マルケトリは、異なる素材の薄片を組み合わせて模様や絵を作る装飾技法だ。その表現力は驚くほど高い。知られざるミクロの技を解説する。
Understanding Métiers d’Arts: Marquetry
メティエ・ダールを理解する:ミクロの技―マルケトリ編
マルケトリは、異なる素材の薄片を組み合わせて模様や絵を作る装飾技法だ。その表現力は驚くほど高い。知られざるミクロの技を解説する。
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by Cheryl Chia. Mar 6, 2024 |
マルケトリ:幻影の芸術
エナメルやエンジンターン(ギヨシェ)など、時計製作における装飾技術の中でも、ひときわ異彩を放つ工芸がミニアチュール・マルケトリである。ほかの装飾技法とは異なり、マルケトリはごく少数の独立した職人によってのみ実践されている。
極めて小さく、精密に切り出されたベニヤ、革、あるいはその他の素材の薄片を緻密に配置し、平らな表面の上に嵌め込んでいくことで、精巧な図柄を作り上げる。
マルケトリの起源は、数千年前のエジプト、ギリシャ、ローマ文明にまでさかのぼる象嵌(インレイ)の技術にある。マルケトリが薄い素材のスライスを切り出して支持体の上に組み合わせる技法であるのに対し、インレイは表面に窪みを彫り込み、そこに別の素材を埋め込む技法である。
この工芸は歴史の中で何度も復興を遂げてきたが、とりわけ重要なのが15世紀のイタリア・ルネサンス期である。この時代には“インタルシア”と呼ばれる技法として発展した。これは木材のブロックや断片を切り出し、形を整え、組み合わせることで奥行きの錯覚を生み出すもので、異なる高さや輪郭を巧みに取り入れることで、より立体的な表現となった。
そのため、インタルシアの職人(インタルシアトーリ)は、遠近法の達人として知られていた。この技法は世俗的な装飾品から宗教的な工芸品に至るまで広く用いられ、三次元的デザインを生み出していたのである。

フィレンツェの博学者であり、美術史家の父と見なされるジョルジョ・ヴァザーリは、インタルシアを「絵画の模倣」にすぎず、「技術よりも忍耐を要するもの」として有名な言葉で否定した。
しかし、平面に顔料を塗布していく絵画とは異なり、インタルシアやマルケトリは、さまざまな木材を精密に切り出し、組み合わせていくことで、統一された構図を作り上げる芸術である。職人は木材の木目や色合いといった特性を読み取りながら、それを生かす木工技術を習得しなければならない。
木材マルケトリの技法は、16〜17世紀のフランドル地方でいっそう高度なものになった。その精緻さを飛躍的に高めた発明が、糸鋸(フレットソー)である。これは細い鋼線に細かな歯を刻んだ刃に張力をかけ、複雑な曲線を切り出すことを可能にした道具だった。17世紀後半になると、フランスはヨーロッパで最も裕福な国となり、マルケトリは黄金期を迎えた。その中心人物がアンドレ=シャルル・ブールである。
歴史上もっとも偉大なマルケトリ職人の一人とされるブールは、ルイ14世の宮廷家具師として仕え、マルケトリを芸術の域へと高めた。
彼の作品は「ブール様式(ブール・ワーク)」と呼ばれ、木材、鼈甲、さらには銅、青銅、真鍮、ピューターなどの金属を組み合わせ、アラベスクや植物文様の精緻な装飾を生み出した。
ブールの革新は素材だけにとどまらず、独自の技法にも及んだ。ベニヤ板を重ねてブロック状にし、それを糸鋸で切り抜くことで、互いに反転した対照的な模様をもつ二枚のシートを作り出したのである。彼の作品は家具にとどまらず、時計ケースや気圧計など、さまざまな計時器の装飾にも用いられた。
20世紀に入ると、大量生産とモダンデザインの影響により、マルケトリを含む多くの装飾工芸は一時的に衰退した。しかし世紀後半になると、伝統的な手工芸への評価が再び高まる。アーティストやデザイナーたちは、現代の文脈の中でマルケトリを取り入れる新しい方法を模索した。
とりわけ時計製作の世界では、ミニアチュール・マルケトリが独自の分野を築くことになった。時計の文字盤は、極小の素材片を精密に切り出し、配置するためのキャンバスとなり、時間を示すという実用的な機能を超えて、腕に着ける芸術作品へとなっていった。
レーザー技術などの進歩によって、ベニヤの極小パーツをかつてない精度で切り出すことが可能となり、マルケトリは広く一般化しつつある。しかしこの工芸の本質的価値は、依然として手作業にある。多くの装飾技術が機械化によって人の手から離れつつある今日においても、この技術に意味を与えているのは、職人たちの技量、献身、そして芸術性なのである。
木製マルケトリ職人と傑作
懐中時計や腕時計にマルケトリが導入されたのは、比較的最近のことである。今日ではコレクターの間でとても魅力的な装飾とされているが、その誕生はある意味で偶然の産物だった。
もともとパテック フィリップは、ある顧客のための特別なプレゼンテーションボックスを制作するため、マルケトリ職人に依頼を出していた。完成した作品に感銘を受けたパテックは、その職人にミニアチュアのスケールで同じ技術を応用してみてはどうかと提案し、彼は懐中時計の文字盤を制作することになった。
こうして誕生したのが、木製マルケトリで装飾された初の時計文字盤である〈ブラック・クラウンド・クレインズ・オブ・ケニア〉懐中時計Ref. 982/115で、2008年のことである。続いて2年後には、〈ロイヤル・タイガー〉腕時計Ref. 5077Pが発表された。
この職人こそ、数々の受賞歴をもつマルケトリ職人ジェローム・ブテコンである。彼はサント=クロワに拠点を置き、宝石箱やオルゴール、シガーボックスの制作を専門とするフィリップ・モンティ社で活動していた。
やがて他のブランドもこの技法に注目するようになり、カルティエやジャガー・ルクルトといったブランドが彼に文字盤装飾を依頼するようになる。これは、消滅の危機にあったメティエ・ダールを復興させようという動きの一環でもあった。
ヴァザーリがインタルシアを「絵画の模倣」にすぎないと批判したのとは対照的に、ブテコンのマルケトリが驚異的なのは、その自然主義的で絵画的な表現にある。彼の代表作のひとつが、2017年にニューヨークで開催されたグランド・エキシビションのために制作されたパテック フィリップ〈ポートレート・オブ・アン・アメリカン・インディアン〉Ref. 995/107Gである。
この文字盤には、正装をまとったネイティブアメリカンの族長の肖像が、精緻なマルケトリで表現されている。制作には304個の微小な木片と、20種類の木材から切り出された60種類の象嵌パーツが用いられた。
さらに彼はその限界を押し広げ続けている。昨年、日本で開催されたグランド・エキシビションのために制作された〈ポートレート・オブ・ア・サムライ〉Ref. 995/131G-001は、彼のこれまでで最も複雑な文字盤作品である。鎧をまとった侍の姿が、53種類の木材から選ばれた1,000個もの木片によって描かれている。

▲ パテック フィリップ〈レオパード〉懐中時計Ref. 995/137J-001
もうひとつ注目すべき作品が、パテック フィリップ〈レオパード〉Ref. 995/137J-001である。エナメルとマルケトリを組み合わせて制作された傑作で、暗闇の中から姿を現すヒョウが描かれている。
ヒョウの姿は、363枚の極小ベニヤ片と50の象嵌パーツを組み合わせることで生み出されており、21種類の木材が用いられている。色彩、質感、木目の異なる木材を巧みに組み合わせることで、その生命感が表現されている。
現在、木製マルケトリを専門とするもうひとりの独立職人がバスティアン・シュヴァリエである。彼はジェローム・ブテコンのもとで技術を磨き、サント=クロワで17年間にわたり独立して活動している。
彼の仕事は当初、著名なオートマタ製作者フランソワ・ジュノーのためのオルゴールや、ヴィアネイ・ハルターのウォッチワインダーボックスの制作から始まった。その後、文字盤制作へと活動の幅を広げ、パルミジャーニ・フルリエやヴァシュロン・コンスタンタン、ルイ・エラールといったブランドに技術を提供している。
シュヴァリエは2013年にMBCH (Manufacture Bastien Chevalier Horlogerie)という自身のブランドを設立し、顧客の要望に応じて自身がデザインしたマルケトリ文字盤を備えるユニークピースの腕時計を制作している。彼の作品は、抽象的なモチーフと大胆なラインを特徴とし、現代的なマルケトリを追求している。

▲ シュヴァリエの卓越した職人技を示す文字盤のひとつ。サルの頭骨部分は40枚の個別パーツを精密に組み合わせている。
最近、彼は顧客の依頼による抽象的なデザインを備えた、これまでで最も複雑な文字盤のひとつを完成させた。そこではサルの頭骨のモチーフが印象的に表現されている。文字盤全体は120のパーツから構成され、自然色の木材と着色された木材を含む9種類の木材が用いられており、制作には6週間を要したという。
とりわけ頭骨の部分は驚くべき出来栄えで、わずか10mm×12mmの中に40個のパーツを組み合わせて構成されている。シュヴァリエは語る。
「最大の難関は上部の組み合わせ部分でした。色のついたパーツが小さすぎれば継ぎ目が目立ち、大きすぎれば全体の構図がずれてしまう。そうなると、組み合わされた模様のバランスが崩れてしまうのです」

マルケトリの制作工程
マルケトリ職人は、木材を保管するための専用の貯蔵スペースを持っている。多くの場合、それは地下室である。湿度や温度が適切に管理され、木材の反りやひび割れを防ぐよう設計されている。木材は長時間、日光や人工光にさらされると光化学反応を起こし、色が変化してしまう。そのため適切な保管環境を整え、本来の特性を維持しなければならない。
マルケトリ職人は、多種多様な木材をストックとしている。木材のバリエーションの多さが創作の自由度を高め、幅広い視覚効果を生み出すことを可能にする。木材ごとに色合い、木目、質感が異なり、それらを調和させて組み合わせることが職人の腕の見せどころである。
たとえばバスティアン・シュヴァリエは、最も黒い木材であるマダガスカル産エボニーから、最も明るい色合いのマドロナ・バールに至るまで、200種類以上の木材を扱っている。これらは薄くスライスされ、繊細なシートとして用いられる。
「個人的には、天然木と着色木を組み合わせるのが好きです。着色木の方が時間が経っても色の安定性が高く、最初に意図した視覚的な印象を長く保つことができるからです」
そうシュヴァリエは語る。
着色木は染料を用いて作られる。染料を木材の内部まで浸透させ、木材を内側から染め上げる。

▲ 蜂、ハニカム、そして花を描いたマルケトリ文字盤を備えるMBCHのタイムピース。
文字盤の図案が決まり、使用する木材が選ばれると、複雑さの度合いに応じて制作工程が決まる。
まず、トレーシングペーパー上に拡大した線画を描く。これはロットリング社の製図ペン〈ラピッドグラフ〉に、インディアインク(煤を原料とした黒色の顔料インク)を用いて線画を描く。その後、この図面をデジタル処理で必要なサイズに縮小し、紙にプリントアウトする。
続いて、線に触れないよう注意しながらスカルペル(精密ナイフ)でパーツを切り抜く。こうして作られた極小の紙片はベニヤ材の上に配置され、膠(にかわ)で貼り付けられる。これらの紙片は、ベニヤを切り出す際のガイドとなる。
ベニヤは鋸で切り出される。方法は二通りあり、スイッチで作動する電動鋸を用いる場合と、足踏み式のフレームソーを使う場合である。
後者は職人が足でペダルを踏み、刃を上下させる。どちらの方法でもベニヤを手で導きながら形を切り出すが、足踏み式は手と足の動きを同調させる必要があるため、より高度な技術が求められる。職人がベニヤを巧みに操ると、厚さわずか0.2mmの細い刃が精密にベニヤを切り抜いていく。
こうして得られたマルケトリの各パーツは、パズルのように組み合わされ、一時的にスコッチテープで固定される。内部のパーツを外側の構成に合わせてはめ込み、軽く叩いて慎重に収めていく。
その後、マルケトリの裏面をクラフト紙に接着し、さらに細かなパーツを図案の中に象嵌していく。マルケトリ全体が固定されたら、表側にもクラフト紙を貼る。続いて裏面のクリーニング工程に入り、クラフト紙と余分な接着剤をサンディングで除去する。その後、マルケトリ表面を研磨して平滑に整え、接着剤を用いて文字盤ベースに貼り付ける。
最後に表面をサンディングし、紫外線による変色を防ぐためのUV保護ワニスを塗布して仕上げる。
木材を超えて
エルメス、ピアジェ、ハリー・ウィンストン、ヴァン クリーフ&アーペル、ブルガリといったブランドは、木製マルケトリの枠を超え、驚くほど多様な素材を取り入れ始めている。
2018年には、エルメスが時計製作の世界で初めてレザー・マルケトリを導入した。この技術は、まず高品質のレザーを慎重に選定するところから始まる。最終的なデザインに合わせ、さまざまな質感や色が検討される。
選ばれたレザーは約0.5mmの厚さまで薄く漉かれ、その後、必要なサイズと形に切り出される。こうして作られたレザーの小片は、ピンセットでひとつずつ拾い上げられ、文字盤ブランクの上に配置して接着され、動物のモチーフを形作っていく。
一方、ハリー・ウィンストンは2012年、時計製作の世界にフェザー・マルケトリを導入した。紫やターコイズの鮮やかなキジ、シルバーフェザント(ギンケイ)、ホロホロチョウなどの羽を用いて装飾された文字盤が発表されている。
この精緻な工芸は、一時は消滅しかねない状況にあったが、少数の職人たちの努力によって命脈を保ってきた。時計のフェザー・マルケトリ文字盤のほとんど――おそらくすべて――を手がけている唯一の職人は、パリの羽細工職人、ネリー・ソニエである。彼女はこの工芸に30年以上にわたり携わっている。

フェザー・マルケトリでは、鳥の羽毛が持つ特性、色彩、質感を深く理解することが求められる。使用される羽は倫理的に調達され、細心の注意を払って扱われる。
準備工程は多段階にわたる。まず、羽の表面にある天然の保護膜を取り除くため、やさしい石けんと水の混合液で洗浄する。
続いて化学薬品を用いて処理し、羽に細菌が残らないようにする。その後、羽は染色され、さらに硫黄処理を施されたうえで乾燥させられる。
乾燥が終わると、羽は一本ずつ蒸気に当てられ、本来の質感と柔らかさを取り戻す。この段階になって初めて、羽は単なる素材から芸術作品のための素材へと変わり始めるのである。

近年のネリー・ソニエの傑作のひとつが、2021年に発表されたブルガリ〈ディーヴァ ドリーム ピーコック ディスキ〉である。文字盤には二重構造の回転ディスクが備えられ、孔雀の羽を用いたフェザー・マルケトリで巧みに装飾されている。内側のディスクは孔雀の羽に見られる魅惑的な“目玉模様”を再現し、外側のリングには鮮やかなブルーの幾何学パターンが輝く。
この文字盤の制作には約500枚の羽が用いられ、それぞれが色と質感に基づいて慎重に選び、組み合わせられている。羽のマッチングは極めて重要で、すべての羽が自然に溶け合うことで、統一感のある美しい視覚効果が生まれる。もし隣り合う羽の色や質感にわずかな違いがあれば、それはすぐに目につき、デザイン全体の調和を損ねてしまう。

フェザー・マルケトリの制作は非常に手間がかかる。羽を選別し、洗浄した後、小さな重りを載せて平らに整える。さらに金属製のテンプレートを用いて、羽を幾何学的な形に切り出していく。
羽の選別と色合わせ、洗浄を終えると、羽は小さな重りの下で丁寧に押さえられ、完全に平らな状態に整えられる。続く工程では、羽を慎重に接着し、幾何学的な形状へと正確に切り出していく。
文字盤全体の均一性を保つため、ここでは専用に設計された金属製テンプレートが用いられる。このテンプレートによって、それぞれの羽片は所定の形状とサイズに正確に整えられる。
この段階では、羽細工職人の鋭い観察力と細部への注意が不可欠となる。わずかな切り口の粗さやサイズの違いであっても、後に文字盤上で組み合わされた際にはすぐに目立ってしまうからだ。
羽片は文字盤に組み込まれる前に、モックアップ上で一度組み上げられ、色、質感、模様のバランスを確認しながら最終的な配置が決定される。こうして、すべての要素が自然に溶け合った仕上がりが生まれるのである。

多くの文字盤マルケトリ職人が一つの素材を扱い、その技術を極めていくのに対し、ローズ・サヌイユは驚くほど多くの素材を手にかける。彼女は木材、革、麦わら、マザー・オブ・パール、石、羽、葉、卵殻、さらには甲虫の上翅に至るまで、さまざまな素材を巧みに扱い、組み合わせている。
サヌイユはパリのエコール・ブールで家具製作とマルケトリを学んだ後、高級ブランド向けに時計箱やジュエリーボックスを製作するエリー・ブルーに就職した。そこで木材やマザー・オブ・パールなどを用いたマルケトリの技術を磨いていった。
「ときには別の素材を使ったプロジェクトに携わることもありました。たとえばカルティエのためにスティングレイ革を全面に使ったボックスや、エルメスのボックスに施したフラットなレザー仕上げなどです。作業のあとには素材の端材が残るので、それを持ち帰ってもよいか上司に尋ねたんです。そこから、異なる素材を組み合わせたマルケトリを試したり、研究したりするようになりました」と彼女は語る。

▲ 自身の工房で制作に取り組む、多素材マルケトリ職人ローズ・サヌイユ。
10年前、彼女は自身の会社を立ち上げることを決意した。
「当初のアイデアは、箱や家具に装飾を施すことでした。その時はミニアチュール・マルケトリを手がけるなんて、まったく考えてもいませんでした」と彼女は語る。
「独立する前年、私はマルケトリの展覧会に参加し、絵画作品を展示しました。そして隣のブースにいたのがバスティアン・シュヴァリエだったのです。彼の作品には本当に圧倒されました。私たちはすぐに友人になりました。そして出会ってから1年後、私が独立しようとしていたとき、彼が『こちら(スイス)に来なよ。君の居場所はあるよ』と言ってくれたんです。その一言が、私の人生を大きく変えました」そう彼女は振り返る。

▲ ピアジェ〈アルティプラノ メティエ・ダール ウンドゥラータ〉の文字盤を組み立てている様子。彼女がいま配置しているパーツは、甲虫の翅(エリトラ)である。
2014年、彼女はピアジェのためにマルケトリ文字盤の制作を開始した。最初の作品は、木製マルケトリで仕上げられた〈ピアジェ アルティプラノ〉である。
その後数年にわたり、彼女の真骨頂である幅広い素材使いは、数多くのピアジェの時計に生かされていった。
作品には、ホワイトおよびタヒチ産マザーオブパール、パーチメント、ストロー(麦わら)、レザー、さらには甲虫の鞘翅(エリトラ)など、多様な素材が取り入れられた。こうした試みの集大成が、2023年のジュネーブ時計グランプリ(GPHG)でアーティスティック・クラフツ賞を受賞した〈アルティプラノ メティエ・ダール ウンドゥラータ〉である。
この文字盤では、シカモア材、ストロー、パーチメント(羊皮紙)、トラウトレザー、そして甲虫の鞘翅(エリトラ)を組み合わせ、グリーン、ブルー、そして玉虫色の輝きが織り交ぜられている。
「私が素材に惹かれるのは、それぞれが異なる効果をもたらすからです。たとえばマザーオブパールやストローは光を受けて輝き、レザーは奥行きを与えてくれます。そして私は、甲虫の鞘翅が持つあの玉虫色の輝きが大好きなのです」と彼女は語る。
甲虫の鞘翅は、宝石を思わせるほど魅惑的な光彩を生み出す素材だ。しかしサヌイユは、「これまで扱った中で、最も難しい素材です」と認める。
「鞘翅は自然の状態では丸みを帯びて膨らんでいますが、私は基本的に平らな素材で作業します。これを平らに加工する方法を見つけるまで、2週間以上、数えきれないほどの試行錯誤を重ねました。今ではよく『どうやっているのですか?』と聞かれますが、そこは秘密です」と彼女は微笑む。
マルチマテリアル・マルケトリ
サヌイユは、まず色彩を伴うコンセプトドローイングを描くことから制作を始める。これは作品の最初の視覚的イメージで、完成像に適した素材や色調の指針となる。
続いて、描画ソフトを用いてテクニカルドローイングを作成し、実際に制作可能かどうかを検証する。文字盤やジュエリーのようなミニチュール作品では、細部が小さくなりすぎて再現できなくならないかを慎重に確認しなければならない。
一方、絵画のような大きな作品では、逆に素材の最大サイズも考慮する必要がある。たとえば木製ベニヤは幅に限りがあることが多い。
サヌイユはこのソフトを使い、各素材を個別にスキャンしてパターンを作り、完成作品のシミュレーションを行う。モチーフと素材が決定すると、それぞれの素材に応じた下準備が施される。
素材の中には非常に薄く繊細なものもあり、そのままでは極小サイズで正確に切り出すことが難しい。そのためサヌイユは、素材を柔らかい木材の薄板で上下から挟み込むことで安定させ、ジグソーを用いて微細な形状のパーツを切り出していく。

▲ シカモア、チューリップウッド、スポルテッドメープル、メッシュ・プレーンツリー、バーウォルナット、アッシュ、マドロナ・バールなどのさまざまな木材に加え、ホワイトマザーオブパール、タヒチ産ブラックマザーオブパール、ストロー(麦わら)、パーチメント(羊皮紙)、甲虫の鞘翅(エリトラ)、ラム、カーフ、スネークなど各種レザー、マイカ(雲母)、雄鶏の羽根、石膏といった驚くほど多様な素材を組み合わせて制作された文字盤。
図面は複数プリントされ、それぞれの紙片が対応する素材に貼り付けられる。サヌイユはその後、各パーツを一つひとつ丁寧に糸鋸で切り出していく。
すべてのピースが切り出されると、それらを支持体の上に貼り付けながらパターンを組み上げる。最後に表面を研磨し、仕上げる。
彼女の仕事で最も印象的なのは、素材に対する深い理解である。多様な素材を使いこなすということは、同時に数多くの接着剤を使うということだ。素材ごとに性質や特徴が異なるため、最適な接着を得るにはそれぞれに適した接着剤が必要になるのだ。
「私は素材に合わせて10種類以上の接着剤を使い分けています。新しい素材を試すたびに、それに最も適した接着剤をテストしなければなりません」と彼女は語る。
無数の微細なパーツを選び、切り出し、組み上げていくマルケトリの制作には高度な技能が求められる。それにもかかわらず、この技法の美しさはしばしば見過ごされてしまう。
エナメルの深く鮮やかな色彩や、彫金の大胆な線と比べると、マルケトリの魅力は静かで控えめだからだ。しかし近づいてよく見るか、説明を聞いて初めて、人々は一見すると絵画のように見えるその作品が、実はマルケトリによって作られていることに気づく。
サヌイユの作品は、その視覚的な魅力だけでなく、この技法の素材や手法に対する先入観をも覆してみせる。視覚的インパクトと、それを実現する高度な技能の双方において、マルケトリという技法は理解され、正当に評価される価値のある工芸なのである。
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