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グランドセイコーの名機、9Sムーブメント25年の軌跡

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グランドセイコーの9Sムーブメント・ファミリーを概観し、その最新形である〈テンタグラフ〉に搭載されたキャリバー9SC5――ブランド初の機械式クロノグラフに至るまでを解説する。

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The 25 year journey to Grand Seiko’s Tentagraph

グランドセイコーの名機、9Sムーブメント25年の軌跡

グランドセイコーの9Sムーブメント・ファミリーを概観し、その最新形である〈テンタグラフ〉に搭載されたキャリバー9SC5――ブランド初の機械式クロノグラフに至るまでを解説する。

by Cheryl Chia . Jan 25, 2024

世界に羽ばたくグランドセイコー

 技術、品質、革新性、先見性、そのすべてにおいて、グランドセイコーは高く評価されている。実際、ここわずか4年の間だけを見ても、2020年にまったく新しい脱進機を搭載した高性能ムーブメント「キャリバー9SA5」を発表し、さらに2022年にはトゥールビヨンと同軸に統合されたコンスタントフォースを備える驚異的な〈kodo コンスタントフォース・トゥールビヨン〉SLGT001を生み出した。

 時計製造の世界において新しい脱進機を市場に送り出すというのは、コンクリートジャングルで四つ葉のクローバーを見つけるほど稀な出来事だ。
 そして2023年、グランドセイコーは〈テンタグラフ〉を発表した。これは同ブランド初の機械式クロノグラフであり、ベースとなる9SA5ムーブメントの優秀さを受け継いだモデルである。
〈kodo コンスタントフォース・トゥールビヨン〉SLGT001

グランドセイコー〈テンタグラフ〉Ref. SLGC001

 世界有数の時計メーカーの高級ラインとして位置づけられるグランドセイコーは、伝統的な職人技と最先端技術を融合させ、比類なき品質の時計を生み出している。とりわけ、その時計は信頼性と精度の模範ともいえる存在であり、あらゆる要素を徹底的に磨き上げ、究極の完成度へと高めようとする日本の工業精神を反映している。

 2010年にグランドセイコーが日本国内市場の枠を超え、インターナショナルな展開を開始して以来、ケース、ダイアル、針、そしてムーブメントに至るまで、その品質の高さはスイスの同業ブランドと比べてもまったく遜色がないという評価が、世界的に定まりつつある。

左:44GSケースの際立ったファセットは、ザラツ研磨によって仕上げられている。右:完璧にダイヤモンドカットを施こされた針とインデックス。

 かつてこのブランドは、少量生産の機械式時計によって支えられてきた。しかし今日では、グランドセイコーは三つの異なる技術的頂点を擁している。

 第一は、1993年に登場した9F 超高精度温度補正クォーツムーブメントである。年差±10秒以内という驚異的な精度を誇る。
 第二は、2004年にグランドセイコーに搭載された9R スプリングドライブである。自動巻き機構を備え、機械式の輪列機構とクォーツ制御を組み合わせたハイブリッド機だ。これらはいずれも、かつての諏訪精工舎を前身とするセイコーエプソンによって製造されている。
 そして第三が、かつての第二精工舎を前身とするセイコーインスツルが手掛ける9S 機械式ムーブメントである。これはスイス最高峰の時計に肩を並べることを目標に設計されたものだ。
 これら三つのムーブメント群はいずれも、構造や仕上げにおいて同等に賞賛されるべき精緻さを体現している。しかしここでは、機械式9Sムーブメント・ファミリーに焦点を当てていく。

新たな出発:9S55と9S65

 1998年、キャリバー9Sが発表された。これはグランドセイコーにとって1976年以来となる機械式ムーブメントであり、同ブランドにおける機械式時計製造の復活を象徴する出来事だった。
 同年、グランドセイコーは1966年に制定された有名な「グランドセイコー規格」を改定した。この新しい規格では平均日差を−3秒〜+5秒の範囲に定めている。現在すべての9Sキャリバーは、17日間にわたる試験を6姿勢で受ける。

 この基準は、業界で最も広く用いられている認証機関COSC(スイス公式クロノメーター検定局)の基準―15日間・5姿勢―を上回るものだ。
 さらに温度試験も厳しく、特定の温度範囲(8℃〜23℃および23℃〜38℃)において、1℃あたり日差±0.5秒という精度を達成することが求められる。これはCOSCの基準である±0.6秒よりも厳しい。

 当初から9Sムーブメント・ファミリーは、性能と仕上げの両面において、世界の最高峰ブランドの量産自動巻きムーブメントを超えられるように開発・設計された。

 またこのムーブメントは、CADとCAM(コンピュータ支援製造)を本格的に導入した最初の世代でもある。CADソフトウェアにより、エンジニアやデザイナーはムーブメントや歯車形状の精密な仮想モデルを作成することが可能となり、CAMはその設計を実際の部品や試作機へと加工する工程を制御した。
 これらの技術によって製品開発サイクルは最適化され、製造精度と効率が大きく向上した。

 1998年に登場した第一世代の9S5系キャリバーは、毎時28,800振動と50時間のパワーリザーブを備えていた。当時の多くのムーブメントが45〜48時間程度であったことを考えると、これは明確な優位性だった。
 このムーブメントは、1976年までロードマチック、キングセイコー、グランドセイコーに搭載されていた5600系および5200系キャリバーとは根本的に異なる設計を採用している。センターに配置された四番車によってセンターセコンドを直接駆動する構造を持ち、完全に新設計された現代的ムーブメントであった。

 またセイコーが特許を持つマジックレバーによる双方向自動巻き機構を備え、そのシンプルな構造は高い信頼性と耐久性をもたらした。
 9Sキャリバーは当初、二つのバリエーションで登場した。日付表示のないキャリバー9S51と、日付付きのキャリバー9S55である。その後、2001年には手巻きモデルに搭載されたキャリバー9S54、2002年にはGMT機構を備えたキャリバー9S56が追加された。

 そして2010年、グランドセイコーはこのキャリバーに大幅な改良を施し、パワーリザーブを72時間へと延長したキャリバー9S65を発表する。基本的な輪列構造は先代と同じくセンターセコンド直接駆動を維持しているが、脱進機の部品には、MEMS(マイクロ・エレクトロ・メカニカル・システム)による製造技術が採用された。
 これは半導体製造に用いられる微細加工技術を応用したもので、極めて高精度で複雑な形状を作り出すことができる。こうして作られた脱進機の部品はスケルトン構造となっており、慣性を最小限に抑える設計となっている。

キャリバー9S55を搭載するグランドセイコー〈SBGR001〉(Image:eBay)

キャリバー9S65。

 ガンギ車の慣性が重要視される理由は、その位置にある。ガンギ車は輪列の末端に位置するため、ムーブメントの中で最も速く回転する歯車である一方、主ゼンマイから最も離れているため、伝達されるトルクは最も小さい。
 第4輪が1回転する間にガンギ車は何度も回転しなければならないため、その慣性の影響は大きい。したがって、一般に小型で軽量な部品であるにもかかわらず、ガンギ車の慣性は輪列の中でも最も大きな影響を及ぼす。ゆえに、その慣性を低減することは、パワーリザーブを72時間へと延ばす一翼を担っている。

 さらに主ゼンマイとヒゲゼンマイには、セイコーが開発したスプロン合金が用いられている。この素材は高い強度と硬度を備えるとともに、優れた耐磁性、耐衝撃性、そして温度変化への耐性を持つ。
 高い弾性を持つため変形しにくく、長期間にわたって機械的特性と性能を維持することができる。

スプロン製のヒゲゼンマイは、強度が高く、磁気や温度変化、衝撃に対する耐性にも優れている。

 前世代のムーブメントがセイコー独自のマジックレバー機構を採用していたのに対し、キャリバー9S65ではリバーサー式の歯車機構が用いられている。

 爪とラチェットホイールで構成される機構は、精密に噛み合う通常の歯車に比べると、摩擦の増加や動力伝達の効率の低下によってわずかなエネルギー損失を生む。リバーサーは歯車上に設けられた爪状部品によって回転方向を切り替えることで、通常の歯車同様に動力伝達ができる。
 また、このリバーサー機構は強化された部品で構成されており、強度、耐久性、耐摩耗性の向上にも寄与している。

 その後グランドセイコーは、キャリバー9S65を中心にムーブメント・ファミリーを拡充していった。これには自動巻きGMTのキャリバー9S66、手巻きのキャリバー9S64、そして間接駆動のスモールセコンドを備える手巻きのキャリバー9S63が含まれている。

キャリバー9S64。

精度を追い求めて:キャリバー9S85

 1960年代に行われたスイスの精度コンクールにおいて、諏訪精工舎と第二精工舎は、高振動ムーブメントの方が安定した歩度を維持できることを学んだ。
 1968年、セイコーが圧倒的な成績を収めたことをきっかけに天文台コンクールが終了すると、両社は振動周期10分の1秒、すなわち毎時36,000振動のグランドセイコーを次々に発表していった。これは、とりわけ腕時計において日差の安定性を高める有効な改良だった。

 2009年、グランドセイコーはキャリバー9S85という形で高振動機械式ムーブメントを再び導入する。第一世代のキャリバー9S5系シリーズと比べ、ハイビート・キャリバー9S85は振動数を36,000振動/時へ引き上げただけでなく、パワーリザーブを55時間へと延長した点も特筆される。

グランドセイコーのハイビート・キャリバー9S85は、耐久性を念頭に設計された、堅牢かつ高精度なムーブメントである。

 基本的に振動数が高くなる、すなわちテンプの角速度が増すほど、振動子は外部からの攪乱の影響を受けにくくなる。しかし高速で作動する脱進機はより多くのエネルギーを必要とし、部品の摩擦や摩耗も増大する。その結果、潤滑油の消耗が早まり、メンテナンスの頻度が高くなる。
 これに対処するため、ガンギ車とアンクルはMEMS(半導体の微細加工技術を応用し、極めて高精度な金属部品を作る製造技術)によって製造されている。

 脱進機は軽量で、耐腐食性に優れたスケルトン構造で、新しいガンギ車は、各歯先に油溜まりが設けられ、潤滑油が保持される。
 また効率的にトルクを伝達するため、四番車とガンギ車の間に歯車(ガンギ中間車)が設けられ、変動を抑制する構造となっている。さらに前述したようにキャリバー9S85では、動力伝達効率を高めエネルギー損失を減らす目的で、マジックレバーではなくリバーサー式巻き上げ機構が採用されている。

MEMSによって製造された脱進機は、慣性を低減するためにスケルトン構造の部品で構成されており、さらにガンギ車の歯には潤滑油を保持するためのくぼみが設けられている。

パフォーマンスの勝利:キャリバー9SA5

 2020年、グランドセイコーは新開発の脱進機を搭載したハイビート・ムーブメント“キャリバー9SA5”を発表し、その卓越した技術力を示した。
 グランドセイコーは製品名称に控えめな姿勢をとることで知られるが、この新しい脱進機もまた、きわめてシンプルに“デュアルインパルス脱進機”と名付けられている。

キャリバー9SA5は、美観と機構の両面において卓越した完成度を誇るムーブメントである。

 今日の時計製造において、デテント脱進機を除けば、ほとんどすべての腕時計用脱進機は「双方向インパルス脱進機」の範疇に属する。これは、ひとつの振動周期においてテンプに2回のインパルス(衝動)を与える能力を持つことを意味し、すなわちテンプの各振動に1回ずつエネルギーが与えられる。
 この特性は、外部からの擾乱を受けやすい腕時計において、実用的で安定した脱進機を実現するうえで極めて重要である。

 これらの双方向インパルス脱進機の違いは、テンプへどのように動力を伝達するかという点にある。脱進機の主な役割は、主ゼンマイから放出されるエネルギーを制御し、それによって針を動かすと同時に、テンプへエネルギーを伝えることにある。一方、ガンギ車はテンプの振動によって解放され、制御されることで、時計の精度の基準となる。

 レバー脱進機は、1755年頃に英国人トーマス・マッジによって発明されて以来、時計製造において圧倒的な支配的地位を保ってきた。1周期につき2回のインパルスを与えられること、自己始動性を備えていること、さらに堅牢で高いデタッチメント(離脱性)を持つことから、特に腕時計に適している。
 つまり、ヴァージ脱進機やシリンダー脱進機のような初期の脱進機とは異なり、インパルスジュエルを介してエネルギーを伝達した後、ガンギ車はテンプから解放され、テンプはその補助振り角のあいだ自由に振動することができる。

 しかし、短期的には優れた性能を示すレバー脱進機にも、時計史上の優れた頭脳たちを悩ませ続けてきた弱点がある。それが潤滑油を必要とすることである。レバー脱進機では、2回のインパルスはいずれもレバーを介して間接的に伝達される。ガンギ車の歯がレバーのパレット石に接触することでレバーが動かされ、パレット石は一瞬ガンギ車の回転を止めたのち解放し、その際にパレットフォークを通じてテンプへエネルギーを伝える。

 このとき、ガンギ車の歯とパレット石のあいだには滑り接触が生じる。この滑りはエネルギーの放出を制御し、輪列の動きを調整するために不可欠だが、同時に摩擦を生み出し、部品の摩耗を招く。そのため潤滑が不可欠となる。ところが、潤滑油は時間とともに劣化するため、結果として精度にも悪影響を及ぼすことになる。

 こうした理由から、デテント脱進機(クロノメーター脱進機)は、油を必要とせず直接インパルスを与える構造を持つことから、長らくマリンクロノメーターなどの特殊用途で好まれてきた。静止した、あるいは安定した環境下では極めて高い精度を実現できるからである。

 しかし、この脱進機が腕時計に採用されない最大の理由は、レバー脱進機とは異なり、インパルスが一方向にしか与えられない点にある。すなわち、テンプの振動ごとに1回しかエネルギーが与えられないため、自己始動性を持たない。もしテンプが停止してしまった場合、デテント脱進機は自力では再始動できず、再び振動を始めるには軽く振ってテンプを動かす必要がある。さらに、ガンギ車をロックする繊細なデテントは衝撃に弱く、ショックによってガンギ車が早期に解放されてしまう危険もある。

グランドセイコーのデュアルインパルス脱進機。テンプに直接インパルスを与える機構と、レバーを介してインパルスを与える機構を組み合わせた。

 したがって、今日市場に存在する代替脱進機は、デテント脱進機の直接インパルスと、レバー脱進機の堅牢性および自己始動性を組み合わせることを目的としている。しかし、レバー脱進機を凌駕するには、新しい脱進機に十分な信頼性があること、さらに量産が可能なことが求められる。
 加えて、潤滑油を不要または大幅に削減できなければならない。これらの課題を克服することは極めて困難であり、もし成功すれば時計史に名を刻むことができる。

 実際に工業規模で成功した代替脱進機は、1976年にジョージ・ダニエルズが発明したコーアクシャル脱進機のみである。これはレバー脱進機の発明から二世紀以上を経て登場したものだ。
 コーアクシャル脱進機は、現代の脱進機に求められる条件を満たしている。すなわち、1周期につき2回のインパルスをテンプに与え、自己始動性を備え、さらに潤滑油を必要としない。しかし欠点として、同軸上に配置された2枚のガンギ車を必要とする比較的繊細な構造であるため慣性が増し、また同心性を保つための調整には細心の注意が必要となる。

 グランドセイコーのデュアルインパルス脱進機は、スイス式レバー脱進機とコーアクシャル脱進機の双方と共通する特徴を備えている。デュアルインパルス脱進機も1周期につき2回、すなわちテンプの各振動に1回ずつインパルスを与えるため、耐衝撃性に優れる。
 ただしレバー脱進機が2回のインパルスをレバーを介して間接的に与えるのに対し、コーアクシャル脱進機とデュアルインパルス脱進機は混合インパルス方式を採用している。すなわち、1回のインパルスはテンプに直接与えられ、もう1回はレバーを介して間接的に与えられる。
 この構成では、理論上は二つのインパルスの質が異なる可能性があるが、実際の問題というよりは概念的な議論に近い。

 この点に関連して、ジョージ・ダニエルズが開発した独立ダブルホイール脱進機にも触れないわけにはいかない。これはブレゲが追求したナチュラル脱進機の問題を解決するために考案されたものである。
 理論的には、2枚のガンギ車が互いに反対方向からテンプへ直接インパルスを与えるため、エネルギー伝達効率は極めて高い。しかし、この方式ではそれぞれのガンギ車に専用の輪列が必要となるためムーブメント設計全体に制約が生じ、また構造が非常に複雑なため工業的量産は不可能であった。

 コーアクシャル脱進機とデュアルインパルス脱進機は、一方のインパルスを直接与えるという点で共通しているが、間接インパルスの方法に違いがある。コーアクシャル脱進機はラジアルインパルス(テンプの中心方向に力を伝えるインパルス方式)を用いるため潤滑油を必要としない。

 一方、デュアルインパルス脱進機は、レバーにインパルスを伝える際に滑り接触を用いる。そのため潤滑は必要だが、その量はスイス式レバー脱進機の約半分で済むと考えられる。つまり、スイス式レバー脱進機よりもはるかに高効率でありながら、コーアクシャル脱進機よりも構造が単純で調整も容易であり、ガンギ車も1枚で済むのではないか。
 さらに重要なのは、デュアルインパルス脱進機が低慣性で作動するよう設計されている点である。ガンギ車とアンクルはMEMSによって製造されており、極めて高い精度で部品を成形してある。
 その結果、一部スケルトン化された部品が使われており、軽量化が実現されている。これは部品の加速を速めるためであり、特にハイビート・ムーブメントでは重要な要素となる。

 この低慣性・低摩擦のデュアルインパルス脱進機によって、パワーリザーブの延長と毎時36,000振動のハイビートという、通常は両立しにくい特性がキャリバー9SA5で実現された。
 またこのオシレーターにはグランドセイコーとして初めての要素も多く採用されている。テンプはフリースプラング式で、両端をバランスブリッジで固定して安定性を高めている。さらにヒゲゼンマイには、8万回以上のコンピューターシミュレーションを経て開発された独自曲線のオーバーコイルが採用されている。

 ムーブメント全体もまた、明確な目的と論理に基づいて設計されている。全体の直径は、直列配置された2つの香箱を収めるためキャリバー9S85よりわずかに大きくなっているが、厚さはわずか5.18mmと、約15%薄型化されている。これは主にデュアルインパルス脱進機の高い効率や輪列レイアウトの工夫による。脱進機の効率が高いため主ゼンマイの強度を抑えることができ、その結果、軸受や歯車への負荷や摩耗が減少し、メンテナンス間隔の延長とランニングコストの低減につながっているように思う。また二つの香箱は追加の歯車を介さず直接噛み合う構造とされており、これによってエネルギーロスの低減が図られている。

左:メインスプリング 右:ツインバレル(二つの香箱)

 また、キャリバー9SA5は特徴的な水平配置の輪列構造を採用している。
輪列を香箱と平面的に重ならないようレイアウトすることで、輪列を文字板側に寄せることができる。その結果裏蓋側に生まれたスペースに自動巻き構造を設けることで、ムーブメントの厚みを抑制している。

 通常、香箱から最初に増速を行う二番車は、その歯車と香箱が重なるように配置される。しかし本機では、その重なりさえも排除するため、ケースバック側から見て右側に配置された伝達車を介して香箱から二番車のかなを駆動する構造とされている。この伝達車は大きな負荷を受けるため、スポーク構造ではなくソリッド形状とされ、剛性が高められている。

 さらに、このムーブメントは高効率であると同時に視覚的にも魅力的で、美しく造形された4枚のブリッジとスケルトン加工のローターによって、内部機構を鑑賞できる設計となっている。加えて、日付は深夜に1秒未満で切り替わる瞬時日送り機構を備える。

 総じて、キャリバー9SA5は、長いパワーリザーブと高振動数という、通常は両立が難しい要素を兼ね備えた、現代市場における最も高度で印象的な自動巻きムーブメントの一つといえる。

輪列をムーブメント上で横方向に並べた配置構造。

初の機械式クロノグラフ・ムーブメント:キャリバー9SC5

 2023年、グランドセイコーの愛好家にとって大きな喜びとなったのが、同ブランド初となる機械式クロノグラフ〈テンタグラフ〉SLGC001の発表である。
 グランドセイコーはこれまでもクロノグラフを手がけてきたが、それらはいずれもスプリングドライブを搭載したものであった。

 クロノグラフを作動させるとテンプの振り角(振幅)が低下するため、その影響を抑えるには高性能ムーブメントが不可欠である。そうした観点から、グランドセイコーにとっては、ハイパフォーマンスを誇るキャリバー9SA5こそが、唯一ふさわしいベースムーブメントだったと言えよう。

グランドセイコー〈テンタグラフ〉 Ref.SLGC001

 テンタグラフのCal.9SC5ムーブメントでは、優れたキャリバー9SA5をベースにクロノグラフ機構が構築されており、結果として自動巻きの高振動クロノグラフとなっている。これはすなわち、キャリバー9SC5がモジュール構造を採用していることを意味し、クロノグラフ用プレートはカレンダープレートとメインプレートのあいだに配置されている。
 モジュール式クロノグラフはベースムーブメントの完成度の高さを前提として成立するものであり、この場合もまさにその好例である。

 クロノグラフモジュールの構成は、グランドセイコーのクロノグラフにおいて、実績ある手法に基づいている。制御にはコラムホイールを採用し、さらに垂直クラッチが用いられている。
 1969年に世界初の自動巻きクロノグラフをめぐるゼニス、セイコー、ホイヤー連合の三つ巴の競争では、ゼニスのエル・プリメロが大きな注目を集めたが、諏訪精工舎によるセイコー〈6139 スピードタイマー〉こそが、コラムホイール式かつ垂直クラッチを備えた最初の自動巻きクロノグラフであったことは記憶に留めておくべきだろう。
 一般的な知名度こそ三者の中で最も低いかもしれないが、ムーブメント開発の観点から見れば、最も大きな影響力を持ったと言っても過言ではない。

クロノグラフモジュールにはコラムホイールと垂直クラッチが採用されており、垂直クラッチはクロノグラフ秒針車の隣に配置されている。

 キャリバー9SC5に搭載された垂直クラッチは、同軸上に配置された2枚の中間歯車で構成されており、ムーブメントの中心軸からオフセットされた位置に置かれている。一方の中間歯車は、第4輪から延長されたセンターのエクステンションホイールによって常時駆動されている。

 クロノグラフを作動させると、二つのカップリングレバーがクラッチを解放させ、クロノグラフ秒針車を駆動、エクステンションホイールとともに回転するようになる。さらに特筆すべきは、クロノグラフ秒・分・時の3つの積算計を同時にゼロリセットする、一体型の三叉ハンマーの採用である。
 パワーリザーブについては、キャリバー9SA5の80時間に対し、キャリバー9SC5はクロノグラフ作動時で72時間となっている。この差は、クロノグラフ機構作動時の負荷に起因すると思われる。それでも72時間という数値は、市場におけるトップクラスの自動巻きクロノグラフと肩を並べるものであり、さらに高振動クロノグラフとしては最長クラスである。この性能は、極めて高効率なデュアルインパルス脱進機と、ツインバレルの採用によるところが大きい。

 ケースに収められたテンタグラフは、直径43.2mm、厚さ15.3mmと存在感のあるサイズとなっている。しかし、ケースとブレスレットにはブランド独自のブライトチタンが用いられており、ステンレススチールに比べて約30%軽量で、耐傷性にも優れるため、装着感は快適だ。
 ケースデザインは複数の面が交差する構成で、サテン仕上げと名高いザラツ研磨が交互に施されている。さらにタキメーターベゼルにはセラミックが採用されており、高い耐傷性を備えている。

チタン製ケースは複数のファセットで構成され、サテン仕上げと名高いザラツ研磨が交互に施されている。

 その堂々たるサイズ感は、印象的なダイヤル構造によっていっそう際立つ。インデックスは幅広で、溝を刻んだファセット仕上げが施されており、卓越した視認性を実現。加えて、先端に向かって力強く絞り込まれたドラマティックなドーフィン針が、全体の表情に緊張感を与えている。

 インデックスと針には、セイコー独自の夜光塗料“ルミブライト”を充填。
 積算計のサブダイヤルは深く落とし込まれ、独立したインサート構造とすることで、ダイヤルに奥行きをもたらしている。また、それぞれの針のハブ部分にはポリッシュ仕上げの面取りが施され、細部にまで丁寧な仕上げが行き届く。

 この美しいダイヤルテクスチャーは、グランドセイコースタジオ 雫石から望む岩手山の山肌に着想を得たもの。一方で、深みあるブルーの色調は、星々がきらめく夜空の静謐な情景を想起させる。

インレイ構造のサブダイヤルを備え、ファセットと溝加工が施されたインデックス、そして個性的な針を組み合わせたダイヤルは、極めてラグジュアリーかつ精緻な仕上がりを誇る。

 〈テンタグラフ〉は、外装における繊細な美しさと、内面における揺るぎない精度と信頼性——グランドセイコーが得意とする領域の延長線上にある時計だ。ブランドの最高到達点とも言える“デュアルインパルス脱進機”も搭載されている。

 クロノグラフという文脈においてこれを見れば、テンタグラフはまったく新しい脱進機を備えた、高振動と長時間パワーリザーブを両立した唯一無二の存在である。ファーストモデルとしては、実に見事な完成度と言えるだろう。

サファイアケースバック越しに、優美な曲線を描く4枚のブリッジを備えた、完成度の高いベースキャリバー望む。

Tech Specs グランドセイコー〈テンタグラフ〉 Ref. SLGC001 ムーブメント:自動巻きCal.9SC5/パワーリザーブ約72時間(クロノグラフ作動時) 機能:時・分・スモールセコンド、クロノグラフ、日付表示 ケース:直径43.2mm/ブライトチタンケース、ブラックセラミックベゼル/防水性能10気圧防水 ダイヤル:ブルー(岩手山パターン)/ルミブライト付き、ファセットおよびリッジ加工インデックス ブレスレット:ブライトチタンブレスレット ¥1,980,000 (2026年6月時点)

Brands:Grand Seiko

Brand:Rolex
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