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ローラン・フェリエ完全史―過去と現在を結ぶ架け橋

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ローラン・フェリエが、2009年、自らのブランドで世に問うた〈クラシック トゥールビヨン ダブル スパイラル〉。派手さを競う時代にあえて背を向け、控えめな表情の裏に超絶技巧を隠す——その哲学は、ル・マンでのレース経験と息子クリスチャンとの二人三脚から生まれた。年間150本の小さな工房が、世界のコレクターを虜にする理由に迫る。。

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The Complete History of Laurent Ferrier

ローラン・フェリエ完全史―過去と現在を結ぶ架け橋

パテック フィリップで37年を過ごしたローラン・フェリエが、2009年、自らのブランドで世に問うた〈クラシック トゥールビヨン ダブル スパイラル〉。派手さを競う時代にあえて背を向け、控えめな表情の裏に超絶技巧を隠す——その哲学は、ル・マンでのレース経験と息子クリスチャンとの二人三脚から生まれた。年間150本の小さな工房が、世界のコレクターを虜にする理由に迫る。

by Wei Koh . Nov 4,2020

過去と現在を結ぶ、静かな美学

 ローラン・フェリエについて語るとき、私はいつもフランスの作家、マルセル・プルーストの言葉を思い出す。プルーストは、

「スタイルとは、人それぞれの内面世界を映し出すものだ」

 と綴った。

 ローラン・フェリエもまた、自分だけの時計観を長い時間をかけて育て上げた人物だった。1968年に最初の懐中時計を製作した頃から、彼のなかにはすでに独自の美意識が存在していた。

 そして名門時計メゾンで37年間働くなかで、その感覚はさらに磨かれていったのである。

 そして2009年、自身のブランドを立ち上げた彼は、その内面世界を初めて世に送り出した。そこで披露されたのが〈クラシック トゥールビヨン ダブル スパイラル〉だ。

 この時計は、多くの時計愛好家に“クラシカルな時計作りの美しさ”を再び思い出させた。私たちが忘れかけていた、昔ながらのスイス時計の魅力を、ローラン・フェリエは現代によみがえらせたのである。

 彼は、過去と現在を結ぶ存在となった。彼の時計には、19世紀から20世紀中頃のスイス時計作りへの深い敬意が込められている。そのため彼のデザインは新しいのに、まるで昔から存在していた名作のようである。

 さらに重要なのは、当時の時計業界が派手さやインパクトの大きさを競う方向へ進んでいたなかで、ローラン・フェリエが“静かで上品な時計作り”を再び示したことだ。

 フェリエ本人はこう語っている。

「芸術では、華美な時代のあとに、必ず古典へ回帰する流れが訪れます。私が作りたかったのも、私自身が愛するクラシカルな時計でした」

 つまり彼が目指したのは、誇張のない時計作りだった。

 自然界にあるような柔らかな曲線。控えめなのに奥深い美しさ。そして、その裏側に隠された高い技術力。そうした思想によって、ローラン・フェリエは現代高級時計界でも特別な存在になったのである。

 もっとも本人はとても謙虚で、

「私たちは大きなメゾンではありません。年間150本ほどの時計を作る小さな会社です」

 と語っている。

 だが、彼の時計が人に与える感動は、その生産数をはるかに超えている。

 私はこれまで、多くのベテランコレクターが〈トゥールビヨン ダブル スパイラル〉を見つめながら、深く心を奪われる姿を見てきた。その美しいムーブメントや手仕上げは、昔愛した時計たちの記憶を呼び起こすのである。

 また、フェリエのグラン・フー エナメルダイアルに描かれた繊細なシュマン・ド・フェールや、小石のように滑らかな“エコール”ケースの造形に魅了される人も多い。

 私自身もまた、彼のアセガイ針(アフリカ部族が使う長槍に似ていることから)の美しい細長いフォルムに強く惹かれてきた。

 ローラン・フェリエの時計は、一見するとシンプルに見える。しかし細部を見ていくと、そこには時計師として長年積み重ねてきた経験や思索が何層にも込められているのである。

ブランド発表から間もなく、ローラン・フェリエ〈ガレ クラシック トゥールビヨン ダブル スパイラル〉は、2010年のGPHG(ジュネーブ時計グランプリ)において「メンズウォッチ賞」を受賞した。

〈ガレ クラシック トゥールビヨン ダブル スパイラル〉は、グラン・フーによるホワイトエナメルダイアルを備え、ペイントによるローマ数字インデックスを配していた。その上を、“アセガイ型”の時・分針と、バトン型の秒針が優雅に巡っている。搭載されるムーブメントには、トゥールビヨン脱進機に独自機構が採用されており、上下対称に配置された2本の反転ヒゲゼンマイによって、テンプの重心を常に軸の中心へ保つ構造となっていた。このシステムによって、調速機構はきわめて高い安定性と信頼性を実現し、ブザンソン天文台によるクロノメーター認定を取得している。

“ネオクラシカル・ウォッチメイキングの巨匠” ローラン・フェリエ(Image: acollectedman.com)

ローラン・フェリエという人物

 フェリエはこう語る。

「私は時計作りに囲まれて育ちました。ですから、自分が時計の仕事に進むというのは、ある意味で運命づけられていたのです。たぶん息子のクリスチャンにとっても同じだったと思います」

 彼の父はグランドコンプリケーションを専門とする時計師であり、幼い頃からフェリエはその情熱に強く影響を受けていた。

「父は、計時技術が人類の歴史と深く結びついていることをよく話してくれました。マリンクロノメーターこそ、人類が安全に海を航海することを可能にした道具だった、と」

 しかしフェリエは若い頃、もうひとつ大きな情熱に取り憑かれていた。それがモータースポーツだった。

 彼はこう振り返る。

「私は最初、地元のレースから始めましたが、やがて耐久レースに夢中になっていきました。1周ごとの完璧さを追求するという考え方が好きだったのです。これは時計作りにも通じていると思います。“完璧に何かを表現しようとすること”ですね」

 そしてレースは、彼に“ディテールの重要性”を教えた。

「もしクルマの整備が正しくなければ、精神を集中できなければ、あるいはコーナーへ適切な速度や角度で進入できなければ、そのすべてが結果に表れてしまいます」

 フェリエにとって、優れたドライバーに必要な精神力や集中力は、そのまま時計作りにも通じるものだった。

「時計も同じです。すべての要素が最終結果に影響します。これはローラン・フェリエの時計にも反映されています。私たちのデザインは抑制的で、ミニマルだと言う人もいます。しかし実際には、インデックスの文字色の濃さ、リュウズの形状、サファイアクリスタルの複雑な曲線など、あらゆるディテールを何度も検討し、完璧だと思えるまで突き詰めています」

 さらにフェリエは、レースと時計作りには、もうひとつの共通点があることに気づく。それは、どちらも人間の五感すべてを使うということである。

「父は若い頃から、時計に触れなさい、とよく言っていました。感触に対する感性を養うためです。これはドライビングにも似ています。人は目で見て運転しますが、実際にはハンドルから指先へ伝わる感覚や、シートを通じて体へ伝わる車の動きによって車を操っているのです」

 こうした“時計作りの宿命”ともいえる環境から、フェリエは時計学校へ進学する。そして成績優秀者として卒業した。

 だが若い頃から、彼のなかにはすでに“自分が愛する時計作り”が明確に存在していた。

「16歳の時、1968年に私は時計学校の卒業制作としてモントル・デコール(卒業制作の時計)を完成させました。それは、極めてエレガントで純粋な時計表現を目指したものでした」

 その後の約40年間は、自身の時計哲学を形づくるための時間だった。

「私は、見た目にはシンプルで純粋なデザインでありながら、その裏側には非常に高度な技術革新が隠されている時計を愛するようになりました」

 彼が理想とするのは、

「正面から見ると控えめで上品。しかし細部を見つめ、裏返してムーブメントを見ると、驚くほど複雑であることに気づく時計」なのである。

1968年にローラン・フェリエが発表した“モントル・デコール”、すなわちスクールウォッチ(卒業制作時計)

 ローラン・フェリエを本当に理解するためには、彼がパテック フィリップで過ごした年月を語らずにはいられない。

 フェリエはこう振り返る。

「私はパテック フィリップで過ごした時間に、計り知れないほど多くを負っています。37年間、私はひとつの時計ブランドでしか働きませんでした。そして断言できますが、あれは本当に素晴らしいメゾンでした」

 当時のパテック フィリップには、時計学校の成績優秀者を毎年1〜2名採用する伝統があった。そして優秀な成績を収めたフェリエは、幸運にもその一員として迎えられたのである。

 彼の最初の仕事は、最終的には中止されたクォーツ式デジタル表示クロノグラフの開発プロジェクトだった。

「この経験は私に強い印象を残しました。人間はやはり、本能的なレベルで“伝統的な時刻表示”に反応するのだと感じたのです」

 それは後のクォーツショックの時代においても、彼が機械式時計を信じ続ける理由となった。

「電子機器はいずれ必ず陳腐化します。しかし父が扱っていた古い時計は、長年止まっていても、注油して整備すれば、再び動き始め、新品同様に正確な時を刻むのです」

 フェリエのカーレースへの情熱は、一時的に彼を時計業界から離れさせることになる。しかし最終的には、時計作りへの想いが彼を呼び戻した。

 そして理解ある上司のおかげで、彼はレースと時計作りを両立できるようになった。

「1971年頃には、私はパテック フィリップのさまざまな部署で働いていました。しかしその頃、私は完全にモーターレースに夢中になっていました」

 彼はレース活動の自由を得るため、一度自動車業界へ転職する。

「週末にレースへ出るなら、金曜日はクルマの準備やコース確認が必要で、月曜日は反省や修理・整備に費やさなければなりません」

 やがてパテック フィリップの上司は彼へ復帰を打診する。フェリエは喜んで戻ることを決めたが、ひとつ条件を出した。

「レースシーズン中は、毎週金曜日を休みにして、クルマの準備をしたい」

 すると、当時のクォーツショックの影響で、会社は週4日勤務となり、結果的に彼にとって理想的な働き方になったのである。

 一方、レースキャリアが充実するなかで、時計作りでも新たなチャンスが訪れる。1974年、フェリエは時計の“外装開発部門”へ配属されたのだ。

「フィリップ・スターンが新しい時計を決定すると、ムーブメントは別チームが開発し、私たちのチームは“空気に触れる部分”、つまりケース、文字盤、針、風防、ブレスレットなどを担当していました」

 この仕事は、彼にディテールの重要性を徹底的に教え込んだ。

「針をどれだけ曲げれば風防のカーブに沿うのか。ラグの厚みはどうか。リュウズやプッシャーのサイズは適切か。ブレスレットとの一体感はどうか。そうした細部すべてが、時計の印象を大きく変えるのです」

 そしてフェリエ初期の代表的プロジェクトのひとつが、後に時計史を代表するアイコンとなる時計だった。

 それが、ジェラルド・ジェンタによるステンレス製インテグレーテッド・ブレスレットウォッチ〈ノーチラス〉である。

 フェリエは語る。

「私はノーチラス開発プロジェクトに参加する幸運を得ました。ジェンタのアトリエから図面が届き、偉大なフィリップ・スターンから“この二次元図面を現実にしなさい”という指示を受けたのです」

 当時はまだ3Dデジタル設計など存在しない時代だった。

「正面と裏面の図面は完璧に描かれていました。しかし側面は、私たちが解釈して形にする必要がありました」

 ノーチラス最大の革新は、その大胆なコントラストにあった。

「39mmという当時としては大型で非常にモダンなケースでありながら、厚さはわずか7.6mmしかなかったのです」

 さらにケース構造も非常に独創的だった。

「ノーチラスは、ふたつのケース部品を噛み合わせるように組み合わせ、ケース両側の“耳”を貫通する特殊なネジで固定する構造でした」

 完成したとき、彼らは確信した。

「私たちは、これまで見たこともないほど美しく、独創的な時計を完成させたと思いました」

レースから生まれたパートナーシップ

 フェリエの若き日々は、理想的なリズムを得ていった。レースでも時計作りでも成功を収め、彼自身も充実した毎日を送っていた。

 だが彼はまだ知らなかった。ひとつの友情が、後に1979年ル・マン24時間レースの表彰台、そして自身のブランド創設へとつながっていくことを。

 フェリエはこう語る。

「その頃、私はかなり本格的にレースへ打ち込むようになっていました。そして1975年から、ル・マン24時間レースへ参戦し始めたのです」

 そこで彼は、後にローラン・フェリエの社長兼筆頭株主となるフランソワ・セルヴァナンと出会う。

「彼は非常に面白い人物でした。すでにレーシングエンジン開発で名を知られており、耐久レース界でも将来有望なドライバーでした」

 1978年のル・マンでは、セルヴァナンはポルシェ911を駆り、

総合11位/GTクラス優勝を獲得する。

 一方フェリエも同年、シェブロンROCで総合10位/2リッター以下プロトタイプクラス優勝という好成績を収めていた。

 そして互いへの友情と尊敬から、ふたりは1979年、クレマー仕様のポルシェ935でコンビを組むことを決める。

 その結果、彼らはル・マン24時間レース総合3位という快挙を成し遂げたのである。

フェリエのレーシングキャリアは、後にローラン・フェリエの社長兼筆頭株主となる実業家フランソワ・セルヴァナンとの出会いへとつながった。写真は、ル・マンでレーシングスーツ姿のふたり。

 その1979年のル・マンでは、俳優ポール・ニューマンとチームメイトも総合2位へ入賞していた。フェリエとセルヴァナンが、ニューマンのチームと同じパドックで勝利を祝っていたと考えると、実に驚くべき話である。

 フェリエは笑いながらこう語る。

「よく“ポール・ニューマンと同じ表彰台に立った”と言われますが、ル・マンには一般的な意味での表彰台はありません。ただもちろん、彼がライバルだったので私たちは強く意識していました。特に彼のチームメイト、ロルフ・シュトメレンには非常に感銘を受けました」

 長年レースを続けてきたフェリエだったが、実はそれまでほとんど賞金を得たことがなかった。

「1979年になって、初めてまとまった賞金を手にしたのです」

 そこで彼は、その賞金の一部でフランソワ・セルヴァナンへパテック フィリップ〈ノーチラス〉を贈った。

 ケースバックには、“Le Mans 1979”と刻印されていた。

「フランソワとレースをしている間、私たちはいつも“いつか一緒に何かをやろう”と話していました。そしてその夜、彼が“自分たちの時計ブランドを始めよう”と提案したのです」

 もちろん、そのアイデアはフェリエを惹きつけた。しかし彼は当時まだパテック フィリップでの仕事を心から愛していた。

「だから、その考えは長い間保留にしていました。自分が本当に準備できたと思える時まで」

 実際、フェリエが自身のブランドを立ち上げるまでには、パテック フィリップで37年もの歳月を過ごすことになる。彼は最終的に製品開発部門の責任者にまで昇進した。これは、自分のヴィジョンをすぐ世界へ示したがる若い独立時計師たちとは対照的だ。

 フェリエにとって重要だったのは、まず雇用主への責任を果たすこと。そして、自分の時計哲学が完全に成熟するまで待つことだった。

 彼は当時を振り返る。

「私は上司たちへ相談に行きました。彼らは、定年と年金を目前にした年齢で会社を辞めることを不思議がっていました」

 フェリエは、自分の小さなブランドを作るために辞めるのだと説明した。

「60代で新しいことを始めるのは普通ではなかったと思います。でも私は、ついに“今だ”と確信したのです」

 その動機のひとつが、息子クリスチャンとの共同作業だった。当時クリスチャンは、ロジェ・デュプイでムーブメント開発に携わっていた。

「息子と一緒に何かを作ることは、すべての父親にとって夢ではないでしょうか」

 親子の関係は理想的な補完関係だった。

「私は時計全体のデザインへ意識を向けるのが好きです。もちろんムーブメント技術も愛していますが。一方クリスチャンは技術面を深く愛している。しかし同時に彼もデザインを理解しています」

 彼らが目指したのは、

「自分たち自身が本当に着けたいと思う時計」だった。

 そしてその時計には、

・時代を超える普遍性

・自分たちが愛する古典的時計言語

・控えめな表情

・しかし裏側には超絶技巧

 が必要だった。

 フェリエは言う。

「私はよく“ダイナミックな対比”という言葉を使います。表側は静かで控えめ。しかしムーブメント側には、圧倒的な時計技術の世界が広がっている。私たちはそういう時計を作りたかったのです」

 そして、ローラン・フェリエ最初の時計は、その理想を完璧に実現した。

1979年のル・マン24時間レースで、フェリエのチームはポルシェ935を走らせ、見事総合3位という快挙を成し遂げた。同じレースでポール・ニューマンが総合2位へ入賞していた。

〈クラシック トゥールビヨン ダブル スパイラル〉

 私が初めてローラン・フェリエの名を耳にしたのは、世界でもっとも尊敬する時計コレクターのひとりからだった。

 その人物は、パテック フィリップ Cal.89、ジョージ・ダニエルズの重要作品まで所有するほどのコレクターである。だから彼がローラン・フェリエを絶賛したとき、私は強い興味を抱いた。

 しかし実際に〈クラシック トゥールビヨン ダブル スパイラル〉を目の前にした体験は、まったく予想を超えるものだった。

 私は瞬時に、プルースト的とも言うべき強烈なノスタルジーに包み込まれたのである。それは、自分でも失っていたことに気づいていなかった、“本当に求めていた時計作り”そのものだった。

 ケース径は41mm。現代的ではあるが、決して大きすぎない。しかし、私を最初に魅了したのは、グラン・フー エナメルダイアルの繊細な美しさだった。

 そして、細長く優雅に引き伸ばされたローマ数字インデックス。その解釈の巧みさは、タイポグラフィの巨匠ルイ・カルティエに匹敵するほど見事なものだった。

〈クラシック トゥールビヨン ダブル スパイラル〉

 スモールセコンドの配置、ミニッツトラックに用いられたスレートグレー、そしてダイアルのアイボリークリーム色のグラン・フー エナメル。そのすべてが完璧なバランスで仕上げられていた。

 もし時計のダイアルを人の顔にたとえるなら、この時計は圧倒的に美しいだけでなく、不思議なほど温かく親しみやすい表情を持っていたのである。

 フェリエは、ブランド最初の時計として、

・ラウンドケース

・3針

・アイボリーダイアル

・ローマ数字インデックス

 を提案したときのことを、笑いながら振り返る。フェリエは語る。

「後になってフランソワは、“ブランド立ち上げ案のなかで、それがいちばん地味だと思っていた”と話していました。もちろん、実物を見る前の話ですが」

 当時、つまり2000年代初頭の時計業界では、多くのブランドが前衛的でモダンな時刻表示を競い合っていた。そんな時代において、このアイデアはある意味、意図的に時代へ逆行するようなものにも見えた。

 しかし〈クラシック トゥールビヨン ダブル スパイラル〉は、19世紀の本物のクラシカル・ウォッチメイキングへの憧れをよみがえらせた。

 フェリエは言う。

「重要なのは、“その感情を呼び起こしながら、同時に完全にオリジナルなものをどう作るか”ということです」

 そして実際、彼のデザインには独創性に満ちている。フェリエのローマ数字は、細長く優雅で、私の知るどのローマ数字とも異なる独特の表情を持っている。針もまた同様に長く流麗だ。

 フェリエはこの針を“アセガイ”と呼んでいる。これは、伝説的なズールー戦士たちが用いた槍に由来する名称である。

 また、グラン・フー エナメルダイアルの魔法のような美しさは、彼の繊細な色使いによってさらに引き立てられている。

 フェリエは説明する。

「よく見ると、ミニッツトラックはアワーインデックスの黒と対照的に、スレートグレー系の色になっています。ブランドロゴや“Tourbillon Double Spiral”の文字も同様です。あえて柔らかく繊細な色調にすることで、まるで100年かけて自然に退色したような雰囲気を生み出しているのです」

 ローラン・フェリエのケースに触れた瞬間にも、どこか懐かしい感覚がある。すべての面が、肌を撫でるような感触になるよう丁寧に整えられているからだ。

 フェリエが最初のケースデザインへ与えた〈ガレ〉という名前は、“小石”を意味する。そしてそれは、まさに彼が思い描いていたものだった。

「私は、川で見つける小石のようなケースを作りたかったのです。長い年月と水の流れによって表面が滑らかに磨かれた小石です。だから、どこへ触れても静けさと永遠性を感じられるようにしたかったのです」

あらゆる面が、肌を優しく撫でるような感触になるよう丁寧に整えられたケース。

 フェリエは、自身のキャリアのなかで何度も、ラウンドケースへ柔らかく有機的な滑らかさを与えることで、時計の装着感が劇的に向上する経験をしてきたと語る。

 同時に彼は、その柔らかなデザインへ、よりシャープで直線的な要素を加えたいとも考えていた。そしてその役割を担ったのがラグだった。

 彼はいう。

「私はクルマが大好きですが、優れたカーデザインとは、柔らかく丸みを帯びた女性的なラインと、より力強く男性的なラインの組み合わせだと感じていました。その対比によって生まれる緊張感が、デザインへエネルギーを与えるのです。そして私は、その感覚を〈ガレ クラシック〉へ取り入れたかったのです」

 興味深いのは、フェリエ最初の時計のケース厚が12.5mmもあることだ。これは裏側にトゥールビヨンを搭載するため必要だった。しかし実際に腕へ載せると、もっと薄い時計のように感じられる。

 それは、ほぼすべてのラインが曲線として表現されているからである。

 そしてローラン・フェリエの時計を裏返した瞬間、人はムーブメントの美しさによって完全に打ちのめされる。

 このモデルでは、圧倒的な仕上げの豊かさと、19世紀ヴァレ・ド・ジューの懐中時計を思わせる壮麗なトゥールビヨン・ムーブメントの構造が広がっている。

 では、なぜ最初の時計としてトゥールビヨンを選んだのか。

 フェリエはこう語る。

「私はスプリットセコンド・クロノグラフのような複雑機構も大好きです。しかし、それらは非常に繊細で壊れやすく、慎重に扱わなければなりません。一方トゥールビヨンは、調整そのものは非常に難しいですが、一度正しく組み上げれば、きわめて安定して動き続けます。私にとって重要だったのは、最初の時計が信頼性の高いものであることでした。オーナー全員に素晴らしい体験をしてほしかったのです」

 さらに重要なのは、フェリエが〈クラシック トゥールビヨン ダブル スパイラル〉を、“控えめな美しさ”の傑作として仕上げたことだ。

 それはダイアルデザインだけではない。トゥールビヨン自体も、あえて時計の裏側へ配置されている。

「これは私にとって非常に重要でした。私はこの時計を、“控えめなエレガンス”の象徴にしたかったのです。オーナーだけが、その驚くべき複雑さという秘密を知っている。そして必要な時だけ、友人へその秘密を共有できる。そういう時計にしたかったのです」

 SNS時代のように、人々が何もかもを過剰に見せたがる世界において、ローラン・フェリエの時計は、その対極に存在していた。大げさな自己主張ではなく、意図的な控えめさによって魅力を語る時計だったのである。

 2008年、世界が金融危機に揺れていた時代、この“控えめなエレガンス”という思想は特別な意味を持っていた。それは感受性と品格の表現だった。そして興味深いことに、2020年のコロナ禍において、そしてそれ以降もこの考え方はさらに重要に思える。

 フェリエは語る。

「後に、表側からトゥールビヨンが見える仕様も求められました。しかし可能であるなら、私は常に“抑制された美”として時計を設計したいのです」

〈クラシック トゥールビヨン ダブル スパイラル〉

 しかし、フェリエ最初の時計において、決して“控えめ”ではなかった部分がある。それが、Cal.LF619.01の圧倒的かつ超越的な美しさだった。

 直径31.6mm、厚さ5.57mmのこのムーブメントを開発するため、ローラン・フェリエと息子クリスチャンは、かつての友人であり、パテック フィリップ時代の元同僚たちへ協力を求めた。その人物たちは、後に自身の工房ラ・ファブリク・デュ・タンを設立していた。

 彼らは以前、パテック フィリップで複雑時計開発に携わった後、フランク ミュラーへ移籍。そしてジェラルド・ジェンタの伝説的時計師ピエール=ミシェル・ゴレイとともに、グランドソヌリを含む数々の複雑機構開発へ参加していた。

 そして彼らがローラン&クリスチャン・フェリエとともに完成させたムーブメントは、ラ・ファブリク・デュ・タンにとっても記念碑的な仕事のひとつとなったのである。

 フェリエは語る。

「美しいトゥールビヨン・ムーブメントは数多く存在します。しかし私がもっとも愛していたのは、ヴァレ・ド・ジュー製エボーシュを用いた19世紀の懐中時計でした。だから私たちは、そうした古典的時計作りを表現するムーブメントを作ろうと決めたのです」

 しかし同時に、彼らはトゥールビヨンへ新たな技術的価値も加えたいと考えていた。

「そこで生まれたのが、“ダブル バランス スプリング”というアイデアでした」

ローラン・フェリエの息子、クリスチャン・フェリエ。

〈クラシック トゥールビヨン ダブル スパイラル〉に搭載されるCal.LF619.01。

 息子クリスチャン・フェリエはこう説明する。

「ダブル スパイラル、つまり2本のヒゲゼンマイというアイデアは、“同心円状の呼吸/収縮”を最適化することです」

 ヒゲゼンマイは、その向きによって、ある方向へより大きく広がろうとする性質を持っている。

 そして腕時計は日常のなかで絶えず姿勢を変えるため、その影響によって、テンプ軸など調速機構の一部へ不均等な摩擦がかかることがある。そこで考えられたのが、互いに逆向きとなる2本のヒゲゼンマイを組み合わせる方法だった。

「フェリエではこれを“ヘッド・トゥ・テール”と呼んでいます。2本のヒゲゼンマイを反対向きに配置することで、互いの癖を打ち消し合い、より均一で安定した動きを実現できるのです」

 この仕組みは、特に重力によって生じる誤差への対策として高い効果を発揮する。そもそも、アブラアン=ルイ・ブレゲが考案した本来のトゥールビヨンとは、“重力が調速機構、特にヒゲゼンマイへ与える誤差を補正するための機構”だった。

 だからこそフェリエ親子は、「ダブル バランススプリングによってトゥールビヨン性能をさらに高めることには、大きな意味がある」と考えたのである。

Cal.LF619.01の模型図。2本のヒゲゼンマイが向かい合わせに配置されている。トゥールビヨンケージは、ダイアル側のスモールセコンド表示も兼ねている。

 ローラン・フェリエはこう語る。

「私にとって、時計のあらゆる要素には意味がなければなりません。そして、それは歴史的背景に根ざしている必要があります。もちろん、ダブル バランス スプリングは重力誤差を抑えるため、どんなムーブメントへ使っても興味深いものです。しかし、それをトゥールビヨンへ用いることには、さらに特別な意味があります。なぜなら、このアイデアを見たブレゲ自身も、きっと喜んだだろうと思えるからです」

 2本のヒゲゼンマイが協調して働くことで、1分間で回転するトゥールビヨンケージ内でも、テンプ軸の中心位置をより安定して保つことができる。

「この考え方は、高級時計とその歴史を愛するコレクターたちの心へ強く響くのです」

 この革新的機構を実現するため、フェリエはプレシジョン エンジニアリング AGへヒゲゼンマイ製作を依頼した。 同社は、“ニヴァロックス”素材の特許で知られるラインハルト・シュトラウマン教授に由来する独自素材を使用している。

 そして、ローラン・フェリエのトゥールビヨン・ムーブメント Cal.LF619.01で特筆すべきなのは、その圧倒的な構造美である。ブリッジは、水平方向へ大胆に広がる力強い造形となっており、非常に男性的な印象を与える。

 輪列の流れも明快だ。香箱から2番車、そして3番車へと続く動力伝達経路を、視線が自然に追っていくことができる。

 一般的なトゥールビヨンでは、3番車がトゥールビヨンケージのピニオンとかみ合う構造が多い。しかしローラン・フェリエは異なる設計を採用した。このムーブメントでは、3番車がまず中間車を駆動し、その中間車がトゥールビヨンケージ外周とかみ合う構造となっているのである。

 さらに魅力的なのは、このトゥールビヨンケージ自体が、ダイアル側のスモールセコンド表示も駆動している点だ。

トゥールビヨンブリッジに大胆に取り入れられた鋭い内角と、鏡面仕上げの美しさは、そこに膨大な手作業が費やされていることを雄弁に物語っている。

 ローラン・フェリエはこう語る。

「私は、6時位置にスモールセコンドを備えたトゥールビヨンが意外なほど少ないことに驚きました。おそらく、トゥールビヨン上へ機能的な秒表示を組み込むこと自体が非常に複雑だからでしょう」

 彼は昔から、クラシカルな3針クロノメーターの美しさを愛していた。

「だから、自分自身のトゥールビヨンを作るとき、私はダイアル正面から見た印象を、まさにそうした時計のようにしたかったのです」

フェリエ最初の作品は、ディテールへのこだわりに満ちた、独自の時計デザインを世へ示した。

 時計愛好家にとって、このムーブメントとの出会いは、激しく情熱的な恋へ落ちるようなものだ。

 香箱には、昔ながらのロングブレード型クリックラチェットが採用されている。そしてその表面は、光を反射しないほど完璧な鏡面仕上げが施されている。

 5枚のブリッジ(トゥールビヨンブリッジを除く)にはコート・ド・ジュネーブが与えられ、その縁には見事な手作業による面取りが施されている。

 多くのブランドは、鋭い内角を持つ面取りを避ける。なぜなら、それは機械では不可能で、極めて高度な手作業を必要とするからだ。

 しかしローラン・フェリエは、むしろ積極的にそうしたディテールを取り入れているようだ。

 なかでも圧巻なのが、左側2点、右側1点で固定されたトゥールビヨンブリッジだ。それはまさに仕上げ技術の頂点であり、フェリエの創造性による視覚的オペラのクライマックスとも言える存在である。

 ブリッジ左側の丸みを帯びた面には、“スペキュレール”と呼ばれる完璧な鏡面仕上げが施されている。一方で右側には、信じがたいほど鋭く美しい内角が作り込まれている。この“鋭い内角”こそ、時計仕上げのなかでももっとも難易度が高い手作業のひとつである。

 フェリエは語る。

「こうしたディテールを理解する人たちには、“熟練職人の手でしか完成できないよう意図的に設計されたムーブメント”を見て、きっと喜んでもらえると思ったのです」

 さらに彼はこう続ける。

「私たちは年間150本ほどしか時計を作りません。だからこそ、すべての時計へ時間と情熱、そして愛情を注ぐことができるのです」

 実際、このムーブメントでは、すべての皿穴やネジ頭に至るまで完璧な鏡面仕上げが施されている。

 それらすべてが積み重なることで、この時計は時計芸術の真髄とも言うべき視覚体験を生み出しているのである。

 〈クラシック トゥールビヨン ダブル スパイラル〉は2010年に発表され、瞬く間に熱狂的支持を獲得。そして2010年ジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリ受賞へとつながっていった。

〈クラシック シークレット トゥールビヨン ダブル スパイラル〉

 2011年、ローラン・フェリエはクラシック トゥールビヨン ダブル スパイラルの非常にユニークなバリエーションモデルを発表した。

 それが〈クラシック シークレット トゥールビヨン ダブル スパイラル〉である。

 このモデルには、240度開閉する可動式ダイアルが備えられていた。そして、その下にはもうひとつのダイアルが隠されている。 その隠されたダイアルは、顧客ごとの特注によって、

・宝石セッティング

・金彫金

・ミニアチュールペインティング

 など、自由に装飾することができた。

 フェリエはこう語る。

「実は“シークレット”こそ、私が最初にデザインした時計だったのです。私は高度にパーソナライズされたダイアルというアイデアが大好きでした」

 しかし同時に、ローラン・フェリエというブランドは“控えめな美しさ”を標榜している。

「だから私たちは、その素晴らしい芸術作品を、とてもプライベートなものとして隠しておける、という考え方を気に入ったのです」

 そこでフェリエは、

「扇のように開き、その下から絵画や装飾モチーフが現れるダイアル」

というアイデアを考案したのである。

〈クラシック シークレット トゥールビヨン ダブル スパイラル〉。ダイアルが240度開閉し、その下に隠された第2のダイアルが姿を現す。

 〈シークレット〉は、リュウズと同軸配置されたプッシャーによって、任意のタイミングで開閉することができる。

 さらに興味深いのは、ダイアルが開く時間帯そのものを設定できる点だ。例えば、

「夕食後の午後9時から深夜0時までは、自分だけの静かな時間」

 だとすれば、その時間帯だけダイアルが240度開き、隠された第2のダイアルを現すようプログラムすることも可能なのである。

 この魅力的なモデルの歴史のなかで、フェリエは、エナメル職人アニタ・ポルシェや彫金師ドミニク・バロンをはじめとする卓越した職人たちとコラボレーションを行ってきた。

 そしてシークレットは、それぞれがオーナーの想像力によって形作られる、完全なビスポーク作品となっている。

〈クラシック マイクロローター〉

 2012年に発表された〈クラシック マイクロローター〉は、高度に鏡面仕上げされたブリッジに、小型の扇形ローターを組み込んだ自動巻きムーブメントを搭載していた。

 しかし、この時計の真の魅力は、その内部に隠されていた。そこには、伝説的時計師アブラアン=ルイ・ブレゲが考案した脱進機の思想が取り入れられていたのである。

 クラシック マイクロローターは、単に“より手の届きやすい価格のローラン・フェリエ”という存在ではなかった。このモデルは瞬く間に熱狂的支持を獲得していった。

 ローラン・フェリエはこう語る。

「〈トゥールビヨン ダブル スパイラル〉が注目され始めると、多くの人が“この時計作りのスタイルは大好きだ。しかし、もう少し現実的な価格のモデルは作れないだろうか?”と話しかけてきました」

 フェリエ親子にとって、それは重要なテーマだった。

「私たちは、自分たちの時計を愛してくれる人々に、実際にそれを身につけてもらいたかったのです。そこで、よりシンプルな自動巻き時計について考え始めました」

 するとクリスチャン・フェリエが笑いながら付け加える。

「もちろん父は“シンプル”と言います。でも実際に完成したムーブメントは、まったくシンプルではありませんでした」

 彼はこう続ける。

「私は、〈トゥールビヨン〉と〈マイクロローター〉が、正面から見るとほとんど同じに見える点をとても気に入っています」

 それこそが、ローラン・フェリエの哲学だった。

「時計の複雑さや技術的価値は、自分だけが知っていればいい」

 しかし同時に、彼らは自動巻きモデルのオーナーにも、裏返した瞬間にトゥールビヨンと同じような感動を味わってほしいと考えていたのである。

〈クラシック マイクロローター〉

 では、フェリエ親子はどのようにして、“自動巻き”と“独創的脱進機”という組み合わせへたどり着いたのだろうか。

 ローラン・フェリエはこう語る。

「私は自動巻きムーブメントの実用性が大好きです。しかし、ローラン・フェリエの時計体験において重要なのは、ムーブメントを眺める喜びでもあります。だからフルローターでムーブメント全体を隠したくなかったのです」

 そこで彼らは、ラ・ファブリク・デュ・タンとともに、小型ローターをトゥールビヨンブリッジを思わせるブリッジで挟むように配置する構造を考案した。そのブリッジには、〈トゥールビヨン〉と同レベルの鏡面仕上げが施されている。

 さらに、テンプ受けもまたトゥールビヨンブリッジから着想を得ており、完璧な鏡面仕上げ、手作業でしか作れない鋭い内角が与えられている。

 しかし、自動巻きCal.FBN229.01には、もうひとつ目に見えない重要な要素が隠されていた。

 クリスチャン・フェリエはこう説明する。

「ブレゲがトゥールビヨンを発明した理由は、重力がヒゲゼンマイや脱進機へ与える誤差を解決するためでした。しかし彼は同時に、“油”の問題も解決しようとしていたのです」

 彼は、ブレゲの有名な言葉を引用した。

「完璧な油を与えてくれれば、私は完璧な時計を作ってみせよう」

 つまりブレゲは、潤滑油、より正確には摩擦によるエネルギーロスが、時計性能へ大きな悪影響を与えることを理解していたのである。

 そこで1789年、ブレゲは“ナチュラル脱進機”を考案した。 これはブレゲを代表する発明のひとつであり、互いに逆方向へ回転する2枚のガンギ車を使うことで、通常の脱進機に存在する滑り摩擦を極限まで減少させる仕組みだった。

 ブレゲの設計では、第1ガンギ車はゼンマイから直接駆動され、第2ガンギ車は第1ガンギ車によって駆動される。そして2枚のガンギ車は交互に作動し、それぞれ逆方向へ解放されることで、滑り摩擦を大きく低減している。

 中央にはレバーが配置されており、それが左右へ揺れながらテンプへインパルスを与える構造となっている。

〈クラシック マイクロローター〉に搭載されるCal.FBN229.01。

  この時計の課題は、“自動巻きムーブメントの薄さ”と、“香箱を効率よく巻き上げる性能”との最適なバランスだった。それを実現するには、小型ローター特有の慣性不足を補うため、効率的な巻き上げシステムが必要だった。 実際、マイクロローターは通常サイズのローターより慣性が小さいため、ラチェットホイールを1回転させるには、約2倍の回転数が必要になる。

 つまり:

・通常ローター:約150回転

・マイクロローター:約300回転

 が必要だったのである。

 しかしローラン・フェリエ独自の脱進機は非常に高効率だったため、この必要回転数を約3分の2に削減することができた。 結果として、必要回転数は約200回転程度まで低減された。これは、実際に時計を使うオーナーにとって大きなメリットとなる。

 この独自のシリコン製ダブル ダイレクト インパルス脱進機は、現代時計学の父アブラアン=ルイ・ブレゲの思想から着想を得たものだ。 そして最新素材と現代的構造を組み合わせることで、エネルギー伝達効率を極限まで高めている。 ゼンマイ巻き上げに必要なトルクを低減でき、その結果、ムーブメント全体の巻き上げ効率も向上する。

 さらにこの脱進機は、“デテント脱進機”の思想からも影響を受けている。1振動あたり2回インパルスを与えるという特徴を持つ。そのため、ローラン・フェリエの3Hz(毎時21,600振動)ムーブメントでは、テンプへ毎時21,600回インパルスが与えられているのである。

ローラン・フェリエ独自の“ダブル ダイレクトインパルス脱進機”は、ブランコにたとえるとわかりやすい。

 デテント脱進機では、一度ブランコを押したら、戻ってくるのを待って、次の力を与える。一方、ダブル ダイレクトインパルス脱進機では、こちら側で押すと、反対側にいる別の人が押し返してくれる。そんなイメージだ。

 クリスチャン・フェリエはこう語る。

「ブレゲのアイデアは本当に素晴らしいものでした。彼はこの脱進機を20本の懐中時計へ実装しています。しかし当時の工具では製造が極めて難しかったのです。ガタがなく、それでいて自由に動くガンギ車が必要でした」

 そしてラ・ファブリク・デュ・タンとの共同開発のなかで、彼らは現代技術(LIGAプロセス)による解決策へたどり着く。

「ガンギ車へニッケルリンを使用するというアイデアを思いつきました。これは電鋳によって成形され、ミクロン単位という驚異的精度を実現できます」

 さらにレバーにはシリコン素材を採用。これら先端素材によって、潤滑油の使用量を極限まで減らすことが可能となった。

 ローラン・フェリエはこう語る。

「有名なナチュラル脱進機を現代で実現できたことは本当に素晴らしいことだと思います。実際、この脱進機の性能には非常に感銘を受けました」

 もちろん、トゥールビヨン同様に調整は難しい。

「しかし一度正しく組み上げれば、驚くほど安定した性能を発揮します」

 また彼にとって重要だったのは、マイクロローターでもトゥールビヨンと同じムーブメント美学を表現することだった。

「だから上部ブリッジにも鋭い内角を設けています。これは、そうしたディテールを理解するコレクターへ、“このムーブメントもトゥールビヨンと同じ基準で手仕上げされている”ことを示すためなのです」

 クラシック マイクロローターのダイアルデザインは、実に美しいミニマリズムを漂わせている。細長く尖ったバトンインデックスは、フェリエを象徴するアセガイ針と完璧な調和を見せる。

 さらにミニッツトラックも独特だ。一般的なように印刷や植字を行うのではなく、“穴開け加工”によって、60個の小さな椀状インデックスを浮かび上がらせている。

 フェリエは説明する。

「これはかつて人気のあった技法ですが、現在ではほとんど失われています。私にとっては、美しく、それでいて非常に控えめであり、まさに私たちのダイアルにふさわしいものでした」

 発表後、クラシック マイクロローターは瞬く間に世界屈指の人気モデルとなった。そして時計界を代表する専門家たちの心も掴むことになる。 例えば、

・オーレル・バックス(フィリップス・ウォッチズ シニアコンサルタント)

・アウロ・モンタナーリ(伝説的イタリア人コレクター)

・ベン・クライマー(HODINKEE創設者)

・エリック・クー(ヴィンテージ ロレックス界の著名ディーラー/研究家)

 といった人物たちが、それぞれ自分専用の特別仕様モデルをオーダーするほどだったのだ。

著名なイタリア人伝説的コレクター、アウロ・モンタナーリと、ヴィンテージのゲイ・フレアー製ブレスレットを装着した特注のローラン・フェリエ マイクロローター(©Revolution)

フィリップス・ウォッチズのシニアコンサルタント、オーレル・バックス(左)と、ジュネーブ時計部門責任者アレックス・ゴトビ。それぞれ特別仕様のローラン・フェリエ マイクロローターを着用している。(Image: Phillips Watches)

〈スクエア マイクロローター〉

 2015年に発表された〈スクエア〉は、フェリエのコレクションへまったく新しいエネルギーをもたらした。クッション型の41×41mmケースを採用し、それまでのローラン・フェリエにはなかったスポーティな空気感を漂わせている。

 フェリエはこう語る。

「私は昔から、この種のケースデザインに惹かれていました。クッションケースは〈クラシック〉とは大きく異なりますが、“触れて心地よい形を作る”という私たちの哲学には完全に沿っています」

 〈スクエア〉は、ローラン・フェリエとして初めてステンレススティールで量産されたモデルでもあった。

 そして2015年、ジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリにおいて“最優秀時計革新賞(Best Horological Revelation)”を受賞している。

〈スクエア〉は、2015年のGPHG(ジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリ)において、「Best Horological Revelation(最優秀時計革新賞)」を受賞した。

 ローラン フェリエは、スクエアの特別仕様モデルをいくつも製作してきた。それらは、彼の卓越したデザインセンスを示す、格好のキャンバスになっている。

 その代表例のひとつが、2016年に発表された〈ボレアル〉である。このモデルは、非常に美しい夜光セクターダイアルを特徴としていた。 さらにセクターダイアル仕様としては、2016年、アメリカの販売店スイス・ファインタイミング向けに製作された、アラビア数字インデックス付きシルバーダイアル。 2017年、同じくスイス・ファインタイミング向けに製作された、ブレゲ数字付きサーモンダイアルなども存在する。

 そしてもちろん、2015年のチャリティオークション“オンリーウォッチ”のために製作された、オリジナルのセクターダイアルモデルも忘れることはできない。

 スクエアの内部には、クラシック マイクロローターで高い評価を得たCal.FBN229.01マイクロローター&ナチュラル脱進機ムーブメントが搭載されている。

 またスクエアには、“レギュレーター”仕様も存在した。これは、時針・分針・秒針をそれぞれ別位置へ配置したデザインで、時計師が使用する基準時計(レギュレータークロック)をモチーフとしている。

〈スクエア〉は、2015年のジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリ(GPHG)において、「最優秀時計革新賞(Best Horological Revelation)」を受賞した。

左:〈スクエア ボレアル〉 中:2015年のチャリティオークション“オンリーウォッチ”のために製作されたユニークピース。右:〈スクエア レギュレーター〉

〈クラシック トラベラー〉

 ローラン フェリエが複雑機構のラインナップで目指していたのは、ブランド特有の美しいデザインを保ちながら、真に実用的な機能を加えることだった。

 そして2013年、それは〈クラシック トラベラー〉によって見事に実現された。

 フェリエはこう語る。

「現代社会の現実のひとつは、絶え間ない移動です。だから私は、“ホームタイム”“現地時刻”“日付”を一目で把握できる時計を作りたいと思いました」

 まず彼が違和感を覚えたのは、多くのGMTウォッチで日付がホームタイムに連動していたことだった。

「しかし、それはおかしいでしょう。なぜなら、世界のどこにいても、重要なのは“現地の日付”だからです」

 さらに彼は、多くの時計では日付を進めることはできても、“戻す”ことができない点にも注目した。

 そこでフェリエは、操作性、機能性、美しさを兼ね備えた、実用的なトラベルウォッチの開発へ取り組んだ。

 その結果が〈クラシック トラベラー〉である。 このモデルには、マイクロローターとナチュラル脱進機を備えたムーブメントが搭載されている。

 しかし、目の肥えたコレクターにとって重要なのは、Cal.LF230.02が“インテグレーテッド ムーブメント”である点だ。 つまり、ホームタイム/ローカルタイム表示機構が、ムーブメント基板そのものへ統合されているのである。

 多くのブランドなら、ベースムーブメント上へGMTモジュールを載せるだけで済ませる。しかし、それはローラン・フェリエのこだわりが許さなかった。

 この時計のデザインは、フェリエの“情報を直感的に読ませる”という思想を表現している。

 フェリエは語る。

「人が時計を見る時、視線は自然に特定の場所へ動きます。私は、その流れ自体が論理的である時計を作りたいのです。つまり、説明を受けなくても、直感的に操作方法が理解できる時計です」

 例えばトラベラーでは、人間が左から右へ読む習慣に合わせ、情報配置も設計されている。ケース左側の10時位置と8時位置には、ローカルタイム時針を進めたり戻したりするためのプッシャーが備えられている。

下側プッシャー → 時針を戻す

上側プッシャー → 時針を進める

 という構成だ。

 ダイアル9時位置にはホームタイム表示が配置される。これは時刻の数字が緩やかに変わる表示方式を採用しており、さらに日付窓より大きく作られている。

 理由はふたつ。

・一目で“ホームタイム表示”だと理解できること

・前後の時刻も視認できること

である。

 3時位置には日付表示。そしてこの日付は、ローカルタイムに連動し、進めるだけでなく、前日に戻すこともできる。

 さらに6時位置には、ローラン・フェリエを象徴するスモールセコンドが配置されているものもある。

〈クラシック トラベラー〉この時計のデザインは、フェリエが重視する“直感的に情報を読み取れる表示”という思想を完璧に体現している。左側に時針/ローカルタイムを前後させるプッシャーを2つ持つ。

  〈トラベラー〉のいくつかのダイアルデザインは、〈トゥールビヨン ダブル スパイラル〉や〈マイクロローター〉が持つ、クラシカルな世界観から大きく踏み出したものとなっている。

 ここでは、より現代的なエネルギーが表現されている。その特徴となるのが、

・“ドロップシェイプ”と呼ばれる、細長く尖ったアプライドのアワーマーカー

・マット、あるいはコントラスト仕上げされたダイアル上へ、高い視認性でプリントされたミニッツマーカー

 である。

 ケースサイズは41mm径、厚さは12.64mm。裏側を見ると、この時計が通常のマイクロローターとは異なるモデルであることがすぐわかる。

 ローターには、美しいバーリーコーンパターンの ギヨシェ装飾が施されているからだ(通常のマイクロローターでは、ローターへ扇形モチーフのエングレービングが施されている)

ホームタイムとローカルタイムを表示するための追加機構は、ムーブメントの地板に一体化されている。

 〈エコール・マイクロローター〉

 2017年は、ローラン・フェリエにとって記念すべき年となった。というのも、この年、新たなケースデザインが発表されたからだ。それは彼自身の原点へのオマージュでもあった。

 〈エコール〉のデザインは、フェリエが時計学校の卒業制作として製作した懐中時計をベースとしている。

 フェリエはこう語る。

 「第2のラウンドケースを考え始めたとき、まず私は“その目的は何か”を自問しました。〈クラシック〉は非常に曲線的で、有機的なフォルムを持っています。しかし、そのサイズを拡大して複雑機構を加えようとすると、私はそのプロポーションに満足できませんでした。そこで私は、年次カレンダーやミニッツリピーターのような複雑機構を収めるのに、より適したケースについて考え始めたのです。そして私は、時計製作における自分の原点へと立ち返ることになりました」

 「1968年、時計学校の卒業制作で、私は自分自身の懐中時計を作りました。この時計は、私が愛する1950年代の時計デザインから大きな影響を受けています。そして今振り返ると、後年の私のデザイン哲学につながる要素が、このプロジェクトの時点ですでに表れていたように思います」

 「特に私はこの懐中時計のケースデザインを気に入っており、新しいモデルの着想源として非常に力強いものになると考えました。そして私は、この学校時代のプロジェクトとのつながりにちなんで、このモデルを〈エコール〉(学校)と名付けたのです」

〈エコール マイクロローター〉。自らの卒業制作で作った懐中時計をモチーフとしている。

  1950年代に登場したさまざまなケースデザインのなかでも、とりわけ美しいもののひとつが、“ディスコ・ボランテ”と呼ばれるケース形状である。 このスタイルは、複数の高級時計メゾンによって採用され、その時代を代表する名作時計のいくつかに用いられた。

 それは“空飛ぶ円盤”を思わせる、穏やかで丸みを帯びたフォルムを特徴とし、そこにシャープなラグが対照的に組み合わされている。しかし、フェリエによるこのスタイルへのアプローチは、明確に異なるものだった。

 彼の〈エコール〉は、ディスコ・ボランテの意匠を受け継ぎながらも、そこへ“水によって長年磨かれた石”のような滑らかさを与えた。そして完成したのは、高次元の調和と静けさを体現した時計であった。

 〈クラシック〉が、曲線と直線との対比によって緊張感を生み出すデザインであるのに対し、〈エコール〉のケースには、一本の直線すら存在しない。ベゼルもケースバンドも曲面で構成され、さらにケースバックに至るまで丸みを帯びている。この3ピース構造によるバッシネケースのあらゆる部分が、まるで自然によって削り出された彫刻のように感じられる。

 一方で、このモデルにおけるダイナミズムは、力強いラグによって生み出されている。ラグ自体はカーブを描きながらも、その側面は直線的に処理されているのだ。

 それぞれのラグの先端には、スプリングバーを覆うカボションが備えられており、それによってデザインには、どこか“オフィサーズケース”的な趣が与えられている。その印象は、巻き上げる感触が心地よいボール型リュウズによってさらに強調されている。

 完成したケースは、伝統的なオフィサーズケースよりも、さらに曲線的で優雅でありながら、一方でディスコ・ボランテよりも実用的かつ堅牢な性格を備えているのである。

〈エコール・マイクロローター〉のバックサイド。

  一部のコレクターたちは、〈エコール〉のフォルムについて、初期の腕時計―すなわち、パイロットや軍将校のために、懐中時計へラグをハンダ付けして腕時計化したモデル―を思わせると指摘している。

 しかし私は、エコールの本質は、そのような単純な比較で語れるものではないと感じている。その魅力は、より繊細で、そして見事に丸みを帯びたフォルムのなかに、巧みに表現されている。

 2017年、40mm径で登場したエコールは、瞬く間にフェリエの他のケースデザインと並び立つ、価値ある兄弟モデルとなった。

 そしてエコールにおいて、フェリエのダイヤルデザインは、純粋性という意味でひとつの頂点へ達することになる。

 12時、3時、9時位置にはドロップ型インデックスが配され、それに対比するように、ミニッツトラックはプリントによって表現された。またスモールセコンドには、わずか4本の目盛りしか設けられておらず、この時計全体に、禅にも通じるミニマリズムを与えている。まるで“時計による俳句”のようだ。

 さらにダイヤル表面の仕上げについても、フェリエは再びアブラアン-ルイ・ブレゲから着想を得ている。メインダイヤル部分には縦方向のヘアライン仕上げを施し、一方でインデックス下のセクションにはサーキュラーブラッシュ仕上げを与えることで、繊細なコントラストを生み出しているのである。

〈エコール〉のダイヤルは、それぞれのセクションごとに異なる仕上げが施されている。

  フェリエはこう語る。

「ブレゲ以前の時計は、非常に装飾的なデザインが主流でした。しかし彼は、抑制された控えめなダイヤルデザインを初めて生み出した人物でした。そういう意味で、彼こそ世界初の“モダンな時計デザイナー”だったのです。彼のアイデアは、異なる種類のギヨシェ装飾を使い分けることで、ダイヤルの各セクションを識別しやすくすることにありました。たとえば、スモールセコンドのサブダイヤルには、パワーリザーブ表示とは異なる装飾を施していたのです」

 今日、“ギヨシェ・フェ・マン(手作業によるギヨシェ)”が施されたブレゲの時計を、ローラン・フェリエの時計と比較すると、その時計製作のスタイルはまったく異なるものに見える。 しかし、ダイヤル装飾によって美しさを生み出しながら、同時に視認性も高めようとする姿勢に両者の共通性がある。

 特筆すべきは、フェリエがこの時計のステンレススティール仕様を製作した際、マイクロローター・ムーブメントに、ややざらつき感のある仕上げを採用したことだ。これは、試作段階で用いられる真鍮などの素材感を想起させるものであり、スティールケースとの対比を生み出している。

 さらにムーブメントには、マイクロビレ(microbillé)と呼ばれる微細なショットブラスト仕上げや、テンプ受けを含むスティールパーツへの鏡面研磨など、高度な手仕上げ技術が施されている。

 その結果、19世紀の英国時計にしばしば見られたフロステッド仕上げを思わせる美観が生み出されている。

 一方、ゴールドケース仕様には、伝統的なジュネーブストライプ仕上げが与えられた。

 また〈エコール〉にはレギュレーター表示のダイヤルも用意されていた。これは、本来ムーブメントの調整用として使用されていた大型の時計師用クロックに由来するデザインである。 

 アトリエのどこからでも高い視認性を確保するため、レギュレータークロックでは、それぞれの針がダイヤル上の異なる位置に配置されていた。エコールの場合、時表示は12時位置のサブダイヤル、秒表示は6時位置のサブダイヤルに配され、分表示はダイヤル中央の大きな針によって読み取る構成となっている。

左:〈エコール レギュレーター〉 右:ムーブメントに施されたフロステッド仕上げの例。

 〈エコール・アニュアルカレンダー〉

 〈エコール〉の発表から間もない2018年、フェリエはこの時計の初となる複雑機構搭載モデルを発表した。

 年次カレンダーは、高級時計の世界において、もっとも実用的な複雑機構のひとつである。この機構は1996年、パテック フィリップによって初めて導入された。

 この時計は、30日と31日という各月の日数の違いを自動的に判別するパーペチュアルカレンダーの知性と、より扱いやすく、堅牢で、比較的現実的な価格帯に収まるシンプルカレンダーの実用性とを融合した存在である。

 通常のシンプルカレンダーでは、31日未満の月が来るたびに手動修正が必要となる。つまり年間で合計5日分の修正を行わなければならない。

 一方、年次カレンダーでは、毎年2月の最終日に一度だけ手動調整を行えばよいのである。

エコール・アニュアルカレンダー〉のダイヤルは、情報表示に対するフェリエの直感的アプローチを体現した傑作である。

  フェリエの年次カレンダーは、従来にない“調整のしやすさ”を実現していた。彼はこう説明する。

「私は昔から年次カレンダーが大好きでした。年に一度だけ調整すれば、日付、曜日、月表示を常に正確に示してくれますからね。しかし実際には、カレンダーウォッチのオーナーは、ほかの時計とローテーションしながら使うことが多いのです。その結果、しばらく使わないうちに、カレンダー表示を再調整しなければならなくなります」

「従来の年次カレンダーでは、ケース側面に組み込まれたコレクターを使い、それぞれの表示を個別に調整する方式が一般的でした。しかしそのためには、不必要に複雑なケース構造が必要になります。また、それらを操作する専用工具がなければ、カレンダー調整ができないこともあります。一方で、年次カレンダー情報を同時に動かす方式も存在しますが、もし誤って日付を進めすぎてしまった場合、逆方向へ戻せないという問題がありました」

「そこで私たちの年次カレンダーでは、リュウズ操作による実用性を維持しながら、日付を前後どちらにも動かせるようにしたのです」

 この〈アニュアルカレンダー〉は、次のように調整を行う。

 リュウズの第1段階は、手巻きムーブメントのゼンマイを巻き上げるための位置となる。

 リュウズを第2段階まで引き出すと、日付を双方向へ送り操作できるようになる。さらに、リュウズを一度の動作で前後に続けて動かすことで、月表示を進めることができる。

 曜日表示については、ケースの10時位置に組み込まれたコレクターによって調整する。

 したがって調整手順としては、まず月表示を合わせ、次に日付を調整し、その後リュウズを第3段階まで引き出す。最後に、10時位置のコレクターを操作して正しい曜日を設定するのである。

ローラン・フェリエの〈アニュアルカレンダー〉には、一般的な埋め込み式コレクターが存在しない。すべての表示調整は、リュウズとケース側面の大型プッシャーのみで行う。最も操作しやすいアニュアルカレンダーのひとつである。

  〈アニュアルカレンダー〉のダイヤルは、フェリエの直感的アプローチを体現している。

 曜日と月表示は、12時位置――ローラン・フェリエのロゴのすぐ上――に並ぶ、面取りされた横長の2つの小窓によって読み取る構成となっている。

 一方、日付はセンターに取り付けられた針によって示され、ダイヤル外周に印刷されたスケールを読み取る。これは、1955年に登場したオーデマ ピゲ初期の永久カレンダー腕時計Ref.5518を想起させるデザインである。

 さらに私にとって興味深いのは、フェリエが選んだ書体である。開いた形状の「6」と「9」、そして縦のセリフを持つ「7」は、オーデマ ピゲの歴史的傑作へのオマージュを感じさせる。同時に、それらをロイヤルブルーなど大胆な色彩で表現することで、現代的な躍動感も与えている。

 フェリエの真の才能が現れているのは、ダイヤル上に設けられた微妙な高低差と仕上げの使い分けにある。ダイヤル中央部分はわずかに高く設計され、縦方向のサテン仕上げが施されている。ミニッツトラック部分にはサーキュラーサテン仕上げが与えられ、時計中央から緩やかに傾斜している。

 一方、日付トラックは、わずかに低い位置に配され、オパーリン仕上げによって表現されている。 同様に、スモールセコンドも低い位置にあり、その中央にはサーキュラーギヨシェ、外周にはオパーリン仕上げのトラックが組み合わされている。

  さらにフェリエは、このモデルで初めてダイヤルにクロスラインモチーフを採用した。これによってデザインには、よりスポーティなニュアンスが加えられている。

 加えて、この時計は2018年のジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリ(GPHG)において、メンズ・コンプリケーション賞を受賞した。

 なお、この〈アニュアルカレンダー〉には、〈マイクロローター〉に搭載されていたナチュラル脱進機は採用されていない。その代わりに、フェリエは伝統的なスイスレバー脱進機を選択している。

〈エコール・アニュアルカレンダー〉のムーブメント側。

 〈エコール・ミニッツリピーター〉

 2019年、ローラン・フェリエは、ラ・ファブリク・デュ・タンとの協業によって製作されたミニッツリピーターを発表し、自らの時計コレクションにおける複雑機構のラインアップを完成させた。

 フェリエはこう語る。

「ミニッツリピーターの起源は、時計史のなかでももっとも魅力的なもののひとつです。18世紀の貴族たちは、わざわざロウソクに火を灯さなくても時間を確認したいと考えていました。そこで彼らは、“時刻を音で奏でる”懐中時計を所有していたのです。時計に備わるスライドを押し下げることで、その時計は時を鳴らしました」

 ミニッツリピーターでは、時刻は、低音と高音、2種類のゴングによって次のように奏でられる。

・時は低音ゴング

・15分単位(クォーター)は高音と低音の組み合わせ

・分は高音ゴング

 によって表現される。

 フェリエのミニッツリピーターは、〈エコール〉の3ピース構造によるバッシネケース(全体に丸みを強調した、滑らかで柔らかなフォルムを持つケース)に完璧に調和している。

 そしていつものように、この時計もまた“控えめであること”の美学を極めている。

 ローラン・フェリエのロゴは抑制的に配され、ミニッツトラックは小さなプリントドットによって表現されている。さらに、“minute repeater”という文字ですら、ダイヤル上に薄く小さく記されているため、視線を凝らして初めてその存在に気づくほどである。

控えめなダイヤルを持つ〈エコール・ミニッツリピーター〉

  この時計のスティールケースは、ミニッツリピーターの音色に、より明るく澄んだ響きをもたらしている。リピーター機構は、時計左側の伝統的な位置に配された大型スライドによって作動する。

 ムーブメントは、ラ・ファブリク・デュ・タンのフェリエの友人たちと、クリスチャン・フェリエによって設計された。その音色の美しさは卓越している。

 なお、フェリエ親子はいずれもミニッツリピーターにおいて豊富な経験を持っている。ここではローラン・フェリエらしい、“控えめでありながら同時に高度に技術的”なムーブメントを完成させている。

 また興味深いのは、香箱用のロングブレード型ラチェットスプリングが見られる点である。これはフェリエ初のムーブメント〈トゥールビヨン・ダブルスパイラル〉に由来する意匠である。このモデルでは、リピーター機構のハンマーおよびフライングガバナーと同じ平面上に配置されている。

〈エコール・ミニッツリピーター〉のムーブメント。

 〈ブリッジ ワン〉

 2017年、ローラン・フェリエは、独立系時計界の異端者ともいえるウルベルクと協業し、チャリティオークション“オンリーウォッチ”のためのユニークピースを製作した。

 生まれた時計は、オークションでもっとも激しい争奪戦が繰り広げられた。しかしフェリエ自身にとって、その時計のケース形状には、なお改善の余地があったという。

 彼はこう語る。

「ケースは、私たちが普段手掛けているものより、やや大きすぎました。しかしその経験によって、私は“ブリッジ型”の時計について考えるようになったのです。そこには、美しく湾曲したケースプロファイルがありました。そして、その発想から誕生したのが〈ブリッジ ワン〉なのです」

2017年のオンリーウォッチのために製作された、ローラン・フェリエとウルベルク のコラボレーションモデル。

  2019年に発表されたその成果は、古典的洗練を極めた見事な作品となった。

 もちろんローラン・フェリエにとって、ラウンド型ムーブメントをレクタンギュラーケースへ収めるという発想は、決して受け入れられるものではなかった。そこで彼は、このモデル専用として、完全新設計のレクタンギュラー型手巻きムーブメントCal.LF 107.01を構想したのである。

 時計のサイズは44mm × 30mm、厚さ14.58mmと比較的大ぶりだが、ケースに強いカーブが与えられているため、装着感は驚くほど快適である。

 〈ブリッジ〉には、エナメルダイヤルによるタイムオンリーモデル、スモールセコンド仕様、セクターダイヤル仕様といったバリエーションが用意されていた。

マニュアル(手巻き)仕様の〈ブリッジ ワン〉

 〈グランドスポーツ・トゥールビヨン〉

 2019年に発表された〈グランドスポーツ・トゥールビヨン〉は、3つの重要な節目を称えるために製作された時計である。

 第1に、このモデルは、フェリエとそのパートナーであるフランソワ・セルヴァナンが、1979年のル・マン24時間レースで総合3位を獲得してから40周年を迎えたことを記念している。

 この偉業は、後にローラン・フェリエというブランドそのものの誕生へとつながった。

 第2に、〈グランドスポーツ〉は、2009年にブランドが創設されてから10周年を迎えたこと、そして同時に〈トゥールビヨン・ダブルスパイラル〉というコンセプトが誕生してから10周年であることも祝している。

 面白いのは、ル・マンでの表彰台獲得を記念して、当時フェリエがセルヴァナンへパテック フィリップ〈ノーチラス〉を贈ったというエピソードだ。それは、ふたりの友情の象徴でもあった。

 フェリエはこう語る。

「あのレースから40周年を迎えるにあたり、私は彼にもう一度時計を贈りたいと思いました。40年にわたる友情と、10年にわたるパートナーシップを祝うためです。

 しかし今回は、私自身がデザインした時計であり、そして私たちふたりにとってもっとも重要な“エンジン”――すなわちトゥールビヨン・ダブルスパイラル――を搭載した時計にしたかったのです」

1979年のル・マン24時間レースにおける、ローラン・フェリエ(中央)、フランソワ・セルヴァナン(右)、そしてチームメンバーたち。

  フェリエにとって〈グランドスポーツ・トゥールビヨン〉は、彼が初めて本格的に“スポーツウォッチの世界”へ踏み込んだ時計でもあった。

 フェリエはいう。

「私は、自分がレースをしていた頃を思い返し始めました。そして、コックピットの中で、ステアリングを握りながら装着できる時計について考え始めたのです。つまり、ル・マン24時間レースのあらゆる過酷な状況に耐え得る時計です」

 フェリエはまず、この時計には完璧なエルゴノミクスが必要だと考えた。

「私は当時、自分のもっともスポーティな時計だった〈スクエア〉へ立ち返りました。そして、その周囲に“シャシー”を構想し始めたのです。形状としては、私が常に装着感に優れていると感じていたトノー型に近いものになりました」

「また、ケースはレーシングカーのように高い剛性を持たせたいと思っていました。そこで私は、ベゼルからケースバックまで貫通するステムによってケースを固定しようと考えました。そして、それらをケースバック側でしっかり支持する方式を採用しました。さらに、六角穴付きボルトを使いたいとも考えました。これはレーシングの現場で、私たちが頻繁に使っていたものだからです」

 〈グランドスポーツ〉のケースバックを見ると、フェリエがあらゆる面を滑らかに整えていることがわかる。特に、ラバーストラップとの接続部分には、細心の注意が払われている。

 フェリエはこう続ける。

「当初から、ラバーストラップを思い描いていました。なぜなら、レーシングスーツの下でも快適に着用でき、汗をかいても問題ない素材だったからです」

12本限定で製作された〈グランドスポーツ・トゥールビヨン〉

  フェリエはまた、この時計には“究極のパフォーマンスエンジン”が必要であることも理解していた。すなわち、彼の傑作トゥールビヨン・ダブルスパイラルである。

「先ほども述べたように、私はトゥールビヨン・ダブルスパイラルを選びました。なぜなら、実際に非常に堅牢なコンプリケーションだからです。私たちのトゥールビヨンは、ふたつのヒゲゼンマイをヘッド・トゥ・テール配置とし、同心円状の収縮を最適化しています。そのため、このトゥールビヨンは驚異的な性能を発揮するのです」

 そして最後にフェリエは、耐久レースという極限状況下でも最高の視認性を確保できるダイヤルが必要だと考えた。そのため彼は、鮮やかなオレンジ色の夜光インデックスと針を採用している。

 〈グランドスポーツ〉のケース径は44mmで、これはフェリエのコレクション中、最大サイズの時計となる。しかし、ストラップとの巧みな一体設計によって、小ぶりな手首にも快適に装着できるよう仕上げられている。

 さらに〈グランドスポーツ〉は100m防水性能も備えており、水中でも、あるいはレーシングカーのステアリングを握る場面でも活躍する、“究極のステルス・スポーツウォッチ”となっている。

 ケースバック側から鑑賞できるCal.LF 619.01には、ローラン・フェリエならではの意匠が数多く盛り込まれており、優雅で美しい。 同時に、このムーブメントにはダークルテニウムコーティングが施され、より力強くマッシブな表情が与えられている。

 そして2020年モデルでは、〈グランドスポーツ・トゥールビヨン〉に一体型スティールブレスレットが追加された。その3連テーパードデザインは、まるで自動車のエンジンブロックを思わせる。

 また、時計全体に施されたマット仕上げによって、クラシックで使い込まれたような風合いも生み出されている。

 ダイヤルは前年モデルのブラウンから変更され、ブルーからブラックへ移ろうグラデーションカラーを採用。一方で、アワーマーカーと針は従来同様の仕様が維持されている。

一体型スティールブレスレット仕様の〈グランドスポーツ・トゥールビヨン〉

左:Cal.LF 619.01のトゥールビヨン・ダブルスパイラル機構。右:ケースバックには「1979 LE MANS 2019」の文字が刻まれている。

 〈クラシック・オリジン・グリーン〉

 ローラン・フェリエの時計は、もっとも控えめであるときにこそ、その真価を発揮する。

 少なくとも、一見したところは地味に見える。なぜなら、表側から見れば、それは単にスモールセコンドを備えたタイムオンリーウォッチに過ぎないからだ。

 しかし時計を裏返した瞬間、ローラン・フェリエのこだわりを目の当たりにするのだ。 しかもそこには、ごく限られた人にしか理解できないような、繊細さと優雅さが宿っている。

 そうした思想を体現するモデルが〈クラシック オリジン グリーン〉である。

 この時計は、ローラン・フェリエが独立時計師として活動を始めてから10周年を迎えたことを記念したモデルであり、販売はローラン・フェリエの公式ウェブサイト上限定で行われた。

ローラン・フェリエ〈クラシック オリジン グリーン〉

  この時計は、6時位置に伝統的なスモールセコンドを備えたタイムオンリーモデルである。

 ケースは〈クラシック〉コレクションに属するもので、丸型のポリッシュ仕上げケースを採用している。しかし、これは単なる“クラシカルな時計”ではない。なぜなら、このケースはチタン製だからである。しかも使用されているのはグレード5チタン。高い鏡面仕上げを可能にする素材として知られている。

 サファイアクリスタル越しに見えるのは、美しいグラデーション・オパーリンダイヤル。中央では半透明感のあるグリーンを見せ、外周へ向かうにつれて深いグリーンへと変化していく。

 18Kホワイトゴールド製のドロップ型インデックスが配され、針には同じく18Kホワイトゴールド製のアセガイ型針が採用されている。さらにインデックスのすぐ外側には、レイルウェイミニッツトラックが配されており、これが24時間スケールとしても機能している。

 数字の表示には鮮やかなイエローが使われ、時計全体へスポーティなニュアンスを与えている。同じイエローは、段差を持たせたスモールセコンド内の目盛りにも使用されている。

 そして時計を裏返すと、〈クラシック・オリジン〉で初登場となる手巻きムーブメントCal.LF 116.01が姿を現す。

 表側から見る限り、この時計はクラシカルでエレガントな外観を持つ。しかしローラン・フェリエは、ケース素材にグレード5チタンを採用することで、現代的な仕上がりとしている。

 さらにムーブメントのブリッジには、マイクロブラスト仕上げとブラックロジウム加工が施されており、これもまたモダンな選択と言える。しかし、その後に続く装飾は古典的だ。ブリッジの手作業による面取り、鏡面仕上げされたネジ頭など、伝統的高級時計ならではの仕上げが徹底されている。

 またCal.LF 116.01には、ブレゲ式オーバーコイルを備えたフリースプラングテンプ、ローラン・フェリエ独自のロングブレード・ラチェットシステムが搭載されている点も重要である。では、ロングブレード・ラチェットシステムとは何か。これは現代の腕時計ではあまり見られないが、かつての懐中時計では広く使用されていた構造である。

 基本的には、細長いバーの一端にスプリング保持機構、もう一端にクリック(爪)を備えた構造となっている。 そのため時計を巻き上げる際、ラチェットホイールはクリックによって制御され、一方向にしか回転できないようになっている。

Cal.LF 116.01は、ローラン・フェリエが〈クラシック・オリジン〉のために開発した手巻きムーブメント。

 ローラン・フェリエはあなたのための時計か?

 結論として、自分がローラン・フェリエのオーナーになり得るかどうかは、その人の人生哲学と深く関係している。ローラン・フェリエの時計とは、究極の控えめさと、抑制された魅力を体現した存在だからだ。

 この時計は、

“スタイルと品位を備え、

高度な時計技術を愛し、

世界初のダブルヒゲゼンマイ式トゥールビヨンや、

グラン・フー エナメルダイヤルのようなディテールに惹かれながらも、

時計を他人へ誇示するのではなく、自分自身のために楽しみたい”

 と考える人物のための時計である。

 普通の人はローラン・フェリエを見て「いい時計だ」と感じるかもしれない。しかし、それが現代の時計なのか、それともヴィンテージなのかは判別できないかもしれない。

 けれども、ほかのローラン・フェリエのオーナーたちは、それが何であるかを一目で理解するのである。

 フェリエはこう語る。

「私は、ローラン・フェリエのコレクターたちが、ある種のクラブ、あるいは親密なコミュニティを形成していることを好ましく思っています。それは非常に審美眼に優れた人々の集まりでありながら、同時に究極の慎み深さを備えています。おそらくコロナ以後の世界では、富を過度に誇示することは好ましくないと受け止められるようになるでしょう。そして再び、控えめな優雅さ――アメリカ人が“ステルス・エレガンス”と呼ぶもの――への回帰が起きるのではないかと思っています。私は、それが消費者心理における大きな変化のひとつになると考えていますし、ローラン・フェリエこそ、その価値観を体現するのに完璧なブランドだと自負しているのです」

 ※この記事は2020年11月に作成されたものです。

Brand:Laurent Ferrier
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