札された。その価値に目を向けるべき人々の多くが、おそらく見逃したオークションで―。

ザクセンで進化した傾斜式——ワルター・プレンデルの挑戦

 アンドリュー・ポッターが1860年頃にボストンの工房で製作した時計から、次に記録に残る傾斜式トゥールビヨンまでは、約70年の空白がある。

 その着想は広まらず、紹介されることも、誰かが発展させることもなかった。ブレゲが考案した、地板と平行に回転するケージが基本構造として定着し、その向きは1世紀近く、ほとんど見直されなかった。

 この着想をようやく引き継いだのが、ドイツの時計師ワルター・プレンドルである。彼が活動したのは、意外な場所だった。ザクセン地方の町、グロイチュ。時計史に詳しい人でなければ、地図上で探すのも難しい町だが、ドイツ時計史で最も重要な時計学校の近くである。

 プレンデルは、グラスヒュッテのドイツ時計学校で、アルフレッド・ヘルヴィグに学んだ。ヘルヴィグは1920年、フライングトゥールビヨンを発明した人物だ。

 ケージを支える上側のブリッジを取り払い、下側だけで支えることで、機構がムーブメントの中に浮かんでいるように見せた。この仕組みは、美しさと技術の両面で、グラスヒュッテの時計作りを代表する成果のひとつとなった。

 プレンデルは、その構造を受け継ぎ、師が試みなかったことに挑んだ。トゥールビヨンそのものを傾けたのである。

▲ワルター・プレンドルの、2つの香箱を備えた6分で1回転するトゥールビヨン懐中時計。クラシックなダイアルには、9時位置に「AUF/AB」のパワーリザーブ表示、3時位置にスモールセコンドを配する。

▲通常より大きな2番車が、カナを介してトゥールビヨンのケージを回転させ、ケージは6分で1回転する。4番車はケージとともに移動し、そのカナが固定された3番車の周囲を回る。

 1927年に製作を始め、1928年に完成したこの懐中時計には、驚くほど野心的な技術が詰め込まれている。ザクセンの小さな町で、ひとりの職人が手作業で作り上げたとは、にわかに信じがたいほどだ。

 直径47.2mm、厚さ13mmのムーブメントには、ヘルヴィグ式の2つの香箱を採用。それぞれ6回転できるが、巻き止め機構によって、実際に使う範囲を4回転に制限している。これは、主ゼンマイの力が最も安定する中間の範囲だけを使う、グラスヒュッテ伝統の方法である。

 輪列の歯には、全体を通して、ほぼ三角形に見えるインボリュート形状を採用している。ヘルヴィグ式フライングトゥールビヨンのケージを動かすのは、2番車だ。一般的なトゥールビヨンは3番車から駆動するため、これは珍しい構成である。2番車を駆動源としたことで、その先の歯車の回転比も変わり、ケージは通常の1分ではなく、6分で1回転する。

 ケージをゆっくり回す主な目的は、回転に必要なエネルギーを減らし、脱進機の摩耗を抑えることだ。ケージは滑らかに回り続けているように見えるが、実際にはテンプが振動するたびに、細かく動いては止まる。その加速に必要なエネルギーは、すべて主ゼンマイが供給している。

 テンプの振動数が同じなら、ケージの回転が遅いほど、1回の刻みで進む角度は小さくなる。6分で1回転するケージは、1分で1回転するものに比べ、1回に進む角度は6分の1となり、動きを止める際に抑えなければならない運動量も小さくなる。

▲ワルター・プレンドルのトゥールビヨンに組み込まれた、傾斜角の異なる各軸。テンプの軸は垂直面から30度、ガンギ車の軸は15度、アンクルの軸は23度傾けられている。これらを収めたケージは6分で1回転する(Image: Antiquorum)

 アンティコルムのカタログによると、ケージは3番車のカナ(小歯車)を中心に組み立てられ、内部に4番車とレバー脱進機を収めている。テンプは水平面に対して30度、アンクルは23度、ガンギ車は15度傾けられている。角度が異なるのは、それぞれの部品が噛み合い、動力を伝えられるようにするためだ。

 4番車は、固定された3番車と噛み合いながら、ケージとともに回る。その動力は、傾けて配置されたガンギ車とアンクルを通じて、テンプへと伝わる。ただし、各部品の軸の向きが違うため、動き方にも工夫が必要になる。

 ガンギ車の片側の軸先は、受け石に軽く押し当てられる。その歯は、アンクルの爪石に対して曲線を描くように動く。また、テンプから突き出した振り石は、アンクルの二股部分の中で、通常の動きに加えてわずかに上下する。こうした動きを組み合わせることで、傾きの異なる部品の間でも動力を伝えられるのである。

▲ワルター・プレンドルの、6分で1回転するトゥールビヨン懐中時計の構造。

 テンプには、温度が変わっても時計の進み方がずれにくい、ギヨーム式を採用している。特殊なニッケル鉄合金と真鍮を組み合わせたもので、当時、最も高度な温度補正の仕組みだった。

 一般的な温度補正テンプでは残ってしまう、中間の温度域での誤差も抑えられる。金製の調整ネジは計12本。ヒゲゼンマイは緩急針を使わないフリースプラング式で、外端にカーブを設けている。番号1928のケースは、グラスヒュッテのカール・リヒターが製作した。

 部品を傾けたことで、別の問題も生じた。テンプが左右に振れる際、角度の範囲が左右で違ってしまうのだ。

 ガンギ車の歯は、アンクルに付いた2つの爪石に交互に当たり、テンプへ力を伝える。しかし、ガンギ車とアンクルの傾きが違うため、歯が爪石に当たる角度も異なる。そのままでは、テンプが左右に振れるとき、力を受ける角度の範囲が揃わない。

 プレンドルは、一方の爪石の面を凸形に、もう一方を凹形にすることで対応した。さらに特殊な調整用ピンを加え、左右で力を伝える条件を揃えたのである。

 単にテンプを傾けるだけでは、時計は正確に動かない。プレンドルは、傾けたことで起こる変化を歯1枚の形まで考え抜き、仕組み全体を調整していたのだ。

▲ワルター・プレンドルの、テンプの軸を傾けたトゥールビヨン。3分後と、6分で1回転を終えたときの様子(Image: Antiquorum)

 ポッターとプレンドルの仕組みには、重要な違いがある。ただし、どちらかが単純に優れているわけではない。同じ問題に対する、異なる解決策なのだ。

 ポッターの時計では、ケージは通常どおり、地板と平行な面内で回転する。テンプを傾けて収めるため、内部の部品を中心からずらし、テンプを片側に、ガンギ車を反対側に配置した。

 通常のトゥールビヨンと同様、固定された4番車との噛み合いを利用し、ケージの回転に伴ってガンギ車がその周囲を回る。その動力がアンクルを通じて、傾斜したテンプへ伝わる。ポッターの独創性は、部品の配置と空間の使い方にある。

 プレンドルの時計も、ケージ自体は傾いていない。地板と平行な面内で回転する。彼が傾けたのは、その中にあるテンプと脱進機だ。先に述べたように、テンプ、アンクル、ガンギ車の軸に、それぞれ異なる角度をつけている。

 プレンドルが取り組んだのは、向きの異なる3つの軸を組み合わせ、そこで生じる力の伝わり方の差を補正することだった。2つの爪石の面をそれぞれ凸形と凹形にし、テンプが左右に振れる際、力を受ける角度の範囲を揃えた。脱進機の形状と動きを、細かく調整する必要があったのである。

 一方、ポッターは、部品を中心からずらすことで、傾斜したテンプと直線配置のレバー脱進機が機能する空間を作った。特殊な歯車形状に頼らずに実現した点に、その工夫がある。どちらも高度な技術を要する仕事であり、同じ仕組みとしてひとくくりにはできない。

 プレンドルのその後の人生も、この物語に新たな広がりを与えている。1949年7月の『NAWCC Bulletin』に掲載された本人の記述によれば、彼はグラスヒュッテのドイツ時計学校を優等で卒業した、歴代わずか4人の学生のひとりだった(ただし、これは本人が書いた経歴であることを付記しておきたい)

 その後、彼はアメリカへ渡った。少なくとも記事が掲載された1949年には移住しており、時計メーカーのウォルサムで技術部門の責任者となり、1966年に亡くなるまでその職を務めた。戦前で最も高度な傾斜式トゥールビヨンを作った時計師は、キャリアの後半をアメリカの時計メーカーで過ごしたのだ。そのため、彼の時計は、生前のアメリカの時計関係者にも、ほぼ確実に知られていたと考えられる。

 しかし、1860年頃にボストンで作られたポッターの時計とのつながりに、誰かが気づいていたかどうかは、記録に残っていない。約70年を隔てた2本は、同じ原理を追求し、アメリカ時計史の前後する章に位置している。誰かが両者を結びつけていたとしても、その痕跡は残らなかった。

 プレンドルの時計が2度オークションに登場した際の結果は、市場の変化をよく物語っている。2002年4月、アンティコルムで約120万スイスフランを記録した頃は、歴史的に重要な懐中時計を集める熱意が、まだ市場にあった。グルーベル フォルセイは創業前で、傾斜式トゥールビヨンは、現代の時計に比較対象を持たない、特別な歴史的作品だった。

 同じ時計が2021年5月、クリスティーズのジュネーブ・オークションに再登場したとき、予想落札価格の下限は4万5000スイスフランだった。2002年の結果を考えると、理解しがたい数字である。落札額は、手数料込みで15万スイスフラン。その間に時計の世界は、この時計が先取りしていた発想によって、大きく変わっていた。

 グルーベル フォルセイは創業し、精度競技会で優勝。傾斜式トゥールビヨンが単なる珍しい仕組みではなく、精度を高めるための技術であることを実証していた。プレンドルが採用した30度、23度、15度という角度も、トゥールビヨンの専門家エリック・クードゥレによって、現代の時計製造で再現されていた。

 それにもかかわらず、その角度を1928年に初めて形にした時計は、19年前の落札額を大幅に下回る価格となった。今こそ価値を十分に理解できるはずの市場は、真に非凡な懐中時計よりも、話題の腕時計に目を向けていたのである。

 これは時計の価値ではなく、市場のあり方を示す話だ。この時計は、間違いなく傑作である。市場が目を向けていなかっただけなのだ。現在この時計を所有する、ひとりの慧眼の持ち主を除いては――。

ふたりの時計師、ひとつの着想、グルーベルとフォルセイ

 ロベール・グルーベルとステファン・フォルセイは、のちにオーデマ ピゲ傘下となった複雑機構の専門工房、ルノー・エ・パピでともに働いていた。そこで、後に自らのブランドの出発点となる発明の開発に着手した。

 その着想は、30度傾けたトゥールビヨンのケージを、もうひとつの外側のケージの中で回転させるというものだった。2つの軸で回転させることで、ケージがひとつの場合よりも幅広い姿勢を巡り、重力による誤差を平均化する仕組みだ。

 グルーベル フォルセイとして独立する前、ふたりは既存の時計メーカーと共同で、この機構を開発することも検討した。しかし、最終的にはその道を選ばなかった。この着想は、時計の精度を高めるうえで重要なものであり、他社の製品ラインに加えるのではなく、自分たち独自の発明として世に出すべきだと考えたのである。

 これは、時計会社を立ち上げる理由としては珍しい。自分たちは重要な発見をした――ふたりは、そう確信していた。控えめとはいえないほどの自信だったが、この場合、その確信はまったく正しかった。

▲ステファン・フォルセイとロベール・グルーベル。

 〈ダブル トゥールビヨン 30°〉は、2004年のバーゼルワールドでデビューした。その仕組みは、ポッターやプレンドルの時計とは根本的に異なるため、違いを押さえておきたい。

 ポッターとプレンドルの時計では、ケージは通常どおり、地板と平行な面内で回転する。傾いているのは、内部に配置された部品だ。一方、グルーベル フォルセイの〈ダブル トゥールビヨン 30°〉では、内側のケージそのものが傾いている。その回転軸は、外側のケージの回転面に対して30度の角度をつけて取り付けられている。

 外側のケージは、輪列から動力を受け、固定された4番車の周囲を通常のトゥールビヨンと同じように回転する。その際、内側のケージ用の固定歯車も一緒に運ぶ。内側のケージに収められたガンギ車のカナは、この歯車と噛み合いながら、その周囲を回る。

▲グルーベル フォルセイの〈ダブル トゥールビヨン 30°〉。地板と平行な面内で回転する外側のケージに、30度傾けたトゥールビヨンを収めている。

 内側のケージを動かすカナは、外側のケージに運ばれながら、地板に固定された歯車と噛み合い、その周囲を回る。ここで必要になるのが、特殊な形の歯だ。内側のケージは30度傾いているため、通常の平歯車では、うまく動力を伝えられない。

 グルーベル フォルセイは、歯の形を調整した円すい状の歯車を使うことで、この問題を解決した。軸の向きが30度異なっていても、正しく噛み合うようにしたのである。固定歯車自体は外側のケージの回転面と平行だが、歯に角度をつけることで、傾斜した内側のケージへ動力を伝えられる。

 外側のケージは4分で1回転、内側は60秒で1回転する。傾きと異なる回転速度を組み合わせることで、テンプは、ケージがひとつだけのトゥールビヨンでは実現できない、複雑な立体的軌道を描く。

 30度という傾斜角は、精度試験を重ねたうえで選ばれた。2011年、〈ダブル トゥールビヨン 30° テクニック〉は国際クロノメトリー競技会で優勝。45日間の精度試験で、1000点満点中915点を獲得した。これは宣伝のための数字ではない。実際の試験で、高い精度を示した結果である。

▲グルーベル フォルセイの〈ダブル トゥールビヨン 30°〉。内側のケージは、外側のケージの回転軸に対して30度傾いた軸を中心に1分で1回転する。外側のケージは4分で1回転する。

 グルーベル フォルセイは、自社の歴史の中で、ダブル トゥールビヨンを、ブレゲの発明に敬意を払いながら、技術を大きく前進させたものと説明している。

 ふたりは、プレンドルの仕組みを知らなかったわけではない。ダブル トゥールビヨンの基礎となる特許は、2001年にコンプリタイムが出願し、ロベール・グルーベルとステファン・フォルセイが発明者として名を連ねている。そこには、先行技術としてプレンドルの30度傾斜したテンプを持つトゥールビヨンが明記され、各軸の傾きが段階的に大きくなる構造も説明されている。

 特許によれば、テンプの軸をケージに対して30度傾けると、時計を完全な水平姿勢と垂直姿勢で試験した際、テンプの向きはおおむね30〜60度の範囲に収まる。それによって、両極端の姿勢で生じる歩度差を小さくできる。ただし、実際に着用する時計の姿勢はさまざまだ。姿勢による誤差の問題は形を変えるものの、なくなるわけではない。

 さらに、テンプを傾けると、構造はかなり複雑になる。テンプを動かすためには脱進機の部品も傾ける必要があり、ガンギ車からテンプへ向かうにつれて、その角度は大きくなる。

 特許は、この仕組みについて「技術的な調整が難しく、脱進機の作動条件もあまり好ましくない」と指摘している。ふたりが目指したのは、テンプを傾けることで得られる精度面の利点を残しながら、こうした難点を避けることだった。

 プレンドルの1928年製の時計は、2002年4月、アンティコルムのジュネーブ・オークションに登場していた。グルーベル フォルセイが2004年のバーゼルワールドでデビューする、2年前のことである。

 グルーベルとフォルセイは、自分たちの開発について、原理から考え直すところから始めたと説明している。目標は、腕時計で最高の性能を発揮するトゥールビヨンを作ること。従来の平面的なケージでは、時計が取るあらゆる姿勢に対応できないと考え、傾斜した二重ケージという解決策を導き出した。

 その根底にある考え方は、1860年頃にポッターが机の上の懐中時計について探求し、1927年にプレンドルがザクセンの工房で改めて取り組んだものと同じだ。腕時計は、ウェストコートのポケットに収めた懐中時計よりも、姿勢が頻繁に、しかも激しく変わる。そのため、この問題を解決する必要性は、製品としてもいっそう高まった。

 しかし、物理の原理は変わらない。約70年を隔て、同じ問題に、同じ厳密さで向き合っていたのである。

▲グルーベル フォルセイの〈インベンション ピース 3〉。トゥールビヨン 24 セコンズを搭載。

 2009年、グルーベル フォルセイは、3つ目の基本発明であるトゥールビヨン 24 セコンズを〈インベンション ピース 3〉で披露した。ケージはひとつ。そのケージ自体を25度傾け、24秒で1回転させる仕組みだ。

 動力の流れは、3番車までは通常と同じ。3番車がケージのカナを駆動し、ケージは固定された4番車の周囲を回る。ただし、ケージは25度傾いている一方、固定された4番車は地板と平行だ。そのため、固定歯車とケージ内のガンギ車のカナが正しく噛み合うよう、双方の歯に特殊な角度をつける必要がある。

 これは、傾きの異なる部品の間で動力を伝えるという、プレンドルが1927年に取り組んだ問題と同じである。プレンドルは15度と23度の2段階を経て、30度傾いたテンプへ力を伝えた。手工具では、必要な精度で傾斜した歯を作れなかったためだ。現代のコンピューター制御による加工技術は、グルーベル フォルセイが、歯に直接角度をつけて動力を伝える仕組みを可能にした。

 また、ケージは60秒ではなく24秒で1回転するため、その回転を通常の秒表示には使えない。そこで3番車から別のカナにも動力を送り、ダイアルの秒表示を動かしている。3番車からケージへ伝える回転速度は、秒表示へ伝える速度の2.5倍。60秒を2.5で割ると24秒になる、という関係だ。

 ケージは87個の部品で構成され、重さは0.39g。高速で回るケージの消費エネルギーをひとつの香箱では賄いきれないため、2つの香箱を使い、約72時間のパワーリザーブを確保している。

▲25度の傾斜によって、テンプが完全な垂直姿勢にとどまる時間を短くする。この姿勢では、ヒゲゼンマイの伸縮が最も同心円状からずれやすく、脱進機の摩擦も最大になる(Video credit: Greubel Forsey)

 25度という角度には、特に注目したい。グルーベル フォルセイによれば、この角度を選んだのは、テンプが完全な垂直姿勢にとどまる時間を最小限にするためだ。垂直姿勢では、ヒゲゼンマイの伸縮が最も同心円状からずれやすく、脱進機の摩擦も最大になる。

 これは、1860年頃にポッターがボストンの工房で取り組んだ考え方と同じである。25度は、見た目のためでも、思いつきで選んだ角度でもない。時計の姿勢によって生じる誤差を、部品の角度や配置から考えた結果だ。約150年を隔て、大西洋の両側で、同じ答えにたどり着いたのである。

 ポッターは、改造したハワード製エボーシュと明晰な頭脳、そしてケースを厚くしすぎないという方針から、25度を選んだ。グルーベル フォルセイは、現代の精度試験設備を使い、3年間にわたって測定を重ね、25度を導き出した。時代も手段も違うが、答えは同じだった。物理の原理は、変わらない。

▲グルーベル フォルセイの〈トゥールビヨン 24セコンド〉は、25度傾いたひとつのケージが24秒で1回転する。ダブル トゥールビヨンとは構造が異なるが、基本的な考え方は同じだ。高速で回転させることで、テンプが進みや遅れの最も大きくなる姿勢にとどまる時間を短くしている。

 グルーベル フォルセイの探求は、そこで終わらなかった。2023年に発表した8つ目の基本発明、〈トゥールビヨン カルダン〉は、ポッターやプレンドル、そしてダブル トゥールビヨンも到達しなかった領域へ、傾斜式トゥールビヨンを進化させた。

 動力を生むのは、同じ軸上に積み重ねた4つの高速回転する香箱だ。この複雑な機構を動かすには、それだけ多くのエネルギーが必要になる。香箱から輪列へ動力が伝わり、3番車がジンバル機構を駆動する。それに伴い、トゥールビヨンの軸に取り付けられたカナが、固定歯車の周囲を回る。

 こうして、30度傾いたケージが16秒で1回転する。ケージ内のガンギ車も一緒に運ばれ、そのカナは別の固定歯車と噛み合いながら回転する。

 ジンバルとは、地球ゴマのように内外2つのリングを組み合わせ、2つの軸で向きを変えられる支持機構だ。カナが固定歯車の周囲を回る際、傾斜したトゥールビヨンの軸が、歯車との噛み合いを保ちながら向きを変えられるようにしている。

 2つのリングの軸は、互いに直角に配置されている。この仕組みによって、トゥールビヨン全体がプラス30度からマイナス30度の範囲で前後に傾き、48秒でひとつの周期を繰り返す。

▲グルーベル フォルセイの〈トゥールビヨン カルダン〉。互いに直角の軸で動く2つのリングの中に、30度傾き、16秒で1回転するトゥールビヨンを収めている。

 このリングは、船舶用クロノメーターのジンバルのように、重力に任せて自由に動くものではない。脱進機と同じ動力源から力を受け、決められた角度の範囲を、規則正しく正確に動く。

 トゥールビヨン自体の傾斜角は30度のままだが、回転に加えてリングが動くことで、重力に対する向きは絶えず変わる。ひとつの傾いた軸を中心に回転して誤差を平均化するだけではない。ジンバルが48秒周期でテンプの向きを立体的に変え、より幅広い姿勢で誤差を平均化するのである。

 テンプを、重力に対して固定された姿勢から解放する。その発想は、1860年頃のポッターに始まった。〈トゥールビヨン カルダン〉は、その考え方を押し進め、これまでで最も野心的な機構として形にした時計なのだ。

▲グルーベル フォルセイの〈トゥールビヨン カルダン〉。30度傾いたトゥールビヨンには、直径12.6mm、慣性モーメント18.9mg·cm²という非常に大きな慣性を持つ、振動数3Hzのテンプを搭載する。これを支えるジンバルのリングは、内側が直径16.7mm、外側が18.7mm。矢印はトゥールビヨンと2つのリングの回転軸を示しており、それぞれの動きによって、調速機構の向きが変わる。

着想を受け継ぐ者——HYT、アーティア、エリック・クドレ

 誰もが、過去の発明を知らずに同じ仕組みを考案したわけではない。プレンデルの仕事を知り、それを直接発展させた時計師もいる。

 HYTの〈コニカル トゥールビヨン〉を開発したエリック・クドレは、その着想源を明確にしている。ワルター・プレンデルが1928年に製作した、テンプを傾けたトゥールビヨンだ。

 各部品の角度も、ほぼそのまま受け継いでいる。テンプは水平面に対して30度、ガンギ車は15度、アンクルは23度。プレンデルが考えた配置が、21世紀には、チューブ内の液体で時刻を示すHYTの時計に応用されている。

 脱進機の仕組みは1928年の発想を受け継ぎ、それ以外は現代の技術で作り上げられているのだ。

▲HYT〈コニカル トゥールビヨン〉

▲多軸トゥールビヨンの第一人者フランスの時計師エリック・クドレ。

▲中央に配されたトゥールビヨンは、テンプを水平面に対して30度、ガンギ車を15度、アンクルを23度傾けた構造で、ケージは30秒ごとに時計回りに1回転する。ケージには、手吹きガラス製の直径2.5mmの球体が3つ取り付けられており、〈コニカル トゥールビヨン Midnight Blue〉では、それぞれに青い液体が満たされている。球体はケージとともに30秒で1周しながら、それぞれ毎分4回、5回、6回の速さで自転する。

 傾斜トゥールビヨンは、もはや独立系時計師だけが取り組む特殊な機構ではない。高級時計の世界全体で、重要な開発テーマのひとつとなっている。その広がりを示すのが、ジャガー・ルクルトが2024年に発表した〈デュオメトル・ヘリオトゥールビヨン・パーペチュアル〉だ。

 この時計は、動力の伝え方から、これまで紹介した時計とは異なる。同社独自のデュオメトル機構を採用し、2つの香箱と、それぞれに独立した輪列を備えている。一方は時刻表示と永久カレンダーを、もう一方はトゥールビヨンの調速機構を動かす。2つの輪列は、星形車と、それに作用するレバーを使った仕組みで連動する。

 動力を分けることで、カレンダーの作動がテンプに与える影響を防いでいる。日付ディスクが切り替わり、月表示や閏年表示が進む際にも、トゥールビヨンへ送られる動力を乱さないようにしているのだ。

 ルモントワールのように、動力をいったん蓄えて一定に送り出すのではなく、動力の供給経路を分けることで、安定した計時を目指している。

▲ジャガー・ルクルト〈デュオメトル・ヘリオトゥールビヨン・パーペチュアル〉

▲内側のケージは、テンプの軸と直角に交わる軸を中心に回転する。2つ目のケージは、その回転軸とさらに直角に交わる軸を中心に回転する。40度の傾斜をつけた曲がった軸が、両者の動きを導き、30秒でひと巡りさせる。さらに、最も外側のケージが、この支持機構全体を60秒で1回転させる。

 専用の香箱から動力を受ける3軸トゥールビヨンも、独創的な構造を持つ。チタン製の3つのケージを入れ子状に組み合わせ、セラミック製のボールベアリングで支えている。ケージの総重量は0.7g未満だ。

 最初のケージの回転軸は、テンプの軸に対して直角に配置されている。2つ目のケージの回転軸は、最初のケージの回転軸と直角に交わる。この2つのケージは、40度傾けた共通の軸に導かれ、組み合わさって30秒で1回転する。さらに、3つ目のケージは2つ目と直角に交わる軸を中心に、60秒で1回転する。

 40度の傾斜によって、組み合わされたケージは円錐を描くように動く。その中でテンプの向きも絶えず変わり、垂直な姿勢から、それ以外のさまざまな姿勢へと移っていく。

 セラミック製のボールベアリングにも、実用上の理由がある。3つの軸で回転し続ける構造では、軸を支える部分の摩擦を抑えることが重要だ。摩擦が大きければ、専用の香箱から供給される動力も、その分だけ失われてしまう。

 つまり、ヘリオトゥールビヨンは、精度を高めるために2つの方法を組み合わせている。デュオメトル機構が、表示の作動による動力の乱れを抑え、傾斜した3軸トゥールビヨンが、時計の姿勢によって生じる歩度の誤差をならすのである。

▲ムーブメントの動力は、ケージの下にある遊星歯車機構(差動機構)に伝わる。外周のリング状の歯車が最も外側のケージを動かし、固定された支持枠に取り付けられた遊星歯車が、中央の太陽歯車へ動力を伝える。この太陽歯車には、垂直面に対して40度傾けた曲がった軸が接続されている。この仕組みにより、曲がった軸は外側のケージよりも速く回転する。

▲曲がった駆動軸は、垂直な軸(A1)を中心に回転する。40度傾いた上端は、内側のケージに設けられた軸受けの中で回転しながら、円錐を描くように動く。その動きに導かれて、ケージの向きも変わる。同時に、ケージ内の歯車が脱進機へ動力を伝える。

 ウォッチズ・アンド・ワンダーズ ジュネーブ2026で、アーティアは〈Complexity〉を発表した。2つの傾斜トゥールビヨンを差動機構で結びつけるという、これまで紹介した時計とは異なるアプローチを採った時計だ。

 アーティアは、この傾斜トゥールビヨンを「コニヨン」と呼ぶ。〈Complexity〉では、12時位置と6時位置に1基ずつ配置されている。

 手巻きの単一の香箱から送られる動力は、まず2基の間にある差動歯車へ伝わる。この機構が、ゼンマイの巻き上げ状態にかかわらず、その時点の動力を2基へ均等に分配する。それぞれのケージは、固定歯車の周囲を互いに反対方向へ回り、30秒で1回転する。

 差動機構には、2基の歩度を平均する役割もある。一方の進みや遅れを、そのまま時刻表示に反映させず、もう一方の歩度と合わせてならすのだ。例えば、一方に誤差がなく、もう一方が1日に3秒進むなら、平均は1日に1.5秒の進みとなる。一方が1日に3秒遅れ、もう一方が3秒進むなら、両者の誤差は相殺される。

▲アーティア〈Complexity〉

▲アーティア〈Complexity〉のムーブメント側。12時位置と6時位置の2基のトゥールビヨンは、こちら側から見える差動機構で結ばれている。2基は異なる方向に傾けられており、一方のテンプが歩度の誤差の大きい姿勢に近づいた際、もう一方が差動機構を通じて、その誤差を部分的に打ち消す可能性がある。

 ムーブメントを製作したのは、ヴァロルブにあるPurtec Sàrlだ。同社は、エリック・クドレが独立して手がける仕事でも、製造を担うパートナーとなっている。

 アーティアは、この時計の着想の系譜にクドレの仕事があることを明示している。その系譜は、HYTを経てプレンデル、さらにアンドリュー・ポッターへとさかのぼる。アーティアのプレス資料でも、コニヨンの起源は1860年頃とされている。

 〈Complexity〉は限定9本。サファイア製ケース仕様の価格は19万スイスフランだ。

▲それぞれのケージとテンプは、同じ傾斜軸を共有している。その構造全体がムーブメントの平面に平行な1本の軸を中心に回転することで、傾斜トゥールビヨンは円錐を描くように動く。

 エリック・クドレ、ムーブメント開発・製造会社のPurtec、そして友人イヴァン・アルパ率いるアーティアに拍手を送りたい——傾斜トゥールビヨンの歴史に新たな一章を刻んだ彼らの時計は、確かに「11までいく」。

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Brand:ArtyA, Audemars Piguet, Breguet, Franck Muller, Greubel Forsey, HYT, Jaeger-LeCoultre, Ulysse Nardin, Waltham

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