Anthony Cleverley: The Art of Bespoke Shoemaking, Ready to Wear
ビスポーク仕立ての最高級既製靴、アンソニー・クレバリーとは?
最高級ビスポークシューズの世界で、その名を知らぬ者はいない「クレバリー」。その工房が、ビスポークに比肩する素材と製法を用い、自社工房で仕立てるレディトゥウェアをラインナップしている。なぜ、いま既製靴なのか。そして「アンソニー・クレバリー」という名に込められたものとは。現在CEOを務めるジョージ・グラスゴー・ジュニア、そしてクレバリーの歴史を知る名靴職人ジョン・カネーラに話を聞いた。
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by Shuntaro Takai. Oct 17, 2026 |
憧れのジョージ・クレバリー
初めてロンドンを訪れたのは19歳の時だった。まず向かったのはピカデリー・サーカス。エロスの像を横目にリージェント・ストリートを抜け、ジャーミン・ストリートへ。この通りは、数多くの老舗シューメイカーが軒を連ねる、靴好きにとっての聖地である。レザーソールと石畳が鳴らすコツコツという小気味よい音に胸が躍ったことを、今でもよく覚えている。
さらに歩いてオールド・ボンド・ストリートへ。そのすぐ脇にあるロイヤル・アーケードに、今回取り上げる「G.J Cleverley & Co. Ltd.」はある。ひっそりと佇む店構えは、その長い歴史を静かに物語っていた。ショーウィンドウに並ぶ靴は、どれも美しく、そして独特だった。思わず呼吸を忘れるほどだった。

▲ロイヤル・アーケードに位置するGeorge Cleverley & Co. Ltd.

▲左:店内の様子。右:2Fにはアトリエが併設されている。
それ以来、クレバリーは私にとって最大の憧れのひとつであり続けている。いつかここでビスポークしたい——そんな思いを抱いてきた。
そのクレバリーの工房が、ビスポークと同じ素材、そして同様の手仕事を駆使して製作するレディトゥウェアをラインナップしているという。それが「アンソニー・クレバリー」だ。そしてそれはロンドンのみならず、日本でも入手できるという。
そこで、現在CEOを務めるジョージ・グラスゴー・ジュニアに話を聞いた。

▲ジョージ・クレバリーCEOのジョージ・グラスゴー・ジュニア。政治経済を学び、一度はニューヨークでファイナンスの仕事に就いた後、2010年から現職。
アンソニー・クレバリーとは何者なのか?
クレバリーには、ふたつの重要な名前がある。ひとつはジョージ・クレバリー。そして、もうひとつがアンソニー・クレバリーだ。アンソニー・クレバリーを知るには、まず叔父であるジョージ・クレバリーについて触れる必要がある。ジョージ・クレバリーは20世紀を代表する英国の靴職人のひとりで、1958年に自身の名を冠したビスポーク工房を構えた。現在もその名は「G.J Cleverley & Co. Ltd.」として受け継がれている。
では、今回焦点を当てるアンソニー・クレバリーとは何なのか。最も簡潔に言えば、現在のGeorge Cleverley & Co.が展開するひとつのレーベルである。
ジョージ・クレバリーとアンソニー・クレバリー。両者の根底にあるのは、最高峰のビスポークシューメイキングで培われてきた技術と美意識だ。
「私たちは、すべての靴を美しく、そして最高の製品にしたいと考えています。私たちは世界で最高になりたいのです」
グラスゴー・ジュニアはそう語る。その言葉を具現化したもののひとつが、今回紹介するアンソニー・クレバリーのレディトゥウェアコレクションである。
3つのスタイルに見る、唯一無二の造形
現在、日本では3モデルが輸入販売されている。まずは、レイジーマンスタイルの「CHURCHILL」。アンソニー・クレバリーを象徴する一足と言っていいだろう。
何より目を奪うのが、工具の「ノミ」のように鋭く、角を立てるように削ぎ落とされたチゼルトウだ。大胆な造形でありながら、決して粗野ではない。穴飾りは一つひとつ端正に抜かれ、ステッチのピッチも極めて細かく整然としている。力強さと繊細さが、一足の中で見事に共存している。
▲「CHURCHILL」 レイジーマンスタイル。靴紐がゴム製のダミーでサイドがエラスティックとなっており、履きやすい。¥594,000
続いて、シングルモンクスタイルの「CHESTERFIELD」。モンクストラップから切り返しへとつながるラインのバランスが美しく、大胆なプレーントウだからこそ、ラストそのものが描くエッジが際立つ。装飾で見せるのではなく、靴そのものの輪郭で見せる。アンソニー・クレバリーのデザインセンスを堪能できるモデルだ。
▲「CHESTERFIELD」モンクストラップ。スラリとしたシルエットの美しさが際立つ。¥594,000
最後が、キャップトウの「BODIE」。こちらは前の2モデルとは異なり、トウに柔らかな丸みを持たせた、より英国らしい佇まいを見せる。一見すると非常にシンプルだ。しかし、だからこそトウからウエスト、ヒールへと続くプロポーションの美しさがよくわかる。
▲「BODIE」オーソドックスなストレートチップ。トウは柔らかな丸みを帯びている。¥594,000
構造そのものが、美しい
アンソニー・クレバリーの魅力は、アッパーだけを見ていてはわからない。靴を裏返してみると、その構造的な美しさがより鮮明になる。最大の見どころは、ベヴェルドウエストだろう。土踏まず部分のコバを削り込み、アッパーに沿うように仕上げることでウエストを大胆に絞り込む。アッパーとコバの境界は吸いつくように整えられ、靴全体に一体感を生み出している。
ヒールは底面に向かって細くなるピッチドヒール。後ろから見た姿にも、既製靴とは思えないほどの繊細さがある。

▲上:アウトソール全面を黒く仕上げた「全カラス」の仕様。左下:手作業で削り込まれたコバ。右下:小ぶりで立体的に仕上げられた踵。
ビスポークと同じ素材、同じ思想
このレディトゥウェアコレクションでは、アッパー、ソール、ライニング、スティフナーに至るまで、ビスポークシューズと同等の素材が用いられているという。実物を見れば、その言葉にも納得する。アッパーの革は、ギラギラと光を反射するのではなく、しっとりと穏やかな煌めきを放つ。触れずとも、その密度まで伝わってくるような独特の質感がある。
製法はハンドソーン・ウェルテッド。機械による大量生産とは一線を画し、熟練した職人の手によって仕立てられていく。
▲左:インソールのロゴ。右:丁寧な吊り込みによって、ラスト本来の立体的なラインが革に写し取られている。
さらに印象的なのが、アッパーの吊り込みである。木型の立体的なプロポーションが、そのまま革へ写し取られたかのように美しい。アッパーを木型に沿わせ、乾燥させる。その過程では数週間にわたり木型と一体化させておくという。時間をかけて革に形を記憶させるからこそ、この破綻のない輪郭が生まれる。
失われかけたアンソニーのラスト
そして、この靴の美しさを決定づけているのが木型である。アンソニー・クレバリーのラストには、少々ドラマチックな物語がある。なぜなら、そのオリジナルは一度、歴史の中に埋もれかけたからだ。それを現代へとつないだのが、ジョージ・グラスゴー・シニアと、ジョン・カネーラだった。グラスゴー・シニアが保管していた資料やオリジナルの木型などをもとに、長年培ってきた経験と知識を結集し、アンソニー・クレバリー独特の造形を現代へ蘇らせた。
そのデザイン思想について、グラスゴー・ジュニアはこう語る。
「歴史と独自性です。我々は長年の経験と、受け継がれてきた資料に基づいてデザインしています。デザインと履き心地はともに、靴を完璧にするために非常に重要です」
孤高の靴職人、アンソニー・クレバリー
では、その名の由来となったアンソニー・クレバリー本人は、どのような人物だったのだろうか。アンソニーはジョージ・クレバリーの甥であり、自身もまたビスポーク靴の職人だった。
1930年頃に生まれ、1985年頃に亡くなったようだが、そのキャリアには、今なお謎が多い。わかっている範囲では、英国のビスポークシューメイカー、ニコラス・トゥーシェクにジョージとともに長く在籍していたという。当時はクレバリー家の人間が複数、トゥーシェクで働いていたようだ。
やがてジョージが独立し、その後アンソニーも独立する。
「彼は特にパリで顧客層を築きました。常連客にはアレクシス・ド・レデ男爵や、ファッションデザイナーのユベール・ド・ジバンシィが名を連ねていました」
グラスゴー・ジュニアはそう語る。
アンソニーはウエストエンドに華やかな店舗を構えるのではなく、ロンドン北部のエンフィールドを拠点として仕事をしていた。顧客のもとへ赴き、一人で靴を作る。極めて寡黙で、真面目な人物だったという。
アンソニーは下肢に障がいを抱え、履ける靴の種類にも制約があった。それでも靴への情熱を失うことなく、生涯にわたり靴職人として仕事を続けた。その美への執着が、あの大胆で彫刻的なチゼルトウに宿っているように思えてならない。

▲アレクシス・ド・レデ男爵がオーダーしたタッセルローファーを元に復刻された「The De Rede」(日本未入荷, 参考商品)
アンソニーの仕事を現代へつないだ男
アンソニー・クレバリーを語るうえで、もう一人欠かすことのできない人物がいる。ジョン・カネーラだ。

▲靴職人ジョン・カネーラ。
1940年6月6日生まれ。15歳でポールセンスコーンの徒弟となり、やがてヘッドカッターを務めた。その後、同社がジャーミン・ストリートのニュー & リングウッドに買収されると、靴事業の拡大を担い、パートナーとなった。在籍中に知り合ったのが、ジョージ・クレバリーだった。
「彼は、私たちの店で自分の顧客に会ってもよいかと尋ねてきたのです。私たちは親しい友人になりました。彼は年齢を重ねていたため、自分の顧客の面倒を私に見てほしいと頼みました」
1991年、ジョージ・クレバリーが逝去。その後、カネーラとジョージ・グラスゴー・シニアは、オールド・ボンド・ストリートのすぐそばにあるロイヤル・アーケードに新たな拠点を構え、「George Cleverley & Co. Ltd.」を再び立ち上げた。

▲ロイヤル・アーケードと「George Cleverley & Co. Ltd.」
屋根裏に残されていたアンソニーの仕事
転機が訪れたのは1994年だった。
「アンソニー・クレバリーの姪から連絡を受けました。アンソニーが亡くなり、さまざまな道具、革、作りかけの靴などが遺されていて、それらを購入しないかと尋ねられたのです」
アンソニーは、自宅の屋根裏に設けた仕事場で、たった一人で靴を作っていたという。
「彼はそこで仕事をし、顧客から求められた場所へ出向いていました。そのため、私たちはアンソニー・クレバリーの仕事をGeorge Cleverley & Co.へ統合したのです」
では、アンソニーの木型には、どのような特徴があったのだろう。
「最大の特徴は、非常に鋭いチゼルトウです。靴そのものも軽量でスリムでした。あの鋭い輪郭は、木型を注意深く形作ることによって生まれます」
ただし、現在のレディトゥウェアのラストが、アンソニーのビスポークラストそのものというわけではない。ここは重要なポイントだ。
「アンソニー・クレバリーは、それぞれ個々の顧客のためだけに靴を作っており、レディトゥウェアは一足も製作していませんでした」
カネーラは続ける。
「アンソニー・クレバリーの哲学は、『まず靴は見た目がよく、そして適切にフィットしなければならない』というものでした。それに対して私の哲学は、『靴が適切にフィットし、そして可能な限り見た目もよくあるべきだ』というものです」
そして、こう結論づける。
「レディトゥウェアの木型は、オリジナルのアンソニー・クレバリーの形をベースにはしています。しかし、まったく同じものにはなり得ません」
単純な復刻ではない。アンソニーが遺した造形と美意識を受け継ぎながら、現代のレディトゥウェアとして成立させる。その答えが、現在のアンソニー・クレバリーなのである。
70年、靴を作り続けて
最後に、カネーラにとって靴作りとは何なのかを尋ねた。
「70年以上にわたって靴を作ってきた私は、仕事を楽しんでいる幸運な人間だと考えています。靴作りを通して世界中を訪れ、とても興味深い人々に出会ってきました」
そして今、長いキャリアの終盤に差しかかった彼が楽しんでいることがある。
「晩年には、それはより趣味のようなものになりました。そして今は、その技術を次の世代へ受け継いでいくことを楽しんでいます」
よく「良い靴は、良い場所へ連れて行ってくれる」という。
70年以上にわたって靴を作り、靴とともに世界を巡り、数え切れないほどの人々と出会ってきたカネーラの人生は、まさにその言葉を体現しているように思える。
なぜ、レディトゥウェアなのか
ここまで読んで、「そこまでビスポークと同じものを追求するのなら、最初からビスポークすればいいのではないか」と思う人もいるかもしれない。
一理ある。ロイヤル・アーケードへ足を運び、自分だけの一足を注文する。その喜びは格別だろう。しかし、レディトゥウェアにはレディトゥウェアならではの魅力がある。
実は私は幼少期、ひどい扁平足だった。オーダーメイドのインソールをスニーカーに入れていたほどである。今では土踏まずにアーチができたものの、自分の足型が美しいとは到底思えない。コピー用紙の上に足を置き、鉛筆で輪郭をなぞってみる。もちろん、それがそのまま完成する靴の形になるわけではない。それでも紙の上に現れた、決して細くすらりとはしていない楕円形を見ると、ビスポークには足が——もとい、手が出ないのである。
だからこそ、アンソニー・クレバリーの美しいプロポーションがあらかじめ完成され、その形を自分の足で履くことのできるレディトゥウェアは、私にとって非常に魅力的な選択肢になる。その場で履き、その姿を確認し、そのまま持ち帰ることができる。それもまた、レディトゥウェアならではの贅沢なのだ。
もちろん、その一足を入り口として、いつの日かロイヤル・アーケードでビスポークを注文するのもいい。19歳の私がショーウィンドウ越しに見つめたクレバリーの靴。その世界を、日本にいながら体験できる。レディトゥウェアであれ、ビスポークであれ、ぜひ一度クレバリーの靴に触れてみてほしい。
構造的に美しく、そして審美的にも美しい。アンソニー・クレバリーの靴には、英国靴という言葉だけでは括り切れない、唯一無二の造形美が宿っている。
Brands:Anthony Cleverley
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