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究極のダイバーズ、ロレックス〈シードゥエラー〉の歴史

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〈シードゥエラー〉は、単なるダイバーズウォッチではない。深海飽和潜水という過酷な現場に応えるため、ヘリウムエスケープバルブと圧倒的な防水性能を備えて誕生した、プロフェッショナルツールである。その歴史をたどる。

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History Of The Rolex Sea-Dweller

究極のダイバーズ、ロレックス〈シードゥエラー〉の歴史

〈シードゥエラー〉は、単なるダイバーズウォッチではない。深海飽和潜水という過酷な現場に応えるため、ヘリウムエスケープバルブと圧倒的な防水性能を備えて誕生した、プロフェッショナルツールである。その歴史をたどる。

by Wei Koh . Mar 18, 2025

人々が“命を預けてきた”ツール

 ダイバーズウォッチには、“とてつもないクールさ” が宿っている。それは、まるで伝説のジャズメン、ジョニー・ハートマンとジョン・コルトレーンが、氷のパンツを履いてジャムっている―そんなレベルのクールさだ。

 007は白いディナージャケットにロレックス〈サブマリーナー〉Ref.6538をNATOストラップで合わせた。彼はシャンタンのジャケットを脱ぎ捨て、魚雷のような胸を持つ美女たちと褥を重ね、そして信頼するダイバーズウォッチだけを携えて海へ飛び込み、敵の軍勢を壊滅させるのだ。

 しかし、ダイバーズウォッチの魅力は、そんなクールさだけではない。実用性と機能性の絶対的な追求こそ、ダイバーズの最重要ミッションである。なにしろこれは、兵士であれ民間人であれ、人々が文字通り“命を預けてきた”ツールなのだから。

007は白のディナージャケットに、NATOストラップのサブマリーナーRef.6538を合わせた。

 これまでに作られたあらゆるダイバーズウォッチの中で、“クール”という称号のヘビー級チャンピオンといえるモデルが存在する。その時計こそ、ロレックス〈シードゥエラー〉である。

 そしてそのクールさは、外面的な強さによってではなく、まるでガンジーのように“内なる深さ”で示されてきた。シードゥエラーは文字通り、深く潜った。それまでのどんな時計よりも深く潜ることで、商業用ダイバーズウォッチの性能を根底から塗り替えてしまったのだ。

「同時代のどのモデルより進んでいた」と評するだけでは不十分だろう。

 ロレックス〈シードゥエラー〉は、当初から、そして今もなお、独自の領域に君臨する、唯一無二の存在なのである。

シードゥエラー誕生50周年に際し、ロレックスはRef.126600にサイクロップレンズ(日付拡大レンズ)を初めて搭載した。

 ヘリウムエスケープバルブとは?

 その象徴、民生用タイムピースとして世界初のヘリウムエスケープバルブを搭載した点は、まったく異なる種類のフィールドに結びついた。すなわち、海の下に潜む石油採掘の現場である。

 世界初の商業用ダイバーズウォッチであるロレックス〈サブマリーナー〉Ref.6200、は1954年に発表された。だが1960年代に入ると、ロレックスは新たな“深海飽和潜水”のための商業用ダイバーズウォッチの開発をスタートさせたと考えられている。

 その目的は明確で、これまで到達不可能とされた2,000フィート(約610m)の深度に耐えうる時計をつくることだった。

ロレックスを象徴するサブマリーナー Ref.6200(Image:Phillips)

  当時、サブマリーナー Ref.5513 の防水性能は660フィート(200メートル)とされていた。したがって、その3倍の深度を目指すという発想は、きわめて野心的な試みだったのである。

Ref.5513 は1960年代初頭に登場し、Cal.1530 ムーブメントを搭載していた。

 実際、フィールドテストによって、ロレックスがフランスの深海潜水企業COMEX(コメックス)と共同開発したヘリウムエスケープバルブが絶対に必要であることが示された。

 COMEXは、深海で場所で長時間作業するために、水素・ヘリウム・酸素を混合した“呼吸ガス”を用いる飽和潜水技術を切り開いた企業である(加圧時の窒素酔いを避けるために、代替としてヘリウムが使われた)

 ダイバーは作業のたびに減圧を繰り返すのではなく、作業環境と同じ圧力に維持された加圧チャンバーに戻り、そこで生活する。そうすることで、複雑かつ長時間に及ぶ減圧プロセスを、全ダイブスケジュールの最後に1度だけ行えばよいようにしていた。このチャンバー内でも、ダイバーたちは作業時と同じヘリウムと酸素の混合ガスを吸っていた。

1970年代、COMEXマルセイユで行われた酸素とヘリウム混合ガスを使用した一連の試験潜水。最大610メートルに及ぶ深度での飽和潜水を行い、ダイバーの身体的・精神的変化、および HPNS(高圧神経症候群)の発症状況を継続的にモニタリングしていた。

 いまでは、小さなヘリウム分子が時計のシールをすり抜けて内部に侵入し、時計内部の圧力が加圧チャンバー内の圧力と同じになることが知られている。しかし減圧時には、チャンバー内の圧力が時計内部よりも急速に低下するため、この圧力差によって時計の風防が勢いよく外側に吹き飛ばされることがしばしば起きた。

 この問題を解決するためにロレックスが開発したのが、世界初のヘリウムエスケープバルブである。これにより、時計内部に閉じ込められたヘリウム分子を安全に外へ排出できるようになった。

 このヘリウムエスケープバルブが最初に使用されたのは、標準のサブマリーナーRef.5513にバルブを取り付けて改良したRef.5514である。

ロレックス コメックス・シードゥエラー Ref.5514

 〈シードゥエラー〉誕生秘話

  しかし、一般に広く信じられているのとは異なり、シードゥエラーは100%COMEXのプロジェクトから生み出されたわけではない。

 実際には、ほぼ同時期にロレックスはもう一つの深海プロジェクトに関わっていた。SeaLab II(シーラブ II)と呼ばれる計画で、ロレックスはなんと1500mの深度に耐えうる時計を製作していた。しかも驚くべきことに、そこにはヘリウムエスケープバルブは搭載されていなかった。

 ロレックス史家、ジェイク・アーリッヒの研究成果によると、COMEXの時計と、1500m耐水の SeaLab II ウォッチが、同時期にロレックスの手で生み出されていたという。これらの二つの時計は統合され、一本のモデルとして結実した。それがシードゥエラーだったのである。

水中へと降下していく SEALAB(Image:Jake’s Rolex World / www.RolexMagazine.com)

 太古の昔から、海は常に畏怖と神秘に満ちた存在だった。驚くべきことに、1961年、ロシアの宇宙飛行士、ユーリ・ガガーリンが地上350kmもの高度で地球を周回した時でさえ、人類は海面下わずか70mより深い領域をまだ探索したことがなかった。

 ところが1960年代になると、洋上油田開発のため、人類は深海で作業する必要に迫られた。これが、ロレックス × COMEXによるRef.5514や1500m耐水のSealab IIウォッチといったプロトタイプが誕生した背景である。

 では、なぜロレックスは、民間人が決して使うことのない“超深海への潜行能力”や“ヘリウム排出バルブ”を備えた時計を、一般販売用モデルとして世に出そうと思ったのか? その答えは、ロレックスの哲学と深海探査へのロマンに根ざしていると考えるべきだろう。

ロレックスはフランスの水中探査企業COMEXと協力し、ヘリウムエスケープバルブを用いることで、高圧環境に耐えられるタイムピースを開発した。COMEX サブマリーナー Ref.5514 である(Image:antiquorum)

  シードゥエラーの誕生は、映画『スパイナル・タップ』(1984年)の「音量ノブが“10”ではなく“11”まであるスピーカー」のように、人間の驕りが生んだ技術的過剰だったのだろうか? それとも、ロレックスが海を征服したことを高らかに知らせる宣言だったのだろうか?

 その答えを探るには、当時の時代背景を見てみるのが良いだろう。NASAのジェミニ計画以降、宇宙飛行士の公式時計としてはオメガ スピードマスターが採用されていた。この宇宙の征服に対し、ロレックスがもうひとつの未知、すなわち海洋の完全制覇を成し遂げようとした。

〈シードゥエラー〉Mark Ⅰ

 初期のRef.1665 シードゥエラーは、1967年にごく少数が製作された。公式記録こそ残されていないものの、その総数は100本強と考えられている。

 これら初期モデルは、1971〜1977年に製造された量産型の“ダブルレッド・シードゥエラー”、1977〜2009年にかけて製造された “ノン・ダブルレッド”とは決定的に異なっている。

 もっとも大きな違いは、ケースバックに刻まれた “PATENT PENDING(特許申請中)” の文字だ。ロレックスは当時、ヘリウムエスケープバルブの特許を申請していたものの、まだ正式な承認を受けていなかったのである。

 また、これらの時計のケースバックには、大ぶりで印象的なロレックスの王冠マークが刻まれていたことも特筆すべき点である。

ダブルレッド・ロレックス〈シードゥエラー〉Ref.1665

1967年製、Mark I。ケースバックには “PATENT PENDING(特許申請中)” の刻印が施されている。

 PATENT PENDING期のシードゥエラーはコレクターから“Mark I(マークワン)”と呼ばれる。ダイヤルには“Sea-Dweller”と“Submariner 2000”という2行の文字が並んでいた。いずれも赤で印字されていたため、のちに “ダブルレッド・シードゥエラー” と呼ばれるようになった。

 しかし、赤い塗料が下地の白い塗料と反応したことにより、当時の赤の2行は、現在ではいずれも淡いピンク色へと退色している。

Mark I ダブルレッド・シードゥエラー。

  ちなみに、この時期には “シングルレッド” と呼ばれる非常に希少な仕様も存在していた。これは「Sea-Dweller」の文字のみが赤で印字されており、すべてのシードゥエラーの中で唯一、深度表記が1,650フィート/500メートルとなっている点で他と異なる。

 一般的な説では、この浅い防水表記が示すように、これらの個体は“Mark Iダブルレッド” に先行する実験モデルだったのではないかと考えられている。

 その根拠として、裏蓋の外周にはロレックスの王冠マークがなく、代わりに“PATENT PENDING(特許申請中)”の文字が刻まれている点が挙げられる。

 これらの時計は市販されることはなく、ロレックスがプロダイバーに配布し、フィードバックを得るためのテスト用プロトタイプであったと信じられている。

500m防水を誇る、希少な“シングルレッド”・シードゥエラー。

 〈シードゥエラー〉Mark Ⅱ&Ⅲ

  “Mark II ダブルレッド・シードゥエラー”は1968年に発売されたモデルで、この時期にはヘリウムエスケープバルブの特許が正式に取得されていたため、ケースバックには “ROLEX PATENT OYSTER GAS ESCAPE VALVE”と刻まれている。なお、多くの個体は初期の薄型ケースを引き続き採用していた。

 Mark II ダブルレッドは、従来同様に赤文字2行を備えているが、最大の識別ポイントは“スミッジ・クラウン(smudge crown)”と呼ばれる王冠マークである。名前が示す通り、王冠の形がやや丸く、輪郭が曖昧で“にじんだ”ように見えるのが特徴だ。

 また、この時期のダイヤルに使用されたラッカーは、紫外線と反応して経年で黒から“チョコレート色”へと変化することが多く、そのため “チョコレートダイヤル Mark II”として特別視されている。とくにこの独特のチョコレート色へ美しく変化した個体は、“PATENT PENDING”モデルに次いでオークションで高値をつける傾向にある。

ロレックス シードゥエラー Ref.1665 Mk II。ケースバックには“ROLEX PATENT OYSTER GAS ESCAPE VALVE”の文字が刻まれている(Image:hqmilton.com)

Mark IIダイヤルを見分ける手がかりとして、“Dweller”のDとWが接しており、さらに“Rolex”のLが王冠マークの中央と正確に一直線に並ぶ点が挙げられる。

  “Mark IIIダブルレッド・シードゥエラー”はMark IIよりもさらに少量しか製造されなかったと考えられており、非常に細い王冠マーク、赤文字2行、“ROLEX PATENT”刻印のケースバックを特徴とする。

 Mark IIIはフォントがシャープで字間も整っているため、非常に魅力的な仕様とされる。最も識別しやすい特徴は、12時位置のスリムな王冠マークで、その最初と最後の突起が1分目と59分目の目盛りとほぼ一直線に揃う点である。この時期にはシードゥエラー全体がロレックス独自の厚いケースデザインへ移行していた。

ロレックス シードゥエラー Ref.1665 Mk III。ケースバックには “ROLEX PATENT”と刻まれている(Image:amsterdamvintagewatches.com)

  Mark IからMark IIIまでのダブルレッド・シードゥエラーは、Comex仕様を除くシードゥエラーの中でも最もコレクタブルな存在であり、家のどこかから“PATENT PENDING”モデルが見つかるというのは、伯父のガレージで手つかずの1957年式ポルシェ356スピードスターを発見するのに匹敵する出来事と言える。

 さまざまなシードゥエラーの見分け方

 シングルレッドを除くと、ロレックスは合計で8種類のダブルレッド・シードゥエラーを製造した。ごく少数しか作られず、いまではほぼ発見不可能なものもあれば、通常の商業生産ラインで製造されたものもある。これらの違いを判別する作業は、まるで「間違い探し」のゲームのようだ。主な識別ポイントは、ダイヤルの王冠マークと文字の違いに集中する。 

 以下に、どのヴィンテージ・ダブルレッドを見ているのかを即座に判断するための簡単なガイドを示そう。

 ダブルレッド・シードゥエラーの本格的な量産は1971年に始まり、1977年まで続いた。最終型は“Mark IV”と呼ばれるダイヤルを持ち、Ⅰ”Sea-Dweller”と“Submariner 2000”の赤文字は鮮やかだがインクが重すぎず、拡大するとピクセル状に見えるのが特徴だ。

 王冠マークは輪郭が明確で細身だが、突起の広がりはやや大きめで、最初と最後の突起は、それぞれ2分目と58分目の目盛りとほぼ一直線に揃う。

 Mark V、VI、VIIのダイヤルも存在するが、これらは通常サービス用交換ダイヤルに該当し、トリチウムではなくルミノバ仕様のため、コレクター評価としては望ましくない。

 ヴィンテージのロレックス・シードゥエラー、特にMark I〜IIIのダブルレッドを購入する際に強調したいのは、価値の大部分が“ダイヤルそのもの”にあるということだ。だからこそ購入前には細心の注意で確認すべきである。

 また、整備を行う際にも細心の注意が必要だ。私自身、薄型ケースのMark IIダブルレッドのダイヤルを整備中に損傷されたことがある。悲嘆にくれた末、最終的に大幅な損失を出して手放すことになった。

 1977年になると、ロレックスは“ダブルレッド”ダイヤルを廃止し、すべて白文字のRef.1665を製造した。これはコレクターの間で“グレートホワイト”として知られる。

 この時期にも複数のダイヤルバリエーションが存在し、なかでも人気なのがいわゆる“レイルダイヤル”だ。製造期間が比較的短いことから、近年ではグレートホワイトの価値も大きく上昇している。

 またこの時点で、“Submariner 2000”の文字は完全に削除され、サブマリーナーとの差別化が図られている。

ロレックス シードゥエラー Ref.1665 “グレートホワイト”(Image:bobswatches.com)

  1978年になると、ロレックスはサファイアクリスタル、より大型のヘリウムエスケープバルブ、そして4000フィート(1220メートル)への防水性能向上を備えたRef.16660シードゥエラーを発表した。以前のシードゥエラーがキャリバー1575を搭載していたのに対し、Ref.16660ではキャリバー3035が採用されている。

 このムーブメントの最も重要な進化は振動数が19800振動から28800振動へと引き上げられたことで、その結果、耐衝撃性が大きく向上した。このモデルはシードゥエラーの中で最も長く製造され、30年以上にわたり本質的な変更を受けずに存続した。

ロレックス シードゥエラー Ref.16660(Image:bobswatches.com)

 〈ディープシー〉へ、そして復活

  そして2008年、ロレックスはついにシードゥエラーの生産を終了し、その後継としてロレックス〈ディープシー〉を発表した。このモデルは、かつて実現されたことのない12000フィート(3900メートル)という驚異的な防水性能を持つ。

 これは3ピース構造のケースアーキテクチャによって可能となったもので、その中心部には窒素を含有したステンレススチールが使用され、潜水艇ですら押し潰す圧力に耐えうるタイムピースとなっている。

2008年に登場したロレックス〈ディープシー〉は、シードゥエラーを別次元へと進化させたモデル。防水性能は驚異の3990メートルに達する(Image:Bob’s watches)

  もちろん、シードゥエラーも2014年に華々しく復活を果たした。〈シードゥエラー 4000〉Ref.116600が登場し、同時期には新しいロレックス〈ディープシー Dブルー〉もラインナップに加わった。

ロレックス ディープシー Ref.116660 Dブルー ダイヤル。

  とはいえ、疑問は残る。なぜロレックスがこのような時計を作る必要があるのか? 実際のところ、ほとんどのダイバーズウォッチのオーナーが“最も濡れる瞬間”といえば、せいぜいマティーニを4杯目まで飲んだときくらいだろう。

 それでもなお、伝説的なシードゥエラー誕生時の精神に立ち返れば、答えはきわめてシンプルだ。──「それを作ることができるから」である。

※このストーリーは2017年3月17日に初掲載されたものです。

Brand:Rolex
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