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オマーン国王の〈デイトナ〉“カンジャール文字盤”の秘密

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オマーン国王から英国空軍の将校へ贈られたという、知られざる”カンジャール文字盤”のロレックス〈デイトナ〉Ref. 6265。これまで存在が知られていなかった希少な3本の発見の全貌に、Revolutionが独占で迫る。。

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REVOLUTION EXCLUSIVE: Discovered — New Khanjar Dial Rolex Daytonas

オマーン国王の〈デイトナ〉“カンジャール文字盤”の秘密

オマーン国王から英国空軍の将校へ贈られたという、知られざる”カンジャール文字盤”のロレックス〈デイトナ〉Ref. 6265。これまで存在が知られていなかった希少な3本の発見の全貌に、Revolutionが独占で迫る。

by Ross Povey. Dec 5,2019

知られていなかった〈デイトナ〉

 ヴィンテージ・ロレックスは、時計収集の世界でも特に論争が多く、複雑な分野のひとつである。これほど長年にわたり熱い議論が絶えないジャンルは、ほかに思い当たらない。しかし、だからこそ人々はその魅力に引き寄せられ、深くのめり込んでいくのだろう。

 著名人が所有していたオークション出品時計や、オリジナルオーナーに支給された軍用モデル(COMEX仕様やミルサブなど)は別として、市場やコレクターコミュニティにおいて新たに何かが発見されることは稀である。

 そして、いざ新発見が現れると何が起こるだろうか。

 まるでモンスーンの豪雨のように懐疑的な声が降り注ぎ、新たに掘り起こされた宝物の持ち主は、SNS上の“自称専門家”たちによる、

「確かにそうかもしれないが……」

「そんなことがあり得るだろうか?」

 といった反論の集中砲火にさらされることになる。

 しかし今回、そのような発見がロレックスの王者ともいえる〈デイトナ〉の世界で見つかった。

 ここでは、オマーン国王から贈られたことが確認された、これまで知られていなかった一連のデイトナについて紹介したい。

オマーンを目指した英国空軍パイロット

 デビッド・ウッドは、軍用パイロットとして並外れた経歴の持ち主であった。1943年、学校を卒業すると同時に英国空軍(RAF)へ入隊し、その後40年にわたる航空人生を歩むことになる。

 その間、40種類を超える航空機を操縦し、アフリカ、中東、極東など世界各地の紛争地域や重要拠点で任務に就いた。

 輝かしいキャリアのなかでも特筆すべきは、英国王室専用飛行隊であるクイーンズ・フライトに2年間配属されたことである。そこで彼はデ・ハビランド・ヘロンを操縦し、英国王室のメンバーを国内外へ輸送する任務を担った。

 その後も順調に昇進を重ね、英国空軍における上級士官階級であるグループ・キャプテン(空軍大佐相当)にまで昇り詰め、1975年までその地位にあった。

デビッド・ウッド大佐。同僚パイロットたちが、寄せ書きとともに贈った記念写真。

英国空軍を退役後、オマーン国王空軍へ移ったデビッド・ウッド大佐は、ヘリコプターの操縦を習得し、C-130〈ハーキュリーズ〉やショート〈スカイバン〉などを駆って、同国北部の航空作戦を指揮した。写真は当時の航空機と山岳地帯での活動、そしてマスカット旧市街にあるオマーン王宮の一角。

 ウッド大佐の息子であるスティーブは、「父にとって飛ぶことはまさに天性のものだった」と振り返る。

「父は若い頃、マラヤで反政府勢力に対するボーファイター(ブリストル社の双発戦闘機)

による作戦任務に従事していました。その後、英国空軍初の実用ジェット戦闘機であるミーティアの教官として、中央飛行学校(セントラル・フライング・スクール)へ招かれたのです。父のキャリアにおける大きなハイライトは、やはりクイーンズ・フライトへの3年間の配属でした。その間、9回にわたる海外公式訪問に同行しています。その後は、騒乱が続くアデンに2年間駐在し、同時にアディスアベバでは空軍駐在武官も務めました」

 しかし、デビッド・ウッドは昇進を重ねるにつれて、実際に操縦桿を握る機会が減っていった。それは彼の望むところではなかった。

 スティーブは続ける。

「グループ・キャプテンまで昇進した父は、その地位に就くことで飛行の機会が減ってしまうことを悟りました。そこで空軍を退役し、オマーン国王空軍(SOAF)へ移ったのです。そこでヘリコプターの操縦を習得し、最終的には10年にわたりオマーン北部におけるSOAFの航空作戦を指揮しました」

オマーンの近代史

 これは歴史の授業ではないが、この物語を理解するうえでオマーンの背景を少し知っておくと役に立つ。

 1970年まで“マスカット・アンド・オマン国”と呼ばれていたこの国は、1932年以来、サイード・ビン・タイムール国王の統治下にあった。

 しかし1960年代になると、英国の強いサポートがあったにもかかわらず、国王は国内を十分に掌握できなくなっていた。

 1940年生まれの息子、カブース・ビン・サイードは20歳で英国のサンドハースト王立陸軍士官学校へ留学し、その後、英国陸軍に入隊する。

 1964年に帰国したカブースは、父によって自宅軟禁状態に置かれた。しかし6年後の1970年、英国陸軍特殊部隊SASの支援を受けて父を追放し、政権を掌握する(その背景には、石油ブームの利権を狙う英国の思惑もあった)

 即位後、彼は国名を“オマーン国(Sultanate of Oman)”へ改め、石油収入を原資とする近代化を推進した。また世界各国との外交にも取り組んだ。

 さらに新たな国旗には、交差した2本の剣の上に伝統的な短剣であるカンジャールを配した新しい国章が採用された。

 一方、王国は1960年代初頭から活動を続けていた反政府勢力に悩まされており、1970年代初頭になると、ドファール地方を拠点とする反乱軍は国家を揺るがす脅威となっていった。

 これに対し、オマーン軍は英国SASの支援を受けながら反乱軍との戦いを続け、最終的に1976年に鎮圧に成功する。

 デビッド・ウッドがオマーンへ赴任したのは、まさにこの紛争の最中だった。彼はオマーン空軍による航空作戦において重要な役割を果たしたのである。

左:デビッド・ウッドが、オマーン国王空軍で果たした功績により、国王本人から勲章を授与されたことを証明する公文書 右:デビッド・ウッド大佐が英国空軍およびオマーン国王空軍で授与された、勲章・従軍記章の一式。

時計を贈る文化

 ヴィンテージ・ロレックスを扱うディーラーのダニエル・ボーンは、オマーン国王が軍の将校たちへ贈ったロレックスについて早くから調査を行っていた人物である。彼は次のように語る。

「湾岸地域には、功績を称えたり、感謝を示したりするために贈り物をする文化があります。その品として時計が選ばれることも少なくありません。オマーン国王は熱心な時計コレクターとして知られており、軍の将校たちにしばしば時計を贈っていました」

 実際、グループ・キャプテン(空軍大佐相当)のデビッド・ウッドも国王から数多くの時計を贈られている。その中にはレイモンド・ウェイル、エテルナ、セイコー、ラドーなどの時計が含まれていた。

 そして、それらのなかでも最も興味深い存在といえたのは、やはりロレックスだったのである。

オマーン国王が送ったと思われるさまざまな時計。エテルナ、ラドー、セイコー、レイモンド ウェイルなどの名前が並ぶ。

発見されたカンジャール文字盤

 こうしたオマーン向けロレックスの世界は非常に奥深く、理解するのも容易ではない。これらの時計は特定のシリアル番号帯ごとに分類され、それぞれに対応する文字盤仕様がある。

 ヴィンテージのデイトナに関しても、コレクターたちの長年の研究によって、どのシリアル番号帯にどの文字盤仕様が組み合わされるのかがおおむね整理され、一定の共通認識となっていた。

 そんななか最近になって、デビッド・ウッドの息子が父の遺したオマーン関連の時計数本を売却できないかと考え、オークションハウスのボナムズへ相談を持ちかけた。

 そこで集合写真のなかから、ある1本のシルバーダイアルのデイトナが関係者の目を引いた。

 その時計は、これまで知られていなかった仕様のカンジャール文字盤を備えていたのである。

 シルバーダイアル上部には、通常ならロレックスの表記が入る位置にカンジャールの紋章が配されている。一方で、アプライド仕様のロレックス・コロネットはそのまま残されており、6時位置の積算計上部には赤い「DAYTONA」表記も確認できる。

 来歴がはっきりしていた個体であったことから、これは重要な発見だった。そして、もしこの未知のシリアル番号帯から、もう1本同じ仕様の個体が見つかったとしたら―。その発見の意味はさらに大きなものになるはずだった。

第2の個体が現れる

 今年初め、英国のある地方オークションハウスで定例の時計オークションが開催された。

 その出品ロットのなかに、デビッド・ウッドの個体と同じ文字盤を備えたシルバーダイアルのデイトナRef. 6265が含まれていたのである。

 ただし、この個体はコレクターの間で“フローティング・デイトナ”と呼ばれる仕様で、6時位置のインダイアル上にある「DAYTONA」表記が通常よりわずかに高い位置に印刷されていた。

 さらに驚くべきことに、その時計のシリアル番号はウッドの個体と50番にも満たない差しかなかった。つまり、同じ文字盤仕様を備え、同じシリアル番号帯に属する、2本目の個体が確認されたのである。

 その時計もまたオリジナルオーナーであるオマーン駐在の空軍将校へ贈られたものだった。

オマーン王家の紋章「カンジャール」を文字盤上部に配した、ロレックス〈コスモグラフ デイトナ〉Ref.6265。アプライドのコロネットを残しながら通常の「ROLEX OYSTER」表記を紋章へ置き換え、6時位置には赤い「DAYTONA」の文字が浮かぶように配されている。

 その時計を購入した英国人コレクターは、この個体について詳細な調査を行い、次のように語った。

「私の時計は、ロレックスによって1980年に製造されたことが確認されています。また、同年中にオマーンのロレックス正規代理店であったキムジ・ラムダスへ納品されたと考えられています。このタイプのカンジャール・プリントは、1970年代半ば以降の多くの〈デイデイト〉にも見られるものです。紋章は、文字盤上でロゴを配置できる唯一十分なスペースに印刷されています。デイデイトであれば通常は『Superlative Chronometer Officially Certified』の表記が入る位置であり、デイトナであれば『Rolex Oyster』の表記が置かれる位置です。」

 では、この文字盤はロレックスが文字の入っていないブランクダイアルを供給したのだろうか。それともキムジ・ラムダス側が既存の文字を消し、後からカンジャールを印刷したのだろうか。

 彼はこう続ける。

「詳細に調べても、もともと文字があった痕跡は見つかりませんでした。しかし結論から言えば、その答えを知ることは不可能です」

 この2本目の時計は、1981年後半にオマーン飛行訓練学校へ赴任していた英国空軍の上級将校へ贈られたものであった。彼は英国空軍でキャリアを築き、中央飛行学校では国際的な飛行訓練に携わっていた。

 デビッド・ウッドと同様に、彼も在職中に数多くの記念時計を贈られており、そのなかにはロレックスやセイコーの金無垢モデルやステンレススティールモデルも含まれていた。

 そして1990年代、この将校は自身のデイトナをコレクターへ譲渡。その後、そのコレクターがオークションへ出品したのである。

カンジャール文字盤を備えるロレックス〈デイトナ〉Ref. 6265。かつてデビッド・ウッド大佐が所有していた個体(Image: @bexsonn)

第3の個体、そして“ダイナミック・デュオ”

 さらに本稿で独占的に明かせることがある。実は、これら2本の中間に位置するシリアル番号を持つ第3の個体の存在が確認されているのだ。その時計は現在もオマーン国内にあり、先に紹介した個体と同じ“フローティング・デイトナ”仕様の文字盤を備えている。

 これで同じ特徴を持つ個体が3本確認されたことになる。まさに“三つ子”のような存在である。

 私は今回、Revolutionのためにこの2本の時計へ特別にアクセスする機会を得ることができた。そして両者を並べて撮影できたことを大変光栄に思っている。

 ここに紹介するのは、こうして新たに発見されたカンジャール文字盤を備えるロレックス デイトナRef. 6265である。

 グループ・キャプテンのデビッド・ウッドが所有していた個体は、12月11日に開催されるボナムズの“Fine Watches”オークションへ出品される予定だ。一方、ブルース・マクドナルドの個体は現在も個人コレクションとして保管されている。

※編集部注:ボナムズのオークションで、この時計は£375,063(当時の為替レート換算で約5,400万円)で落札された。

Brand:Rolex
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