24歳の若きムーブメント技術者が率いる開発チームは、時計業界における技術的快挙を成し遂げた。その成果として誕生したのが、堅牢性と低コストを兼ね備え、後に世界中で広く普及することになるバルジュー/ETA 7750である。
The Creation of the Valjoux/ETA 7750
機械式時計を救った銘機バルジュー/ETA 7750の秘密
24歳の若きムーブメント技術者が率いる開発チームは、時計業界における技術的快挙を成し遂げた。その成果として誕生したのが、堅牢性と低コストを兼ね備え、後に世界中で広く普及することになるバルジュー/ETA 7750である。
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by Revolution. Oct 1, 2019 |
半世紀愛される理由
24歳の若き技術者エドモン・キャプト率いるチームが成し遂げた技術的快挙―それが、誕生から約50年を経た現在もなお数多くの自動巻きクロノグラフを支え続けるバルジュー/ETA 7750である。
1970年代に登場したバルジュー/ETA 7750は、今日に至るまで自動巻きクロノグラフ・ムーブメントの代名詞的存在として、幅広い価格帯のブランドに採用されてきた。なぜ7750はこれほどまでに広く受け入れられたのだろうか。
その理由のひとつは、何よりもまず“確実に機能した”ことにある。そして開発当初から、実用性、堅牢性、そして比較的低コストでの大量生産を前提として設計されていた点も見逃せない。
これは、クォーツショックによる打撃から立ち直ろうとしていたスイス時計業界が、消費者の信頼を取り戻すために必要だったのだ。

▲ 誕生から約50年を経た現在も、なお数多くの自動巻きクロノグラフを支え続けるバルジュー/ETA 7750。
振り返ってみれば、ジュウ渓谷のムーブメントメーカーであったバルジューが、セイコーのCal.6139、ゼニスのエル・プリメロ、ブライトリング・ホイヤー・ハミルトン連合のキャリバー11、そしてレマニア/オメガのCal.1040とほぼ同時期に、新たな機械式クロノグラフムーブメントの開発に乗り出したのは、勇気ある決断であると同時に、幸運にも恵まれた挑戦だったように思える。
伝統と革新を見事に融合させたバルジュー/ETA 7750は、優れたコストパフォーマンスも大きな魅力であった。1973年に発表されたこのキャリバーが誕生したのは、時計製造の伝統が最後の輝きを放った後、やがて時代遅れのものとして消え去ってしまうかに見えた激動の時代であった。

▲ 左から:セイコー Cal.6139、ホイヤー キャリバー11、オメガ/レマニア Cal.1040

▲ バルジュー7750を初期に採用したモデルのひとつホイヤー〈ケンタッキー〉
原点への回帰
まったく新しいものを生み出そうとするなら、既成概念を根本から見直さなければならない。1970年、当時24歳だったムーブメント技術者エドモン・キャプト率いる開発チームも、まさにそう考えていたに違いない。
キャプとそのチームに与えられた使命は、かつてないほど薄く、しかも極めて小径のムーブメントを開発することだった。バルジューは時計製造史に残る傑作を生み出そうとしており、キャプ率いるチームは、この激動の時代に市場で成功できる、信頼性の高い精密機械の創造を目指したのである。
3年にわたる開発期間を経て徐々に姿を現したムーブメントは、それまでのどのキャリバーとも明らかに異なるものだった。幅広い顧客層に向けて手頃な価格で提供できるキャリバーを実現するためには、部品の大半を自動化された機械で生産できなければならず、さらに見習い技術者でも組み立てられるほど構造を簡素化する必要があった。
1920年代から1940年代初頭にかけて製造された伝統的なクロノグラフでは、組み立て後に入念な調整や修正作業がほぼ不可欠だった。しかし新しいムーブメントでは、そうした手間をあらかじめ排除しなければならなかった。
そのため、バルジュー Cal.7730からCal.7736までの14リーニュ・キャリバーに用いられていた基本構造そのものを見直す必要があった。
これらのキャリバーはすべて、ヴィーナス Cal.188を祖先としている。1924年に創業したヴィーナスは1928年にエボーシュSAの傘下に入り、1944年にはバルジューも同グループに加わった。
その結果、1967年頃にヴィーナスが独立した事業活動を終了すると、姉妹会社であったバルジューがヴィーナス Cal.188の設計資産を引き継ぐことになったのである。

▲ ヴィーナス Cal.188
これら前述の手巻きクロノグラフはいずれも、単一のカム(クーリス)による切り替え機構を備えた実用的なクロノグラフであった。また、ストップウォッチ機構をムーブメント本体に連結するため、水平クラッチ方式を採用していた。
しかしバルジューは、製造コストの削減と生産効率の向上を目指し、この切り替え機構を大胆に見直した。その際に着目したのが、1887年にエドワード・ホイヤーが“理想的なクロノグラフ”の開発を目指して発明し、特許を取得したオシレーティングピニオン(振動ピニオン)であった。
この機構は、2枚のピニオン(小歯車)を備えた可動式アーバー(軸)である。文字盤側のピニオンはムーブメントの4番車とかみ合い、反対側のピニオンはスタートボタンを押すことで小さな弧を描くように移動し、クロノグラフのセンター車とかみ合う。これによってクロノグラフ機構が作動を開始するのである。
さらにボタンをもう一度押すと、オシレーティングピニオンはクロノグラフのセンター車から離れ、経過時間を示す針は停止する。
この構造は従来方式よりもはるかにシンプルであるだけでなく、部品の総質量を減らせるという利点もあった。そのため、時計が強い衝撃を受けた際にも、機構への負担を軽減できる。

▲ エドワード・ホイヤーが1887年に特許を取得したオシレーティングピニオン。
もちろん、バルジューがCal.7750に施したコスト削減策に欠点がまったくなかったわけではない。伝統的なコラムホイール式クロノグラフと比べれば、その違いは専門家でなくとも一目でわかる。プレス加工によるシンプルな部品や簡素なワイヤースプリングが多用されているからだ。
同時代の傑作クロノグラフムーブメントであるゼニスのエル・プリメロと比較すれば、その差はさらに明白になる。例えばコスト削減のため、クロノグラフ秒針車の軸受けには樹脂製リングが採用され、ブロッキングスプリングやジャンパースプリングも簡素なものとされた。
とはいえ、これらの部品は機能面において申し分なかった。しかし、その機構美によって機械式時計愛好家を恍惚とさせるような要素は、そこにはあまり見当たらなかったのである。

▲ 左:ハイビートの銘機、ゼニス エル・プリメロ。右:バルジュー/ETA 7750。
実用性こそが最優先
美しさや華やかな外観は、このムーブメントの開発において優先事項ではなかった。開発チームは、新しいキャリバーが確実に機能することに最大限の力を注いだ。
1970年代初頭、時計部品の設計や開発にコンピューターを活用することはまだ珍しく、最先端の試みだった。バルジューでコンピューターを所有していたのは技術部門の責任者ただひとりで、しかもその機械は厳重に管理されていたという。
エドモン・キャプトは新たな職務を引き受けた後、たびたびヌーシャテルへ足を運んだ。そこには、まるで奇跡のような“電子頭脳”が設置されていたからだ。
今日の基準から見れば、そのコンピューターの性能はごく初歩的なものだっただろう。しかしキャプはそれを活用し、技術図面をデジタル化するとともに、部品の運動や機構の作動をシミュレーションすることができたのである。

▲ 7750は、時計業界でいち早くコンピューターを活用して設計されたムーブメントのひとつである。現代では、コンピューターなしでムーブメントを設計することはもはや想像できない(Image:FHH)
生粋のジュウ渓谷の人間だったキャプは、時計技術者としての教育を受けていた。“コンビエ”と呼ばれるこの渓谷の住民たちは、自らの故郷に強い愛着を抱くことで知られており、キャプもそのひとりであった。そのため、学業を終え、ロレックスで1年間働いた後は故郷へ戻ることを強く望んでいた。
幸運にも、長年にわたりロレックスのデイトナ向けクロノグラフ・エボーシュを供給していたバルジューSAが、レ・ビウにある工場での職を彼に提供した。
野心に満ちた若き技術者だったキャプは、大量生産が可能な低価格の自動巻きクロノグラフを短期間で開発するという挑戦に魅力を感じ、その申し出を喜んで受け入れた。
しかし、その課題はまさに“円積問題(不可能で知られる)”に挑むようなものであった。それでも彼はひるまなかった。
当初、キャプはひとりで開発に取り組んでいた。しかしベースムーブメントとして用いられたバルジューの手巻きCal.7733に、自動巻き機構を追加するのが非常に難しかった。
自動巻きローターによって生み出される運動エネルギーを香箱へ伝達しなければならないが、そのために必要な歯車列の通り道は、クロノグラフによって塞がれていたのである。
1960年代後半には、ブライトリング、ビューレン、ホイヤー、デュボア・デプラ、セイコー、ゼニスの技術者たちも同様の問題に直面していた。この難題は、新しく根本的に異なるアプローチを考案しない限り解決不可能に思われた。

▲ バルジューの手巻きクロノグラフムーブメントCal.7733
プロジェクトを前進させるため、バルジューは1970年にジェラルド・ガンデルをチームへ招いた。ガンデルは、ジュウ渓谷の時計学校でエドモン・キャプトが教鞭を執った講座で頭角を現した若き才能だった。
続いてドナルド・ロシャが3人目のメンバーとして加わる。さらに女性製図技師と時計師を迎え、意欲と行動力にあふれる開発チームが結成されたのである。
バルジュー7750ムーブメントは、こうして徐々に形づくられていった。厚さ7.9mmに達するこの作品は、決して薄型とは呼べない。しかし、その構造を側面から見ると、一体型クロノグラフでありながら、まるでサンドイッチのような多層構造を採用していることがわかる。
精通した観察者であれば、そこに3層、あるいは4層の構造を見て取ることができる。ひとつは文字盤側のメインプレート上に配置された層であり、さらにムーブメントの荷重を支えるプレートの裏側には2層の機構が重ねられている。
ムーブメントの直径は13リーニュ、約30mm。時計製造という芸術を結晶したこの機構の基本仕様は、およそ250個の部品によって構成されている。

▲ Cal.7750の側面図。
メインプレートと日付・曜日表示機構
メインプレートの裏側には、輪列、香箱、脱進機、そして毎時2万8800振動(4Hz)で作動するテンプが配置されている。
初期の7750は、平ヒゲゼンマイを備えたニヴァロックス製ヒゲゼンマイの有効長を変化させることで歩度を調整する、バルジュー独自の緩急調整機構を採用していた。しかし現行モデルでは、ETAのムーブメントで広く用いられているエタクロン調整機構へと変更されている。
また、テンプを停止させるハック機能を備えているため、秒単位まで正確に時刻を合わせることが可能である。
このムーブメントはレピーヌ式レイアウトを採用しているため、9時位置のスモールセコンドはリュウズとちょうど対向する位置に配置されている。
ゼンマイには約45時間のパワーリザーブを確保できるだけのエネルギーが蓄えられる。しかしクロノグラフ機構を作動させるとその分だけエネルギーが消費されるため、実際の駆動時間はストップウォッチ機能をどの程度、またどれほど長く使用するかによって変化する。

▲ 特徴的な楕円形の調整ピンによってひと目で判別できるエタクロン調整機構。
メインプレートの文字盤側には、通常の時計と同様に、時分針を駆動する輪列や時刻合わせ機構、さらに手巻き機構が配置されている。
Cal.7750の基本仕様は、セミインスタント式の日付表示と曜日表示を備えている。これらはリュウズによって素早く修正することが可能だ。
また、日付ディスクは3本のネジを外すだけで文字盤側から取り外せる構造となっている。これを取り除くと、その下に配置されたクロノグラフ機構の一部を確認することができる。

▲ Cal.7750の基本仕様には、セミインスタント式の日付表示と曜日表示が備わっており、いずれもリュウズ操作によるクイックセットが可能である。
クロノグラフ機構
キャプとそのチームは、香箱から直接駆動されるクロノグラフの12時間積算車を文字盤側に配置した。積算針の軸の後端ピボットは、プレートに開けられた穴の中で回転する構造となっている。
設計者たちは、この部分に受け石を設けなかった。というのも、このピボットはごく限られた場合にしか回転せず、しかもその回転速度も非常に遅いためである。
一般の人であれば、ストップウォッチ機能を停止した際に12時間積算計を固定するブロッキングレバーの存在を見落としてしまうかもしれない。当初、このレバーは白色のプラスチック製であった。見た目の美しさという点では決して褒められたものではないが、技術的観点から見れば合理的な選択だった。
この用途においてプラスチックは十分な性能を発揮するだけでなく、金属製レバーよりもクロノグラフ12時間積算車のピボットにかかる横方向の負荷を軽減するという利点も備えていた。プラスチック製レバーは積算車の歯先に押し付けられ、その回転を制動する。
一方で、軸に組み込まれたスリッピングクラッチによって、香箱と噛み合う歯車が回転を続けている状態でもブレーキを作動させることが可能となっている。
しかし美観上の理由、そしておそらくは顧客からの要望もあって、ETAは1990年代半ばにこのプラスチック製レバーを金属製へと変更した。同時に、ムーブメントの石数も17石から25石へと増やされている。

▲ クロノグラフの12時間積算車は石受けのない穴で支持されており、香箱真(青矢印)上のピニオンによって駆動される。また、赤矢印はその回転を制動するプラスチック製ブロッキングレバーを示している。
クロノグラフの作動機構はムーブメントの裏側に配置されている。しかし、その構造を詳しく観察するには、まず自動巻き機構のモジュールを取り外さなければならない。
ストップウォッチ機能は2つのプッシャーによって操作される。2時位置のプッシャーはクロノグラフのスタートとストップを司り、4時位置のプッシャーは積算針をゼロ位置へ復帰させる。
この仕組みにより、複数の連続した時間を積算して計測する加算計測が可能となっている。
ただし、このムーブメントの他の部分と同様、ここにも息を呑むような美しさを期待してはならない。機構の大半は平面的なプレス加工部品によって構成されている。
クロノグラフのスタート、ストップ、リセットという3つの機能は、積層構造を持つスイッチングカムの動きによって制御される。この部品は比較的低コストで製造できる一方で、高い信頼性も備えている。
スイッチングカムは、ムーブメントとクロノグラフ機構との連結を接続したり切り離したりする役割を担う。その結果、7750は8分の1秒単位までの経過時間を計測することができるのである。

▲ 7750のクロノグラフ機構を制御するスイッチングカム。
レイアウトとリセット機構、自動巻き機構
ムーブメントの構造的な制約から、設計者たちは30分積算計と12時間積算計を縦に並べて配置した。この配置が、後に“7750レイアウト”として知られる独特の文字盤デザインを生み出した。
時計ファンならすぐ思い浮かぶ、
12時:30分積算計
6時:12時間積算計
9時:スモールセコンド
というレイアウトである。これは、数多くの競合ムーブメントにも影響を与えることになる。
一方、クロノグラフ針を瞬時にゼロへ戻すリセット機構には、1941年に時計師アンリ・ジャコ=ギヨが特許を取得した機構が採用されている。
自動巻き機構は、ごく少数の部品によって構成されており、ムーブメント裏側の上部に3本のネジで固定されている。
ボールベアリング上に搭載されたローターが生み出す運動エネルギーは、ラチェットホイールと減速歯車を介して香箱へ伝達される。
このローターは、回転方向のうち一方向でのみ巻き上げを行う仕組みを採用している。
この方式は巻き上げ効率を損なうものではないが、その一方でローターと外周の重量リングが空転側の方向へ回った際には、まるでタービンのような勢いで高速回転することがある。そして、その際に発する独特の音は決して無視できるものではない。
覇権への道
努力はやがて報われる。そしてその成果が初めて明確な形となって現れたのが1972年であった。
それまでの数年間、開発チームは試行錯誤と失敗、そして数々の挫折を経験してきた。一度は有望に思えた開発方針が行き止まりであることも少なくなかった。
最初の試作機が動き始めると、次なる課題は1973年に予定されていた量産開始へ向けて、不具合のない生産体制を確立することであった。
オルフィナは、新キャリバーの登場を心待ちにしていた初期顧客のひとつである。同社では、フェルディナント・A・ポルシェがデザインしたオールブラックの新型クロノグラフの開発が進められていた。しかし、このモデルはバルジューCal.7750の完成を待たなければ市場に投入することができなかったのである。

▲ バルジュー7750を搭載したオルフィナ・ポルシェデザイン・クロノグラフ(Image: Christie’s)
年間生産数はほどなく約10万個に達した。しかし、当初のCal.7750は決してベストセラーではなかった。
販売は低迷し、1975年には早くもエル・プリメロと同じ運命をたどる危機に直面することになる。
ゼニスは需要不足と収益性の低さを理由にエル・プリメロの生産を打ち切り、その製造に必要な工具類でさえ廃棄処分される予定となっていた。 だが、ル・ロックルの時計師シャルル・ベルモは上層部の命令に背き、自ら重要と判断した工具や治具をすべて集めて、ゼニスの広大な屋根裏部屋に隠したのである。
バルジューでも同様の出来事が起こった。自らの“子ども”ともいえる7750の廃止に対して、エドモン・キャプトは激しく抗議したが、その声は聞き入れられなかった。そこで彼もまた命令に背く道を選ぶ。
Cal.7750の生みの親であるキャプは、将来の再生産に必要な工具や図面、関連資料を丹念にまとめ、安全な場所へ保管したのである。
そして彼に課せられた次の仕事は、長い年月にわたって忍耐強く待つことだった。1983年、機械式時計復興の機運が高まるまで、バルジューCal.7750が再び翼を広げてクロノグラフ界の頂へ舞い戻ることはなかったのである。
1975年にエドモン・キャプトが命令に背いたことは、彼自身にも、その後のキャリアにも何ら悪影響を及ぼさなかった。
1978年、彼はムーブメントメーカーであるフレデリック・ピゲの技術部長に迎えられる。フレデリック・ピゲは1992年にスウォッチグループへ加わった。
さらに1999年には、フレデリック・ピゲ(後にブランパンへ統合)と、ヌーベル・レマニア(現在はブレゲ傘下)の両社を統括する責任者に就任した。
そして、バルジュー7750の才能あふれる“ゴッドファーザー”は、その後スウォッチグループの経営陣へと昇進し、グループ中枢を担う立場にまで上り詰めたのである。
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