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パテック フィリップ〈ノーチラス〉―その歴史と魅力のすべて

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ジャンボからティファニーまで──伝説的ラグジュアリー・スポーツウォッチ、パテック フィリップの歴史を掘り下げる。

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The History of the Patek Philippe Nautilus

パテック フィリップ〈ノーチラス〉―その歴史と魅力のすべて

ジャンボからティファニーまで──伝説的ラグジュアリー・スポーツウォッチ、パテック フィリップの歴史を掘り下げる。

by Cheryl Chia. Oct 17, 2022

〈ノーチラス〉の誕生

 それは、1976年のことだった。

 NASAはヴァイキング1号として知られる無人探査機を火星に着陸させ、人類は初めて、淡いピンク色の火星の空の下に広がる光景を目の当たりにすることになった。

 コンコルドは世界初の超音速旅客機として定期商業運航を開始し、スティーブ・ジョブズはアップルを創業した。

 時計業界では、クォーツが覇権を握っていた。その潮流にあえて逆らったのが、偉大なる英国人時計師ジョージ・ダニエルズである。彼は後に技術的革命と称されるコーアクシャル脱進機を世に問うた。

 だが同時に、もうひとつの革命も進行していた。ラグジュアリーウォッチの姿を永遠に変えてしまう名機、パテック フィリップ〈ノーチラス〉の誕生である。  

パテック フィリップ〈ノーチラス〉Ref.3700の古い広告。“世界で最も高価な腕時計のひとつはスティール製”という有名なコピーが掲載されている。

 オーデマ ピゲの〈ロイヤル オーク〉はその4年前に登場していたが、もしステンレススティールで作られながらゴールド製と同等の価格を掲げるもうひとつの時計が現れなければ、ラグジュアリースポーツというジャンルは生まれなかったかもしれない。

 クォーツの台頭により、道具としての機械式時計の意味は失われつつあった。市場が求めていたのは、価値観を転換し、ラグジュアリーの概念に新たな視点をもたらす一本であった。

 ロイヤル オークとノーチラスは、高級時計は貴金属で作られ、控えめなサイズと保守的なフォルムで袖口に収まるべきだという従来の常識を覆したのである。

 ノーチラスは、サイズ、形状、素材、堅牢性、そして何より価格において、新しい時代のラグジュアリーを示し、大成功を収めた。当時のパテック フィリップの広告は、「世界でもっとも高価な時計のひとつがスティール製である」ことを高らかに謳っている。

 2016年に誕生40周年を迎える頃には、ノーチラスはブランドを代表する人気モデルへと成長していた。その後、熱狂はさらに加速し、市場には無数の派生や模倣が生まれ、ウェイティングリストは10年近くにまで伸びた。

 そしてついにブランドは、スティール製Ref.5711の生産終了を発表し、二次市場は狂騒的に高騰したのである。

パテック フィリップ〈ノーチラス〉Ref.5711/1Aのデザイン

  シリーズの終焉を飾るグリーンダイヤルやティファニーブルーダイヤルの登場以降、多くの人々がこの“異端のアイコン”にふさわしい後継モデルの姿を思い描き始めた。

 ここでは、その流れを踏まえつつ、いまや地球上で最も渇望される腕時計となったモデルのヒストリー全体を振り返ってみたい。

 初代モデル:Ref.3700“ジャンボ”(1976〜1990年)

 1976年に登場したノーチラスは、3時位置に日付表示を備えた時・分表示のシンプルな仕様を持つRef.3700/1Aであった。ケース径40mm(左右の“耳”を含めると42mm)という当時としては大胆なサイズから、“ジャンボ”の愛称で親しまれている。

 その卓越したデザインは、ロイヤル オークと同じく、故ジェラルド・ジェンタによるものだ。彼はパテック フィリップの幹部たちが食事をしているテーブルのすぐそばで、わずか5分ほどの間にこの時計のスケッチを描き上げたという。

 ロイヤル オークの八角形ベゼルが深海潜水用ヘルメットから着想を得たのに対し、ノーチラスの角を落とした八角形ベゼルは、大西洋横断客船に見られる気密性の高いポートホール(舷窓)からインスピレーションを得たという。

▲  パテック フィリップ〈ノーチラス〉Ref.3700/1A(1976年)

  スティール製ケースという共通点にとどまらず、両者はそれまでのラグジュアリーウォッチのあり方―シャツのカフの下でさりげなく輝く控えめな装身具―という常識に真っ向から異を唱えた。

 代わって示されたのは、大ぶりなケースとベゼルを備えた、ソリッドな質感の時計である。平面はヘアライン仕上げが施され、面取りされたエッジにはポリッシュが施されている。

 ロイヤル オークと異なりノーチラスRef.3700/1Aは防水性を高めるために2ピース構造のケースを採用し、120mの防水性能を実現した。

 ケースミドル兼裏蓋と、左右に突起(いわゆる“耳”)を備えたベゼルで構成されている。両者は3時位置および9時位置の耳内部に隠された4本の横方向のビスによって固定され、その間にベゼルガスケットが挟み込まれている。

 堂々たるサイズ感にもかかわらず、ジャンボの厚さはわずか7.5mmに抑えられている。これは内部に搭載された極薄ムーブメント、キャリバー28-255 Cによるものである。同機はロイヤル オークにも採用されたジャガー・ルクルト製キャリバー920をベースとしている。

 モノブロック構造のケースであるため、ムーブメントはダイヤル側から着脱する必要があり、そのためにスプリットステムが用いられている。さらに、ジャイロマックステンプを備え、パワーリザーブは約40時間である。

▲  1976年の初代〈ノーチラス〉Ref.3700/1Aには、美しいパテック フィリップ製キャリバー28-255が搭載されていた(Image:A Collected Man)

  とりわけ重要なのは、そのブレスレットである。Hリンクと、角を落とした長方形のセンターリンクから成るブレスレットはケースとシームレスに一体化されており、デザインに統一感がある。

 これにより、後付けのブレスレットやストラップに対応する従来型のラグを備えたそれ以前の時計とは一線を画している。

 本モデルの生産は大きく2つのシリーズに区分される。やや幅広でストレート形状の16mmブレスレットを備えたRef.3700/1(1976〜1982年)と、より細身でテーパーのかかった14mmブレスレットを採用したRef.3700/11(1982〜1990年)である。

 ブルーダイヤルには特徴的な横方向のリブ装飾が施されており、各溝は一本ずつ手作業で刻まれることでその質感が生み出されている。

 また、このリファレンスを通じてダイヤルにも変遷が見られ、初期個体ではペイントによる細いバー状のミニッツトラックが採用されていたのに対し、後期個体ではドット状の外周ミニッツトラックへと変更され、ダイヤル下部には“σ SWISS σ”(シグマ・スイス・シグマ、インデックスや針に貴金属が使用されていることを示す)の表記が加えられている。

▲  パテック フィリップ〈ノーチラス〉Ref.3700/1A(Image©Revolution)

  Ref.3700は当初ステンレススティールのみで製造され、その後スティールとゴールドのコンビ仕様、さらにイエローゴールド仕様が登場した。ホワイトゴールド製は確認されているだけでもわずか約11本、さらにプラチナ製はユニークピースが2本のみとされている。

 最初のプラチナモデルはダイヤモンドインデックスを備え、2013年にクリスティーズにて783,750スイスフランで落札された。続く2本目はパヴェダイヤモンドを施したダイヤルとベゼルを備え、2015年に845,000スイスフランで落札されている。

 さらに、プロトタイプケースと、オーナーの特別注文によって名門ダイヤルメーカー、ステルン・フレールが製作したワンオフのホワイトダイヤルを備えるスティールモデルも確認されている。この時計は愛称“アルビノ”として知られ、スペアのブラックダイヤルも付属した個体で、2015年にサザビーズにおいて250,000スイスフランで落札された。

 また、ティファニー、ベイヤー、ギュブラン、そして希少なアスプレイなどのリテーラー向けにダブルネーム仕様も少量生産されたほか、オマーン国王向けには、特徴的なハンジャール(短剣)紋章を配したモデルも存在する。

 直近の取引価格としては、ブルーのリブダイヤルを備えたクラシックなスティール製Ref.3700/1が、2022年5月のフィリップス・ジュネーブ・オークションで176,400スイスフラン、同年9月のサザビーズでは113,400ユーロ(約108,100スイスフラン)で落札されている。

 ミッドサイズ・ノーチラス:Ref.3800(1981〜2006年)

 ジャンボ(Ref.3700)の初期販売がやや伸び悩んだことを受け、パテック フィリップは1981年に、その魅力をより広い層へ訴求するべくミッドサイズのRef.3800を発表した。

 Ref.3800は、Ref.3700のデザイン、構造を踏襲しつつ、ケース径を37.5mmへと縮小していた。

 Ref.3800にはセンターセコンド付きの自社製ムーブメントが搭載され、より現代的な仕様へと進化した。これにより実用面も大きく向上した。

▲  パテック フィリップ〈ノーチラス〉Ref.3800/1A(1981年)

  当初は自社製キャリバー335 SC(セコンド・サントラル)を搭載し、振動数は4Hz、29石であった。ただしこのムーブメントにはジュネーブ・シールは付与されておらず、またジャイロマックス・テンプも採用されていなかった。

 その後、クイックセット・デイト機構が追加され、1992年にはキャリバー335 SCは完全にキャリバー330/134 SCへと置き換えられる。この新ムーブメントはジュネーブ・シール(ポワンソン・ド・ジュネーブ)を取得し、2アーム構造で8個のウェイトを備えたジャイロマックス・テンプが導入された。

 さらに1997年にはキャリバー330/134 SCに代わり、キャリバー330/194 SCが登場。振動数を3Hzへと落とすことでパワーリザーブを48時間へと向上させた(それ以外の仕様は基本的に踏襲された)

 このキャリバー330 SCは、その後の現代的なキャリバー324 SC、さらには26-330 SCへと受け継がれる基本設計を確立した。

 センターセコンドを備えつつ薄型を維持するため、3番車が中央のピニオンを駆動してセンターセコンドを実現し、2番車および4番車はオフセンターに配置されている。これにより中央部に自動巻き機構のスペースを確保している。また3番車は、文字盤側のモーションワークにおける分針車も同時に駆動する構造となっている。

 Ref.3800は、ノーチラスの裾野を広げるため、ローズゴールドを含む多彩な素材が採用された。Ref.3700ではホワイトダイヤルはプロトタイプに限られていたが、Ref.3800ではホワイトのストライプダイヤルがスティールモデルの定番仕様としてラインナップに加わった。

 さらに、バトンインデックスを備えたクラシックなダークブルー、アラビア数字を配したスムースなチャコールグレー、ローマ数字のブラックダイヤルなど、豊かなバリエーションが展開された。

  1981年に登場したミッドサイズの〈ノーチラス〉Ref.3800/1Aは、新たな自社製ムーブメントを搭載し、キャリバー28-255の時代に終止符を打った(Image:A Collected Man)

  その後、特別なダイヤルの個体も確認されている。例えば、放射状に配されたプリントインデックスを備えたアンスラサイトグレーのダイヤルを持つプラチナモデルは、2018年にフィリップスにて212,500スイスフランで落札された。

 また、全面に宝石をあしらったモデルも存在する。なかでも、裏社会で知られたヤクザのボス、柳川次郎が所有していたイエローゴールド製Ref.3800/108は、2015年にアンティコルムにて750,000香港ドルで落札された。

 さらに2020年には、ホワイトゴールド仕様がフィリップスにて287,500スイスフランで落札されている。

 ダブルネーム仕様としては、ティファニー、ベイヤー、ギュブラン、アスプレイ向けに製作されたものがあり、アスプレイ・サインの個体は公に確認されているものがわずか2本のみとされる。また、オマーン国王向けに製作されたモデルも存在する。

 ティファニー・サイン入りでブラックダイヤル、ローマ数字インデックスを備えた個体は、2021年12月にサザビーズにて113,400米ドルで落札された。

 一方、クラシックなブルーのリブダイヤルを備えた通常生産のスティールモデルは、2022年10月5日にサザビーズにて504,000香港ドルで取引されている。

アクアノートの前身:Ref.5060(1996〜1997年)

 1996年、バイメタル仕様のノーチラスRef.3800/1JAにローマ数字を備えたスムースなブラックダイヤルが導入されたのと同時に、Ref.5060が誕生した。

 これはパテック フィリップがノーチラスのデザインを再解釈しようとした試みであり、翌年登場する〈アクアノート〉Ref.5060Aに先行する過渡的モデルと位置づけられる。

 本モデルは、後のアクアノートを特徴づける再設計されたポートホール型ケースと伝統的なラグを備えながらも、ケース素材には貴金属を採用。さらにRef.3800/1JAと同様に、マットブラックダイヤルにローマ数字インデックスを組み合わせている。

 ケース径はさらに小型化され35mmとなり、ブレスレットやラバーストラップではなく、あえてレザーストラップが装着された点も興味深い。これは、ノーチラスが打ち破った従来のドレスウォッチへ、一時的に回帰しようとした試みとも解釈できる。

 ムーブメントにはRef.3800と同じキャリバー330 SCを搭載し、仕様はイエローゴールドのみで展開。ダイヤルはブラックとホワイトの2種が存在する。

 その後、36mmのスティール製ポートホールケース、チェッカーボードダイヤル、ラバーストラップを備えたアクアノートの誕生へとつながっていく。

▲  左:パテック フィリップ〈ノーチラス〉 Ref.3800/1JA(1996年) 右:パテック フィリップ〈ノーチラス〉 Ref.5060(1996年)

〈ノーチラス〉パワーリザーブ:Ref.3710(1998〜2006年)

 ミッドサイズのRef.3800が生産開始から17年目を迎えた1998年、パテック フィリップはステンレススティール製のRef.3710/1Aを発表した。これはノーチラスにおいて、日付表示を除くと、機構が追加された初めてのモデルである。

 本モデルはケースサイズを初代ジャンボと同じ42mmとし、12時位置にパワーリザーブ表示を搭載している点が特徴である。

 ムーブメントにはキャリバー330 S C IZR(Indication de Zone de Remontage)を採用。この表示機構は、巻き上げに応じて回転する金属製の目盛りディスクと、パワーが消費されるにつれて回転するポインターによって構成されている。

 外装はスティールケースに、マットブラックダイヤルを組み合わせ、アプライドのローマ数字インデックスとレイルウェイミニッツトラックが継承されている。

▲  パテック フィリップ〈ノーチラス〉Ref.3710/1A(1998年)

  本モデルは単一仕様で展開され、その後8年間にわたり生産された。

 なお、“ラッキー・サーティーン”と呼ばれるユニークピースも存在する。これは迷信深いオーナーの要望により、ローマ数字のVIII(8)がXIII(13)に置き換えられた特別仕様で、2015年にフィリップスのオークションにおいて254,600スイスフランで落札された。

 また、標準仕様のモデルは、2022年6月のサザビーズにて94,500米ドルで取引されている。

 過渡期モデル:Ref.3711/1G(2004年)、Ref.3712/1A(2005年)

 パワーリザーブ表示を備えたノーチラスの登場から6年後、約14年にわたりカタログから姿を消していた“時刻+日付のみ”のジャンボモデルが復活することとなる。それが2004年に登場したRef.3711/1Gである。

 本モデルは、ラグ間で42mmというサイズにおいてオリジナルのプロポーションを踏襲しているが、ホワイトゴールドケースにブラックのリブダイヤルという仕様のみで製造された点が特徴である。

 また、このリファレンスではケース構造が従来の2ピースから、サファイアケースバックを備えた3ピース構造へと移行している。

 ムーブメントにはキャリバー315 SCを搭載。これはミッドサイズ・ノーチラスに用いられたキャリバー330とほぼ同一だが、日付ディスクをムーブメント外周に配置することで、構成部品を4点削減している。

 Ref.3711はわずか2年間のみ生産され、その後に続く現代の伝説的モデル、Ref.5711への橋渡し的存在となった。

  左:パテック フィリップ〈ノーチラス〉Ref.3711/1G(2004年) 右:〈ノーチラス〉Ref. 5711/1P(2016年)

  2005年、パテック フィリップはケース径42mm(ラグ間)のRef.3712/1Aも発表した。本モデルは、ブルーのグラデーションダイヤルに非対称レイアウトを採用し、4時と5時の間にスモールセコンド、アナログ日付表示を伴うムーンフェイズ、そして10時位置にパワーリザーブ表示を備えている。

 そして特筆すべきは、Ref.3712が美しく構築されたマイクロローター式ムーブメント、キャリバー240を初めてノーチラスに採用したモデルであるという点である。

 厚さわずか2.53mmのキャリバー240は、クォーツ危機の最中に開発され、クォーツの精度に対抗し得る機械式のエンジニアリングを示すために設計された。薄型を維持するため、ローターは十分な慣性を確保すべく無垢の22Kゴールド製とされている。

 また、パテック フィリップの多くのムーブメントと同様に、ローターは一方向巻き上げを採用し、リバーサーギアを不要とすることで摩擦の低減を図っている。

 さらにRef.3712は、サファイアケースバックを一体化した構造を採用し、モノブロックケースへの回帰を示しつつ、このキャリバー240の美しさを鑑賞できる仕様となっている。

  パテック フィリップ〈ノーチラス〉Ref.3712/1A(2005年)

  Ref.3712/1Aには、通称「ファーストシリーズ」と「セカンドシリーズ」と呼ばれる二つのバリエーションが存在する。ファーストシリーズではパワーリザーブ表示の終端に三つのドットが配されているのに対し、後期の個体では四つのドットへと変更されている。

 本リファレンスは発表からわずか約9カ月で生産終了となっており、極めて希少なモデルである。

 Ref.3711G(2003年頃製造)は、2021年10月のサザビーズにおいて1,827,000香港ドル(約218,200スイスフラン)で落札された。また、ダブルシール(メーカーと販売店、両方のシールが未開封)のRef.3712/Aは、2022年5月のフィリップス・ジュネーブ・オークションにて315,000スイスフランで取引されている。

 モダン・アイコン:Ref.5711(2006〜2021年)

 2006年、ノーチラス誕生30周年を記念し、パテック フィリップはスティール製“ジャンボ”を復活させ、いまや世界で最も熱い腕時計ともいえるRef.5711を発表した。

 本モデルはオリジナルのRef.3700を踏襲し、ノーチラスを象徴するデザインコードを受け継つつも、随所に改良が施されている。

 ケースサイズはラグ間で42.5mmと、先代よりわずかに大型化された。

 注目すべきは、Ref.5711がRef.3711と同様に、6つの切り欠きを持つサファイア製スクリューバックを備えた3ピース構造のケースへ回帰した点である。

 Ref.3712では一体型サファイアケースバックが試されたが、3ピース構造はステムを分割することなく裏側からムーブメントを取り出せ、整備性に優れるという利点がある。

 また、搭載される自動巻きキャリバー315 SCおよび後継の324 SCは、ジャガー・ルクルト製キャリバー920に比べて厚みがあるため、ケース厚は8.3mmとなり、Ref.3700の7.6mmに対してわずかに増している。

▲  パテック フィリップ〈ノーチラス〉Ref.5711J(2007年)

  ヒンジを想起させる“耳”の造形は、従来のような直線的なエッジから、ベゼルの曲線に呼応するようにわずかに丸みを帯びたラインとなった。

 ブルーダイヤルはおなじみのストライプ装飾を維持しつつ、中央がダークブルー、外周に向かってブラックへと移ろうサンバースト・グラデーションが与えられている。

 丸みを帯びたバトン型の針はやや幅広となり、より力強い印象。また、アワーインデックスは従来のような均一形状ではなく、ベゼルの輪郭に沿うフォルムへと変更された。

 サテンと鏡面仕上げを交互に配したブレスレットは、インターロッキング構造のHリンクを踏襲しつつ、より洗練されたシェイプとなり、ダブルフォールディングクラスプを備えている。

 Ref.5711に搭載されたムーブメントは、登場から2021年の生産終了までに進化を遂げている。

 初期のいわゆるファーストシリーズにはキャリバー315 SCが搭載されていたが、2007年から2019年までのセカンドシリーズでは、新世代のキャリバー324 SCへと変更された。

 このムーブメントは、4アーム・4ウェイトのジャイロマックス・テンプ、スピロマックス・ヒゲゼンマイを採用し、振動数も4Hzへと高められ、歩度安定性が向上している。

 さらに、伝達効率を高める新たな歯形設計、二分割式の分針列ブリッジ、非対称のカレンダートレイン、強化された巻き上げ車、低摩擦化された車軸ピボットなど、数々の改良が施された。

 そして最終進化形が、2019年に登場したキャリバー26-330 SCである。ここではハック機能(秒針停止機構)が追加されるとともに、LIGAと呼ばれる微細電鋳技術によって製造されたニッケルリン製の3番車が導入された。

 反応型歯形を備えたこの3番車により、歯車の噛み合いがより深く、確実となり、バックラッシュ(遊び)が排除されている。なお、ノーチラスにおけるセンターセコンド機構は、ジャガー・ルクルト製キャリバー920以降と同様に、3番車がセンターセコンド用ピニオンを駆動する構造が採用されている。

▲  パテック フィリップ〈ノーチラス〉Ref.5711/1A-018(2021年)

  Ref.5711は、ステンレススティールをはじめ、3種すべてのゴールド(イエロー、ホワイト、ローズ、いずれもレザーストラップ仕様)、さらにはプラチナでも展開された。

 プラチナモデルは当初、最上顧客向けのオーダーのみに限られていたが、2016年のノーチラス誕生40周年を記念して限定生産も行われている。

 またRef.3700とは対照的に、本モデルではより実験的なダイヤルカラーが採用された。鮮やかなブルー、ホワイト、ブラウン、グレー、グリーン、そして最後にはティファニーブルーと、バリエーションは大きく広がった。

 生産終了後、二次市場での価格は急騰。2021年7月には、グリーンダイヤルのダブルシール個体がアンティコルムにて416,000ユーロで落札され、同リファレンスの記録を更新した。

 しかし同年12月には、その記録も塗り替えられる。アメリカのリテーラー(ティファニー)によるダブルネームとティファニーブルーダイヤルを備えた最終仕様が、フィリップス・ニューヨーク・オークションにおいて650万4,000米ドルという驚異的な価格で落札された。

 ムーンフェイズ:Ref.5712(2006年〜)

 2006年、Ref.5711の発表と同時に、パテック フィリップはRef.5712も発表した。日付表示、パワーリザーブ表示、ムーンフェイズを備える5712は、短命に終わったRef.3712の後継モデルである。

 3ピース構造のケース、耳から耳まで43mmへとわずかに拡大されたサイズ、緩やかにカーブした耳、そしてブルーのグラデーションダイヤルなど、5711と同様のさりげない改良が随所に施されている。

▲  パテック フィリップ 〈ノーチラス〉Ref.5712/1A(2006年)

  本モデルには、同じくキャリバー240 PS IRM C LUが搭載されており、現在はパテック フィリップ・シールを取得している。この象徴的なムーブメントは、4時位置に配されたスモールセコンドの独特な配置によって、ダイヤル側からも容易に識別できる。

 マイクロローターのスペースを確保するため、歯車列は三日月形に配置されており、第4輪(秒針が取り付けられる輪)は、ケースバック側から見ると8時位置にある。一方で、第2輪のピニオンがダイヤル側の運針機構を駆動する構造となっている。

 ノーチラスRef.5712は同年、ステンレススチールに加え、ブラウングラデーションダイヤルを備えたピンクゴールド仕様でも登場した。このピンクゴールドモデルは、ノーチラスとして初めて一体型レザーストラップを採用した。

 その後、ホワイトゴールド仕様や、ホワイトゴールドとローズゴールドのコンビネーションモデルも製造された。

 また、2007年に開催されたチャリティオークション“オンリーウォッチ”のために、チタン製のノーチラスRef.5712がワンオフで製作され、52万5,000ユーロで落札されている。

 さらに2022年3月には、ティファニーのダブルネームを備えたバイメタル仕様のRef.5712GRが、クリスティーズのオークションにおいて20万1,600ドルで落札された。

クロノグラフ:Ref.5980(2006年〜)

 2006年には、Ref.5980/1Aが登場した。これはノーチラス初のクロノグラフであると同時に、パテック フィリップにとって初の自動巻クロノグラフでもあった。

 ケース径は10時位置から4時位置で計測して40.5mm、厚さは12.16mmである。Ref.5711と同様に3ピース構造のケースを採用しているが、ケースバック側にはラグ部分に横方向の突起が設けられており、これがベゼルとともに、ラグに配された4本の横向きスクリューによってケースミドルに固定される構造となっている。

▲  パテック フィリップ〈ノーチラス〉Ref.5980/1A(2006年)

  多くのノーチラスのリファレンスと比べると厚みはあるものの、市場に存在する大半の自動巻き・垂直クラッチ式クロノグラフと比較すれば、むしろスリムな部類に入る。

 搭載されるフライバッククロノグラフ、キャリバーCH 28-520 Cの厚さはわずか6.63mmである。これは常時秒針を備えないシンプルなクロノグラフ構造によるものである。その代わりに、6時位置には同軸上に12時間積算計を備えた60分積算計が配置されている。

 この設計により、第4輪を中央の垂直クラッチ機構内に組み込むことが可能となっている。常時秒針を持たないため、これをサブダイヤルに導くための追加歯車も不要となる。

 この歯車構成は理想的なものであり、垂直クラッチ方式の利点を最大限に引き出している。すなわち、クラッチおよびクロノグラフ秒針車が歯車列の動力伝達経路上に位置することで、作動時にも振り角への影響が極めて少なく、クロノグラフは最良の状態で機能する。

 さらに、クロノグラフ秒針を常時秒針として使用しても振り角の低下が生じず、第4輪とクロノグラフ秒針車が同期して回転することで摩耗も最小限に抑えられる。これは本ダイヤル構成に極めて適した設計である。

 また、キャリバー324 S Cと同様に、第3輪がダイヤル側の運針機構を直接駆動する。キャリバーCH 28-520 Cの振動数は毎時28,800振動(4Hz)、パワーリザーブは約55時間である。

▲  左:パテック フィリップ 〈ノーチラス〉Ref.5980/1AR(2013年) 右:  パテック フィリップ 〈ノーチラス〉Ref.5980R(2010年)

  2006年のステンレススティールモデルに続き、〈ノーチラス〉クロノグラフは2010年にローズゴールド仕様が登場し、2013年にはローズゴールドとステンレススティールのバイメタルモデルが加わった。

 さらに2016年には、ノーチラス誕生40周年を記念して、44mmケースのホワイトゴールド製リミテッドエディション、Ref.5976/1Gが発表されている。ダイヤルカラーはブルー、ホワイト、ブラックなど多彩に展開された。

 また、2012年頃のRef.5980/1A(ホワイトダイヤル)は、2022年10月にサザビーズのオークションにおいて94万5,000香港ドル(約12万1,138スイスフラン)で落札されている。

ミッドサイズの伏兵:Ref.5800(2006年〜2009年)

 2006年、Ref.5711、クロノグラフのRef.5980、そしてムーンフェイズのRef.5712が大きな注目を集める中で、同年に発表されたミッドサイズのRef.5800は見過ごされがちな存在であった。本モデルは、人気を博したRef.3800の後継機として登場したものである。

 ケース径は10時位置から4時位置で38.5mmと、前モデルよりわずかに大型化している。デザイン面でも、緩やかに丸みを帯びたケースの“耳”やブルーのグラデーションダイヤルなど、同様のアップデートが施されている。

 ムーブメントには、ジュネーブ・シールを取得したキャリバー330 SCが継続採用されていた。また、Ref.3712で初めて採用されたサファイアクリスタル製ケースバック一体型のモノブロックケース構造も特徴である。

 当時の市場がより大型ケースへと向かう流れにあったこともあり、広い支持を得るには至らず、最終的に2009年に生産終了となった。

▲  パテック フィリップ〈ノーチラス〉Ref.5800/1A(2006年)

  しかし、その短い生産期間と、近年のクラシカルなサイズ感への回帰も相まって、現在のノーチラスを巡る熱狂の中にあって、本モデルもまた例外ではない。

 2009年製の個体が、2022年7月のフィリップス香港オークションにおいて107万1,000香港ドル(約13万7,290スイスフラン)で落札されている。

 アニュアルカレンダー:Ref.5726(2010年〜)

 2010年、パテック フィリップはRef.5726Aを発表した。本モデルは、ブランドを象徴する複雑機構のひとつであるアニュアルカレンダーを搭載したノーチラスである。

 このアニュアルカレンダー機構は、1996年にRef.5035として初めて登場した。当時として画期的であったのは、その簡潔かつ合理的な構造にあった。

 グランドレバーやロッカーによる多層的な機構構成を特徴とする永久カレンダーから脱却し、歯車とピニオンを主体とした設計へと置き換えたのである。その結果、高い堅牢性と信頼性を実現している。

▲  パテック フィリップ 〈ノーチラス〉Ref.5726A(2010年)

  Ref.5726は、10時位置から4時位置で計測して40.5mm、厚さ11.3mmと、やや大ぶりなケースを備える。

 クロノグラフのRef.5980と同様に、ケースバックはラグ部の横向きスクリューによって、ベゼルとともにケースミドルへ固定される構造である。内部には自動巻キャリバー324 S QA LU 24H/303を搭載する。

 本リファレンスはステンレススチールのみで展開され、当初はダークグレーのグラデーションダイヤルに一体型レザーストラップの仕様で登場した。

 その後、2012年には一体型のステンレススチールブレスレット仕様が加わり、同年にはホワイトダイヤルモデルも登場している。 さらに2019年には、クラシックなブルーのグラデーションダイヤルが追加された。

▲  パテック フィリップ〈ノーチラス〉Ref.5726/A(2012年)

 ブルーのグラデーションダイヤルに一体型ブレスレットを備えた本リファレンスの直近の取引価格は、2022年10月5日にサザビーズで94万5,000香港ドル(約11万8,700スイスフラン)であった。

 トラベルタイム・クロノグラフ:Ref.5990(2014年〜)

 2014年、パテック フィリップはトラベルタイム・クロノグラフRef.5990Aを発表した。これはクロノグラフのRef.5980/1Aの後継機として位置付けられるモデルである。

 本モデルは、フライバッククロノグラフとデュアルタイム機構という実用性の高い二つの複雑機構に加え、現地時刻と連動するアナログ日付表示を組み合わせている。

 しかし、その価値は単なる機能性にとどまらない。Ref.5990/1Aは、複雑機構の美観と機構設計とを、ジェラルド・ジェンタによる象徴的なデザインに見事に融合させた、ノーチラスのラインナップの中でも特に完成度の高いリファレンスのひとつである。

▲  パテック フィリップ 〈ノーチラス〉Ref.5990/1A(2014年)

  リリースの時点で、これら二つの複雑機構はいずれもすでに他のパテック フィリップのモデルに存在していた。

 双方向調整機能と昼夜表示を備えたデュアルタイム機構は、2011年の〈アクアノート〉Ref.5164Aにおいて現在の仕様で初めて採用されており、一方で垂直クラッチ式フライバッククロノグラフはRef.5980で登場していた。

 しかし、デュアルタイム機構にアナログ日付表示とクロノグラフを組み合わせ、それをノーチラスに搭載するにあたり、3ピース構造のケースは再設計を余儀なくされた。

 注目すべきは、これらの操作系プッシャーが、舷窓をモチーフとしたアイコニックなケースデザインを損なうことなく巧みに統合されている点である。Ref.5990/1Aは複雑機構を備えたノーチラスの中でも、特に上手にまとめられている。

 ケースの2時および4時位置に配されたクロノグラフのプッシャーは、1時位置のケースサイドに設けられた日付調整用コレクターのスペースを確保するため、リュウズ寄りへと配置が調整されている。

 一方、タイムゾーン調整用のプッシャーは、9時位置の“耳”に巧妙に組み込まれている。

 1959年にパテック フィリップが特許を取得したデュアルタイム機構は、ルイ・コティエによって考案されたものであり、中央に2本の時針を備える構造である。スケルトン仕様の針がホームタイムを、ソリッドな針が現地時刻を示す。ケース9時位置の「+」「−」プッシャーを操作することで、時計を腕から外すことなく、現地時刻を1時間単位で前後双方向に調整することが可能である。

 ノーチラスRef.5990では、アクアノートRef.5164と同様に、この実用的な機構に加え、「LOCAL」「HOME」と表記された2つの小窓による昼夜表示がダイヤル上に備えられている。

 日付表示は、Ref.5980では3時位置の窓表示であったが、本モデルでは12時位置のアナログ表示へと変更されている。一方、6時位置の60分積算計はそのまま維持されるが、時間積算表示は廃されており、その結果、ダイヤルは極めて均整の取れた構成となっている。

 また、デュアルタイム機構の追加にもかかわらず、キャリバーCH 28-520 C FUSの厚さはわずか0.3mmの増加にとどまっている。その一因として、ブレゲ式ヒゲゼンマイに代えて、単一平面上で対称かつ等時性に優れるスピロマックス・ヒゲゼンマイが採用されたことが挙げられる。

 ケース径は10時位置から4時位置で40.5mm。本モデルはこれまでに2種類のみ展開されており、ブラックグラデーションダイヤルを備えたステンレススチール仕様と、ブルーグラデーションダイヤルを備えたローズゴールド仕様が存在する。

 2015年頃のRef.5990/1Aは、今年9月のサザビーズにおいて12万6,000ユーロ(約12万100スイスフラン)で落札されている。

 永久カレンダー:Ref.5740/1G(2018年〜)

 2018年までに、ノーチラスの需要は過熱の域に達していた。同年、パテック フィリップはすべてのステンレススチールモデルの価格改定を行うとともに、ブランドを代表する複雑機構である永久カレンダーをノーチラスに搭載したRef.5740/1Gを発表した。

▲  パテック フィリップ〈ノーチラス〉Ref.5740/1G(2018年)

  永久カレンダー機構は、1925年にパテック フィリップが先駆けて実用化したものであり、グランドレバーとクラシックな48カ月カムを用いた伝統的な構造を持つ。

 この機構は極めてエレガントで超薄型のキャリバー240をベースに構築されている。その結果、ケース厚はわずか8.42mmに抑えられ、パテック フィリップの永久カレンダーモデルの中で最薄となっている。

 ケースは3ピース構造を採用しているが、ケースバックにはクロノグラフのRef. 5980やアニュアルカレンダーのRef.5726と同様にラグ部の横方向の突起が設けられており、これがベゼルとともに、ラグの横向きスクリューによってケースミドルへ固定される構造である。

 ケース径は10時位置から4時位置で40mm。ホワイトゴールドケースにクラシックなブルーダイヤルを組み合わせる。

 2020年頃のRef.5740は、2022年10月5日にサザビーズにおいて201万6,000香港ドル(約25万3,200スイスフラン)で落札されている。

 Brands:Patek Philippe

※この記事は2022年10月に作成されたものです。

Brand:Tiffany
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