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アポロ13号、オメガ、そしてシルバー・スヌーピー賞

Opinion

1969年、人類初の月面着陸を成功へ導いた〈スピードマスター〉。しかし、その真価が最も試されたのは、華々しい成功の瞬間ではなく、1970年のアポロ13号で起きた絶体絶命の危機だった。電力を失い、月面着陸を断念した宇宙船を地球へ帰還させるため、乗組員と地上管制は限られた手段のなかで決断を迫られた。そのとき、重要な役割を果たしたのが、ジャック・スワイガートの腕にあったオメガ〈スピードマスター〉である。その功績は、後にオメガへNASA最高の栄誉のひとつである「シルバー・スヌーピー賞」をもたらした。本稿では、アポロ13号の知られざる物語と、時計史に刻まれた〈スピードマスター〉の伝説を振り返る。

Opinion

Apollo 13, Omega & the Silver Snoopy Award

アポロ13号、オメガ、そしてシルバー・スヌーピー賞

1969年、人類初の月面着陸を成功へ導いた〈スピードマスター〉。しかし、その真価が最も試されたのは、華々しい成功の瞬間ではなく、1970年のアポロ13号で起きた絶体絶命の危機だった。電力を失い、月面着陸を断念した宇宙船を地球へ帰還させるため、乗組員と地上管制は限られた手段のなかで決断を迫られた。そのとき、重要な役割を果たしたのが、ジャック・スワイガートの腕にあったオメガ〈スピードマスター〉である。その功績は、後にオメガへNASA最高の栄誉のひとつである「シルバー・スヌーピー賞」をもたらした。本稿では、アポロ13号の知られざる物語と、時計史に刻まれた〈スピードマスター〉の伝説を振り返る。

by Sumit Nag.. Mar 31, 2020

NASAとSFA=宇宙飛行意識向上プログラム

 1958年7月29日にNASA(アメリカ航空宇宙局)が設立された。宇宙開発には未知の課題が次々と現れ、それを乗り越えるためには多くの人々の創意工夫と努力が必要になる。そこでNASAは、宇宙開発に大きく貢献した人々を称えるため、1963年に“スペース・フライト・アウェアネス・プログラム(SFA=宇宙飛行意識向上プログラム)”を創設した。

 NASAによれば、このプログラムの目的は、宇宙飛行に関わるスタッフが、自分たちの仕事が、どれほど重要かを常に意識することだという。 これまでに何千人もの関係者が、その功績を認められ表彰されてきた。

 SFAは、マーキュリー計画やジェミニ計画の流れを受けて始まり、その後のアポロ計画、スカイラブ計画、アポロ・ソユーズ計画などの成功にも大きく貢献した。 このプログラムにはさまざまな賞が設けられている。たとえば、フライトセーフティ賞やマネジメント賞、トレイルブレイザー賞などがある。

 その中でも時計愛好家の間で有名なのが、“シルバー・スヌーピー賞”である。これはNASAの宇宙飛行士たちが、自らの安全やミッションに特別な貢献をした個人や企業に贈る名誉賞であり、オメガが受賞したことで時計界でも広く知られるようになった。

シルバー・スヌーピー賞

シルバー・スヌーピー賞のラペルピン(Image: NASA)

 もちろん、シルバー・スヌーピー賞が人気の理由は、そのデザインにチャールズ・M・シュルツの漫画『ピーナッツ』でおなじみのスヌーピーが採用されているからである。 受賞すると感謝状と表彰状に加えて、実際に宇宙へ持ち込まれたスターリングシルバー製のラペルピンが贈られる。すべてはNASAの宇宙飛行士によって署名され、受賞者へ直接渡される。

 SFAは、このシルバー・スヌーピー賞こそが同プログラムの理念を最もよく表す賞であるとしている。受賞には厳格な基準が設けられており、SFAの資料によれば、

 「航空宇宙プログラムに従事する人員のうち、受賞できるのは1%未満であり、この賞を受けることは特別な栄誉である」と説明されている。

 NASAの記録によると、これまでに授与されたシルバー・スヌーピー賞は約1万4000件にのぼる。受賞者リストの中に、1970年10月5日付で、宇宙飛行士トーマス・P・スタッフォードがオメガのハンス・ウィドマーにシルバー・スヌーピー賞を授与したという記録が残されている。 その記録こそが、オメガとシルバー・スヌーピー賞との深い結びつきの始まりであった。

NASAとオメガ

 時計ファンであれば、NASAとオメガの関係について一度は耳にしたことがあるだろう。その始まりを簡単に振り返ってみよう。

 アポロ計画に参加する宇宙飛行士へ信頼性の高い装備を支給するため、NASAは時計メーカー各社に対して「提案依頼書(RFP)」および「見積依頼書(RFQ)」を送付した。これは当時の飛行乗員運用部門副部長だったドナルド・スレイトンによるもので、厳格な性能条件が記された仕様書とともに各社へ送られた。

 その候補リストには、エルジン、ベンラス、ハミルトン、ミドー、ルシアン・ピカール、オメガ、ブローバ、ロレックス、ロンジン、グリュエンの10ブランドが名を連ねていた。ところが、実際に応じたのはわずか4社。ロレックス、ロンジン、ハミルトン、そしてオメガだけだった。

 さらにハミルトンの提出した時計は、腕時計ではなくデッキウォッチ(航海用携帯時計)だったため、条件を満たしていないとして早々に選考から外されてしまう。その後、NASAの試験技術者ジム・レーガンが時計の性能を検証するための過酷な試験プログラムを作成した。

 テストに使用された時計は、激しい振動、高温、低温、高湿度、高圧、真空環境など、極限状態を再現した数々の状況にさらされた。これらの試験は宇宙空間で使用される機器全般に適用されるもので、時計だけでなくカメラやその他の装備品も同様の条件でテストされた。

 そして最終的にテストを生き残ったのがオメガのスピードマスターであった。こうしてスピードマスターは、“すべての有人宇宙飛行ミッションに適格(Flight Qualified for all Manned Space Missions)”との認定を受け、後に人類初の月面着陸に使われた伝説的な時計となったのである。

アポロ17号の宇宙飛行士、ユージン(ジーン)・サーナンが愛用した〈スピードマスター〉ST 105.003(Image © Revolution)

 1965年3月19日付のNASAの認定文書には、次のような記述が残されている。

 “宇宙飛行士による評価の結果、精度、信頼性、視認性、そして操作性の面で、オメガのクロノグラフが他の2ブランドを上回ると全員の意見が一致した”

 さらにNASAは、宇宙飛行用装備としての有用性を高めるため、スピードマスターに以下の改良を加えることを提案していた。

・固定式ベゼルを、24時間表示の回転ベゼルに変更すること。

・経過時間を示すインダイヤルに夜光表示を追加すること。

 しかし、1969年の月面着陸計画に向けた準備は慌ただしく進められており、これらの改良が実現することはなかった。つまり、NASAが宇宙飛行士に支給したスピードマスターは、基本的に市販品そのままの作りだったのである。

 〈スピードマスター〉ST 105.003に搭載されたCal.321をはじめ、その後継となる〈スピードマスター〉ST 105.012や〈スピードマスター〉ST 145.012も同様であった。これらのモデルは、1972年のアポロ17号まで続いたアポロ計画を通じて使用されたが、“宇宙用”として大幅に改造されることはなかった。 人類を月へ送り届けた時計は、ほとんど標準仕様に近いスピードマスターだったのである。

アポロ17号の宇宙飛行士、ユージン(ジーン)・サーナンの〈スピードマスター ST 105.003〉(Image © Revolution)

アポロ17号の宇宙飛行士、ユージン(ジーン)・サーナンの〈スピードマスター ST 105.003〉のケース側面に刻まれたNASAの資産管理番号(Image © Revolution)

「ヒューストン、問題が発生した」

 昨年、私たちはアポロ11号の月面着陸50周年を祝った。1969年7月20日、人類は初めて月面に降り立ち、その腕には初めて月へ到達した腕時計である〈スピードマスター〉Ref. ST105.012が巻かれていた。バズ・オルドリンが月着陸船(LM)から月面へ降り立った際、この時計は宇宙服の上から装着されていたのである。

 その後のアポロ12号では、船長チャールズ(ピート)・コンラッド・ジュニア、司令船パイロットのリチャード・F・ゴードン・ジュニア、そして月着陸船パイロットのアラン・L・ビーンが、人類史上2組目となる月往復飛行を成功させた。 アポロ12号の記憶はやや薄れつつあるかもしれない。しかし、その次のアポロ13号については、多くの人が今なお鮮明に覚えているだろう。

 アポロ13号は1970年4月11日19時13分(GMT)、ケネディ宇宙センター39A発射台から打ち上げられた。目的地は月のフラ・マウロ高地。 搭乗していたのは船長ジム・ラヴェル、司令船パイロットのジャック・スワイガート、そして月着陸船パイロットのフレッド・ヘイズの3名だった。

 しかし、このミッションは打ち上げ直後から不穏な兆候に見舞われていた。そして飛行開始から56時間後、宇宙船内で爆発事故が発生。電気系統に深刻な障害が生じたことで、ジャック・スワイガートは後に語り継がれる有名な言葉を地球へ送った。

「ヒューストン、問題が発生した(Houston, we’ve had a problem)」

 映画『アポロ13』(1995年)の影響で「Houston, we have a problem」として知られているが、実際の交信記録では「We’ve had a problem」が使われている。

 状況を確認するため窓の外を見たジム・ラヴェルは、宇宙空間へガスが噴き出しているのを目撃した。酸素タンクのひとつは直ちに残量ゼロを示し、その直後には燃料電池2基も停止。宇宙船の電力の大部分が失われてしまった。こうしてアポロ13号は、月着陸どころか乗組員の生還すら危ぶまれる事態に見舞われたのである。

切り離し後に確認された、深刻な損傷を負ったアポロ13号のサービスモジュール。1970年4月17日撮影(Image: NASA)

地球への帰還中に撮影されたアポロ13号の月着陸船(LM)内部。乗組員の生存を支えるため、地上管制の指示で急ごしらえされた装置が見える(Image: NASA)

▲アポロ13号帰還の最終局面に臨むミッションコントロール。乗組員の生還を目指し、管制官たちが必死の対応にあたった(Image: NASA)

 ミッションに関わる誰もが悟った。月面探査はもはや不可能であり、最優先事項はアポロ13号の乗組員を無事に地球へ帰還させることだと。NASAが立てた作戦は、月の重力を利用して宇宙船を大きくターンさせ、その勢いで地球へ戻すというものだった。

 しかし、話はそう簡単ではなかった。宇宙船の地球再突入角度が問題だったのである。角度が深すぎれば、大気圏突入時に機体が燃え尽きてしまう。一方で浅すぎれば、大気圏に弾かれてしまい、乗組員は永遠に宇宙空間を漂うことになる。

 時計史、そして映画史から見て、このミッションで最も有名な場面が、オメガのスピードマスターを使って行われた14秒間の軌道修正噴射である。一般にはこの14秒間の噴射がドラマチックに語られることが多いが、実際にはミッション全体で5回の噴射が行われており、そのうち4回は事故発生後のものであった。それらはすべて乗組員の生還に欠かせない操作だった。

 エピソードによれば、乗組員はジャック・スワイガートのオメガ スピードマスターを計時に使用し、月着陸船のエンジンを手動で14秒間噴射した。この軌道修正によって宇宙船は正しいコースへ戻り、地球の大気圏へ再突入することができたのである。

 こうしてスピードマスターは単なる計時機器ではなく、アポロ13号生還のキーとなった重要なツールとして歴史に名を刻んだ。その功績こそが、後にオメガがNASAからシルバー・スヌーピー賞を授与される理由となったのである。

南太平洋への着水後、救助艦USSイオー・ジマに乗り込むアポロ13号の乗組員たち。左からフレッド・ヘイズ、ジム・ラヴェル、ジャック・スワイガート。1970年4月17日(Image: NASA.gov)

オメガとシルバー・スヌーピー賞

 アポロ13号の危機的状況において、スピードマスターが果たした重要な役割、そして宇宙開発の歴史に残る計時機器としての功績を称え、NASAはオメガにシルバー・スヌーピー賞を授与した。 表彰状には、アポロ13号の乗組員であるジム・ラヴェル、ジャック・スワイガート、フレッド・ヘイズの3人全員の署名が記されている。

 オメガは、この栄誉あるシルバー・スヌーピー賞の受賞を記念し、これまでいくつかの特別なスピードマスターを発表してきた。 その第一弾となったのが、2003年に発売された〈スピードマスター スヌーピーアワードエディション〉Ref. PIC 3578.51.00である。

 このモデルは、後に続くスヌーピー・エディションの原点ともいえる存在であり、現在ではコレクターズアイテムとして高い人気を誇っている。

2003年に発表された記念モデル〈スピードマスター スヌーピーアワードエディション〉Ref. PIC 3578.51.00(Image: omegawatches.com)

  〈スヌーピーアワードエディション〉は、青い宇宙服を着たスヌーピーをブラックダイヤル上に配したモデルで、限定数は5441本。これはアポロ13号のミッション継続時間である142時間54分41秒にちなんだ数字である。当時の定価を大きく上回り、現在ではおおむね1万2000〜1万5000ポンドで取引されている。

 その後を追うのが、2015年に発表されたホワイトダイヤルの〈スピードマスター シルバー・スヌーピー・アワード〉である。こちらは1970本限定で製造され、すでに1万ポンド前後の価格で取引される人気モデルとなっている。

 しかし、この系譜の中でも特別な存在といえるのが、2015年発表の〈スピードマスターアポロ13号 45周年記念 スヌーピー アワード〉Ref. 311.32.42.30.04.003だ。近年登場したコレクターズウォッチのなかでも屈指の人気を誇るこのモデルは、スヌーピーを取り入れた遊び心あふれるデザインと、アポロ13号との歴史的な結び付きによって高い評価を得ている。

 現在では中古市場で定価の4倍を大きく超える価格で取引されることも珍しくなく、現代のスピードマスターを代表するアイコンのひとつとなっている。

オメガ〈スピードマスターアポロ13号 45周年記念 スヌーピー アワード〉(© Revolution)

  このモデルでは、9時位置のスモールセコンドに夜光仕様のスヌーピーが描かれ、その周囲には有名な言葉、

“FAILURE IS NOT AN OPTION
(失敗は選択肢にない)

 が記されている。 さらに文字盤外周の秒目盛りには、

“WHAT COULD YOU DO IN 14 SECONDS?
(14秒で何ができるだろうか?)

 というメッセージが刻まれている。これは、アポロ13号の危機的状況において、ジャック・スワイガートが自身のスピードマスターを使って計時した14秒間の噴射へのオマージュである。文字盤側の見どころとしては、夜光塗料を塗ったタキメータースケール付きのセラミックベゼルだろう。

 一方、ケースバックにも特別な演出が施されている。NASAからオメガへ授与されたシルバー・スヌーピー賞のラペルピンをモチーフに、手彫りのスヌーピー像を深いブルーのエナメル背景の上に配置しているのである。

 オメガのCEOであるレイナルド・アッシェリマンは、かつてRevolutionの取材に対し、このモデルについて次のように語っている。

「それ自体が目的ではありません。しかし、これらの時計がどれほど求められているか、中古市場でどのような価格で取引されているかを見ると、私たちが正しい時計づくりをしているのだと感じます。しかも、その価格は市場操作によるものではなく、純粋に購入者の需要によって形成されているのです」

 前述のとおり、この〈スピードマスターアポロ13号 45周年記念 スヌーピー アワードト〉Ref. 311.32.42.30.04.003は、アポロ13号ミッション45周年を記念して製作されたモデルであった。

 そして2020年、アポロ13号打ち上げから50周年を迎えるにあたり、世界が困難な状況にあったにもかかわらず、多くの時計愛好家はオメガがどのような記念モデルを発表するのか、大きな期待を寄せているのである。

Brands:Omega

※この記事は2020年3月に作成されたものです。

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