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オーデマ ピゲを救った時計、パーペチュアルカレンダー完全史

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ロイヤル オークこそがオーデマ ピゲを救った――。時計界では長らくそう語られてきた。しかし、その定説は本当に正しいのだろうか。
本稿では、ブランドの命運を変えたもうひとつの主役、パーペチュアルカレンダーに焦点を当てる。創業者ジュール=ルイ・オーデマが手掛けた19世紀の懐中時計から、世界初のうるう年表示付きパーペチュアルカレンダー腕時計Ref. 5516、そしてクォーツショックのただ中で誕生した超薄型自動巻きRef. 5548まで。その革新の系譜をたどりながら、オーデマ ピゲが機械式時計の未来を切り開いた真の理由を紐解いていく。

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The Complete History of the Audemars Piguet Perpetual Calendar

オーデマ ピゲを救った時計、パーペチュアルカレンダー完全史

ロイヤル オークこそがオーデマ ピゲを救った――。時計界では長らくそう語られてきた。しかし、その定説は本当に正しいのだろうか。本稿では、ブランドの命運を変えたもうひとつの主役、パーペチュアルカレンダーに焦点を当てる。創業者ジュール=ルイ・オーデマが手掛けた19世紀の懐中時計から、世界初のうるう年表示付きパーペチュアルカレンダー腕時計Ref. 5516、そしてクォーツショックのただ中で誕生した超薄型自動巻きRef. 5548まで。その革新の系譜をたどりながら、オーデマ ピゲが機械式時計の未来を切り開いた真の理由を紐解いていく。

by Wei Koh . Aug 20,2020

3大ブランドのキャラクター

 想像してみてほしい。由緒ある壮麗な邸宅で開かれる晩餐会に招かれたとする。そこには、スイス高級時計界におけるトップスリーが、ディナージャケット姿であなたを待っている。

 まず最初に挨拶してくれるのは、パテック フィリップ君だ。この一族における完璧なる優等生だ。

 アンダーソン&シェパードで仕立てたスーツをまとい、ハーバード・ロースクールとケンブリッジ大学トリニティ・カレッジを修めたフルブライト奨学生。その未来は、神に定められたかのように光に満ちている。

 次に現れるのがヴァシュロン・コンスタンタン君。どこか陰影を帯びた、長身痩躯の男で、カラチェニを完璧に着こなしている。

 内省的でありながら鋭く聡明で、ユークリッド幾何学とスーフィズム神秘思想の相関について蘊蓄を傾けている。

 すると突然、ドアが乱暴に開く。

 ペンキの飛び散ったチフォネリのタキシードの裾をモーターサイクルブーツに押し込み、ノーヘルでヴィンテージのノートンを飛ばしてきた。肩までの髪は乱れ放題。

 離婚したばかりの友人に“タントラの秘術”を教えていたという。映画スターのように人を惹きつける容姿。ジェイソン・モモアがバイロン卿を演じている姿を思い浮かべればいい。

 それこそが問題児――オーデマ ピゲ君である。

 オーデマ ピゲのつくるスイス高級時計は、仕上げもエレガンスも非の打ち所がない。しかし、私がル・ブラッシュのこのマニュファクチュールに最も惹かれる理由は、その野性的で、破壊的で、反逆的なところにある。

 彼は時計史におけるゲームチェンジャーそのものだ。20世紀以降における“スタイルと技術革新の融合”という概念そのものを形作ってきたのである。

パーペチュアルカレンダーの歴史

左:名匠ミシェル・“ル・ミック”・ロシャ。彼はジャン=ダニエル・ゴレイ、そしてウィルフレッド・バーニーとともに、36mmケースのRef. 5548パーペチュアルカレンダー腕時計という極秘プロジェクトに取り組んだ。当時は、時計業界そのものが終焉を迎えようとしているかのような時代だったのである。右:クォーツ・クライシスの時代を通じて真に卓越したリーダーシップを発揮したオーデマ ピゲのトップ、ジョルジュ・ゴレイ(ブランドを支えた一族のひとつ、ボッティネリ家からは“アンクル・ジョージ”の愛称で呼ばれていた)

永遠に色褪せることのない美を宿した、この比類なきパーペチュアルカレンダー懐中時計は、ブランドへの25年にわたる功績を称え、ジョルジュ・ゴレイ氏へ贈られたものである。ここに掲載されている個体は、現在ピグマリオン・ギャラリーのプライベートコレクションに所蔵されている(Image: Photo and watch, property of Pygmalion Gallery)

左:ジョルジュ・ゴレイ氏へ贈られたパーペチュアルカレンダー懐中時計。ハンターケース仕様のケースバックには、「GG」のイニシャルが刻まれている。右:伝説的デザイナー、ジェラルド・ジェンタの愛弟子にしてデザインの才人、ジャクリーヌ・ディミエ。〈ロイヤル オーク フロステッドゴールド〉の発表時に撮影された姿。

  オーデマ ピゲの愛好家の多くは、ジェラルド・ジェンタがデザインした〈ロイヤル オーク〉こそが、クォーツ・クライシスからオーデマ ピゲ(AP)を救ったと考えている。

 もちろん、ロイヤル オークは時計史に残る天才的創造だった。だが順番が少し違う。第一にブランドを経済的危機から救い出したのは、大胆不敵なパーペチュアルカレンダープロジェクトだったのだ。

 プロジェクトを担った5人の英雄たちは、まるでレジスタンス戦士のコードネームのような名を持っていた。

 その名は、ミシェル・“ル・ミック”・ロシャ、ジャン=ダニエル・ゴレイ、そしてウィルフレッド・バーニー。本稿では以後、彼らを“チームRGB”と呼ぶことにしよう。

 さらに彼らを支えたのが、さらに2人の傑出した人物。ひとりは、オーデマ ピゲのトップであり卓越したリーダーシップを発揮したジョルジュ・ゴレイ。そしてもうひとりが、伝説的デザイナー、ジェラルド・ジェンタの愛弟子、ジャクリーヌ・ディミエである。

 では彼らはいかにして、クォーツ・クライシスの猛威を食い止めたのか。この時代、他ブランドは機械式時計を見限り、旋盤やプレス機を破壊し、ムーブメントは重さで量り売りされていたのだ。

 その答えが、世界最薄の自動巻きパーペチュアルカレンダーの創造であった。このムーブメントは今日に至るまで、時計史における偉業として輝き続けている。

オーデマ ピゲきっての歴史家であり、複雑機構部門の責任者でもあるマイケル・フリードマンは、Cal. 2120/2800パーペチュアルカレンダーこそが、オーデマ ピゲを救ったムーブメントであると語る。

  オーデマ ピゲきっての歴史家であり、複雑機構部門の責任者でもあるマイケル・フリードマンは、こう語る。

「1978年という時代背景を考えてみてください。当時、複雑時計をつくっているブランドはほとんど存在せず、ましてやパーペチュアルカレンダーなどはなおさらでした。実際、それまで量産型のパーペチュアルカレンダー腕時計を製造していた唯一のブランドは、パテック フィリップだけだったのです。当時彼らが展開していたのが、1962年に登場したRef. 3448でした。直径37mm、厚さ11mmの、いわゆる“ディスコ・ボランテ”型ケースを備えたラウンドウォッチです。そこへオーデマ ピゲはRef. 5548を発表しました。厚さはわずか7mm。圧倒的に薄かったのです。これは実に大胆な時計でした。なぜなら、クォーツに飲み込まれつつあった世界に向けて、『待ってくれ、機械式時計でここまでできるのだ』と主張していたからです。クォーツウォッチと同等のサイズの中に、機械式のスーパーコンピューターを収めてみせたのです。そしてRef. 5548の細身でエレガントなプロポーションは、ロイヤル オークと同様に“モダン”の象徴となったのです」

 この時代において重要なのは、クォーツ時計が圧倒的精度と低価格によって市場を席巻していた一方で、“複雑機構を備えたクォーツ時計”は存在していなかったという事実である。

 複雑機構、なかでもパーペチュアルカレンダーは、まさに機械式時計だけに許された表現領域だった(この教訓を若き日のジャン=クロード・ビバーが見逃すことはなかった。当時オーデマ ピゲで働いていた彼は、その後、複雑機械式時計の勃興のためブランパンを立ち上げた)

 もしタイムマシンで当時へ戻れるなら、ロシャ、ゴレイ、そしてバーニーの3人にこう尋ねたい。

「なぜ、パーペチュアルカレンダーだったのか?」

 さて、ここでパーペチュアルカレンダーについて簡単に説明しておこう。

 4年に一度“うるう年”を設ける理由は、1年365日という暦が、実際の太陽年(およそ365.25日)より短いからである。

 つまり毎年、わずかな“ズレ”が積み重なっていく。そして4年ごとに2月29日を追加することで、その誤差を調整しているわけだ。

 さらに厳密に言えば、うるう日によって今度はわずかに時間が余ってしまうため、100年ごとにはうるう年が省略される。

 ともあれ、パーペチュアルカレンダーとは、

 曜日/日付/月/そして通常はムーンフェイズ

 までを表示する。

 しかもパーペチュアルカレンダーは“賢い”。

 もし犬に例えるなら、MENSA(IQが上位2%以内の人だけが入会できる国際団体)級の知能を持つボーダーコリーだろう。

 複雑なアルゴリズムを解きながら、俳句を詠み、完璧なイタリア語でヴェルディのオペラを歌い、その一方で羊の群れを追っているようなヤツである。

 なぜか? それは、

 30日・31日という月ごとの変化/2月の28日/そして4年ごとに訪れるうるう日

 そのすべてを、自動的に計算・補正できるのだ。

左:2016年にサザビーズで6万2500ポンドで落札された、トーマス・マッジ製パーペチュアルカレンダー懐中時計No. 525。現存する最古のパーペチュアルカレンダーである可能性が高い。これは1762年頃に後年取り付けられた銀製ケース仕様の個体である。右:No. 525のムーブメント(Image: sothebys.com)

左:トーマス・マッジ製パーペチュアルカレンダー懐中時計No. 525のムーブメント裏面に施されたエングレービング。 右:No. 525に使われている日表示および月表示(Image: sothebys.com)

裏蓋には時計師の名がエングレービングされている。No. 574は現在、大英博物館に所蔵されている(Image: britishmuseum.org)

 うるう年を自動補正しながら、半永久的に暦情報を表示し続ける驚異的機構――

 パーペチュアルカレンダーは、18世紀の英国を代表する伝説的時計師トーマス・マッジによって1762年に発明された。

 そして翌世紀には、目利きの紳士に好まれる懐中時計として広く人気を博した。

 時代は下って、1941年にパテック フィリップがRef.1518およびRef.1526を発表。これらが、世界初の量産型パーペチュアルカレンダー腕時計となった。

 ここで特筆すべきなのは、20世紀の大半において、量産型パーペチュアルカレンダー腕時計を製造していたブランドは、実質的にパテック フィリップとオーデマ ピゲのみだったという事実である。

 当時、パーペチュアルカレンダー腕時計を身に着けるということは、まるでスーパーコンピューターを手首に巻いてディナーパーティへ現れるようなものだった。しかもそれは、圧倒的なエレガンスと美しさをまとっているのである。

ジュール=ルイ・オーデマの“スクールウォッチ(卒業制作)”は、1875年以前に最初のモデルが完成し、その後20年にわたって工房内で改良が重ねられた。18Kピンクゴールド製で、パーペチュアルカレンダー、クォーターリピーター、さらに独立デッドビートセコンドまでも備えていた。

 さて、話を“ル・ミック”・ロシャ、ゴレイ、そしてバーニー――すなわちチームRGBへ戻そう。

 なぜ彼らは、超薄型自動巻きパーペチュアルカレンダーを作ろうとしたのか?

 その答えは、オーデマ ピゲがこの複雑機構と深い関係を築いてきたブランドだったからだ。その歴史は、メゾン創業者のひとりであるジュール=ルイ・オーデマにまで遡る。

 1875年にエドワール=オーギュスト・ピゲとともにブランドを創設する以前、オーデマはまず時計学校を卒業しなければならなかった。そのために必要だったのが、“スクールウォッチ”――すなわち、技術をマスターしたことを証明する卒業制作である。

 そしてオーデマは、最初から“時計界の怪物”だった。

 彼が提出したのは、クォーターリピーターを備え、さらにデッドセコンド(秒針が滑らかに動くのではなく、1秒ごとにジャンプする機構)を搭載した驚異的な懐中時計だったのである。

 しかも――そう、ご想像の通り――そこにはパーペチュアルカレンダーまで組み込まれていたのだ。

ジュール=ルイ・オーデマのスクールウォッチに備えられた、うるう年表示のクローズアップ。

 この時計を見ればわかるように、12時位置のサブダイヤル内には完全なうるう年サイクルが表示されている。48か月すべてが示され、それぞれの月がサイクル中の何年目にあたるのか判別できるのだ。

 これこそが、当時における伝統的なうるう年表示の方式だった。

 なお、パーペチュアルカレンダー機構付きの懐中時計では、うるう年表示そのものが省略されることも少なくなかった。

 たとえば、アメリカの自動車メーカー、ジェームズ・ウォードのために製作されたパテック フィリップ製懐中時計では、調整を行う際、通常は時計師が文字盤を外してセッティングする必要があった。

 そうした時代にあって、オーデマが完全なうるう年サイクル表示を採用したことは重要だった。

 そしてそれは後に、彼の名を冠するブランドが発表する驚異的な腕時計へとつながるのである。

アメリカの自動車メーカー、ジェームズ・ウォードのために製作されたパテック フィリップ製懐中時計には、パーペチュアルカレンダー用のうるう年表示が文字盤側にない。このような時計は、調整を行う際、時計師のもとへ送られ、文字盤を取り外してセッティングされていたのだ。

ジェームズ・ウォードのために製作されたパテック フィリップ製懐中時計に備えられた、月表示およびムーンフェイズ表示のクローズアップ。

Ref. 5516 ―うるう年表示を持つ世界初の永久カレンダー腕時計

 マイケル・フリードマンによれば、20世紀に入り腕時計時代が本格化すると、オーデマ ピゲも時折カレンダー複雑機構へ取り組むようになった。しかし、それらは例外なく、目の肥えた富裕顧客のために製作された一点物の特注品だったという。

 1950年以前に製作されたカレンダー複雑機構付き腕時計の総数は、わずか208本と考えられている。

 その中には、このツートーン仕様のコンプリートカレンダーRef. 5503も含まれている。デザイン的観点から見ると、この時計は2020年の〈[Re]Master 01 クロノグラフ〉にインスピレーションを与えたRef. 1533と明確な血縁関係を感じさせる存在である。

 そして1955年、オーデマ ピゲは真の“衝撃”を世に放つ。それがRef. 5516――世界初の“うるう年表示付き”パーペチュアルカレンダー腕時計である。

Ref. 5516 プレシリーズ

 Ref. 5516は、合計12本のみ製作された。

 そのうち3本は、パーペチュアルカレンダーを備えながらも、うるう年表示を持たない仕様だった。マイケル・フリードマンは、これらの時計を“プレシリーズ”と呼んでいる。

 そして『Audemars Piguet 20th Century Complicated Wristwatches(オーデマ ピゲ 20世紀の複雑時計)』128ページに、そのうち2本の写真が掲載されている。

 1本目、シリアル番号52722の個体は、ある時計師によって製作されたものだ。

 彼は、“60〜70年ものあいだ工房に眠っていた”とされる、文字盤下に組み込むタイプのパーペチュアルカレンダー機構――いわゆる“アンダーダイヤルワーク”――を発見し、それをCal. 13VZSSと組み合わせることで、実に壮麗な腕時計へと仕立て上げたのである。

 作業自体は1947年に行われ、この時計は最終的に1951年、バンコクで販売された。

オーデマ ピゲの完成時計台帳には、“ある時計師が、社内在庫の中で60〜70年ものあいだ眠っていた歴史的な14リーニュのパーペチュアルカレンダー用アンダーダイヤル機構を、1947年製のCal. 13VZSSへ組み込むよう改造した”と記されている。こうして完成したNo. 52722は、1951年にバンコクで販売された。その後、少なくとも半世紀にわたって同じ一家に受け継がれてきた。この時計は現在もなお、その地にあると考えられている。

 もう1本の時計は、ムーブメント番号52542を持つ個体で、1948年に製作され、1950年に著名リテーラー、ギュブランへ納品されている。

 この時計のケースは、よりデザイン性が強調されている。またこの個体では、日付表示が文字盤外周に印字されたスケールを、センター針で指し示す方式となっている。

 さらに興味深いのは、このプレシリーズ第3の個体が現存していることだ。この時計は上記個体とよく似た仕様を持ち、1962年、1600米ドルでニューヨークのパテック フィリップへ販売されている。

No.52542は外周日付表示と12時位置のムーンフェイズを備え、後年のRef.5516へとつながるデザインコードへ一歩踏み込んだ存在だった。しかし、この時点ではまだ、うるう年サイクル表示は搭載されていない。1948年に製造台帳に登場し、1950年にギュブランへ納品された。

 Ref. 5516 ファーストシリーズ

パーペチュアルカレンダー腕時計。ムーブメント番号66136、ケース番号11151。Cal. 13VZSSQP搭載、18Kイエローゴールドケース。文字盤はゴールド地にシルバープレート仕上げ。ブラックエナメル数字インデックス。アプライド仕様のイエローゴールド製アワーマーカー。イエローゴールド製時分針。ブルースティール製カレンダー針を備える。ムーブメントは1955年製作、時計は1959年にヴァシュロン・コンスタンタン(ジュネーブ)へ販売された。オーデマ ピゲ ヘリテージコレクション所蔵、インベントリーナンバー(登録番号)1732。

  伝説的なRef. 5516の真の完成形が姿を現したのは、1955年のことだった。ここに掲載されている時計こそがそのモデルであり、製作数はわずか3本に過ぎない。

 この時計が特別なのは、1875年にジュール・オーデマが自身のスクールウォッチで採用したものと同様の、48か月式うるう年表示を持っていることだ。そこに記された情報は、実に美しく、そして芸術的に配置されている。

 フリードマンはこう語る。

「驚くべきは、このエナメルダイヤル製作の技術水準です。この48か月表示を成立させるために、どれほど微細なディテールが必要か……」

 日付は、1948年製のプレシリーズRef. 5516と同様、文字盤外周に印字されたスケールをセンター針で指し示す方式となっている。

 ムーンフェイズは12時位置に表示され、一方で月表示は実は2か所に存在する。ひとつは3時位置の、視認性に優れたシンプルな表示。そしてもうひとつが、6時位置に凝縮された48か月式うるう年サイクル表示の中に組み込まれたものだ。

 さらに9時位置には曜日表示が置かれる。

 これほど大量の情報が文字盤上に配置されていることを考えれば、日付表示が、視認性を確保するため文字盤外周へ追いやられているのも理解できる。

 時分表示はセンターのゴールド針で示され、秒表示は、うるう年を示すブルー針と同軸上に取り付けられた小型のゴールド針によって行われる。

 ブルー針はすべてカレンダー情報に関係し、ゴールド針はすべて時刻表示に関係しているのである。

 Ref. 5516がもたらした衝撃は、いくら強調してもしすぎることはない。

 史上初めて、人々はパーペチュアルカレンダー腕時計を自分自身でセットできるようになったのだ。

 さて、ここでRef. 5516を、当時唯一の“量産型”パーペチュアルカレンダーだったパテック フィリップRef. 2497と比較してみよう。

 パテックはミニマルで、情報を削ぎ落とした端正なデザインである。一方、オーデマ ピゲはその対極にあり、情報量に満ち溢れている。

 オーデマ ピゲは大胆なスタイリングを持ち、パテックは抑制的だ。

 たとえるなら、オーデマ ピゲは、ロジェ・ヴァディム監督の映画『素直な悪女』(1956年)における、日焼けしたブリジット・バルドーだ。しなやかに腰を揺らし、官能的な魅力を振り撒いている。

 それに対しパテックは、優雅で洗練されたグレース・ケリー。

 もしこの2本が女性だったなら、片方は両親に紹介したくなる相手であり、もう片方は激しく恋に落ちたくなる相手だろう。

 どちらをとるかは、皆さん自身で判断してほしい。

パテックRef. 2497(左)は、ミニマルで要素を削ぎ落としたデザイン。オーデマ ピゲRef. 5516(右)はその対極にあり、豊かな情報に溢れている。

 Ref. 5516 セカンドシリーズ

 オーデマ ピゲRef. 5516最後の6本は、デザイン言語において大きな飛躍を遂げたモデルだった。これら6本はすべて1957年に製造へ移され、1963年から1969年にかけて販売されている。

 先行モデルとの最大の違いは、この段階でオーデマ ピゲが、情報量の多い48か月式うるう年サイクル表示を廃し、12時位置に、現在サイクルのどこに位置しているかをミニマルに示すクリーンな表示を採用した点にある。

12時位置にうるう年表示を備えた、セカンドシリーズRef. 5516の優れた個体。48か月スケールは廃されている(Image: Photo and watch, property of Pygmalion Gallery)

  この変更によって、Ref. 5516 セカンドシリーズの文字盤は整理され、よりクリーンな印象となった。

 しかし、この6本のうち、No. 73012だけは完全な48か月表示を維持していた。その表示は12時位置の極小サブダイヤル内へ収められており、正直なところ、読み取るには虫眼鏡が必要だろう。

Ref. 5516 セカンドシリーズの1本。ムーブメントおよびケース番号73012。Cal. 13VZSSQP搭載、18Kイエローゴールドケース。文字盤はゴールド地にシルバープレート仕上げ。ブラックエナメルによる数字および表記。アプライド仕様のイエローゴールド製アワーマーカー。イエローゴールド製時分針。ブルースティール製カレンダー針を備える。ムーブメントは1957年製作、時計は1968年にヴァシュロン・コンスタンタン(ジュネーブ)へ販売された。オーデマ ピゲ ヘリテージコレクション所蔵、登録番号1716。

〈ロイヤル オーク〉の登場

 時は1969年。セイコーが〈アストロン〉を発表する。手の届く価格帯の時計で、最初は無害な存在に思えた。しかし、32,768Hzで振動するクオーツ振動子を搭載したこの腕時計は、いかなる高振動・天文台クロノメーター認定の機械式時計をも凌駕する精度を備えていた。

 そしてこれこそが、クォーツ・クライシスの幕開けだったのである(なお、スイス勢もクォーツ技術の研究を進めていたが、市場投入ではセイコーに先を越された)

 この大変革の中、数え切れないほどの由緒ある時計メゾンが、機械式時計の注文を失い、倒産や消滅の危機へ追い込まれていった。

 スイス時計ブランドにとって、それはまさに生存を賭けた戦いだった。

 そして1972年、クオーツの猛攻がスイスを襲う最中、オーデマ ピゲは、おそらく20世紀後半で最も大胆不敵な時計――〈ロイヤル オーク〉を発表した。

 そのデザインは、過去とのあらゆる連続性を断ち切るものだった。

 八角形ベゼルを貫通してケースバックまで達する露出ビス、さらにはあえて露出させたラバーガスケットまでもが、独自のデザインモチーフとなっていた。

 さらにこの時計は、世界初の“インテグレーテッドブレスレット・スポーツシックウォッチ”でもあった。ゲイ・フレアー製ブレスレットは、時計全体と完全に一体化し、トータルデザインの一部となっていた。

 この時計は39mm径という当時としては巨大なサイズなだったため、“ジャンボ”の愛称で呼ばれることになる。しかしその一方で、厚さはわずか7.2mmしかなかった。これは、ジャガー・ルクルト設計のCal. 2121(日付機構付きCal. 2120で、厚さわずか3.05mm)を採用していたからである。

 素材はスティール。しかし価格設定はゴールドウォッチ並みだった。実際、当時の定価3650スイスフランがあれば、ジャガーを1台買うことすらできたのである。

 ブランドはRef. 5402“Aシリーズ”用に、最初から1000個ものスティールケースを発注していた。オーデマ ピゲ CEOジョルジュ・ゴレイの先見性と、文字通り“肝の据わった決断力”を示す逸話である。

 さらにその後、追加で1000個が発注され、Ref.5402 Aシリーズの総製造数は最終的に2000本となった。

左:1970年頃、フランス・パリで撮影されたカール・ラガーフェルドのポートレート。左腕には、彼自身のスタイルに合わせて特別にブラックアウト加工が施された〈ロイヤル オーク〉が確認できる(Photo by Daniel SIMON / Gamma-Rapho via Getty Images) 右:2014年12月、ロンドンのケンジントン宮殿で撮影された、ケント公マイケル王子。腕には、バイメタル仕様の〈ロイヤル オーク〉が確認できる(Wikimedia Commons / Allan Warren)

 しかし重要なのは、ロイヤル オークが成功するまでには時間がかかった、という事実である。

 実際、この時計が本格的に支持を集めるようになったのは、ジャンニ・アニェッリのようなイタリアのプレイボーイ、スペイン国王フアン・カルロス1世やケント公マイケル王子といった王族、さらにはカール・ラガーフェルドのようなデザイナーたち―そうした社交エリート層に愛用されるようになってからだった。

 やがてロイヤル オークは、ステンレススティール製腕時計にクルマ1台分もの金額を投じることができる、国際的エリートたちの“クラブ・エンブレム”となっていったのである。

 ある意味でリシャール・ミルの先駆けとも言えるが、この時計の途方もない価格設定そのものが、ロイヤル オークの魅力の一部だった。

 なぜならそれは、「ステンレススティール製腕時計に、高級車1台分の金を投じることができる」という事実を、静かに、しかし鋭く主張するものだったからである。

 マイケル・フリードマンはこう語る。

「それらはすべて事実です。しかし、“ロイヤル オークがクォーツ・クライシスからオーデマ ピゲを救った”というのは、完全には正確ではありません。ロイヤル オークが市場に浸透するには、ある程度の時間が必要でした。私はあれを、困難な時代における復活への第一歩、いわば序曲のような存在だと考えています。私にとって、本当にブランドの運命を反転させた時計は、1978年、危機のまさに頂点で発表されたRef. 5548 ウルトラシン・パーペチュアルカレンダー・オートマティックなのです」

 Ref. 5548 ―オーデマ ピゲを救った時計

 1978年までに、スイス国内の時計メーカー数は1600社から600社にまで減少していた。

 オーデマ ピゲにてパーペチュアルカレンダープロジェクトを率いた3人の時計師にとって、それは単に“ゲームチェンジャーとなる複雑腕時計”を作るだけではなかった。時計師たちの雇用を守ることでもあったのである。

 驚くべきことに、この“世界最薄自動巻きパーペチュアルカレンダー”開発計画は、経営会議から生まれたものではなかった。むしろ秘密裏に始まったプロジェクトだったのである。

 まるでレジスタンス戦士のように、チームRGBは勤務時間外にこのプロジェクトへ取り組み、夜陰に紛れて密かに集まっていた。

作業机に向かう時計師のミシェル・ロシャ(1990年頃)

  このチームを率いていたのが、オーデマ ピゲで34年にわたり働いていたミシェル・“ル・ミック”・ロシャだった。つまり彼は、Ref. 5516誕生の時代を実際に経験していた人物でもあった。

 彼は、技術部門を創設したジャン=ダニエル・ゴレイに声をかけ、ふたりは段ボール製モックアップを使いながら、このムーブメントの構想を練り始めた。

 さらに彼らは、設計図作成の支援を求めてヴァレ・ド・ジュー時計学校を訪れる。

 そして最後に、アフターサービス部門のウィルフレッド・バーニーのもとを訪れ、使い方について協議したのである。

左:Cal. 2120/2800搭載モデルにおける、文字盤下の機構ビュー。右:裏側から見た様子。ローターおよびテンプを確認することができる。

Tech Specs 名称:Cal.2120/2800 直径:28mm(12½リーニュ) 厚さ:3.95mm ムーブメントベース:ルクルト製。 アンダーダイヤル機構ベース:デュボア・デプラ製。 特徴:38石。 メインプレート、ブリッジ、自動巻きローターにはジュネーブストライプ仕上げを施し、ロジウムメッキ加工。アンダーダイヤルプレートにはペルラージュ仕上げを施した特殊ステンレススティールを採用。ステンレススティールパーツには鏡面面取りおよびストレートグレイン仕上げ。ネジはポリッシュ仕上げ。 調速機構:慣性ウェイト付きフリースプラングテンプ、または緩急針式リングテンプ。平ヒゲゼンマイ。5姿勢調整。耐震装置付き。 カレンダー機構:うるう年機能のためのマルタ十字機構、2枚のカム、12か月スター・ホイールを採用。曜日、日付、ムーンフェイズ調整用プッシュボタンを装備。初期は彩色ムーン、その後サファイアクリスタル製ムーンへ変更。 自動巻き機構:21Kゴールド製超薄型センターローター。ジュエルベアリング支持。 生産数(1977–1993):7219個 搭載モデル数(1977–1993):70リファレンス、少なくとも190のバージョン。

  超薄型カレンダーモジュールをCal. 2120――すなわちロイヤル オークを駆動していたムーブメント――と組み合わせるべきだと提案したのは、バーニーだった。この選択は大正解であり、プロジェクトにとって理想的なベースムーブメントとなる。

 Cal. 2120は、厚さわずか2.45mmという極薄ムーブメントである。しかしその一方で、フリースプラング式ジャイロマックステンプを備えることで高い堅牢性を実現していた。

 さらに、高効率な巻き上げシステムによって、振り角へ悪影響を与えることなく、パーペチュアルカレンダー機構を駆動する安定したエネルギー供給を可能としていた。

 このムーブメントでは、ローターの質量がすべて外周部へ配置されている。実際、ローター裏面を見れば、それがムーブメント内部へ一段落ち込むような構造になっていることがわかる。

 さらにローターは、ムーブメント外周全体を囲む円形レールによって支持されており、ルビーローラー上を回転することで、より滑らかな動作を実現している。

 また、ブリッジを持たない片持ち式香箱も特徴のひとつである。それによってムーブメント全体の薄型化に貢献している。

 これらを理解しておくことは重要だ。なぜなら2018年、オーデマ ピゲが〈ロイヤル オーク RD#2〉において超薄型パーペチュアルカレンダーCal. 5133を発表した際、これらの構造が再び重要な意味を持つことになるからである。

Cal. 2120/2802(Cal. 2120/2800の派生機)では、ローターがムーブメント外周部に沿ってムーブメント内部へ落ち込むような構造となっている。

  Cal. 2120/2800パーペチュアルカレンダー・ムーブメントの厚さは、直径28mmでありながら、わずか3.95mmしかなかった。

 このモジュールは、複雑機構スペシャリストとして知られるデュボア・デプラによって、オーデマ ピゲのために製造された。

 マイケル・フリードマンはこう語る。

「当時の時計製造は、ヴァレ・ド・ジューに存在する多くの専門工房と、各メゾンが協業することで成り立っていました。オーデマ ピゲはデュボア・デプラと長年にわたる関係を築いていたため、このプロジェクトで協力するのは自然な流れだったのです」

 1977年、この3人組はジョルジュ・ゴレイへ、この新しいムーブメントを披露する。

 ゴレイは完全に圧倒された。

 ブランドを支えたボッティネリ家のオリヴィエロ・ボッティネリはこう語る。

「ゴレイは未来を見通していた人物でした。ブランドが深刻な局面にある時ほど、大胆な賭けに出たのです。彼は、クォーツ・クライシスを生き延びる鍵は、“大胆さ”と“創造性”にあることを理解していました。誰も夢見ることすらできないもの、あるいは怖くて手が出せないもの――それこそが必要だったのです」

 ゴレイのプロジェクトに対する自信は絶大だった。

 時代は極めて厳しいにもかかわらず、彼は直ちに159本の製造を決定した。これは、1924年以来オーデマ ピゲが製作してきたカレンダーウォッチの総数にほぼ匹敵する数だった。

 しかし、どれほど偉大なムーブメントであっても、優れたデザインなくして完成はあり得ない。

 そこでゴレイは、ジャクリーヌ・ディミエという卓越した女性デザイナーへ、この仕事を託したのである。

左:伝説的デザイナー、ジェラルド・ジェンタの愛弟子的存在でもあったジャクリーヌ・ディミエ。右:ジャクリーヌ・ディミエのデザインワークを代表するひとつが、1986年に発表されたオーデマ ピゲのトゥールビヨンCal. 2870である。

  才気あふれるジャクリーヌ・ディミエは1975年にオーデマ ピゲへ加わり、1976年に発表された初代レディスのロイヤル オークをはじめ、多くのプロジェクトのデザインを手掛けた。

 その後彼女は、1986年に発表される世界初の量産型腕時計トゥールビヨンCal. 2870のデザインも担当することになる。この時計には、エジプトの太陽神ラーから着想を得た、有名なサンレイ・ギヨシェ装飾が採用されていた。

 Ref. 5548のデザインにおいて、ディミエは唯一の競争相手とも言える存在――1961年に発表された、当時唯一の量産型自動巻きパーペチュアルカレンダーであるパテック フィリップRef. 3448――を意識していたはずだ。

 彼女は当然、Ref. 3448が37mm径でありながら、厚さ11mmであったことを知っていただろう。

 それに対しRef. 5548は、直径36mm(一部仕様では37.5mm)でありながら、厚さはわずか7mmしかなかった。この差は、ライバルに対して大きなアドバンテージだった。

パテック フィリップRef. 3448(左)は、直径37mmでありながら、厚さは11mm。それに対しRef. 5548(右)は、直径36mm(一部仕様では37.5mm)でありながら、厚さはわずか7mmしかなかった。

  Ref. 5548のデザインは、“禅的な削ぎ落としの美学”と表現するのがふさわしい。

 Ref. 5516が多くの情報量を押し出した時計だったのに対し、Ref. 5548はあらゆる要素を研ぎ澄ませている。

 まず気づくのは、うるう年表示が存在しないことだ。これは、このクールでミニマルな時計においては、やや冗長な機能と考えられたためだろう。なお、この表示が復活するのは1995年を待たねばならない。

 文字盤は視認性に優れている。12時位置に月表示、3時位置に日付、6時位置にムーンフェイズ、9時位置に曜日表示という、明快なレイアウトが採用されている。

 また、Ref. 5516が巨大なセンターデイト表示を特徴としていたのに対し、Ref. 5548では、日付表示は3時位置のサブダイヤル内へ静かに収められている。

 すべては細身で抑制的だ。

 インデックスはバトン型で統一され、時分針も同様。コントラストとして機能するのは、12、3、9位置に配されたプリントインデックスのみである。

 ラグは劇的なまでに細く先端へ向かって絞り込まれている。そして唯一、強い個性を放つ要素は、シャープなダブルステップベゼルだろう。

 全体として、この時計はパテック フィリップRef. 3448よりもはるかにモダンな印象を与えた。

 その理由の一端は、パテックがクォーツ・クライシス以前の、まだ牧歌的だった時代に生まれた時計であるのに対し、Ref. 5548はクォーツという大嵐の真っただ中で誕生した時計だったという点にある。

 ディミエ、そしてロシャ、ゴレイ、バーニーの3人組が目指していたのは、機械式時計が到達し得る極限を世界へ示すことだった。

 そこには、クォーツ時計と同等サイズのケースに収められた、機械式の傑作があった。

 決して古びることなく、決して時代遅れになることなく、そして電池交換を必要としない。

 永久に暦を刻み続ける時計が、そこに存在していたのである。

Ref. 5548は、クォーツ時計と同等サイズのケースに収められた、機械式の傑作であった。(Image: Photo and watch, property of Pygmalion Gallery)

  

左:オーデマ ピゲのパーペチュアルカレンダー。ムーブメント番号274319、18Kイエローゴールドケース(ケース番号C21525/No.2156)。Cal. 2120/2800搭載。モデル5548BA。ムーブメントは1985年製作、時計は1986年に販売された。オーデマ ピゲ・ヘリテージコレクション所蔵、登録番号1445。右:18Kホワイトゴールド製Ref. 5548。Cal. 2120/2800搭載。オーデマ ピゲ ヘリテージコレクション所蔵、登録番号1584。

  Ref. 5548は、発表と同時に大成功を収めた。

 Cal. 2120/2800は、その生産期間を通じて実に7219個以上が製造されることになる。また、1977年から1991年にわたるRef. 5548の驚異的な生産期間中に確認されている製造本数は、合計2183本に達する。

 素材別では、イエローゴールドが圧倒的人気を誇り、2066本が製造された。

 一方で、ホワイトゴールド製はわずか80本、プラチナ製は32本、ステンレススティール製は4本、ローズゴールド製はたった1本しか存在しない。

 1984年には人気の頂点を迎え、実に675本ものRef. 5548が製造された。

 発売当時の価格は1万5500スイスフランだった(比較として、ロイヤル オーク Ref. 5402の発売時価格は3950スイスフランであった)

 Tech Specs   名称Ref. 5548 確認されている製造本数:2183本 表示機構:パーペチュアルカレンダー。曜日、日付、月、ムーンエイジおよびムーンフェイズ表示。時・分表示。 ムーブメント製造期間:1977–1991年 納品期間:1978–1994年 素材別製造本数:イエローゴールド:2066本、ホワイトゴールド:80本、プラチナ:32本、ステンレススティール:4本、ピンクゴールド:1本 サイズ:直径36mm〜37.5mm、厚さ7mm〜7.8mm。

1983年に発表されたブランパンRef. 6395コンプリートカレンダーと比較した、オーデマ ピゲRef. 5548。ブランパンのコンプリートカレンダームーブメントが厚さ4.98mmだったのに対し、オーデマ ピゲのパーペチュアルカレンダームーブメントは、さらに1mm以上薄い3.95mmしかなかった。なお、ブランパンがパーペチュアルカレンダーを発表するのは1991年になってからである。

  マイケル・フリードマンはこう語る。

「ご覧の通り、オーデマ ピゲを本当に救ったのはRef. 5548だったのです。私がこの時計で好きなのは、誰も複雑時計など作っていなかった時代――ましてや、まったく新しい記録破りの超薄型自動巻きパーペチュアルカレンダーなど考えもしなかった時代に、まさにオーデマ ピゲだけがそれを実現したという点です。そしてそれが、すべてを変えたのです。1984年に、私たちがこの時計を675本も製造していたなんて信じられますか? その年、スイス全体で製造されたパーペチュアルカレンダーは1066本しかなかったのですよ」

 さらに私見ではあるが、オーデマ ピゲRef. 5548は、その技術革新性と歴史的重要性を考えると、現在著しく過小評価されているという点である。

 実際、イエローゴールドモデルが1万ドル強程度で取引されているのを見たことがあるが、私にとっては驚きだ。

 美しいデザインを備え、文化的意義があり、さらに時計史を切り拓いたパーペチュアルカレンダーを比較的手の届きやすい価格で探しているコレクターには、特に希少金属仕様を中心に、このモデルを心から推薦したい。

 なお、初期個体は6時位置に “Swiss” 表記を備える一方、1982年以降の個体では “Swiss Made” 表記へ変更されている。

 またRef. 5548と、非常によく似たRef. 25657との違いは、サブダイヤル構造にある。Ref. 5548ではサブダイヤルが文字盤面とフラットであるのに対し、Ref. 25657ではサブダイヤルが沈み込んだ構造になっている。

 Ref. 5548についてさらに詳しく知りたい方は、ベン・ダンによる優れた記事もぜひ参照してほしい。

 1984年頃からオーデマ ピゲはリファレンス番号の先頭に“2”を付けるようになり、Ref. 5548はRef. 25548となった。

 1982年頃に登場したRef. 25657は、

 総製造本数:1821本 イエローゴールド:1309本 ピンクゴールド:362本 プラチナ:128本 ホワイトゴールド:16本 ツートーン:5本 ステンレススティール:1本

 という内訳である。

 Ref. 25657は、表情豊かな文字盤デザインの舞台ともなった。中でも、見事なエンジンターン・ダイヤルは特筆に値する。

スペイン語表記ダイヤルを備えたRef. 25548BA(Image: Photo and watch, property of Pygmalion Gallery)

エンジンターンドダイヤルを備えたパーペチュアルカレンダーRef. 25657BA。曜日表示サブダイヤルのクローズアップ。文字盤面から沈み込んだサブダイヤル構造が確認できる。通常パーペチュアルカレンダーでは、曜日サブダイヤルの12時位置に「SUN」が配置されるのに対し、この特別仕様では12時位置に配置されているのは「MON」となっている(Image: Photo and watch, property of Pygmalion Gallery)

  さらにこのモデルには、他にも興味深い文字盤仕様が存在した。アラビアインデックス仕様、独特な装飾パターンを備えた“タスカンダイヤル”仕様、さらには四つ葉のクローバー型サファイアと文字盤を組み合わせた仕様まで製作されている。

 個人的には、このタスカンダイヤルこそ、この時代でもっとも美しい時計のひとつだと思っている。そして幸運なことに、シンガポール・ウォッチクラブを率いる友人、トム・チングは、このモデルを所有しているのである。

左:トム・チン所有のRef. 25657PT“タスカンダイヤル” 右:同じく彼の所有するRef. 5558PT“スケルトンダイヤル”。いずれも、Ref. 5548から派生した、創造性豊かなパーペチュアルカレンダー表現の最高峰と言える個体たちだ(Image: Photo and watches, property of Pygmalion Gallery)

  Ref. 25661は、基本的にはRef. 25657と同じ時計だが、壮麗な装飾が施されたムーブメントを鑑賞できるシースルーバック仕様となっている点が異なる。

 総製造本数:342本 イエローゴールド:244本 プラチナ:37本 ホワイトゴールド:32本 ピンクゴールド:29本

 という内訳である。

 Ref. 25661の文字盤側では、12、3、9位置に配されたアプライドのドットインデックスにも注目したい。

 そしてこちらが、ウェブサイトA Collected Manのサイラス・ウォルトンが販売した、美しいサーモンダイヤル仕様のRef. 25661である。

A Collected Manに掲載されていた、サーモンダイヤル仕様のRef. 25661PT(Image: acollectedman.com)

Ref. 25661PTのシースルーバックのクローズアップ。華麗な装飾が施されたCal. 2120/2800を見ることができる。ローター外周部がムーブメント内部へ落とし込まれている構造にも注目したい。ここに掲載されている時計は、かつてA Collected Manに掲載されていた個体である(Image: acollectedman.com)

  初期のラウンドケース型オーデマ ピゲのパーペチュアルカレンダーの中でも、もっとも美しいモデルは何か――。

 それは1988年から1993年にかけて製造された、Ref. 25668のスケルトン、あるいはオープンワーク仕様であるに違いない。

 これらは合計205本が製造された。

 イエローゴールド:94本 プラチナ:79本 ピンクゴールド:30本 ホワイトゴールド:2本

 という内訳である。

左:オープンワーク仕様パーペチュアルカレンダー。Ref. 25668BA(総製造本数205本中、イエローゴールド製は94本)。ムーブメント番号294476、ケース番号C51512。Cal. 2120/2800搭載。ムーブメントは1988年製作、時計は1989年に販売された。オーデマ ピゲ ヘリテージコレクション所蔵、登録番号392。 右:“四つ葉のクローバー”パーペチュアルカレンダー。左はイエローゴールド製のRef. 25681BA、右はプラチナ製のRef. 25681PT(Image: Photo and watches, property of Pygmalion Gallery)

 Ref. 5548ファミリーの数々

左:エンジンターンドダイヤルを備えたパーペチュアルカレンダー。Ref. 25657PT(総製造本数1821本中、プラチナ製は128本)。ムーブメント番号373953、ケース番号C97806。Cal. 2120/2800搭載。ムーブメントは1992年製作、時計は1993年に販売された。オーデマ ピゲ ヘリテージコレクション所蔵、登録番号755。右:四つ葉のクローバーダイヤルを備えたパーペチュアルカレンダー。Ref. 25681OR(総製造本数123本中、ピンクゴールド製は28本)。ムーブメント番号324681、ケース番号C66276。Cal. 2120/2800搭載。ムーブメントは1989年製作、時計は1990年に販売された。オーデマ ピゲ ヘリテージコレクション所蔵、登録番号776。

左:12角形ケースを備えたオープンワーク仕様パーペチュアルカレンダー。Ref. 5564PT(総製造本数16本中、プラチナ製は14本)。ムーブメント番号227069、ケース番号C12134。Cal. 2120/2800搭載。ムーブメントは1983年製作、時計は1985年に販売された。オーデマ ピゲ ヘリテージコレクション所蔵、登録番号1130。右:バゲットカットダイヤモンドをセッティングしたパーペチュアルカレンダー。Ref. 25579BC(総製造本数19本中、ホワイトゴールド製は8本)。ムーブメント番号273819、ケース番号C4610。Cal. 2120/2800搭載。ムーブメントは1984年製作、時計は1985年に販売された。オーデマ ピゲ ヘリテージコレクション所蔵、登録番号1579。

左:エンジンターンドダイヤルを備えたパーペチュアルカレンダー。Ref. 25657BA(総製造本数1821本中、イエローゴールド製は1309本)。ムーブメント番号373937、ケース番号D7678。Cal. 2120/2800搭載。ムーブメントは1992年製作、時計は1993年に販売された。オーデマ ピゲ ヘリテージコレクション所蔵、登録番号1589。右:ダイヤモンドセッティングダイヤルを備えたパーペチュアルカレンダー。Ref. 5579BA(総製造本数19本中、イエローゴールド製は11本)。ムーブメント番号273833、ケース番号C7027。Cal. 2120/2800搭載。ムーブメントは1984年製作、時計は1985年に販売された。オーデマ ピゲ ヘリテージコレクション所蔵、登録番号1377。

 アイコンの誕生〈ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダー〉

 1949年、英国人作家ジョージ・オーウェルは、小説『1984年』の中で未来社会をディストピアとして描いた。

 そこでは英国は“エアストリップ・ワン”へ変貌し、“ビッグ・ブラザー”なる存在に率いられた強権的監視国家となっている(この設定をシンガポールになぞらえる者もいる。)

 だが現実の1984年は、まったく異なる時代だった。

 ホワイトハウスにはロナルド・レーガンが座し、世界経済は好景気に沸いていた。ヤッピー文化が社会現象となり、世の中は上昇志向へ突き動かされていたのである。

 その年の映画界を見ても、ダリル・ハンナ主演の『スプラッシュ』、『ゴーストバスターズ』、『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』、そしてジェームズ・キャメロン監督デビュー作『ターミネーター』など、楽観的で現実逃避的な娯楽大作が並んでいた。

 『ターミネーター』は、後にオーデマ ピゲのアンバサダーとなる、7度のミスター・オリンピア優勝者にして俳優――アーノルド・シュワルツェネッガーの出世作でもあった。

 そしてオーデマ ピゲもまた、依然としてクォーツ・クライシスの荒波の只中にはいたものの、経営は安定へ向かいつつあった。

 Cal. 2120/2800の誕生によって、マニュファクチュールは時計職人チームを倍増させることができた。それは、スイス・ヴァレ・ド・ジューの時計製造の中心地ル・ブラッシュにおいて、貴重な雇用を生み出すことにもつながった。

 1984年、オーデマ ピゲはこのムーブメントを搭載した時計を675本も製造している。これは、その年スイスで製造された全パーペチュアルカレンダーの半数以上を占める数字だった。

 同時に〈ロイヤル オーク〉は、スタイルとモダニティの象徴となっていた。それは、極めて限られたエリート層だけに許された“会員証”でもあったのである。

 そして1984年、時計史上もっとも重要な時計のひとつと呼ぶべきモデルが誕生する。

 〈ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダー〉である。

 この時計は、オーデマ ピゲによるふたつの革命的成果――ロイヤル オークと、世界最薄自動巻きパーペチュアルカレンダームーブメントCal. 2120/2800――を合体させた存在だった。

 それは瞬く間にアイコンとなった。

 Ref. 5554は、その後長く続くオーデマ ピゲの代表作となる。そしてこの時計は、誕生した年から現在に至るまで、まったく色褪せていない。

 整理のため、本稿ではロイヤル オーク パーペチュアルカレンダーを3つの時代に分類したい。

 第一世代は、1984年から1993年まで製造された、うるう年表示を持たないモデル群。

 第二世代は、1995年から2014年までの、うるう年表示搭載モデル群。

 興味深いのは、この長い期間を通じても時計の基本設計がほとんど変わらなかった点だ。ケース径は39mm、厚さは9.3mm。これは、厚さ7.2mmだったRef. 5402よりわずか2.1mm厚いだけだった。

 第三世代は、2015年以降のモデル群である。

 ケース径は39mmから41mmへ拡大され、年周週表示を備えたCal. 5134系ムーブメント(厚さは3.95mmから4.31mmへ増加)を採用したことで、ケース厚は9.5mmへとわずかに増した。

 当時の視点で考えてみてほしい。

 ケース形状を持ち、さらにインテグレーテッドブレスレットを備えたスポーツシックなパーペチュアルカレンダーなど、他にはほぼ存在しなかった。

 パテック フィリップ Ref. 3448は翌年Ref. 3940へ移行しようとしていたが、それは依然としてクラシカルなラウンドウォッチだった。

 ブランパンはまだCal. 6395系コンプリートカレンダーに注力しており、パーペチュアルカレンダーの登場まではなお数年を要した。しかもその時計は、Ref. 5548や新しいロイヤル オーク パーペチュアルカレンダーより厚かったのである。

 ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダーは、世界がそれまで見たことのない時計だった。

 それは過去との完全な決別だった。

 モダンなケースとモダンなムーブメントが結びつき、史上もっとも革新的な複雑時計のひとつが誕生したのである。

Part I  うるう年表示を持たないモデル群(1984年〜1993年頃)

Ref. 5554(25554)、25636、25654、25624、25651 総数:1630本

 ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダーの歴史へ入る前に、まずはWatch Collecting Lifestyleに掲載された優れた記事へ敬意を表しておきたい。

 ロイヤル オーク“Aシリーズ”Ref. 5402STは、厚さわずか7.2mmという驚異的な薄さを誇っていた。そして搭載されるムーブメントの厚さは、わずか3.05mmしかなかった。

 それに対し、ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダー Ref. 5554は、ケース厚9.3mm、ムーブメント厚3.95mmである。

 ロイヤル オークの魅力のひとつは、手首上での力強い存在感と、鋭く引き締まった薄さとのあいだに生まれる、独特の緊張感にある。

 そのためRef. 5554の開発にあたってオーデマ ピゲは、この魅力的なコントラストを失わないよう細心の注意を払った。

 ケース径は39mmのまま維持され、すべてのパーペチュアルカレンダー情報を収めながらも、厚さはわずか9.3mmに抑えられている。

 第一世代 Ref. 5554

 Ref. 5554は、その歴史的重要性だけを取っても、この系統の時計における“グレイル(聖杯)”と呼ぶべき存在である。

 そのため、第一世代モデルは比較的希少だ。

 初期ローンチシリーズの総製造本数はわずか279本。

イエローゴールド:229本 ステンレススティール:49本 プラチナ:1本

 という内訳である。

 マイケル・フリードマンはこう語る。

「これら初期モデルは、後年モデルやRef. 5402で知られる“プチタペストリー”装飾を持たない、滑らかな文字盤を備えていました。ですから、もしRef. 5554に別仕様のダイヤルが付いている場合、それはサービス時などに交換された可能性が高いでしょう」

ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダー。Cal. 2120/2800搭載。1985年に発表されたステンレススティール製Ref. 25554STのプロトタイプ。オーデマ ピゲ ヘリテージコレクション所蔵、登録番号455。

 Tech Specs Ref. 5554 確認されている製造本数:279本 表示機構:パーペチュアルカレンダー。曜日、日付、月、ムーンエイジおよびムーンフェイズ表示。時・分表示。 ムーブメント製造期間:1983–1991年。 納品期間:1983–1993年。 素材別製造本数:イエローゴールド:229本、プラチナ:1本、ステンレススティール:49本。

  さらに話を面白くするのが、1985年にオーデマ ピゲが、ベゼル外周にダイヤモンドをセッティングしたイエローゴールド製ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダーRef. 25624を、たった1本だけ製作していたという事実である。

 この時計について最後に確認されている記録は、2017年にWatchProSite.comのコレクターズマーケットプレイスへ出品された際のものだ。

 第二世代 Ref. 25636 スケルトンダイヤル

 1986年、美しいスケルトンダイヤルを備えたRef. 25636が発表された。

 ここで私が“美しい”と言う時、それは今すぐ子供と腎臓を売ってでも買うべきレベルの美しさを意味している。

 うるう年表示を持たないロイヤル オーク パーペチュアルカレンダーのスケルトンモデルは、すべてこのRef. 25636に属する(うるう年表示付きスケルトンモデルはRef. 25829となる。)

 ここでいう“スケルトン”とは、本来はソリッドである文字盤をサファイア製へ置き換え、通常は見ることのできない部分まで含め、ムーブメント全体に施された驚異的な仕上げを鑑賞可能にした仕様を意味している。

 モデルの総製造本数は264本。イエローゴールド:126本 ステンレススティール:52本 ツートーン:49本 プラチナ:34本 ローズゴールド:3本

 という内訳である。

 なおツートーン仕様には、ローズゴールドケースにプラチナ製ベゼルおよびプラチナ製センターリンクを組み合わせたモデル、ステンレススティールケースにプラチナ製ベゼルおよびプラチナ製センターリンクを組み合わせたモデルが存在する。

スケルトンダイヤル仕様のRef. 25636。この個体はプラチナ製である(Image: acollectedman.com)

Ref. 25636のスケルトンダイヤルとシースルーバック(Image: acollectedman.com)

オーデマ ピゲ〈ロイヤル オーク〉カンティエーム・パーペチュアル・スケルトンRef. 25636RP。1993年にわずか25本限定で製造され、1995年に販売されたモデル。ケースおよびブレスレットは、18Kピンクゴールドとプラチナを交互に組み合わせた仕様となっている(Image: antiquorum.swiss)

  私に言わせれば、これらこそ、うるう年表示を持たないモデル群の中でもっとも美しく、もっともコレクタブルな時計である。そして製造本数という観点から見ても、これらは最希少モデルに属する。

 さらに、Ref. 25651として、イエローゴールド製のユニークピースも1本だけ製作されている。

Ref. 25651BA.ZZ.0344BA.01。八角形ベゼル外周にダイヤモンドをセッティングした、うるう年表示なし仕様のロイヤル オーク パーペチュアルカレンダー。オーデマ ピゲ ヘリテージコレクション所蔵。

 第三世代 Ref. 25654

 そして1980年代後半から1990年代初頭にかけて、オーデマ ピゲは、うるう年表示を持たないロイヤル オーク パーペチュアルカレンダーの新たなシリーズを、Ref. 25654として発表した。

 このリファレンスからは、実に美しいモデルが数多く誕生している。

 もし1995年以前製造の、うるう年表示を持たないロイヤル オーク パーペチュアルカレンダーで、“クル・ド・パリ”あるいは“ホブネイル”ダイヤルを備えた個体を見つけたなら、それはこのRef. 25654系に属するはずである。

 製造本数は、ステンレススティール:272本 イエローゴールド:422本 プラチナ:33本 ホワイトゴールド:1本

 という内訳となっている。

 さらに72本のツートーン仕様も製作された。その中には、プラチナとローズゴールドを組み合わせた、この美しい個体も含まれている(これはRef. 25636ツートーンモデルとは逆配色となっている)

ステンレススティールとゴールドを組み合わせたツートーン仕様のRef. 25654(Image: Photo and watch, property of Pygmalion Gallery)

 ただし、その大半はスムースダイヤル仕様として製造された。ちなみに、ここで紹介するのは、私がこれまで見た中でもっともクールなRef. 25654STである。完全にトロピカル化したダイヤルの個体だ。

ミルクチョコレートのような豊かな色合いへ完全に酸化変化したタペストリーダイヤルを備えるRef. 25654ST(Image: watchprosite.com)

  総計すると、うるう年表示を持たないロイヤル オーク パーペチュアルカレンダーは1630本製造された。内訳は以下の通りである。

 第一世代 Ref. 5554(25554)、第二世代 Ref. 25636(スケルトンダイヤル仕様)、第三世代 Ref. 25654

 さらに、ジェムセッティングを施した異色作として、Ref. 25624とRef. 25651がそれぞれ1本ずつ製作されている。

 これら初期世代の“うるう年表示なし”ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダーの価格は、この4年ほどでほぼ3倍に高騰している。なぜだろうか。

 第一の理由は、2017年に〈ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダー セラミック〉が、ソリッドダイヤル仕様とスケルトン仕様の両方で登場したこと。

 さらに2018年の実験作RD#2をベースにした2019年の〈ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダー ウルトラシン〉が発表されたことで、ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダー自体が “最もホットな時計”のひとつになったことである。

 第二の理由は、1980〜90年代を通じて製造本数がわずか1630本しか存在しないことに、市場がようやく気付き始めたことだ。

 第三の理由は、バリエーションの豊富さである。多様な仕様が存在するため、特定リファレンスへ注目しやすいのである。

 第四の理由(そしておそらく最重要)は、ヴィンテージディーラーたち――特に市場トレンドを形成するイタリア系ディーラーたち――が、このモデル群へ本格的にポジションを取り始めたことだ。それによって価格が一気に上昇した。

 では、それは間違っているのだろうか?

 必ずしもそうではない。結局のところ、価格とは市場が決めるものだからだ。実際、これは何も前例のない話ではない。

 なぜゼニスベースのR番デイトナ、特にポーセリンダイヤル仕様が10万ドルを大きく超える価格になっているのか? あるいは、なぜポール・ニューマン・デイトナ全般が現在のような価格帯に達しているのか?

 それは、まさに同じようなディーラーたちが市場形成をリードし、そして消費者側もその価格上昇を受け入れたからである。

 第五の理由は、ロイヤル オークのデザインと伝説的Cal. 2120/2800との融合体であるという点で、これらの時計が高い歴史的重要性を持つからだ。

 しかし……、それら全部を抜きにしても、ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダーは本当に凄い時計である。

 1980年代に誕生した、“超薄型+複雑機構+インテグレーテッドブレスレット+スポーツシック”という要素を併せ持つ時計として、完全に唯一無二なのだ。

 Part II うるう年表示の復活(1995–2015年)

Ref.25810、25686、25820、25829、25930、25865

 1995年、オーデマ ピゲは創業120周年を記念し、Cal.2120/2802を搭載したRef.25810(正確には25810.OR.01)を発表した。

 ローズゴールド製ケースを採用したこのロイヤル オーク パーペチュアルカレンダーには、前作と比べ、ひとつ大きな違いがあった。うるう年表示の復活である。

 この表示は、12時位置の月表示インダイヤルにおいて、月表示針と同軸上に配置された針によって示された。そのうるう年サイクル表記には、第2世代Ref.5516とまったく同じ書体が用いられている。

 私にとって、このモデルは、ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダー史において、最も歴史的意義に富み、かつ魅力的な仕様のひとつである。

1995年、オーデマ ピゲは創業120周年を記念し、限定モデルRef.25810.OR.01を発表した。この時計では、12時位置の月表示インダイヤルにおいて、月表示針と同軸上に配置されたうるう年表示が復活している。さらに、そのうるう年サイクル表記には、第2世代Ref.5516とまったく同じ書体が採用された(Image: Photo and watch, property of Pygmalion Gallery)

左:6時位置インダイヤルには、1995年の創業120周年を記念する「1875-1995」の表記が記されている。右:ローターには「120」の数字をあしらった、豪華な手彫り装飾が施されている(Image: Photo and watch, property of Pygmalion Gallery)

 Ref.25686

 1996年には、Ref.25686が発表された。このモデルは“うるう年表示を持たない最後のロイヤル オーク パーペチュアルカレンダーである。

 なぜオーデマ ピゲは、うるう年表示付きモデルの登場から1年後になって、あえてこのリファレンスを投入したのだろうか?

 理由として考えられるのは、うるう年表示を備えないCal.2120/2800ムーブメントの在庫が残っており、それを用いて最後のシリーズを製作した可能性である。

 Ref.25686には、奔放で官能的ともいえるほど、多彩なダイヤルバリエーションが存在する。

 カラード・マザーオブパール仕様を数多く見かける一方で、スムースダイヤル、ホブネイルダイヤル、さらにはタスカンダイヤル仕様まで存在している。

 ケースバリエーションも豊富で、ステンレススティール×プラチナのツートーン仕様、フルステンレススティール仕様、プラチナ×18Kローズゴールド仕様、さらにはフルプラチナ仕様まで展開された。

左:ステンレススティール製のロイヤル オーク パーペチュアルカレンダー Ref.25686ST。右: Ref.25686PR。ローズゴールドとプラチナ製、ローズゴールドダイヤル(Image: Photo and watch, property of Pygmalion Gallery)

左:ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダー Ref.25686RP。ローズゴールドとプラチナ製、ダイヤモンドをセッティングしたマザー・オブ・パールダイヤル。右:Ref.25686SP。ステンレススティールとプラチナ製。人気の高い“タスカンダイヤル”を備える(Image: Photo and watch, property of Pygmalion Gallery)

 1997〜98年にかけて、オーデマ ピゲは直径33mmのRef.25800を発表した。さまざまな素材で展開され、ホワイトゴールド仕様が登場したのもこのモデルが初めてだった。表向きにはレディスだが、手首の細い男性も意識して作られていた。

 これは、小ぶりな腕の持ち主や、価格面で魅力のある複雑機構搭載のオーデマ ピゲを探している人にとっては注目のモデルだ

左:オールイエローゴールド仕様のロイヤル オーク パーペチュアルカレンダーRef.25686BA、右:オールイエローゴールド製の33mmモデル、Ref.25800BA(Image: Photo and watches, property of Pygmalion Gallery)

Ref.25820

 1998年、Ref.25820が登場する。これは、限定モデルRef.25810で初めて採用された、うるう年表示付きムーブメントCal.2120/2802が通常生産モデルへと本格導入されたタイミングであった。

 ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダーRef.25820は、きわめて多彩なバリエーションで展開された。

 ステンレススティールでは、スムース仕上げのシルバーダイヤル、ホワイト・タペストリーダイヤル、さらに3種類のブルー・タペストリーダイヤルを含む計5種類が存在した。

 18Kイエローゴールドでは2種類、プラチナでも2種類、さらにステンレススティール×プラチナ仕様では3種類が用意された。

 そして、おそらく最も人気を集めるのが、タンタルとローズゴールドのコンビネーションモデル、タンタルとイエローゴールドのコンビネーションモデル、さらには“ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダーの王者”とも呼ぶべき、タンタル×プラチナ仕様である。

 なかでも特に人気が高いのが、プラチナケースにサーモンダイヤルを組み合わせたモデルだ。

左:ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダー Ref.25820ST、ホワイト・タペストリーダイヤル仕様。右:Ref.25820ST.OO.0944ST.04。3種類存在するブルー系タペストリーダイヤルのうちのひとつ。

左:ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダーRef.25820BA。オールイエローゴールド製で、ホワイト・タペストリーダイヤル仕様。右:Ref.25820SP。プラチナとステンレススティールのコンビ仕様で、ホワイトダイヤルを備える。

左:ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダー Ref.25820SP。プラチナとステンレススティールのコンビ仕様で、ブルーダイヤルを備える。右:Ref.25820TR。ローズゴールドとタンタルのコンビ仕様(Image: antiquorum.swiss)

左:ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダー Ref.25820PT。プラチナ製で、サーモン・タペストリーダイヤル。 右: Ref.25820PT。プラチナ製で、プレーン仕上げのノン・タペストリーダイヤル(Image: Photo and watch, property of Pygmalion Gallery)

Ref.25829

 1990年代には、Ref.25829も登場した。このモデルは、スケルトンダイヤル仕様で、ステンレススティール、プラチナ、18Kイエローゴールド、18Kローズゴールド、そして3種類のタンタル・コンビモデル(プラチナ、ローズゴールド、イエローゴールド)で展開された。

 私がとりわけ注目するのは、タンタルを用いたツートーン仕様である。このスティールモデルは、私の友人であるモー・コッポレッタ(ロンドンを拠点とするタトゥー・アーティスト)が所有している。

 彼の芸術的感性と、時計に対する深い造詣に触れる度、この時計を所有するのに彼以上にふさわしい人物はいないと、私はいつも感じている。

左:ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダー Ref.25829ST、スケルトンダイヤル仕様。右: Ref.25829BA、スケルトンダイヤル仕様。

左:ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダー Ref.25829OR、スケルトンダイヤル仕様。 右:Ref.25829PT、スケルトンダイヤル仕様。

  1999年、オーデマ ピゲはRef.25930PTによって、より華やかなラグジュアリー路線へ踏み込む。これは、工場出荷時からダイヤモンドセッティングベゼルを備え、さらにオープンワークダイヤルを採用したプラチナ製ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダーである。

ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダー Ref.25930PT、スケルトンダイヤル仕様(Image: amsterdamvintagewatches.com)

Ref.25865

 Ref. 25865は、やや番外編的な存在である。この時計もパーペチュアルカレンダーを搭載しているが、ムーブメントは大きく異なる。

 このグランドコンプリケーションは、リシャール・ミルのトゥールビヨンやラトラパンテのムーブメントも手がける複雑機構のスペシャリスト、オーデマ ピゲ ルノー・エ・パピで製作された。

 1990年代半ばに発表されたRef. 25865は、スプリットセコンド・クロノグラフ、ミニッツリピーター、パーペチュアルカレンダーを備えている。

 ただし、パーペチュアルカレンダー表示を見る限り、そのモジュールのベースは、2120/2800に搭載されていたデュボア・デプラ製モジュールを180度反転させ、さらに水平配置のサブダイヤルに連続秒針とクロノグラフの積算秒針を同軸で加えたもののように見える。 

 その後も、ロイヤル オークにはいくつかのグランドコンプリケーションが作られることになるが、これらは2120/2800系とは関係しないため、ここでは触れないでおく。

Ref. 25865は、ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダーの系譜において異色の存在であり、パーペチュアルカレンダーに加えて、スプリットセコンド・クロノグラフとミニッツリピーターという複雑機構を組み合わせていた。

 2008年、オーデマ ピゲはレザーストラップ仕様のRef. 26252を発表する。ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダーに、レザーストラップ仕様が加わったのだ。

 しかし、個人的にはこのリファレンスはそれほど好みではない。なぜなら、ロイヤル オークとは本来、インテグレーテッドブレスレットを備えた時計だからである。

パートIII〈ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダー〉現代編(2015–2020年)

Ref. 26574、26579、RD#2、26586、26585、26579

 ふう……まだついてきてくれているだろうか? よし、それならネグローニでも作ってシガーに火をつけ、ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダーの現代編へ突入しよう。

 2015年、Cal. 5134を搭載したRef. 26574が登場する。これは、伝説的なオーデマ ピゲのパーペチュアルカレンダーにおける最初の大きな進化だった。ケースは従来の39mmではなく、新設計の41mmケースへ拡大されている。

 ムーブメント厚も、従来の3.95mmから4.31mmへと増した。理由は、ウィークインジケーター(週表示)が追加されたためである。

 しかしオーデマ ピゲは見事だった。ケース厚は先代の9.3mmに対して、わずか0.2mmプラスの9.5mmに抑えられている。

左:2015年に発表された、ブルーダイヤルを備えるスティール製ロイヤル  オーク パーペチュアルカレンダー Ref. 26574ST 右:ブルーダイヤルを備えるローズゴールド製。Ref. 26574OR〉

左:2015年に発表された、ホワイトダイヤルを備えるスティール製ロイヤル  オーク  パーペチュアルカレンダー Ref. 26574ST 右:ローズゴールド製。Ref. 26574OR

 年間の週番号がわかる表示は、ダイヤル最外周に配されたスケールを、センターに取り付けられた針で読み取る方式となっていた(これは5516の日付表示への巧みなオマージュでもある)。

 どうやら、この機構はファイナンス業界の人々にとって、財務計画を立てる際に便利らしい(欧米では週単位で財務計画を練るため)。

 もっとも、ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダーのオーナーの多くは富裕層で、彼らは会計士を雇っているはずだから、個人的にはいつも少し可笑しく感じてしまうのだが。

 ケースサイズの拡大自体は、実は2012年に前例がある。この年、オーデマ ピゲは通常のロイヤル オークを39mmから41mmへサイズアップしていた。

 一方で同年、オーデマ ピゲは〈ロイヤル オーク “ジャンボ” エクストラ シン〉Ref.15202も発表している。こちらは、オリジナル5402にほぼ忠実なサイズ感を持っていた(サファイアケースバック採用のため、わずかに厚みは増していた)

セラミック製の〈ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダー〉Ref. 26579CE

 2017年、ロイヤル オークは真の“トロフィーウォッチ”へと進化する。この年、マニュファクチュールは、オールセラミック仕様のパーペチュアルカレンダーRef. 26579CEを発表したのである。

 この時計はケースからブレスレットまで、すべてのパーツにオーデマ ピゲ基準の高度なサテン仕上げとポリッシュ仕上げが施されていた。

 その結果、市場に存在する大半のセラミック製ツールウォッチとは一線を画す、極めてラグジュアリーな存在となったのである。

 このモデルは、まったく新しい顧客層も惹きつけた。従来であればリシャール・ミル、あるいは〈ロイヤル オーク オフショア〉を好んでいたコレクターたちが、この時計に強く反応したのである。

 同時に、この時計は筋金入りの時計愛好家たちの心も掴んだ。その結果、生産数の限られたこのタイムピースは、世界でもっとも入手困難な時計のひとつとなっていった。

 このセラミックモデルによって、オーデマ ピゲがどのような顧客層を引き寄せ始めたのか。その一例として挙げられるのが、アメリカ人俳優のケヴィン・ハートが、自身のロイヤル オーク パーペチュアルカレンダーを着用している姿である。

2018年9月11日、ジョージア州アトランタのモアハウス大学で開催された「REAL TALK」に登壇した俳優のケヴィン・ハート(右)。その腕にはロイヤル オーク パーペチュアルカレンダー セラミック Ref. 26579CEが確認できる(Photo by Paras Griffin/Getty Images for Universal Pictures)

 〈ロイヤル オークRD#2〉(2018年)

 2018年のSIHH(ジュネーブサロン)でもっとも大きな話題のひとつとなったのは、“買うことのできない時計”だった。

 それが、オーデマ ピゲの〈ロイヤル オーク RD#2〉である。RDとは“Research & Development(研究開発)”を意味し、最初のRDがブランド屈指の超複雑機構“スーパーソヌリ”の基盤となったことでも知られている。

 この新作は、ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダーを“ウルトラ シン”化したモデルだった。では、どれほど薄かったのか? 

 ケース径41mmに対し、厚さはわずか6.3mm。これは、1972年にロイヤル オークの歴史を切り開いた、タイムオンリーの5402(厚さ7.2mm)よりも、実に約1mmも薄かったのである。

ロイヤル オークRD#2 Ref. 26586のケース厚は、わずか6.3mmに抑えられている。

  オーデマ ピゲは、どのようにしてこれを実現したのだろうか? その答えは、実に美しい形でオリジナル2120/2800へのオマージュを捧げた点にある。

 このムーブメントを生み出したのは、“RGB”―すなわちロシャ、ゴレイ、ベルネイのチームなのだ。

 時計のベースには、20世紀後半から新世紀に至るまで、オーデマ ピゲの時計作りを支えてきた名機Cal. 2120が引き続き採用されていた。しかし、カレンダー機構は大きく刷新されている。

 まず、従来のようなモジュール構造ではなく、パーペチュアルカレンダー機構そのものをCal. 2120のベースムーブメントへ完全統合した。

 さらに、ムーブメント構成を水平方向へ展開することで、厚みを抑えつつ直径を拡大。従来28mmだったムーブメント径は、32mmへと広げられている。

 この構造変更に伴い、各表示の配置も変更された。ムーンフェイズは12時位置へ移され、3時位置に月表示、6時位置に日付表示、9時位置に曜日表示が配されている。

2018年に発表されたロイヤル オーク RD#2

  だが、最大の変更点は別にあった。うるう年表示は、従来のように月表示と同軸ではなく、4時位置の小さなサブダイヤルへ移されたのである。

 一方、8時位置には昼夜表示が配置された。これは、パーペチュアルカレンダーの切り替え時間帯に操作してしまうことを防ぐための重要な機構だ。

 その結果、ムーブメント厚はわずか2.89mmに到達した。これは、Cal. 2120/2800の3.95mm、あるいはCal. 5134の4.31mmと比較しても驚異的な薄さである。

 発表会では、われわれの欲望をさんざん煽り立てたあと、オーデマ ピゲは「RD#2はあくまでコンセプトウォッチである」と告げ、誰も購入できないまま会場を後にさせた。

 もっとも、CEOのフランソワ・ベナミアスは、それをどこか含みのある笑みを浮かべながら語っていたのだが。

 Ref. 26586

 2019年はオーデマ ピゲにとって最後のSIHH―そして結果的に、SIHHそのものにとっても最後の開催となった年だった(この見本市は2021年から“Watches & Wonders Geneva”へ改称された)

 この年は、オーデマ ピゲにとって重要な転換点となった。というのも、ブランドを代表するふたつのパーペチュアルカレンダーが発表されたからである。

 ひとつは、RD#2の市販版として登場した〈ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダー ウルトラシン〉

 そしてもうひとつが、新たなオープンワーク仕様のセラミック製〈ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダー〉である。

 なお、この年には新ケースデザインを採用した〈CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ〉もデビューしており、魅力的なアベンチュリンダイヤルを備えるパーペチュアルカレンダーモデルも同時に発表されている。

Cal. 5133を搭載する〈ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダー ウルトラシン〉Ref. 26586のダイヤルとケースバックのクローズアップ。

Ref. 26586を駆動するCal. 5133が、2120/2800の直系進化型であることは明らかである。

 「オーデマ ピゲは、顧客が求めるものを与えないブランドだ」などとは、決して言えない。2018年にRD#2のコンセプトウォッチで注目を集め、その後「本当に市販されるのか?」と不安を煽った。

 しかし、ついに彼らは市販版をリリースし、同時に(もし手に入れられるならだが)財布から14万スイスフランを消し去ったのである。それがRef. 26586だった。

 まず評価されたのは、その素材選びだ。ケースにはチタンを採用しつつ、ベゼルとブレスレット中央リンクにはプラチナを組み合わせている。RD#2コンセプトモデルはフルプラチナ製で、その重量たるや、まるで小型ボートのアンカーのようだったからである。

 Ref. 26585

 2019年において、〈ロイヤル  オーク パーペチュアルカレンダー オープンワーク〉Ref. 26585もまた、ブランドにとって成功作となった。

 オーデマ ピゲはここで、自らを象徴するふたつの要素―ブラックセラミックとオープンワークダイヤル―を融合。その結果、このモデルは再び時計界にセンセーションを巻き起こした。

 ローズゴールドのアクセント使い、そしてムーブメントに施された美しい仕上げを遮るものなく鑑賞できる構造によって、この時計は従来のロイヤル オーク パーペチュアルカレンダーとはまったく異なる表情となった。

ブラックセラミック製〈ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダー〉Ref. 26579CEとRef. 26585CE。後者はスケルトンダイヤル仕様となる(©Revolution)

 Ref. 26579

 Ref. 26579は、ホワイトセラミック製のロイヤル オーク パーペチュアルカレンダーである。なぜホワイトセラミックなのか? なぜなら、“できるから”だ。

 友人のモー・コッポレッタはこう語っていた。
「この時計に真っ白なスイムウエアを合わせれば、君はイタリアン・リヴィエラの王様になれるよ」

 もちろん冗談半分の発言ではある。しかし、その本質は鋭い。

 成功している時計ブランドとは、優れた時計製造技術を持ちながら、同時にライフスタイルブランドへと進化した存在だからだ。

 このホワイトセラミック製パーペチュアルカレンダーは、まさにオーデマ ピゲの進化を象徴する一本である。

手仕上げの装飾を施したホワイトセラミック製ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダー Ref. 26579

  そして、ここで壮大なオーデマ ピゲ〈ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダー〉の物語はいったん幕を閉じる。

 だが、まだ終わりではない。というのも、ロシャ、ゴレイ、ベルネイの仕事は、もうひとつのストレンジで、意外性に満ち、そして驚くほどクールな時計にも受け継がれているからだ――〈ロイヤル オーク オフショア パーペチュアルカレンダー〉である。

〈ロイヤル オーク オフショア パーペチュアルカレンダー〉Ref. 25854BC(1997年)

 1997年、オーデマ ピゲは、私が“史上もっともクールなパーペチュアルカレンダーのひとつ”だと考える時計を発表した。しかも、それは一見するとパーペチュアルカレンダーとは相容れないようなケースに収められていた。

 では、1993年まで少し話を戻そう。

 この年、オーデマ ピゲは、若き異端の時計デザイナーと協業し、再び世界を震撼させた(もはや“大胆不敵”は彼らの十八番だった)

 その時計は、多くの教養あるクラシック派コレクターたちを驚愕させ、思わず紅茶を膝にこぼさせたほどだった。

 その名は〈ロイヤル オーク オフショア〉。あるいは、“ビースト”。

 そのデザイナーこそ、エマニュエル・ギュエである。彼は当時のオーデマ ピゲCEO、ジョルジュ=アンリ・メイランに対し、自らのプロジェクトを承認するよう長らく働きかけていた。

 そのアイデアとは、エレガントなロイヤル オークを、まるで成長ホルモンを注入したかのように巨大化させることだった。

 その結果生まれたのは、1990年代の感覚だと“怪物”としか表現できないプロポーションを持つ時計だった。

 ケース径は、当時としては巨大な42mm。インテグレーテッドブレスレットを備えたこのクロノグラフは、もはやスポーツウォッチというより“個人的防衛兵器”と呼ぶべき存在だった(もっとも、仕上げはいつものオーデマ ピゲらしく、見事なまでに洗練されていたのだが)

右:1993年に登場した初代〈ロイヤル オーク オフショア〉Ref. 25721ST 左:初代のデザインをほぼ忠実に再現した2013年の〈ロイヤル オーク オフショア Revolution リミテッドエディション〉Ref. 26218ST(©Revolution)

2013年製〈ロイヤル オーク オフショア Revolution リミテッドエディション〉Ref. 26218ST(左)はオリジナル(右)とほぼ同一の外観を持つが、シースルーケースバックを採用している(©Revolution)

  やがてメイランは、ギュエの執拗な説得に折れ、オフショアの発売を決断する――もっとも、本人は失敗作になると予想していたらしい。

 ところが結果は真逆だった。この時計は爆発的な成功を収めた。とりわけ初期の熱狂的支持者となったのが、“オーストリアン・オーク”こと俳優アーノルド・シュワルツェネッガーである。 

 当時ハリウッド最大級のスターだったシュワルツェネッガーは、自身の出演映画のために特別仕様のオフショアまで製作させている。

 映画『エンド・オブ・デイズ』(1999年)ではイエローアクセント入りのオールブラック仕様、『ターミネーター3』(2003年)では、クロノグラフプッシャーにメリケンサックのような巨大ガードを備えた“T3 オフショア”が誕生した。

 これらは、“デカいもの”が愛された時代のアイコニックな時計となっていく。

 その後15年間にわたり、ロイヤル オーク オフショアは憧れの大型スポーツウォッチとして君臨することになる。

 ジェイ・Z、レブロン・ジェームズ、カニエ・ウェストらが愛用し、ジェイ・Zとレブロンには限定モデルまで製作された。また、セリーナ・ウィリアムズが実際に試合中に着用していたことや、スタニスラス・ワウリンカの愛用でも知られている。

 1997年、オーデマ ピゲは、このオフショアにパーペチュアルカレンダー クロノグラフ仕様を追加する。このモデルは、著名な時計コレクター、アルフレード・パラミコのコレクションでも重要な位置を占めている。

 この時計の成り立ちは、非常に理にかなっている。そもそもCal. 2120/2800は、複雑機構スペシャリスト、デュボア・デプラとの協業によって誕生した。

 そしてオフショアへムーブメントを搭載する際、オリジナルのロイヤル オークとの血統を保つため、ベースには名機Cal. 2121が選ばれた。

 しかし、厚さ3.05mmの超薄型ムーブメントを、14.90mm厚のケースへ収めたらどうなるか。当然、内部には大量の空間が生まれる。

 そこでオーデマ ピゲは、よりアグレッシブなスポーツウォッチにするべく、クロノグラフ化を決断。結果として、超薄型Cal. 2121の上にクロノグラフモジュールを重ねる構成へたどり着く。そして、その複雑機構製作を依頼した相手こそ、再びデュボア・デプラだった。

 だが問題が発生した。ダイヤルから日付ディスクまでの距離があまりにも深く、日付が非常に見えにくくなってしまったのである。

 しかしギュエは、それを欠点とは考えなかった。日付を拡大表示する“逆向きルーペ”をダイヤルへ組み込み、デザイン上のシグネチャーとしたのである。

 さらに後年、この時計には軟鉄製インナーケースまで追加され、オーデマ ピゲは“耐磁仕様”を謳うようになる。それでもケース内部にはまだ十分な余裕が残っていた。

 ならば――パーペチュアルカレンダーモジュールも搭載できる。しかも、そのモジュールもまたデュボア・デプラ製だったのである。

1997年に登場した、ブルーダイヤルを備えるホワイトゴールド製〈ロイヤル オーク オフショア パーペチュアルカレンダー クロノグラフ〉Ref. 25854BC(phillipswatches.com)

  このオフショア パーペチュアルカレンダー クロノグラフは、複数のバリエーションで展開された。

 まず1997年、オーデマ ピゲはブルーダイヤルを備えるホワイトゴールド製Ref. 25854BCを発表する。

 これは、おそらく究極の“ステルスウォッチ”と言える存在だった。見た目はスティールモデルとほとんど変わらない。しかし、その重量はまるで船のアンカー級である。

 続いて1998年には、ブルーダイヤルを備えるスティール製Ref. 25854STが登場。そして1999年には、ローズゴールド製Ref. 25854ORが追加された。さらに2003年には、ホワイトダイヤルを備えるチタン製Ref. 25854TIが発表されている。

 この超複雑機構のダイヤルレイアウトは、非常に独創的だった。12時位置のサブダイヤルにはスモールセコンドと日付表示を統合。3時位置にはムーンフェイズ、6時位置には曜日表示と12時間積算計、そして9時位置には月表示、クロノグラフ積算分表示、さらにうるう年表示までを収めていたのである。

1998年に登場した、ブルーダイヤルを備えるスティール製〈ロイヤル オーク オフショア パーペチュアルカレンダー クロノグラフ〉 Ref. 25854ST(phillipswatches.com)

1999年に登場した、ブルーダイヤルを備えるローズゴールド製〈ロイヤル オーク オフショア・パーペチュアルカレンダー クラノグラフ〉Ref. 25854OR(phillipswatches.com)

2003年に登場した、ホワイトダイヤルを備えるチタン製〈ロイヤル オーク オフショア パーペチュアルカレンダー クロノグラフ〉Ref. 25854TI(phillipswatches.com)

  果たして、“個人的防衛兵器”のような時計に、パーペチュアルカレンダーのような洗練された複雑機構を組み合わせるのは狂気なのだろうか? 

 だが、まさにこの痛快なコントラストこそが、オーデマ ピゲというブランドの真骨頂である。そして、この大胆さがなければ、同社が過去半世紀にわたり、これほど鮮烈なスタイルでパーペチュアルカレンダーの世界を切り拓き、支配することもなかっただろう。

 こうして、私がもっとも愛するブランドのひとつ、オーデマ ピゲと、その大胆かつ刺激的なパーペチュアルカレンダーの歴史を巡る1万語の旅は幕を閉じる。

 読者の皆さんが、私が書くことを楽しんだのと同じくらい、この物語を楽しんでくれたなら幸いだ。

 これらの時計の価値がますます高騰している今だからこそ、あらゆるリファレンスを記録しておくことには意味があると思った。もっとも、もし掲載漏れがあれば、ぜひRevolutionまで知らせてほしい。

〈ジュール オーデマ〉

 最後に、本記事を完全なものとするため、〈ジュール オーデマ パーペチュアルカレンダー〉にも簡単に触れておこう。

 このコレクションには、自動巻きパーペチュアルカレンダーをはじめ、パーペチュアルカレンダー クロノグラフ、さらに太陽時と平均時の差を表示する“均時差表示”を備えたモデルまで存在した。

 この均時差カムは、パーペチュアルカレンダー機構と同期して作動する仕組みである。さらには、パーペチュアルカレンダー、ミニッツリピーター、クロノグラフを統合したグランドコンプリケーション仕様まで用意されていた。

 もっとも、これらの時計は、5548や、1984年にRef. 5554として登場したロイヤル オーク パーペチュアルカレンダーのような“超薄型パーペチュアルカレンダー”ほど歴史的重要性を持つわけではない。

 しかし、2017年にその役目を終え、新たに〈CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ〉へバトンを渡すまで、多彩なバリエーションが展開されたことは特筆に値する。

 そしてCODE 11.59 バイ オーデマ ピゲにもまた、Cal. 5134を搭載したパーペチュアルカレンダーモデルが用意されている。

ピグマリオン ギャラリーについて

 ピグマリオン ギャラリーの名は、ギリシャ神話に登場する彫刻家ピグマリオンに由来する。彼は、あまりにも美しく純粋な女性像を象牙から彫り上げ、その彫像へ深く恋をしてしまった。

 そしてアフロディーテの祭壇で、「この彫像が命を持ち、自分の妻となってくれますように」と祈りを捧げたという。彼の愛はあまりにも真摯だったため、女神アフロディーテはその願いを叶えた。

 その伝説にならい、ピグマリオン ギャラリーは、人の手によって生み出された美しい創造物を称える場所として存在している。昨日の傑作たちに、新たな命を吹き込む場所――それがこのギャラリーだ。

 拠点はシンガポール。世界有数のヴィンテージ オーデマ ピゲ コレクションを所有していることでも知られる。また、美しいものへの情熱に導かれ、ヴィンテージ オーデマ ピゲの時計を中心に、ジュエリーやアートオブジェなども厳選して取り扱っている。Instagram: @pygmaliongallery

Brands:Audemars Piguet

※本記事は2020年8月に、ウェイ・コー、マイケル・“ル・ミック”・フリードマン、そしてピグマリオン・ギャラリーの協力のもと執筆された。特別謝辞としてトム・チュンに感謝を捧げたい。

Brand:Audemars Piguet
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