現代の機械式時計を語るうえで、フランク ミュラーという存在を避けて通ることはできない。クォーツショック後の時計業界に新たな息吹を吹き込み、トゥールビヨンや複雑機構を現代へとよみがえらせる一方で、
The Legend of Franck Muller Part 1: Who is Franck Muller?
フランク ミュラー伝説 Part1:フランク ミュラーとは何者か?
現代の機械式時計を語るうえで、フランク ミュラーという存在を避けて通ることはできない。クォーツショック後の時計業界に新たな息吹を吹き込み、トゥールビヨンや複雑機構を現代へとよみがえらせる一方で、〈クレイジー アワーズ〉のような革新的な発想によって時計の楽しさを世界へ示した。その天才時計師の歩みと、現代高級時計文化を築き上げた功績をたどる。
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by Wei Koh . Jan 31, 2025 |
機械式時計の系譜を継ぐ者
あらゆる芸術や科学の分野には、その時代を象徴する英雄がいる。そして数学と機械仕掛けが合体した時計製造においても、それは例外ではない。
時計史を振り返ると、それぞれの時代ごとに天才といわれた時計師が現れてきた。彼らは単に技術的な進歩をもたらしただけではない。時計製造の未来を切り開き、時には文化そのものにまで影響を与えてきたのである。
20世紀の時計界にはすばらしい時計師が数多く存在する。しかし、そのなかでも突出した影響力を持つ人物がひとりいる。
彼は、時計産業が史上最大の危機に直面した後に現れた最初のアイコンであった。そして高級時計製造に新たな黄金時代をもたらし、現代における腕時計の意味そのものを再定義したのである。
その名はフランク ミュラー。これは、彼の物語である。

▲ フランク ミュラー(Illustration: Pk Cheng)
多くの意味において、フランク ミュラーの物語は彼自身が生まれる何世紀も前に始まっている。
その起源は、人類が初めて一日の移ろいを記録し始めた古代シュメール文明にまでさかのぼる。そして14世紀半ばには、パドヴァのジョヴァンニ・デ・ドンディが、“時間”を捉えようとする野心的な装置を生み出した。
デ・ドンディの目的は、単に時刻を表示することではなかった。彼は地球が太陽の周囲を巡る壮大な秩序を表現しようとしたのである。天文学者ヨハネス・カンパヌスの著作に基づいて製作された〈アストラリウム〉は、比類なき天文時計であり、プラネタリウムでもあった。
フランク ミュラーの物語はまた、家具職人から時計師へと転身したヨークシャー出身のジョン・ハリソンの物語にもつながっている。
船舶が海上で正確な位置を知るために必要な高精度時計を作ることを目指したハリソンは、31年にも及ぶ歳月を費やして〈H4〉を完成させた。1761年に発表されたこの時計は、人類が水平線の彼方へと航海することを可能にしたのである。
フランク ミュラーへと続く系譜には、さらに多くの偉人たちが名を連ねる。
トゥールビヨンを発明した稀代の時計師アブラアン-ルイ・ブレゲ。
ヒゲゼンマイの発明者クリスティアーン・ホイヘンス。
デテント脱進機を考案したピエール・ルロワ。
世界最高峰のマリンクロノメーターを製作したフェルディナント・ベルトゥー。
そして温度変化の影響を受けにくいヒゲゼンマイ素材エリンバーを開発し、ノーベル賞を受賞したシャルル・エドワール・ギヨームである。
しかし、彼らがそれぞれ時計史に新たな章を書き加えたのに対し、フランク ミュラーに課された使命はさらに特別なものだった。
それは、機械式時計そのものの物語を未来へとつなぎ、生かし続けることだったのである。

▲ フランク ミュラーにとって、家族は常に創造の源であり続けている。とりわけ亡き父は、彼が時計師になることを決意するきっかけとなった。
時計界の再生の立役者
フランク ミュラーが頭角を現したのは、時計業界が創業以来300年の歴史のなかで最も深刻な危機に見舞われていた時代だった。そして彼こそが、その復活を象徴する存在となるのである。
フランク ミュラーは、3つの柱によって時計界の再生を成し遂げた。
第1は、伝統的なスイス高級時計製造を、革新的なデザインと大胆な技術によって刷新し、新たな世代へ届けたことである。その代表例が複雑機構トゥールビヨンを腕時計へと導入したことだ。
第2は、現代社会のニーズに応える実用的な機構の開発である。その代表作が〈マスターバンカー〉だ。この革新的な時計は、3つの異なるタイムゾーンを同時に表示することを可能にした。
そして第3は、時計を単なる精密計測機器から、時間を表現するためのキャンバスへと変貌させたことである。
その象徴が〈クレイジー アワーズ〉であった。ダイヤル上の数字は一見すると無秩序に配置されているように見える。しかし時針は、まるで何かに導かれるように常に正しい時刻を示す数字へと飛び移る。その遊び心は、多くの人々を驚かし、魅了した。

▲ 左:フランク ミュラー〈トノウ カーベックス パーペチュアルカレンダー トゥールビヨン〉 右:フランク ミュラー〈トノウ カーベックス ジャンピングアワー トゥールビヨン〉

▲ フランク ミュラー〈トノウ カーベックス マスターバンカー トゥールビヨン〉は、フランク ミュラーを象徴するふたつの偉業を融合させたモデルである。ひとつは世界初の腕時計用トゥールビヨン、そしてもうひとつは3つのタイムゾーンを同時表示するトリプルタイムゾーン機構〈マスターバンカー〉である。
若き天才
フランク ミュラーとは何者なのか。
彼は一流のショーマンであり、卓越した技術者であり、優れたプロデューサーであり、そしてどこか捉えどころのない天才でもある。
フランク ミュラーは1958年、イタリア人の母とスイス人の父のもとに生まれた。そして、このふたつの文化に根ざした出自こそが、彼を形作る重要な要素となった。
なぜなら彼のなかには、イタリアの時計製造が育んできたデザインへの鋭い感覚、大胆な美意識、そして科学への深い敬意が息づいていたからである。
同時に、スイス時計文化の根幹を成す精度への飽くなき追求と、伝統への深い尊敬も受け継いでいた。
フランク ミュラーは、その両方の資質を併せ持つことで、時計界にかつてない存在となっていったのである。

▲ 時計学校在学中のフランク ミュラー(1977年)
こうした二面性こそ、フランク ミュラーという人物を語るうえで実にふさわしい。なぜなら彼は、時計製造の過去と未来、その両方に影響を与えた存在だからだ。
彼は時計製造の歴史的なルーツへと立ち返ることで、複雑機構に新たな意味を与えた。そして歯車やヒゲゼンマイ、テンプといった機械式時計の価値を現代社会へ伝えることで、その未来を切り開いたのである。
フランク ミュラーがもたらした時計界の復興は、今日の現代時計文化を形作るうえで、なお最大級の影響力を持ち続けている。
独立時計師の伝説的存在であるフィリップ・デュフォーはこう語る。
「ひとつだけ確かなことがある。もしフランク ミュラーが存在しなかったなら、時計製造は今日のような文化的意義を持つことはなかっただろう」
また、スイス時計界の巨匠ミシェル・パルミジャーニも次のように評している。
「フランク ミュラーは、時計製造という仕事に携わった人々のなかでも、最も才能に恵まれた人物かもしれない」
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