宇宙開発の歴史を刻んだムーンウォッチから、伝説的な限定モデル、希少なヴィンテージまで。ウェイ・コーが長年をかけて築き上げた〈スピードマスター〉コレクションには、一つひとつに忘れがたい物語が宿っている。時計そのものの魅力はもちろん、友情や情熱、そしてコレクターとしての喜びまでを綴った本稿は、〈スピードマスター〉を愛するすべての人に捧げるオマージュである。
TEMPLE OF SPEED: Revolution’s Permanent Speedmaster Collection
ウエイ・コーのお気に入り〈スピードマスター〉コレクション
宇宙開発の歴史を刻んだムーンウォッチから、伝説的な限定モデル、希少なヴィンテージまで。ウェイ・コーが長年をかけて築き上げた〈スピードマスター〉コレクションには、一つひとつに忘れがたい物語が宿っている。時計そのものの魅力はもちろん、友情や情熱、そしてコレクターとしての喜びまでを綴った本稿は、〈スピードマスター〉を愛するすべての人に捧げるオマージュである。
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by Wei Koh . Dec 8, 2020 |
- “アルファオス”になる方法
- 〈スピードマスター ムーンウォッチ “CK 2998”リミテッド エディション〉(2016年)
- 〈スピードマスター アポロ13号 45周年スヌーピー アワード〉45周年記念 リミテッドエディション(2015年)
- 〈スピードマスター“スピーディ チューズデー”リミテッド エディション〉(2017年)
- 〈スピードマスター“アポロ XI 1969 トリビュート・トゥ・アストロノーツ”〉Ref.BA 145.022-69(1969年)
- 〈スピードマスター“タンタン”〉(2013〜15年)
- Ref.ST 145.022-69 トロピカル(1969〜71年頃)
- Ref.145.012-67“ウルトラマン 1”(1967〜68年)
- スピーディ・チューズデー 2 “ウルトラマン”(2018年)
- 〈スピードマスター 1957 トリロジー〉(2017年)
- Ref.105.012-66 CB(1966〜69年頃)
- Ref.105.003 “エド・ホワイト”(1963〜65年)
- Ref.145.022-69 “レーシング”(1969年頃)
- Ref.145.012-67“ウルトラマン2”ホルツァー・ブレスレット仕様(1967〜68年)
- Ref.145.012-67 “ウルトラマン 3”(1967〜68年)
- 〈スピードマスター “シルバー スヌーピー アワード” 50周年記念〉(2020年)
“アルファオス”になる方法
もう何年も前、たしか私が12歳だった頃のことだ。私は「そろそろ子どもっぽいものを卒業し、本物の男にならなければならない」と決意した。
だが現実には、青白く、眼鏡をかけ、ヴァイオリンを弾いていた当時の私は、80年代にチャック・ノリスが演じたJ・J・“ローン・ウルフ”・マクエイドのような、悪党を蹴散らすタフガイ像とは最もかけ離れた存在だった。
幸いにも私は、お気に入りだった雑誌『ジェントルメンズ・クォータリー』で、男らしさに関する記事を偶然読んだ。そこには、男らしさはたった2つの簡単なステップで手に入る、と書かれていたのである。
ステップ1は、葉巻を手に入れることだった。
さてニューヨーカー諸君、まずはナット・シャーマン(NYの有名葉巻店)という名が呼び起こす哀愁に満ちた記憶を思い出してほしい。NYの旗艦店は、コロナ・パンデミックの犠牲となり、今年(2020年)ついに閉店してしまったのだ。
私は放課後、この“葉巻喫煙という高尚な芸術”の殿堂へ向かうため、勇気を振り絞ってバスに乗ったことを覚えている。そして店のカウンターへ悠然と歩み寄り、葉巻を一本ほしいと頼んだ。
ブルックス ブラザーズに身を包んだ抜け目のない店員は、私をじっと見てこう尋ねた。
「坊や、この葉巻はどなたのためかな?」
私は嘘を押し通そうと決意し、「もちろん祖父のためです」と答えた。
すると彼はさらに、「では、お祖父さまはどんな葉巻を吸われるのかな?」と問い返してきた。
私は慌てた。背後には、膨大な種類の葉巻が並んでいたからだ。そして思わず口走った。
「ええと……もちろん、こちらで一番上等な葉巻です」
すると彼は上段の棚から何かを取り出し、漆黒のマデューロ・ラッパーに包まれた、とてつもなく巨大なダブル・コロナをトレイの上に置いた。
彼は笑みを浮かべながら尋ねた。
「こんな感じかな?」
私は全身に安堵が広がるのを感じながら、うなずいた。そして彼のピール製ローファーの鏡のような艶を眺めているうちに、彼はそのヘラクレス級の葉巻へ、まるでロッコ・シフレディ(イタリア出身のポルノ男優)に割礼を施すラビのような勢いで、見事なギロチンカットを入れた。
「マゼル・トヴ!」――おめでとう、である(※ヘブライ語由来の祝い言葉)

▲ニューヨークのナット・シャーマン店舗外観とハウス内部(Wikimedia Commons)
『ジェントルメンズ・クォータリー』流“アルファオス”になる方法、ステップ2――それは、その葉巻を実際に吸うことだった。
1時間後、私は熱々のバスタブへ慎重に身体を沈めていた。熱湯に繊細な股間を焼かれて情けなく呻きながら、ようやく腰を落ち着ける。
前述の雑誌によれば、“男らしさ”というカラコルム山脈の頂へ到達するには、熱い風呂に浸かりながら葉巻をくゆらせ、シングルモルト・ウイスキーを傾けつつ、お気に入りの小説を読むべきなのだという。
もっとも当時の私は、シングルモルトが何かすら知らなかった。そこで両親の酒棚にあった茶色い酒を片っ端から少しずつコーヒーマグへ注ぎ込み、その忌まわしい混合酒を、敬愛するギュスターヴ・フローベールの『ボヴァリー夫人』の、何度も読み返して折れ曲がった文庫本の隣へ置いた。
「いざ、より高次の男らしさへ!」
私はそう心の中で叫んだ。12歳の自分が、葉巻という繭からツァラトゥストラのように羽化し、ニーチェ的“超人”へと変貌する姿を思い描きながら。
「私は鷲とともに飛ぶのだ」
そう宣言すると、私はその不快極まりないドリンクをひと口すすり、まるでポルフィリオ・ルビロサ(かつての大物プレイボーイ、ナニが大きいことで知られていた)級の巨大シガーへ火を点けた。
そして、ドミニカ共和国の国家総生産のすべてを燃やしているかのような莫大な煙を、未熟な肺いっぱいに吸い込んだ。
効果は即座に現れた。
私は、この半年で食べたものをすべてを吐いたのではないかというほど、激しく嘔吐した。部屋は猛烈な勢いで回転し、私は自らの吐瀉物が浮かぶ浴槽から這い出すことすらできなくなった。幻覚まで見え始めた。
ようやく何時間にも思える格闘の末、私は床へ転がり落ち、ひんやりしたタイルへ顔を押しつけて、わずかな安堵を得ながら静かに泣いた。
少なくとも、ツァラトゥストラではなかったのである。
つまり何が言いたいかというと、この最初の壊滅的な葉巻体験を克服するまで、私は20年近くを要したということだ。
だから、作家ニック・フォルクスや、時計コレクター、アーメッド “シャリー”ラーマンのように、小さな拳にベイーケを握り、煙の輪を吐きながら生まれてきたような友人たちと比べれば、私はかなり遅れてこの趣味へ辿り着いたことになる。
だが中年になってから、葉巻を味わうようになったからこそ、私はより深く葉巻にのめり込んでいったのだと思う。
そして葉巻は、先ほど挙げた二人をはじめ、『THE RAKE』編集長トム・チェンバレン、さらにダビドフ・ロンドンのエドワード&エディ・サハキアン親子など、素晴らしい友情をもたらしてくれた。
葉巻は、友情と社交を育む素晴らしい潤滑油だったのだ。

▲ 2017年のコンコルソ・デレガンツァにて、アーメッド“シャリー”ラーマン(@Time_Mechanic)と並ぶウェイ・コー(Image:hespokestyle.com)
私にとってオメガの〈スピードマスター〉も、まさにそんな存在だった。人生の大半においては、ただ何となく知っている程度の時計にすぎなかったのだが、4年前、突如として、そして後戻りできないほど深くこの時計に取り憑かれてしまったのである。
今では、私が最も深く、そして最も多く収集している時計が、このスピードマスターだ。
だが、それ以上に大きな意味を持ったのは、この“史上最もアイコニックなスポーツクロノグラフ”に魅了されたことによって、多くのかけがえのない友情が生まれたことだろう。
たとえばニューヨークの名門ヴィンテージウォッチショップ、Analog:Shift創設者のジェームズ・ラムディンとヴィンセント・ブラセスコ。
ジョージタウン大学外交学部出身であり、ヴィンテージウォッチ界の実力者でもあるエリック・ウィンド。
そしてスピードマスター知識の“最大の宝庫”とも言うべき、ロイ&サシャ・ダヴィドフ兄弟。
さらに、謎めいた魅力を持つウィリアム・ロバーツ、すなわち@Speedmaster101。
『スピーディ・チューズデー』創設者であり、私にとって“ミスター・スピードマスター”その人であるロバート=ジャン・ブロア。
そしてオメガチームの素晴らしい面々――才気あふれるグレゴリー・キスリング、温かく情熱的なジャン=パスカル・ペレ、そして伝説的CEOレイナルド・アッシェリマンである。
スピードマスター収集において特別なのは、そのコミュニティが驚くほど温かいことだ。これは必ずしも他ブランドでは当てはまらない。
コレクター、ヴィンテージディーラー、あるいはブランド関係者であれ、出会った人々は皆、私を“スピードマスター・ファミリー”の一員として扱ってくれた。
結局のところ、私がスピードマスター収集を愛している理由はそこにあるのだと思う。――自分がひとつの“家族”に属しているという感覚だ。
そこで、このファミリーをさらに豊かなものにするため、私はひとつお知らせをしたいと思う。この記事で紹介している時計――つまり、私個人および『Revolution』のオメガ〈スピードマスター〉コレクションのすべてを、シンガポールに新たにオープンしたRevolution Watch Barに展示することになったのだ。
スピーディ愛好家の方々は、rwb@revolutionmagazines.com へメールで予約すれば、これらの時計を実際に見ることができる。
私たちはこの場所を“テンプル・オブ・スピード”と呼んでいる。スピードマスター愛好家たちが集い、“スピーディ”にまつわるあらゆる魅力と知識に浸ることのできる場所だ。
ここではイベントやウェビナーも開催し、優れた資料書籍も揃えていく予定である。もちろん、あの名著『Moonwatch Only』も用意しているので、ここで自由に閲覧できるし、自宅で読むことも可能だ。
だが、それ以上に素晴らしいのは、その書籍や、私の記事で紹介されている実物の時計を、実際に手に取り、じっくり観察できることだろう。
この記事に掲載している時計は販売品ではない。しかし、たとえば本物の“ウルトラマン”や“グレー・レーシング”を見たことがないのであれば、これが絶好の機会になる。
スピードマスターへの情熱を深める最良の方法とは、それを他者と共有することだと、私は信じている。
なお、時計によっては、私自身が着用しているため、その時点では展示されていない場合もある。その点はご了承いただきたい。ただし、可能な限りご要望には応えられるよう努めるつもりだ。
さらに、私が所有するヴィンテージウォッチについては、それぞれ購入先も記している。これは、ヴィンテージ・スピードマスターを探している方々に、ダヴィドフ・ブラザーズ、アナログ:シフト、エリック・ウィンド、フラテッロ・ウォッチズ、そして願わくば私たちのような、信頼できる優良なソースに目を向けてほしいという思いからである。
それでは前置きはこのくらいにして、私がどのようにしてスピードマスターの熱狂的愛好家となったのか、そしてこの4年間にわたる“スピーディ”との熱烈なロマンスの末に集めることとなったコレクションについて、語っていこう。
〈スピードマスター ムーンウォッチ “CK 2998”リミテッド エディション〉(2016年)

▲ 2016年に発表された〈スピードマスター“CK2998”リミテッドエディション〉。2998本限定で製造されたモデル。オメガ純正のストラップ&アクセサリーコレクションのNATOストラップを装着している(©Revolution)
『007/カジノ・ロワイヤル』を含む6本のボンド映画に加え、クリストファー・ノーラン版『バットマン』三部作や『ワンダーウーマン』の衣装デザインも手がけた天才衣装デザイナー、リンディ・ヘミングスに会えたことは、映画好きの私にとって忘れがたい体験だった。
だが、さらに驚かされたのは、彼女が私のジャケットをひと目見るなり、その特徴的なショルダーラインを指しながら、「それ、チフォネリ?」と尋ねたことだ。
私は瞬時に畏敬の念を抱いた。
その日の装いは、ブルーリネンのダブルジャケットに、パリの蚤の市“レ・ピュス”で見つけたヴィンテージのアズールブルーのハワイアンシャツを合わせたもの。
そして手首に巻いていた時計は、私にとって初めての〈スピードマスター〉――すなわち2016年発表の〈CK 2998リミテッド エディション〉だった。
2998本限定モデルだったが、発売後すぐに完売していた。私は2017年にロンドンで開催された〈シーマスター ダイバ ー300 “コマンダー”〉のローンチイベントへ招待されていたのだが、その内容がまた特別だった。
EONプロダクションズ(『007』シリーズを手掛けてきた英国の映画製作会社)の面々や、ボンド映画のエグゼクティブ・プロデューサーであるマイケル・G・ウィルソン、リンディ・ヘミングス、そしてレイナルド・アッシェリマンらとともにテムズ川をボートで遡るという趣向だったのである。
私はそのイベントに合わせ、watchfinderでこの時計の中古個体を手配し、イベント当日に間に合うようホテルへ届けてもらった。このブルーのカラーリングが、その日の自分の装いに完璧にマッチすると感じたからだ。
なぜこのモデルだったのか?
私は以前から、ロリポップ秒針を備えたCK 2998に憧れていた。そして今でも、ダヴィドフ兄弟から6年ほど前に見せてもらったトロピカルダイヤルの個体を買わなかったことを後悔している。
だからこそ、オメガがこのモデルへのオマージュを発表した瞬間、私は完全に心を奪われてしまった。
実際に腕に着けた瞬間、私は確信した。オメガは、業界最高の“ヴィンテージ・トリビュートウォッチ”を作っている、と。
なぜそこまで断言できるのか?
たとえば、このトリビュートモデルのベゼルには、“Base 1000”表記のタキメーターが採用されている。これは初期型CK 2998のごく初期ベゼルへのオマージュだ。
しかしオメガは、そこに大胆な解釈を加えた。ベゼル素材にはブルーセラミックを用い、さらにタキメータースケールには夜光塗料を充填しているのである。
商品開発責任者グレゴリー・キスリングはこう語る。
「タキメーターに夜光素材を塗布する工程は非常に繊細で、手作業でしか行えません。タキメータースケールの厚みはわずか0.2mmです。まず白色の夜光ベースを塗布し、その上から透明ラッカーに夜光塗料を混ぜたものを重ねます。その後、120℃で加熱して定着させ、最後に余分なラッカーを除去するためベゼル表面を研磨するのです」
この高性能かつ耐傷性に優れたセラミックベゼルに加え、風防にはヴィンテージのアクリル風防の質感を完璧に再現したサファイアクリスタルが組み合わされている。もちろん耐久性は比較にならないほど高い。
つまりオメガは、“ヴィンテージのように見える”時計を作りながら、その性能は現代の基準に完全に対応させているのだ。

▲オメガ純正のストラップ&アクセサリーコレクションのNATOタイプのストラップを装着(©Revolution)

▲1959年のオリジナルモデルに由来する“ロリポップ”スタイルの秒針を備えている(©Revolution)
さらに特筆すべきは、そのデザインである。クリームとネイビーを組み合わせた美しい多色使いのダイヤルは、オリジナルのCK 2998に見られたマットブラックダイヤルとは異なる仕様だった。
むしろ1997年の“ゴールデン・パンダ”を参照したものだ。ゴールドケースに、白文字盤と黒のスモールダイヤルを組み合わせたゴールデン・パンダは、こうした独特のデザインを初めて採用したスピードマスターとして知られている。
そこに、初期CK 2998で有名なアルファ針やロリポップ型クロノグラフ秒針、さらにブルーを基調としたカラーリングが組み合わされることで、この時計はスピードマスターにおけるさまざまな意匠コードを融合させた、まったく新しい一本となった。
この高度にキュレーションされた歴代スピードマスターの要素の組み合わせによって、この時計をデザインした人々自身が、ファンと同じくらいブランドの歴史に心酔していることが伝わってくる。
ケース径は39.7mmで、ヴィンテージモデルとまったく同じサイズ。腕に載せると、実用性とエレガンスを兼ね備えた絶妙な存在感である。
そしてムーブメントには、1969年以来すべてのスピードマスターに搭載されてきた、極めて信頼性の高い手巻きCal.861を継承するCal. 1861が採用されている。
私はその後数週間、この時計を何度も腕元で眺めながら、こう思っていた。
「この時計を作った人たちは、本当に時計を愛しているのだ」と。
それほどまでに、この時計にはピュアな情熱が宿っていたのである。

▲フォースナー製のツートーン仕様フラットリンクブレスレットを装着(©Revolution)

▲〈スピードマスター ムーンウォッチ “CK 2998” リミテッド エディション〉では、ダイヤルだけでなく、タキメーターベーススケールを備えたポリッシュ仕上げのセラミックベゼルにも夜光塗料が施されている(©Revolution)
このモデルの新発売時の価格は6500米ドルだった。そして現在、中古市場ではおよそ7500〜8000米ドル前後で取引されている。オメガの他の限定モデルの価格高騰ぶりを考えると、これはむしろ非常に魅力的だと思う。
本当に途方もなく美しい時計なのである。
私はこの時計を、オメガ純正のクリーム&ブルーのNATOストラップ、あるいはフォースナー製ヴィンテージスタイルのフラットリンクブレスレット(ポリッシュ&マット仕上げ)に合わせて着けている。私に言わせれば、どちらの組み合わせもまさに魔法のようだ。
この時計は歴代スピードマスターの中でも屈指のエレガンスを備えた一本である。いわば、“プレイボーイのためのスピードマスター”である。
オメガの歴史に深く魅了され、比類ないスタイルのスピーディーを求める人にとって、これ以上ない一本なのだ。
〈スピードマスター アポロ13号 45周年スヌーピー アワード〉45周年記念 リミテッドエディション(2015年)

▲ 2015年に発表されたオメガ〈スピードマスター アポロ13号 45周年スヌーピー アワード〉45周年記念 リミテッドエディションは、1970本限定で製造されたモデルである(©Revolution)
ただの時計が“聖杯”へと昇華するには、いくつかの重要な要素が必要だ。そして、オメガ〈スピードマスター アポロ13号 45周年スヌーピー アワード〉は、まさにそれを成し遂げたモデルだった。
なぜこの時計は、新品時の8000米ドルという価格から、二次流通市場で4万米ドル近い価値へと跳ね上がったのか?
理由は単純で、この時計を欲しがる人の数が、供給本数をはるかに上回っていたからだ。
だが、なぜ2015年に登場し、1970本限定で製造されたこのシルバー スヌーピーが、世界中のコレクターたちの心をこれほどまでに強く掴んだのだろうか。
その理由の一部は、この時計の背後にあるストーリーにある。また一部は、純粋にデザインの素晴らしさによるものだ。
しかし私は、最も大きな理由は、この時計を見ると人は単純に“前向きな気持ちになれる”ことにあると思っている。
では、その背景にある物語へ戻ろう。
1970年、オメガはNASAから“シルバー スヌーピー賞”を授与された。これは、外部サプライヤーに与えられる最高の栄誉である。受賞できるのは全サプライヤーの1%未満であり、宇宙開発計画への卓越した貢献を意味するものだ。
当時、オメガはすでに高い評価を得ていたが、1970年、彼らの名声を決定づける出来事が起こったのだ。
1970年4月に行われたアポロ13号ミッションで、宇宙船内の電気系統がすべてダウンするという事故が起こった。
宇宙飛行士たちが地球へ帰還するには、月の重力を利用したスイングバイ軌道を用いるしかなかった。しかしそこには大きな問題があった。
大気圏再突入の角度である。角度が急すぎれば機体は燃え尽き、浅すぎれば大気圏で跳ね返されてしまう。
そこで宇宙飛行士の ジェームズ・ラヴェル、ジョン・スワイガート、フレッド・ヘイズ は、自らのオメガ〈スピードマスター〉Ref. 105.003を使い、帰還軌道を正確に修正するために14秒間のエンジン噴射を計測した。
スピードマスターは、クルーの生還に決定的な役割を果たしたのである。
この功績が、シルバー スヌーピー賞授与の理由である。そしてそのレガシーは、今日のすべてのスピードマスターに受け継がれている。

▲2015年に発表されたオメガ〈スピードマスター アポロ13号 45周年スヌーピー アワード〉は、1970本限定で製造されたモデルである(©Revolution)

▲スモールセコンド内のスヌーピーはNASAの管制官が言ったとされる言葉“Failure is not an option(失敗は決して許されない)”とつぶやいている。

▲〈シルバー スヌーピー〉は、セラミックベゼルに刻まれたタキメーターへ夜光塗料を施した、初のオメガであった(©Revolution)
そして第2のポイント=デザインに移ろう。この偉業を称えるため、オメガは史上最もクールな時計のひとつを作り上げた。
文字盤の秒トラックには、0秒から14秒位置にかけて“What can you do in 14 seconds(あなたは14秒で何ができる?)”の文字が記されている。これは、人類の歴史と切り離すことのできないオメガの偉業を永遠に刻み込むものだ。
さらに9時位置のスモールセコンドには、うつ伏せになったスヌーピーが描かれ、その吹き出しには “Failure is not an option(失敗という選択肢はない=失敗は決して許されない)” と書かれている。
これは、アポロ13号が危機だった間、ミッションコントロールの行動原理そのものだった言葉である。
さらに素晴らしいのは、スヌーピー自体が全面夜光仕様となっている点だ。加えて、セラミックベゼル内側のタキメーターにも夜光塗料が施されている。
だが、それだけではない。時計を裏返すと、そこにはNASAから授与された実際のシルバー スヌーピー メダリオンが現れる。それは宇宙の星々を思わせるダークブルーエナメルの上で輝き、まるで宇宙空間に浮かんでいるかのようだ。
認めなければならないが、私はこの時計に関してかなり出遅れていた。2017年になってから、ある人物の親切のおかげで、ようやくシルバー スヌーピーを割り当ててもらえたのである。
そしてオメガ ブティックで、付属ストラップをスピーディー チューズデー(#SpeedyTuesday=オメガ スピードマスター愛好家によるコミュニティ的ハッシュタグ)のブラック&ホワイトNATOストラップへ交換するために箱を開けた瞬間、周囲から畏敬の念を帯びた歓声が上がったのは、実に愉快な体験だった。
そして第3にして最も重要な理由は、この時計が困難に立ち向かう力の象徴であり、単純に私たちを笑顔にしてくれる点にある。この時計には、子供時代の純真さを思い出させ、楽観的な気分にしてくれる力があるのだ。
コロナ禍という災厄に見舞われた2020年、私はしばしばこのシルバー スヌーピーを身につけていた。それがポジティブなエネルギーと希望の象徴のように感じられたからである。
〈スピードマスター“スピーディ チューズデー”リミテッド エディション〉(2017年)

▲〈スピードマスター“スピーディー チューズデー”リミテッドエディション〉は、2017年1月10日にオメガがInstagram上で発表したモデルで、2012本限定で製造され、4時間15分43秒で完売した(©Revolution)
現在では“スピーディー チューズデー I”と呼ばれているこのモデルは、私にとって最もお気に入りのスピードマスターのひとつである。
なぜなら、この時計を通じて私はふたりの素晴らしい人物と深く関わることになったからだ。
ひとりはオメガCEOのレイナルド・アッシェリマン、そしてもうひとりはFratello Watches の創設者であり、#SpeedyTuesdayハッシュタグの生みの親でもあるロバート=ジャン・ブロアである。
もちろん、公平を期すなら、私は以前からアッシェリマンを知っていたし、インタビューもしていた。しかし、彼がいかにゲームチェンジャー的なリーダーであるかを理解したのは、この時計を通じてだった。
というのも、このモデルはソーシャルメディア上で発表された史上初の限定時計だったからである。
また、この時計は、ロバート=ジャン・ブロアがスピードマスターの歴史や文脈をいかに深く理解しているかを見事に示していたのである。

▲2018年、〈スピーディー チューズデー“ウルトラマン”〉発表時の、Fratello Watches創設者ロバート=ジャン・ブロア(左)と、オメガ社長兼CEOレイナルド・アッシェリマン(©Revolution)
さて、ここで少し話を戻そう。オメガ〈スピードマスター アラスカ III〉は、ヴィンテージウォッチ収集の世界における“神話的ユニコーン”のひとつである。
そもそも“アラスカ”という名称は、NASAが特殊プロジェクト用に用いていたコードネームだった。
そしてNASAがオメガに課した使命は、宇宙空間で使用するための、卓越した耐久性と視認性の時計を開発することだったのである。
最初のアラスカ・プロジェクトは、チタン製のクッションケースに巨大な赤いヒートシールドを備えたモデルだった。このケースは後の〈スピードマスター マークII〉の着想源となっている。
また、クロノグラフの分積算計と時積算計の針は、赤い宇宙カプセルを思わせる独特な形状を与えられていた。
そして1972年には、アラスカ・プロジェクト IIが登場する。これは初代アラスカ・プロジェクトのダイヤルデザインを引き継ぎつつ、ビーズブラスト仕上げを施した伝統的なリララグ付きスピードマスターケースを組み合わせたモデルだった。
注目すべきは、クロノグラフの分積算計と時積算計に、非常に魅力的なラジアルインデックスが採用されていた点である。

▲ オメガ〈スピードマスター“アラスカ III プロジェクト”〉Ref.145.022。2017年10月26日に開催されたフィリップス・ウォッチズ初のニューヨークオークションに出品され、18万7500米ドルで落札された(Image: phillipswatches.com)
では、なぜアラスカ IIIがこれほど入手困難なのかを説明しよう。
もし宇宙飛行士へ支給された56本のうちの1本が市場に流出し、公に売却されようものなら、黒いスーツを着たアメリカ政府の人間があなたの家のドアをノックし、丁重ながらも断固とした態度で返却を求めてくる――そんなふうに言われているのである。
実際、私が知る限り公に販売された唯一の個体が、2017年のフィリップス オークションに出品された時計だった(あのポール・ニューマンのデイトナが1775万2000米ドルで落札されたオークション)。
これは4本存在したスペアウォッチのうちの1本だったため、アメリカ政府の怒りを買わずに済んだらしい。
さらに詳しく知りたいなら、Fratello Watchesに掲載された素晴らしい記事を読んでほしい。
さて、そのオークションについて少し話そう。というのも、この出来事は後にかなり重要な意味を持つことになるからだ。
私はその日、エリック・クー、ベン・クライマー、そしてアーメッド“シャリー”ラーマンと酒浸りのランチを終えたばかりで、フィリップスのサロンで心地よい気分に浸っていた。
実は私は密かに、出品されるアラスカ IIIを狙っていたのである。
入札が始まった。だが驚いたことに、価格はあっという間に私の予想を飛び越えていった。そしてついには、妻によって私のパドルが乱暴に取り上げられてしまったのである。
もっとも、結局のところそれは意味のないことだった。すべてが終わった時、ハンマープライスは18万7500米ドルに達していたからだ。
私は通り向かいのフォーシーズンズ ホテル ニューヨークでネグローニをあおりながら失意に沈んでいた。そしてその落胆をラーマンに打ち明けると、彼は見事な解決策を口にした。
「もしアラスカ III が好きなら、〈スピーディー チューズデー〉を探せばいい。あれこそ最も近い存在だから」
そして彼の言葉は、完全に正しかったのである。

▲〈スピードマスター“スピーディー チューズデー”リミテッドエディション〉は、2017年1月10日にオメガがInstagram上で発表したモデルで、2012本限定で製造され、4時間15分43秒で完売した。ここでは、フォースナー製のフラットリンクブレスレットを装着している(©Revolution)
さて、スピードマスターファンなら、#SpeedyTuesdayというハッシュタグを一度は目にしたことがあるだろう。これは2012年、ロバート=ジャン・ブロアが、毎週火曜日に愛用するスピーディーの写真を投稿しようと呼びかけたことから生まれたものだ。
やがてスピーディー チューズデーは大きなソーシャルメディア現象へと発展し、スピードマスター文化そのものを象徴するコミュニティのシンボルとなった。
そして驚くべきことに、2017年、スピーディー チューズデー誕生5周年を記念して、レイナルド・アッシェリマンとブロアは、特別な限定スピードマスターを発売することを決める。
このモデルは、オメガへダイレクトメッセージを送るか、メールを送ることでしか購入できなかった。
そして発表と同時に、文字通りインターネットを“破壊”したのである。
なぜか?
その時計が、とてつもなくクールだったからだ。そして、その着想源がアラスカ IIIだったのである。
〈スピーディー チューズデー“ラジアルダイヤル”リミテッドエディション〉が驚異的だった理由は、地球上で事実上4人しか手に入れられないような時計を、より現実的な形で体験できる“次善の策”として成立させた点にある。
そのデザインセンスは見事というほかない。ラジアルダイヤルはシルバー仕上げとなり、さらに夜光塗料が施されている。加えて、文字盤上のすべての秒マーカーにも夜光塗料が塗布されていた。
その結果、この時計は暗闇の中でまったく別の生き物へと変貌する。
この時計は、現代における最も重要なコミュニケーション媒体であるソーシャルメディアを、発表プラットフォームとして最大限活用した。
唯一の問題は、当然ながら入手することだった。というのも、2012本すべてが発売直後に完売してしまったからである。
だが幸運にも、後日チューリッヒで友人とランチをしていた際、彼がなぜか2本所有しており、そのうち1本を私に譲ってもよいと言ってくれたのである。
私は自分の幸運が信じられなかった。
スピーディー チューズデーには、レザーストラップとブラック&ホワイトのNATOストラップが付属していた。
しかし、この時計は、私見では、フォースナー製の総ヘアライン仕上げフラットリンクブレスレットを組み合わせた時、格別に美しく見える。全面ブラッシュ仕上げのマットケースとの相性が抜群なのだ。
発売当時、このスピーディー チューズデーの定価は6500米ドルだった。そして現在では、およそ1万1000米ドル前後で取引されている。
私は今でも、この価格なら十分に買う価値があると思っている。
そして重要なのは、総ヘアライン仕上げのフラットリンクブレスレットを合わせることだ。それはこの時計を、ワンランク上の別物へ変えてしまうのである。
〈スピードマスター“アポロ XI 1969 トリビュート・トゥ・アストロノーツ”〉Ref.BA 145.022-69(1969年)

▲ 1969年製の18Kイエローゴールド製オメガ〈スピードマスター“アポロ XI 1969 トリビュート・トゥ・アストロノーツ”〉Ref.BA 145.022。1014本限定で製造された(©Revolution)
私が落札を夢見たアラスカ IIIは、一般市場に流通する可能性があった、わずか4本のスペアウォッチのうちの1本であった。
だが私が知らなかったのは、私がニューヨークのフィリップスのオークション会場に座っていた時、大西洋の向こう側、イングランドの農場から、ウィリアム・ロバーツというクールな男が、その時計に入札していたということだ。
実は、オークションが佳境を迎えた時、英国の田舎特有の頼りないWi-Fiのせいで、彼のインターネット接続は突如ダウンしてしまったという。
だが彼は、最後の入札に間に合うぎりぎりのタイミングでオンラインに復帰し、この“ユニコーン”を勝ち取ったのである。
さらに私が知らなかったのは、ウィリアム・ロバーツこそ、ウェブサイトspeedmaster101.com で知られる@Speedmaster101その人だったということだ。
彼は人生のかなりの時間を、スピードマスターの啓蒙に捧げてきた人物であり、とりわけ希少かつマニアックなヴィンテージモデルに深く焦点を当てている。要するに、彼は“レジェンド”なのだ。
まったく予想していなかったが、その数週間後、私たちは香港空港で偶然出会った。そして彼のおかげで、私は最愛のヴィンテージ スピードマスターを手に入れることができたのだ。
それが、1969年の月面着陸を記念して1014本限定で製作された、オールイエローゴールド製のBA 145.022-69である。

▲1969年製の18Kイエローゴールド製オメガ〈スピードマスター“アポロ XI 1969トリビュート・トゥ・アストロノーツ”〉Ref.BA 145.022。1014本限定で製造された(©Revolution)
私をよく知る人なら誰でも認めるだろうが、私の服装は、かなり“成金趣味”である。特にそれは、イエローゴールドの時計やジュエリーへの偏愛に表れている。
たしかに私は紳士然とした装いを気取ってはいる。だが実際のところ、ヒョウ柄シャツを着て、指にはゴールドのスカルリングをはめ、顔にはカザールのサングラスを掛けた、MCハマー風スタイルこそが最もしっくり来るのだ。
そう、“ゴールドメンバー”とでも呼んでくれ。
お気に入りのインスタグラムのパロディアカウント@hodonkeeが、私を映画『ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い』(2009年)のレスリー・チャウになぞらえたのも理由のないことではない。
そして当然ながら、『Moonwatch Only』という貴重な資料を頼りに、オメガのヴィンテージ スピードマスターについて調べ始めた時、私の目はすぐに、1969年──私の生まれ年──に発表された、オメガ初のスペシャルエディションにして、初のオールゴールド製スピードマスターを捉えた。
月面着陸の成功を受け、オメガはそれまでのどのスピードマスターとも異なる、トリビュートウォッチを生み出した。
ケースだけではない。ブレスレットも、さらには文字盤までもがソリッド18Kイエローゴールド製だった。ダイヤルには、“or massif(フランス語でソリッドゴールドを意味する)”を示す「OM Swiss Made OM」の表記が入り、その特別な仕様は一目瞭然だった。
独特のスクエア型アプライドインデックスにはオニキスが用いられ、周囲はイエローゴールドで縁取られている。針はフラットなブラック仕上げのバトン型。そしてベゼルには、このモデルだけの特徴であるバーガンディカラーが採用されていた。

▲ ケースとストラップのすべてがイエローゴールド、インデックスはオニキスで、ベゼルはバーガンディカラーが採用されていた。
『Moonwatch Only』によれば、このモデルの文字盤は2種類あるという。初期個体には、オメガロゴの“O”がやや楕円形になったタイプが使われており、一方で通常の“O”だと、後期生産だと考えられている。
さらにケースバックにも3種類のバリエーションが存在する。初期個体は細い刻印で、塗装なし。中期になると刻印は太くなり、やはり塗装は施されない。そして最終期では、太い刻印にバーガンディの塗料が流し込まれているのである。
1969年11月26日にヒューストンで開催されたNASAの晩餐会で、この時計のNo.3〜28が、アラン・シェパードやニール・アームストロングを含む宇宙飛行士たちへ贈呈された。
さらに3本は、アポロ1号の事故で命を落としたガス・グリソム、エド・ホワイト、ロジャー・チャフィーへ追贈されている。
宇宙飛行士たちに贈られたモデルには、
“to mark man’s conquest of space with time, through time, on time”
(人類の宇宙征服を記念して、時とともに、時を通じて、時を刻みながら)
という刻印が施されていた。私はこの言葉を見るたびに、NASAが短期間のうちに成し遂げた偉業に、心を動かされずにはいられない。そして、それこそが、このスピードマスターが私にとって特別な意味を持つ理由なのだ。
この時計は、人間が創意工夫と勇気、決意、そして信念によって、どれほど偉大なことを成し遂げられるかを思い出させてくれる。とりわけ2020年のような年において、そのメッセージはひときわ強く胸に響くのである。

▲ 左:オメガ表記の“O”が楕円形になった〈スピードマスター〉Ref.BA 145.022 右:オメガ表記の“O”が丸型となった〈スピードマスター〉Ref.BA 145.022(Image: sothebys.com)

▲ 左:関係者へ贈呈された〈スピードマスター Ref.BA 145.022〉には、“to mark man’s conquest of space with time, through time, on time”の刻印が施されていた(Image: sothebys.com) 右:一般販売向けの〈スピードマスター〉Ref.BA 145.022には、“The First Watch Worn On the Moon”の文字と、1014本限定中のシリアルナンバーが刻印されていた(Image: antiquorum.swiss)

▲ 左:一般販売向けの〈スピードマスター〉Ref.BA 145.022の一部個体には、“The First Watch Worn On the Moon”の文字が赤いラッカーで彩色され、続いて1014本限定中のシリアルナンバーが刻印されていた(Image: sothebys.com)右:リチャード・ニクソン大統領へ贈られる予定だった、1014本限定中“No.1”のオメガ Ref.BA 145.022。

▲宇宙飛行士へ贈呈された時計の一覧表。
話をウィリアム・ロバーツに戻そう。BA 145.022-69に完全に魅了された私は、本格的にこのモデルを探し始めた。
この時計を探す際には慎重になるべきだ。なにしろ51年前の18Kゴールドウォッチである。シャープなオリジナルケースを保った良好な個体を見つけるのは容易ではない。
そんな時、インスタグラムで@CK2915とやり取りをしていた際、“ウィリアムという友人が1本売ろうとしている”と教えてくれた。
すぐにメールを交わし、問題の時計の写真が送られてきた。そして私は、なぜ彼がその時計を売ろうとしているのか理解した。
技術的に言えば、その時計は完璧ではなかったからだ。
まず、ベゼルが正しいものではなかった。前オーナーは1980年のアポロXIイエローゴールドモデルで初めて使われたブラック&ゴールドのベゼルを好み、本来のバーガンディベゼルと交換していたのである。
そして、オリジナルのバーガンディベゼルは、すでに失くなってしまっていた。
さらに、この時計は初期番号である“81番”だったにもかかわらず、文字盤は楕円形の“O”ではなく、通常の“O”ロゴを備えていた。
だがケースのコンディション、特にブレスレットの状態を見て、私は心を奪われた。これらのブレスレットはクラスプ部分が傷みやすいことで知られているのだ。
そこで私は、いつ会えるかを尋ねた。すると偶然にも、私たちは共に香港国際空港を経由する予定であることがわかった。
こうして、空港へ向かう私と、空港から出るウィリアムが、街中のエアポート・エクスプレス駅で落ち合うことになったのである。
ウィリアムは、いかにも“オールドマネー”らしい気負いのない洗練を漂わせた男だった。時計の入ったポーチを開けると、私たちはすぐに会話を始めた。
彼は、新たな時計購入の資金を作るため、この時計を売る必要があるのだと説明した。
その購入対象こそ、フィリップスに出品されていたアラスカ IIIだったのだ。さらに彼は、例のインターネット切断騒動を語ってくれ、私は笑い転げることになった。
私は以前から、“本当に持つべき時計は、いつか必ず自分のもとへやって来る”と信じている。そして現在、バーガンディのサービスベゼル(メーカーによる後年製ベゼル)を装着したBA 145.022-69“No.81”について、まさにそう感じている。
このサービスベゼルは、“90”の横にドットがあることで識別できるタイプだ。だが、そのことも、あるいは通常の“O”ロゴであることも(実際、私はこれがオリジナルダイヤルである可能性は十分あると思っているのだが)まったく気にならない。
なぜなら、この時計が腕の上で放つ存在感は圧倒的だからだ。そして人々は例外なく、このスピードマスターの美しさに目を奪われ、感嘆せずにはいられないのである。

▲ 腕の上で卓越した存在感を放つRef.BA 145.022(©Revolution)
2019年発表されたアポロ11号50周年記念モデル──ムーンシャインゴールド製ケースにバーガンディのセラミックベゼル、そしてCal.3861を搭載した限定モデル──もまた、実に見事な時計である。
現代的な時計を好むのであれば、これは素晴らしい選択肢になるだろう。
だが私自身は、やはりこの古い時計に強く惹かれている。そして、その驚異的なコンディションには、今なお感嘆せずにはいられない。
少なくとも、同じ年齢の大半の“物体”よりは、はるかに良好な状態にある。もちろん、私自身よりも。

▲ 1969年製BA 145.022(左)と、2019年のトリビュート・プロトタイプモデルを並べた一枚(©Revolution)
こうしてウィリアムと私は友人になり、彼はついには、自身の農場へ私を招いてくれた。そこには、おそらく世界最高の個人所有スピードマスター コレクションが存在していたのである。
その凄まじさは言葉ではとても表現できない。
ともあれ、私が彼の農場を訪れた際のインタビュー映像を見たいのであれば、こちらから視聴できる(この時点での私は、まだスピードマスター初心者に過ぎなかったことは付け加えておこう)
このリファレンスの価格は、現在やや落ち着きを見せている。2018年には7〜8万ドル近くまで大きく高騰したが、その後はかなり下落し、今では4〜6万ドルあたりで良い個体を手に入れることができる。
ただし注意すべきなのは、ブレスレットが新しいタイプへ交換されている個体、あるいはゴールドブレスレット自体を欠いた個体である。というのも、このブレスレットは極めて高価で、なおかつ入手がほぼ不可能なパーツだからだ。
〈スピードマスター“タンタン”〉(2013〜15年)

▲ オメガ〈スピードマスター“タンタン”〉311.30.42.30.01.004。2013〜15年に生産された限定モデルで、製造本数は1000〜2000本程度と考えられている(©Revolution)
私がオメガ〈スピードマスター“タンタン”〉に惹かれた理由のひとつは、〈スピードマスター〉のデザイン史において、唯一無二といえる、そのヴィジュアルにあった。
そしてもうひとつの魅力は、その誕生秘話である。あらゆる優れたスーパーヒーローのオリジナルストーリー同様、この時計もまた“偶然”によって生まれたのだ。
伝説はこうだ。
2013年、オメガは、コミック『タンタンの冒険』の作者エルジェとのパートナーシップ締結を目前に控えていた。なぜか?
それは、タンタンが、勇気、決断力、そして不屈の精神を象徴する、世界的に愛されるキャラクターだからである。
さらに、『タンタンの冒険』の中でも特に有名なエピソードのひとつが、“月への旅”を描いた物語だった。オフィシャル・ムーンウォッチとのコラボとして、これ以上ないテーマだったわけだ。
当初のデザインでは、文字盤外周に大胆な赤白のレーシングトラックが配されていた。これはタンタンのロケット船のカラーリングと同じだった。さらに11時位置には、タンタンの姿も描かれる予定だった。
ところが不運にも、この提携は破談となってしまう。その結果、オメガの手元には、このレーシングトラックを備えた文字盤が大量に残されることになった。
そこで、いかにもスイス人的な実利精神を発揮したオメガは、タンタンのイラストも名称もすべて削除した状態で、このスピードマスターを2013年のバーゼルフェアで発表したのである。
結果として残ったのは、赤白のレーシングダイヤルだけを備えた、どこか奇妙な〈スピードマスター〉だった。当然ながら、多くのコレクターやジャーナリストは、この異色作に困惑した。
これらの経緯は、フラテッロ・ウォッチズのロバート=ジャン・ブロアが、2013年当時に丁寧にレポートしている。
その後2年間で、オメガはおそらく残っていた文字盤を使い切るために、この時計を1000〜2000本程度製造したと考えられている。
標準的な“ムーンウォッチ”より70ユーロ高い価格設定だったからか、このモデルは商業的には失敗だった。そして生産終了を迎える。
だが不思議なことに、生産終了が発表された途端、人々はこのスピードマスターの魅力に気づき始めたのである。
なぜか?
理由は単純だ。これほど強烈なヴィジュアルインパクトを持つスピードマスターは、他にないからだ。赤白のレーシングトラックのおかげで、“タンタン”は部屋の向こう側からでもひと目でわかる。
もともとレーシングダイヤル仕様のスピードマスターは人気が高い。その中で、このモデルはCal.861系を搭載した唯一の量産型レーシングダイヤルでもある。
さらに、“ブラック・レーシングダイヤル”、“グレー・レーシングダイヤル”、“ジャパン・レーシングダイヤル”と比較しても、タンタンの赤白レーシングトラックは、はるかに鮮烈だ。 本当に、これに似た時計は存在しないのだ。

▲世界的人気を誇るコミック『タンタンの冒険』とのコラボ企画が破綻し、残されたのは赤と白のチェッカー模様をもつベゼルだった。

▲ オメガ〈スピードマスター“タンタン”〉(Image:Revolution)
2018年、私はオメガ“タンタン”の奇妙な来歴と視覚的インパクトに魅了され、ついに1本を購入した。そしてオメガ純正の赤×黒のNATOストラップを組み合わせた。
半ば冗談めかした気持ちで、私は次のような記事を書いた。
「オメガ スピードマスター“タンタン”は、次なるポール・ニューマン デイトナとなり得るのか?」と。
当時、この時計の市場価格はおよそ5000〜6000米ドル程度で取引されていた。しかし年末までに、タンタンの二次流通価格は100パーセント上昇し、1万〜1万1000米ドルほどに達したのである。
現在タンタンは、“ジャパニーズ・レーシングダイヤル”とほぼ同等の価格帯にまで値上がりしている。このモデルは日本市場向けに2004本限定で製造された仕様として知られている。
タンタンもまた、最大でも約2000本程度しか製造されなかったと考えられているため、この価格推移には納得がいく。
もちろん、私が最初に薦めるスピードマスターというわけではない。しかし、その人目を引く“光学的花火”とも言うべきデザインを気に入ったなら、これこそコレクションすべきスピーディだと思う。
Ref.ST 145.022-69 トロピカル(1969〜71年頃)

▲“チョコレート・スピードマスター” Ref.ST 145.022-69の個体ふたつ(©Revolution)
私とトロピカルダイヤル(紫外線などの影響によって、本来の色から別の色へと経年変化したダイヤルのこと。黒ダイヤルが、茶色へ変化したものが有名)の時計との関係は、少々複雑だ。
というのも、私はそれを心から愛している一方で、たいていの場合、それは自分には到底手の届かない時計に現れるからである。
私が初めて目にしたトロピカルダイヤルのスピードマスターは、紫外線の影響によってダイヤルのラッカーが温かなチョコレートブラウンへと変化した、ロリポップ秒針付きのCK 2998-2であった。
それは素晴らしい個体だった。スピードマスターのスペシャリストであるロイ&サシャ・ダヴィドフ兄弟が見せてくれたのだが、以前にも触れたように、私はその時計を見送ってしまった。6年前の自分には、到底購入できる価格ではなかったからだ。
こうしてスピードマスターへの欲望に完全に火をつけられた私は、トロピカルダイヤルがもっとも多く見られるヴィンテージリファレンス、Ref.ST 145.022-69へと興味を持った。
この魅力的なスピードマスターと、なぜダイヤルが変色したのかを知るために、私はウィリアム・ロバーツの記事を参照した。彼のウェブサイトは素晴らしい情報源である。
余談だが、愛好家たちがこれほど惜しみなく知識を共有する時計は、ほかに存在しない。また、ヴィンテージコレクターと積極的に対話し、その収集活動を支えているブランドも他にはないだろう。
オメガには、卓越したミュージアム・キュレーター兼アーキビストであるペトロス・プロトパパスがおり、実際にユーザーの時計を検査し、ヴィンテージ・スピードマスターの真正性を証明する“アーカイブ・エクストラクト”を発行してくれるのである。
これは、次に私が購入する時計において重要な意味を持つことになる。だがその話は後に譲るとして、まずはトロピカルダイヤルを備えたRef.ST 145.022-69へ話を戻そう。

▲〈スピードマスター〉Ref.ST 145.022-69。こちらの個体はDONベゼルを備える(©Revolution)
このモデルが重要視される理由は、スピードマスターとして初めてCal.861を搭載したモデルだからである。このクロノグラフムーブメントは、調整に多くの人手を必要としたCal.321に対し、Cal.861はより工業的で量産向きだった。
興味深いのは、現代においてCal.321(水平クラッチ、コラムホイール)が特別な存在として崇拝されていることだ。その結果、オメガはファンの要望に応え、製作に手間がかかるムーブメントを復活させた。
Cal.861の主な違いは、コラムホイールではなくシャトルカム機構を採用している点、そしてより高い振動数で作動する点にある。
では、なぜこれほど多くの145.022-69が、この見事なミルクチョコレート色へと変化したのだろうか。
これについては数多くの説が存在するが、その多くは、ダイヤルを黒く着色するための素材が不安定であり、日光に反応したというものである。
ロバーツによれば、145.022-69のシリアルレンジは2842 0XXX〜3162 9XXXに及ぶ。そのうち、2911 XXXXおよび2960 XXXX番台の個体は、均一で美しく経年変化することで知られている。
もちろん、トロピカルダイヤル化するスピードマスターは、このリファレンスだけではない。ロバーツのサイトには、見事なトロピカル化を遂げた2998や2915が掲載されている。
また『Moonwatch Only』には、105.012を含むほぼすべてのCal.321搭載スピードマスターに見られるトロピカルダイヤルの実例が収録されている。
数年前、私たちもトロピカルダイヤルを備えた美しいRef.145.022を販売したことがあった。

▲“テンプル・オブ・スピード”に所蔵される〈スピードマスター〉Ref.ST 145.022-69 のもう1本。こちらの個体はDONベゼルを備えていない(©Revolution)
ロバーツの研究でもっとも重要なのは、トロピカルダイヤル化した145.022-69の大多数が、2911 XXXXおよび2960 XXXXのシリアルレンジに集中しているという点である。
もちろん、この範囲外に存在しないわけではない。実際、私たちがパーマネントコレクション用に購入した個体にも、このレンジ外のものがある。
しかし一般論として、初めてトロピカルダイヤルのスピードマスターを購入するのであれば、安心材料として、広く認知されているシリアルレンジに該当する個体を選ぶのが望ましいだろう。
145.022-69の素晴らしい点は、トロピカル化した個体数が比較的豊富であることだ。そのため、オークションやヴィンテージディーラー市場にも定期的に現れる。価格も、おおむね2万ドル以下で購入可能だろう。
ほかのヴィンテージ スピードマスター同様、重要なのはオリジナルコンディションである。ケースやダイヤルがどれだけ良好な状態で保存されているかは、極めて重要な判断基準となる。
また、最近のオメガによるサービス保証書と、アーカイブ・エクストラクトが付属していれば、真正性を確認するうえで大きな安心材料となる。
さらに、1970年以前に見られる“DON(Dot Over Ninety)”ベゼル付き個体は、プレミアム価格で取引される傾向にある。
私は、こうした条件をすべて満たした個体をthekeystone.comで購入した。同サイトは、魅力的なヴィンテージウォッチを扱う信頼できるショップである。
そして、この取引の仲介を手伝ってくれた@watchgirloffdutyにも感謝を伝えたい。
もしトロピカルダイヤルの145.022-69が予算オーバーであるなら、あるいは、機能的で安定したスーパールミノバ夜光を備える現代的な時計を好むのであれば、2007年から2013年にかけて製造されたRef.311.32.42.30.13.001、通称“チョコレートダイヤル・スピードマスター”を狙ってみるのもいいだろう。
Ref.145.012-67“ウルトラマン 1”(1967〜68年)

▲ 1968年製〈スピードマスター〉Ref.ST 145.012-67。コレクターたちから“ウルトラマン”の愛称で呼ばれる。オレンジ色のクロノグラフ秒針が特徴(©Revolution)
コレクターの想像力を、とりわけ刺激する時計というものがある。それは、魅力的な神話や個性的なデザイン、そして絶妙な希少性を兼ね備えた時計だ。
つまり、必死に探せば見つかる程度には生産されているだ、決して簡単には手に入らない一本である。
私にとって、それが145.012-67「オレンジ色のクロノグラフ秒針を備えた特別仕様」、通称“ウルトラマン”である。
正確に言えば、“ウルトラマン”とはオメガのスピードマスター Ref.145.012-67の一仕様を指す。 このモデルは宇宙へ携行された3世代のスピードマスターのひとつであり、さらに、崇高なるCal.321を搭載した最後のスピードマスターでもある。
しかし、このモデルを特別な存在にしているのは、通常よりも長いオレンジ色のクロノグラフ秒針(正確には18.80mm)と、ムーブメント番号26.076.XXX〜26.079.XXXの範囲に属するRef.145.012-67にのみ見られる、独特のブラックサテンダイヤルである。
この時計がウルトラマンというニックネームを得たのは、1970年代の日本のテレビシリーズ『帰ってきたウルトラマン』に登場したことに由来する。
ここ数年、ウルトラマンが実際にどれほど製造されたのかについては、さまざまな再検証が行われている。数字を整理すると次のようになる。
約2万8000本製造されたRef.145.012-67のうち、正しいムーブメントレンジに該当するのはおよそ3000本のみ。
そして、その3000本の中で、実際に確認されている“ウルトラマン”仕様は、『Moonwatch Only』によれば、わずか50本余りしか存在しないのである。

▲ オメガは“ウルトラマン”のオレンジ色のクロノグラフ針を、同じ針を備えた複数のオメガ製時計と並べて比較検証した(データは moonwatchonly.com より転載)

▲ 1968年製〈スピードマスター〉Ref.ST 145.012-67。コレクターたちから“ウルトラマン”の愛称で呼ばれる、オレンジ色のクロノグラフ秒針を備えた個体(©Revolution)
しかし、ダヴィドフ兄弟のロイ・ダヴィドフは、その数は実際には“数百本規模”に近いのではないかと考えている。彼はこう語る。
「われわれが確実にわかっているのは、それらがすべて1968年6月に製造・出荷されたRef.145.012-67であり、世界各地へ納品されたということです」
ウルトラマンは極めて希少な時計である一方、この数年でオークションやセカンダリーマーケットに登場する頻度は明らかに増えている。
ニューヨークを拠点とする、私のお気に入りのヴィンテージウォッチ専門店Analog:Shiftの創業者、ジェームズ・ラムディンはこう語る。
「理由は単純で、この数年で価格がダイナミックに上昇したからです」
数年前まで、ウルトラマンは1万ドル程度の時計だった。しかし2018年初頭には2万ドル台へ到達し、その年の終わりには複数のオークションで7万ドルに達する個体まで現れた。
2019年になると、ヴィンテージ スピードマスターの価格は軟化したというよりも、数年間の熱狂的な高騰を経て、安定・調整局面へ入ったと見るべきだろう。
現在では、“ウルトラマン”はコンディションや由来次第で、おおよそ4万〜6万ドル程度で購入可能となっている。

▲ 1968年製〈スピードマスター”ウルトラマン”〉Ref.ST 145.012-67(©Revolution)
“ウルトラマン”のダイヤルは、通常の145.012に見られるマット仕上げとはまったく異なる質感である。そこには、サテン、あるいはシルクのような独特の艶感があり、その違いは明確に識別できる。
希少性ということでは、現存数が数百本程度という事実は、例えば“ポール・ニューマン”〈デイトナ〉よりも希少であることを意味する。そして神話性という点においても、“ウルトラマン”以上に魅力的な呼び名を、私は思いつくことができない。
さらに、この時計は腕に載せたときの存在感が圧倒的だ。巨大なオレンジ色の針が加わっただけで、その表情は別物となり、ほかのどのスピードマスターとも異なる、強烈な魅力を放つのである。 そしておそらく、この時計以上に素晴らしいクロノグラフ体験を得られる一本はないだろう。
スタートボタンを押し、Cal.321のコラムホイールがクロノグラフレバーを作動させる感触を味わいながら、あの力強いオレンジ針が威厳に満ちた動きでダイヤル上を進み始める瞬間――それはまさに特別な体験なのである。

▲ Ref.145.012-67”ウルトラマン”は腕に載せたときの存在感が圧倒的。
なお、オレンジ色のクロノグラフ秒針を備えたヴィンテージ・オメガは、“ウルトラマン”以外にも存在する。しかし、それらの針は“ウルトラマン”の針ほど長くない。
そのため、後から針を交換して“ウルトラマン仕様”を作り上げる、いわゆるフランケンウォッチ化は不可能なのである。
この“ウルトラマン”に関しては、オメガのアーカイブ・エクストラクトなしでは購入しないほうがいい。
そのエクストラクトには、Remarks欄に必ず
“Special model fitted with orange chronograph hand”
と記載されていなければならない。
これがなければ、たとえ正しいムーブメントレンジに属していたとしても、その時計が本物の“ウルトラマン”であるという証明にはならないのである。
また、“ウルトラマン”のような時計を購入する際には、信頼できるディーラーから買うことが極めて重要だ。
私の最初の“ウルトラマン”は、友人のジム・フィスクを通じて紹介されたAnalog:Shift 経由で手に入れた。その後、私は同社オーナーであるジェームズ・ラムディンとヴィンセント・ブラセスコとも親しい友人になった。
もしこの種のヴィンテージを探しているのであれば、私は彼らを強く薦める。特にジェームズは、“ウルトラマン”の発掘に卓越した才能を持っている。実際、私はその後、彼らから驚くほど素晴らしいコンディションの2本目も購入している。
これらの時計は、Revolution Watch Bar内の“テンプル・オブ・スピード”で実際に見ることができる。
スピーディ・チューズデー 2 “ウルトラマン”(2018年)

▲ 2018年発売〈スピードマスター〉 42mm “ウルトラマン” リミテッドエディション 2012本限定(©Revolution)
2018年6月24日を前に、時計コレクター界隈は噂で持ちきりだった。
なぜか?
オメガが、第2弾となる“スピーディ・チューズデー”限定モデルを発表しようとしていたからである。
このモデルも第1弾と同様、ハッシュタグ#SpeedyTuesdayが誕生した年にちなみ、2012本限定で製作された。また、第1弾と同じく、オメガとロバート=ジャン・ブロアとのコラボレーションであり、販売はソーシャルメディアとオンラインのみで行われた。
そして“スピーディ・チューズデー 2”と名付けられたこのモデルが公開された日、世界中の人々が一斉に注文へ殺到し、その熱狂は異常ともいえるレベルに達した。
なぜ私たちはそこまで理性を失っていたのか?
それは今回、オメガがインスピレーション源として選んだのが、もっとも人気の高いスピードマスターのひとつ、“ウルトラマン”だったからである。
オメガのアッシェリマン、ペレ、そしてキスリングは、当時のスピードマスター コレクション界の空気感を完全に理解していた。彼らはコレクターが本当に求めているものを、100%把握していたのである。
驚いたことに、完成した時計は、われわれの抱いていた最も高い期待すら上回っていた。

▲ 2018年製〈スピードマスター“ウルトラマン”リミテッドエディション〉 42mmケース(©Revolution)
この時計を初めて目にしたとき、私はその魅力について4つの理由を書き記している。
第1に、段差付きダイヤルのステップ部分に配されたオレンジ色のアワーマーカー。私にはこれが、レーシングダイヤル仕様の時計に対する、実に気の利いたオマージュに思えた。
第2に、“Tachymètre”の文字。時代考証に忠実なアクセント記号付き表記で、ダイヤル上の“Speedmaster”ロゴとともにオレンジ色で描かれている。
第3に、クロノグラフ積算計の最初の3分間がオレンジで塗られている点。これは、ウルトラマンがヒーロー形態を維持できる時間が3分間だからだ。
いや、本当にこれは最高すぎて、自分でこの文章を読み返したとき、自分自身とハイタッチしたくなったほどだった。
だが、この時計で最もクールなディテールは、オメガの大ヒット作“シルバー スヌーピー”にも通じる、隠しギミックにある。
それは、スモールセコンド内にひそかに描かれた、夜光仕様のウルトラマンのシルエットだ。UVライトを当てると、その姿がオレンジ色に発光するのである。花火が打ち上がり、DJキャレドの“All I Do Is Win”が流れ出す――そんなテンションだ。
オメガの素晴らしいところは、こうしたアイデアに即座に乗ってくるところにある。おそらく他ブランドで「隠し夜光のオレンジ色シルエットを入れたい」と提案したなら、典型的なスイス=フランス的反応
「メ・ノン、それは不可能です。ノン、ノン、ノン……」
が返ってきただろう。
しかし“チーム・オメガ”は違った。彼らは即座に、そのアイデアを取り入れたのである。

▲ 2018年製〈スピードマスター“ウルトラマン”リミテッドエディション〉42mmでは、スモールセコンド内に描かれた隠し夜光仕様のウルトラマン・シルエットが、UVライトを当てた暗所でのみ姿を現す(©Revolution)
レイナルド・アッシェリマンはこう語っている。
「私たちは、そうした細部の積み重ねこそが、人々を自社の時計と恋に落とすのだと考えています。そして常に、“まだ誰も成し遂げていないこと”を実現しようと、自らを追い込み続けている。それがオメガのカルチャーです」
「宇宙開発計画の時代を思い出してください。われわれはアラスカ・プロジェクトによって、時計技術を極限まで押し上げようとしていました。誰かに命じられたわけではありません。われわれ自身が、自ら進んでそうしたのです。それこそがオメガなのです」
〈スピードマスター 1957 トリロジー〉(2017年)

▲〈スピードマスター’ 1957 トリロジー〉CK 2915 60周年アニバーサリー リミテッドエディション3557本限定 (©Revolution)
私がオメガを愛してやまない理由は、時計ごとに異なるアプローチを用い、まったく異なる性格のモデルを生み出しているからだ。
そして2017年、すべての始まりとなった初代スピードマスターの60周年を迎えるにあたり、オメガはまたしても異なる、コレクターにとってとても魅力的なモデルをリリースした。
1957年に登場した初代スピードマスターCK2915-1は、デザインの傑作だ。
マットブラックのダイヤルに、クロノグラフの30分積算計と12時間積算計を備えている。特に後者は、自動車耐久レースにおいて重要だった。
この時計はそもそもレーシングドライバーのために開発されたものだった。そのため平均速度を計測するためのタキメータースケールも装備されていた。
そしてオメガは、そのスケールをダイヤル外周に配置するのではなく、視認性向上のためベゼル上へ移動し、そこへ刻印した。
これは後に、ほぼすべての主要ブランドが追随することになるデザイン上の先例となった。
CK2915の針には、有名なブロードアロー針が採用されている。また、ダイヤルと針の双方には大量の夜光塗料が施されていた。
内部に搭載されるのは、レマニアの技術責任者アルベール・ピゲが設計した伝説的ムーブメントCal.321である。当時、レマニアとオメガは同じグループに属しており、このCal.321はその時代における最先端クロノグラフムーブメントであった。
CK2915は、経験豊富なコレクターであっても、実物を見たことがほとんどないほど希少だ。さらに、今日ではオリジナルコンディションを保った個体はごくわずかしか現存していない。
その価値も極めて高く、状態の良い個体は25万ドルをはるかに超える価格で取引されている。
あらゆる希少ヴィンテージウォッチと同様に、これを日常使いするのは、おそらく賢明とは言えないだろう。

▲ 2017年製〈スピードマスター 1957 トリロジー〉。ここではシンプルなグレーのNATOストラップを装着している(©Revolution)
CK2915-1の60周年を祝うにあたり、オメガ首脳陣は実に驚くべきことを成し遂げた。彼らは、オリジナルCK2915-1を徹底的に忠実に再現したオマージュモデルを作り上げたのである。もっとも、搭載ムーブメントはオリジナルのCal.321ではなく、Cal.861ベースとなっていたが。
そして、“忠実”という言葉は決して誇張ではない。オメガのジャン=クロード・モナションによれば、同社は実際にミュージアム所蔵のCK2915-1を3Dスキャンし、その細部を徹底解析したうえで復刻作業に取り組んだという。
つまり、ベゼルの寸法、ケース形状、プッシャー、ダイヤル、フォント、インデックス、針といったあらゆる要素が解析されたのである。
その完成度は驚異的で、私がこの60周年記念CK2915を着けていると、名だたるコレクターたちが思わず私の腕をつかみ、しばらく凝視したあとで、それが25万ドル級のヴィンテージ・グレイルではなく復刻版だと気づく……、そんなことが実際に何度も起きたほどだ。

▲2017年製〈スピードマスター 1957 トリロジー〉のダイヤルアップ。

▲〈スピードマスター 1957 トリロジー〉の夜光ショット(©Revolution)
オメガはこのようなアプローチ――すなわち、自社の歴史的名作をミクロン単位の精度で再現するという手法――を、それ以前には一度も採用していなかった。
オメガCEOのレイナルド・アッシェリマンはこう語っている。
「これは特別な機会でした。われわれは1957年の3つの歴史的アイコン〈シーマスター〉、〈レイルマスター〉、そしてもちろん〈スピードマスター〉を正確に再現したのです。本来であれば極めて入手困難な時計を、コレクターたちが実際に手にできる機会を提供するためでした」
私はこの時計を心から愛している。私にとってこれは、ポルシェが歴史的名車356 スピードスターのアニバーサリーモデルとして、現代的なエンジンを搭載しながら外観を完全再現した“超精密復刻版”を製作したようなものなのだ。
そして、この時計を愛しているのは私だけではない。ボンド俳優ダニエル・クレイグもまた私物としてこの時計を愛用している。イタリア・マテーラで撮影された映画『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』(2021年)のプレスイメージでは、本人所有の個体を着用していた。

▲ 2019年9月9日、イタリア・マテーラ――女優レア・セドゥと俳優ダニエル・クレイグが、『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』撮影現場に到着した際の様子。クレイグの手首には、NATOストラップ仕様の2017年製オメガ〈スピードマスター 1957 トリロジー〉がはっきりと確認できる(Photo by Franco Origlia/Getty Images)
誕生60周年記念のスピードマスターは、3557本限定で製作された。実に見事な時計である。
現在の相場はおよそ6500ドル前後。つまり、ほぼ当時の定価近辺で取引されていることになる。そう考えると、私はこの時計を“掘り出し物”だと思っている。
もしヴィンテージ・オメガの世界に足を踏み入れたいと思っている一方で、スポーツ時や、プールでも気兼ねなく使える実用性を求めているなら、この素晴らしいタイムピースがもたらしてくれる満足感は、いくら強調してもしすぎることはない。
Ref.105.012-66 CB(1966〜69年頃)

▲ Ref. ST 105.012-66。これは当時オメガがスピードマスター用に採用していた2社のケースメーカーのうちのひとつ、ル・ソントラル・ボワティエ製ケース(©Revolution)
ヴィンテージ・スピードマスターの世界は、実に興味深いディテールに満ちている。そして、その最たる例のひとつがRef.105.012-66 CBだろう。
この場合、決定的な違いは“CB”というイニシャルにある。これは、スイス時計史において最も著名なケースメーカーのひとつ、ソントラル・ボワット(Centrale Boîtes)を意味している。
そもそもRef.105.012自体が、伝説的なモデルと呼ぶにふさわしい存在だ。なぜならこのモデルこそ、20世紀最大級の歴史的事件――アポロ11号月面着陸の際に、バズ・オルドリンとニール・アームストロングが着用していたスピードマスターだからである。
1964年から1966年にかけて製造された105.012は、アイコニックな“ライアラグ”時代の幕開けを告げたモデルでもあった。この美しく独特なケースデザインは、右側ケースのリューズおよびプッシャーガードとしての機能も兼ね備えていた。
1964年と1965年の〈スピードマスター〉Ref.105.012のケースは、ユゲナン・フレールSAによって製造されていた。同社は1957年のCK2915以来、オメガと協業してきたケースメーカーである。
しかし、なぜか1966年の生産分において、オメガは2社のケースメーカーを併用した。すなわち、ユゲナン・フレールと、前述のソントラル・ボワットである。
さらに興味深いのは、両者のケース形状が実際にはかなり異なっている点だ。
特にソントラル・ボワット製ケースには、他のどのスピードマスターにも見られない追加ベベルが存在する。これは、ベゼル外周からラグ先端まで一直線に伸びる、垂直方向の面取りだ。
しかも、さらに面白いことに、この特徴は比較的近年になるまで広く知られていなかった。ヴィンテージ・スピードマスター収集文化が大きく発展して以降、ようやく注目され始めたディテールなのである。
その結果、多くの個体ではオーバーホール時のポリッシュによって、このベベルが消されてしまっている。つまり、このリファレンス特有の美しさを理解するには、ほぼニューオールドストック級コンディションの個体を見る必要があるというわけだ。

▲ Ref. ST 105.012-66は、ここに見られるソントラル・ボワット(CB)製ケースを備えている。このケースは、ケース上面がよりフラットで、その内側に非常に細いファセット(面取り)を持つのが特徴である。この細いファセットは研磨によって容易に消えてしまうため、雑なポリッシュが施された個体を見分ける簡単なポイントとなる(©Revolution)

▲こちらはウルトラマン・スピードマスターのRef.145.012-67ケース(右)である。Ref. ST 105.012-66のル・ソントラル・ボワット(CB)製ケース(左)と比較すると、ラグのベベル(面取り)の違いがはっきり確認できる(©Revolution)
2018年、フィリップス香港時計部門責任者のトーマス・ペラッツィがオークションに出品した個体は、まさにそのようなコンディションだった。
以前にも触れたように、私が香港でウィリアム・ロバーツ(@Speedmaster101)に会ったのは、このオークションに参加するため香港を訪れていたからであり、オークションカタログに掲載されていた、この驚くべきスピードマスターの写真を見ていたのだ。
オークション開始前の下見会場で、私は長年の知人であり、ニューヨークを拠点とするフィリップス時計部門責任者、ポール・ブートロスと話す機会を得た。
彼は時計を見せながら、そのコンディションについて熱っぽく語ってくれた。
フィリップスのようなオークションハウス、そしてポール・ブートロスのような人物の素晴らしいところは、時計に関する調査をすべて済ませてくれている点だ。実際、この時計についてのフィリップスのロットノートを見て、それがよく分かった。
この時計には興味深いケースバックが備わっており、「TAT Flying Club」という文字が刻まれていた。ブートロスは、これはオメガ工場で刻印されたものだと確信していた。
そして何より素晴らしかったのはケースの状態である。ケースは極めてオリジナルに近い状態を保っており、ラグ上の二つのポリッシュ面を分ける追加のベベルが、鋭く美しい稜線をくっきりと描いていた。
オークションでは激しい競り合いが続いた。しかし最後には、ペラッツィが私を見つめ、まるでジェダイのマインドパワーでも使うかのように、私にパドルを上げさせた。
こうして、この特別な105.012-66 CBは、われわれのパーマネントコレクションの一員となったのである。
Ref.105.003 “エド・ホワイト”(1963〜65年)

▲ 1963年製 Ref. ST105.003 “エド・ホワイト”(©Revolution)
ヴィンテージ・スピードマスター熱に完全に取り憑かれていた私は、次第にストレートラグのスピードマスターを所有したいと思うようになっていた。
問題は、CK2915や大半のCK2998が、すでに手の届かない価格帯へと高騰してしまっていたことだ。しかし、私にとって同じくらい象徴的に映る、もうひとつのストレートラグ・スピードマスターが存在していた。
105.003は、ストレートラグを備えた最後のスピードマスターである。しかしそれだけではない。
このモデルこそ、NASAによる極めて厳格な選定試験を唯一クリアしたスピードマスターでもある。ほかの時計がすべて脱落するなか、生き残ったのである。
さらにこのモデルは、NASAによって正式認定された3つのリファレンスのひとつでもある。その3本とは105.003/105.012/145.012であり、その中で最も古いのが105.003だ。
また、このモデルは、ジェミニ4号ミッションで人類初の船外活動を行った宇宙飛行士エド・ホワイトにちなんで、“エド・ホワイト”の愛称で広く知られている。

▲ ジェミニ4号宇宙船の外、無重力空間に浮かぶ宇宙飛行士エド・ホワイト。ブラックのベルクロストラップを装着したST 105.003が、彼の左腕にはっきり確認できる(Image: NASA.gov)
“エド・ホワイト”は、フランク・ボーマン、ジョン・ヤング、ゴードン・“ゴード”・クーパー、ジーン・サーナン(彼の時計は現在オメガ博物館所蔵)、トム・スタッフォード、そしてアポロ13号のジム・ラヴェルといった宇宙飛行士たちにも選ばれた時計だった。
以前、オメガがNASAからシルバー・スヌーピー賞を授与された話をしたのを覚えているだろうか。 それは、ジム・ラヴェルがスピードマスターを用いて、損傷した宇宙船の姿勢を修正するための14秒間のエンジン噴射を正確に計時し、その結果、乗組員が無事帰還を果たせたことに由来する。
その時、彼が着けていたのもエド・ホワイト=ST 105.003だったのである。
105.003は歴史的に重要な時計なのだ。このモデルこそがスピードマスターをNASA公式時計へと押し上げた。
オメガが復活したCal.321を収めるスティール製モデルを選ぶ際、即座にエド・ホワイトでなければならないと考えたのも、決して偶然ではない。

▲ 驚くほどよく似ている。左はRevolution所有の1963年製Ref. ST105.003 “エド・ホワイト”、右は2020年製〈スピードマスター キャリバー 321〉ステンレススティール(©Revolution)

▲1963年製〈Ref. ST105.003 “エド・ホワイト”(©Revolution)

▲1963年製Ref. ST105.003 “エド・ホワイト”のステップダイヤルをクローズアップ(©Revolution)
嬉しいのは、人類の進歩とこれほど深く結びついた時計であるにもかかわらず、“エド・ホワイト”スピードマスターの価格はいまなお比較的手頃で、相場はおおよそ2〜3万ドル程度に留まっていることだ。
105.003は1963年、64年、65年に製造され、最終年である65年製がもっとも生産数が多い。
しかし、私にとってこれらヴィンテージ・スピードマスターで最も重要なのは、時計を構成するすべての要素がどれほどオリジナルで、良好に保存されているかという点である。
だからこそ、友人のジム・フィスクから電話があり、
「エリック・ウィンドが、人生で見た中でも最高品質の“エド・ホワイト”を入手した」
と言われた時、私は心底興奮した。
もしエリック・ウィンドを知らないなら説明しておこう。彼は時計業界では半ば伝説的存在である。まず何より、オックスフォード大学およびジョージタウン大学外交学部を卒業した、時計業界随一の知識人だ。そして同時に、もっとも親切で、寛大で、人格者のひとりでもある。
だからこそ、素晴らしい人物から素晴らしい時計を購入できるということは、私にとって人生の大きな喜びなのである。
その“エド・ホワイト”の写真が届いた時、私は圧倒された。時計は驚くほどオリジナルな状態を保っていたのだ。
ただしそれは、現在のヴィンテージ・ロレックス市場で横行しているような、レーザー溶接や人工的エイジングといった秘術によって作られた“作為的な美しさ”ではなかった。55年もの歳月を、愛情深く扱われながら生き延びてきた時計だけが持つ自然な美しさだった。
私は、こうした“エド・ホワイト”のような時計を所有するということは、単に所有者になるのではなく、“管理人”になることだと思っている。そしてそれには、時計を大切に守り、さらに多くの人々と共有するという責任も伴うのだ。
Ref.145.022-69 “レーシング”(1969年頃)

▲ レーシングダイヤルと、オレンジのアローヘッド型センタークロノグラフ針を備えた〈スピードマスター〉Ref.145.022-69(©Revolution)
ヴィンテージ・スピードマスターに少しでも興味があるなら、ロイとサシャのダヴィドフ兄弟の名を聞いたことがあるはずだ。彼らはこの分野における比類なき王者である。
私に言わせれば、彼ら兄弟とロバート=ジャン・ブロア こそ、ヴィンテージ・スピードマスター、さらには現代スピードマスター文化そのものの発展を支えた三大キーパーソンだ。
スピードマスターの中でも、最も希少かつ魅力的な仕様のひとつが“レーシングダイヤル”系である。これは1960年代後半に登場し、ブラック・レーシングとグレー・レーシングの2種類に分類される。
私にとって、これらは歴代スピードマスターの中で最も視覚的に美しいと思えるモデルである。そして、そのデザインは現代のスピードマスターにも大きな影響を与え続けている。
たとえば2018年の〈ダークサイド・オブ・ザ・ムーン ‘アポロ8’〉や、2020年の〈ダークサイド オブ ザ ムーン チーム アリンギ〉などだ。
どちらもブラックセラミックケース、美しく装飾されたCal.861系ムーブメント、そしてレーシングダイヤルを備えている。
ブラック・レーシングには、アプライドのオメガロゴを持つ2種類が存在し、105.003と145.012の双方で確認されている。これらのダイヤルには「Professional」の文字が入らないため、“ブラック・レーシング・プレプロフェッショナル”と呼ばれる。 さらに、同じデザインでプリントロゴ仕様かつ「Professional」表記入りのものが、105.012および145.012に存在する。
ロイ・ダヴィドフはこう語る。
「1960年代後半は、オメガにとって驚くほど多様な実験が行われた時代です。視認性を高めるため、さまざまな試みがなされていたのだと思います。ブラック・レーシングダイヤルのスピードマスターは、その好例です。時刻表示系――つまり針、スモールセコンド、アワーインデックス――を赤で統一し、一方でクロノグラフ秒針、積算計、そしてあの素晴らしいレーシングトラックを白でまとめることで、機能を色分けしているのです」
サシャ・ダヴィドフはさらにこう付け加える。
「なぜこれらのダイヤルが実際の製品に搭載されたのか、その理由は誰にも分かりません。我々の考えでは、Cal.321時代の終焉が近づく中、残っていたダイヤルを使い切るために時計へ組み込んだのではないかと思っています」

▲レーシングダイヤルと、オレンジのアローヘッド型センタークロノグラフ針を備えた〈スピードマスター〉Ref.145.022-69(©Revolution)

▲ UVライト下で、レーシングダイヤルとオレンジのアローヘッド型センタークロノグラフ針が暗闇に浮かび上がる、Revolution所有の〈スピードマスター〉Ref.145.022-69(©Revolution)
もうひとつ、そしておそらくより広く知られているレーシングダイヤルが“グレー・レーシング”であり、これは145.022-69にのみ見られる仕様である。
サシャ・ダヴィドフはこう語る。
「これは、これまで作られたダイヤルの中でも屈指の美しさを持っています。クロノグラフ表示系にオレンジを用い、レーシングトラックにはバーガンディの外周リングとオレンジのインデックスを組み合わせています。一方、時刻表示用の針は伝統的な白いバトン針です。後にオメガが、このまったく同じ配色を〈スピードマスター マークII〉で採用したことを思えば、伝統的なスピードマスター向けダイヤルとしても実験していた可能性が高いでしょう」
ロイ・ダヴィドフはさらにこう指摘する。
「マークII用ダイヤルは145.022-69とは互換性がありません。つまり、単純に片方のダイヤルをもう片方へ移植することはできないのです。加えて、グレー・レーシングダイヤルのほぼすべては1970年5〜6月にスイス向けとして出荷されており、ムーブメント番号も29.609.xxx付近の、ごく狭い範囲に集中しています。われわれの店では、レーシングダイヤルが本来その時計に搭載されていたものか確認するため、必ずオメガ博物館キュレーターのペトロス・プロトパパスへ問い合わせ、納品時に“スペシャル・ダイヤル”仕様であったことを示すアーカイブ・エクストラクトを取得しています」
特筆すべきは、このグレー・レーシングが、後に極めて高い人気を誇るオメガ〈スピードマスター ジャパン・レーシング〉の着想源となったことだ。
このモデルは、2004年に日本市場向けに2004本限定で製作されたグレー・レーシングダイヤル仕様である。
ダヴィドフ兄弟は、ヴィンテージ・オメガ スピードマスターについて一般へ啓蒙するため並々ならぬ努力を重ねてきた。自ら展覧会を開催し、希少スピーディーに関する書籍まで出版しているほどだ。
だから私は、超希少ヴィンテージウォッチを探しているなら、彼らこそ頼るべき存在だと考えている。
そんな彼らから、非常に特別なグレー・レーシングを所有する機会を提示された時、私は抗えなかった。
その時計には、通常グレー・レーシングで見られる平坦なノンルミナスのオレンジ針ではなく、極めて珍しいオレンジ色のドロップ型カウンターウェイト付きクロノ秒針が備わっていたのである。
この個体のダイヤルには、実に素晴らしいパティナが現れていた。グレー、バーガンディ、オレンジの色調は柔らかく熟成しながら、それでもなお鮮やかな魅力を保っていた。
これはわれわれのコレクションの中で最も高価な時計である。同時に、私にとって最も重要な一本のひとつでもある。
Ref.145.012-67“ウルトラマン2”ホルツァー・ブレスレット仕様(1967〜68年)

▲ Revolution所有のホルツァーブレスレット付き〈スピードマスター“ウルトラマン”〉Ref.145.012-67(“エル・オンブレ・ウルトラ”)。 入手はダヴィドフ・ブラザーズより(©Revolution)
基本的に私は、スピードマスターの重要なリファレンスを、それぞれ代表的な個体で集めたいと考えていた。ではなぜ、私は2本目の“ウルトラマン”を手に入れることになったのだろうか。
その理由は、ロイ&サシャ・ダヴィドフ兄弟が発見したこの時計に、非常に興味深い来歴があり、さらにそのコンディションが“極上”としか言いようのないものだったからだ。
前述したように、145.022-67のうち“ウルトラマン”仕様は数百本程度しか存在しない。これらは1968年6月に製造、あるいは出荷された個体であり、世界各地へと送られていった。
そして、この個体が向かった先はメキシコシティだった。
当時のメキシコでは、完成した腕時計の輸入に制限があったため、スピードマスターはヘッドのみの状態で輸入されていた。
その後、現地ディストリビューターであったホルツァー・イ・シア(Holzer y Cia)が、メキシコ国内で製造された“ジュビリー”ブレスレットを装着して販売していたのである。
その結果、このスピードマスターは、どこかドレッシーで洒脱な雰囲気をまとう、独特のスタイルを獲得することになった。
なお、このブレスレット付きスピードマスターについては、Fratello Watches に優れた記事が掲載されているので、ぜひ読んでみてほしい。

▲ダヴィドフ・ブラザーズから入手した、ホルツァー・ブレスレット仕様の〈スピードマスター“ウルトラマン”〉Ref.145.012-67(©Revolution)

▲〈スピードマスター“ウルトラマン”〉Ref.145.012-6に装着されたホルツァー・ブレスレットのディテール(©Revolution)

▲メキシコ製ホルツァー・ブレスレットを備える〈スピードマスター“ウルトラマン”〉Revolution所蔵(©Revolution)
この完璧な保存状態のスピードマスターの写真を見た瞬間、私は心を奪われた。145.022-69としては私が見たなかでは、もっとも肉厚で、研磨による痩せのないケースだったうえに、ホルツァーブレスレットまで装着されていたからだ。
さらに、オメガ アーカイブ エクストラクトには、この時計がメキシコ向けに出荷されたこと、そして
“Special model fitted with orange chronograph hand(オレンジ色クロノグラフ針を備えた特別仕様モデル)”と記されていた。
これによって、この時計が“ウルトラマン”であること、そして“メキシカン・スピードマスター”であることが正式に裏付けられたのである。
私は昨年、メキシコシティで開催されたSIAR時計見本市を訪れた際、このスピードマスターを実際に着用するという喜びを味わった。
私が“エル・オンブレ・ウルトラ”と名付けたこの時計は、誕生から実に51年を経て、自らが最初に送り届けられた街へと巡礼のように帰還したのである。
Ref.145.012-67 “ウルトラマン 3”(1967〜68年)

▲Revolution所有としては、3本目となる〈スピードマスター“ウルトラマン”〉Ref.145.012-67(©Revolution)

▲〈スピードマスター“ウルトラマン”〉Ref.145.012-67(©Revolution)
ここまで読むと、「なぜ3本目の“ウルトラマン”まで買ったのか?」と思われるかもしれない。
だが、その答えはAnalog:Shiftにある。より正確には、同店のオーナーであるジェームズ・ラムディンとヴィンセント・ブラチェスコが、私に送ってきた写真だった。
そこに写っていたのは、私がこれまで見たなかでも最高レベルのコンディションを誇る“ウルトラマン”だった。しかも、オリジナルのフルリンクを備えたブレスレットに加え、ボックスやペーパー類まで完璧に揃っていた。
奇跡的ともいえる保存状態で、さらにオリジナルボックス、付属書類、そして当然ながらアーカイブ・エクストラクトまで揃った個体に出会ってしまったら、断る理由など存在しない。もちろん、私にも断れなかった。
つまり、こういうことだ。もしあなたがRevolution Watch Barの“テンプル・オブ・スピード”を訪れたなら、これら3本のヴィンテージ“ウルトラマン”を見ることができるだろう。
そして同じヴィンテージウォッチでも、それぞれ異なる歳月の重ね方をするということがわかって頂けるだろう。
〈スピードマスター “シルバー スヌーピー アワード” 50周年記念〉(2020年)

▲ オメガ〈スピードマスター“シルバー スヌーピー アワード”50周年記念モデル〉
Ref.310.32.42.50.02.001(©Revolution/Photography Munster;Digital Editing KH Koh;Stylist Yong Wei Jian)
私を誘惑する新作スピードマスターは数え切れないほど存在していた。
とりわけ、アポロ11号月面着陸50周年を記念したムーンシャインゴールド製スピードマスター、そして復活した伝説のCal.321を搭載したプラチナ製105.012 ムーンウォッチには強く惹かれた。
また、現代的な〈ダークサイド・オブ・ザ・ムーン〉シリーズも大いに気に入っているし、アポロ8号50周年記念モデルや、アリンギ・チーム スピードマスターにもかなり心を揺さぶられた。
しかし、今年10月、私はまったく迷うことなく、次に自分の愛蔵コレクションへ加わるべきスピードマスターが何であるかを悟った。それが〈“シルバー スヌーピー アワード” 50周年記念モデル〉だったのである。
この時計は、2020年でもっとも心を明るくしてくれた時計というだけではない。オメガが時計製造において、いかに卓越した創造力を持つブランドであるかを示す実例でもあった。
もっとも、オメガには応えなければならない大きな責任が存在していた。というのも、過去2世代の“スヌーピー”モデルは、すでに熱狂的コレクターズアイテムとなっていたからだ。
2003年の“ブルー スヌーピー”は高い人気を誇り、さらに2015年の“シルバー スヌーピー”は、現代のグレイル(聖杯)ウォッチのひとつとして扱われている。そして現在では、発売当時の価格のおよそ4倍で取引されている。

▲ ダイヤルには、スヌーピーが主役としてフィーチャーされており、9時位置のブルーのインダイアル上に、エンボス加工が施されたシルバー製メダリオンとして配されている。
だが私に言わせれば、2020年のシルバー スヌーピー アワードは、その喜びに満ちた表現によって、“史上最高の限定版スピードマスター”として記憶されるかもしれない。
時計は、おなじみの42mm径スティール製スピードマスターのリララグケースを採用している。しかしダイアルにはソリッドシルバーが用いられ、レーザー刻印によって精密な装飾が施されている。
9時位置には、星々を背景に宇宙服姿で踊るスヌーピーが描かれているが、これはNASAが授与するシルバー スヌーピー賞のピンバッジそのものの意匠だ。
もちろん、これだけでも十分に魅力的なオマージュなのだが、この時計の真価は裏返した瞬間に現れる。文字通り、思わず息を呑むはずだ。
ケースバックには、司令・機械船に乗り込んだスヌーピーの姿が描かれている。そして彼は、オメガが“マジックハンド”と呼ぶ特殊機構によって、コーアクシャル脱進機とシリコン製ヒゲゼンマイを備えた、マスター クロノメーター認定のCal.3861へと連結されている。
クロノグラフをスタートさせると、スヌーピーを乗せた宇宙船が、宇宙空間を背景に正確に14秒間飛行するのである。
さらに、フォトリアルなディスクで表現された地球は、スモールセコンドと連動して回転し、1分で1周する。
オメガとNASAのパートナーシップを祝福する演出として、これ以上に楽しく、心を躍らせるアニメーションは思い浮かばない。
「ブラボー、オメガ!」
これは本当に素晴らしい時計であり、Revolution アワード 2020に選ばれるにふさわしい1本である。

▲ クロノグラフ秒針を作動させると、スヌーピーは月の神秘的な裏側を巡る旅へと飛び立つ。
というわけで、これがシンガポールのRevolution Watch Bar内に新設された“テンプル・オブ・スピード”に収蔵されている、オメガ スピードマスターのコレクション一覧である。
ぜひ予約のうえ、ご友人たちとともに訪れていただきたい。ヴィンテージ・スピードマスターの数々を実際に手に取りながら、この素晴らしい時計が歩んできた歴史、そして人類史において果たした比類なき貢献について学ぶことができる。しかも、その体験は、オリジナルカクテルや葉巻を楽しみながら味わえるのだ。
私たちRevolutionは、時計文化の裾野を広げる最良の方法は、過去50年以上にわたり生み出されてきた偉大な時計へ、人々が直接触れられる機会を提供することだと考えている。
私たちはオメガ スピードマスターを愛している。そして、その愛情を形にするため、このテンプル・オブ・スピードという聖域を作り上げたのである。
Brands:Omega
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