機能性を追求するスポーツウォッチと、複雑機構を極めるハイ・ウォッチメイキング。本来は別々の道を歩んできたこの二つの世界を融合させ、新たな価値を
The 10 Greatest Complicated Sports Watches of the Modern Era
現代最高のコンプリケーテッド・スポーツウォッチ10本
機能性を追求するスポーツウォッチと、複雑機構を極めるハイ・ウォッチメイキング。本来は別々の道を歩んできたこの二つの世界を融合させ、新たな価値を生み出した時計がある。オメガ、リシャール・ミル、ロレックス、F.P.ジュルヌ、MB&F──革新性と実用性を兼ね備えた、現代最高のコンプリケーテッド・スポーツウォッチ10本を選ぶ。
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by Wei Koh . May 3, 2024 |
どうやってベストウォッチを選んだのか?
言いたいことはわかる。確かに、この10本の時計を「現代における最も重要で、革新的で、ゲームチェンジャーとなるコンプリケーテッド・スポーツウォッチ」だと断言するのは、かなり大胆だ。いや、大胆というより――ほとんど無謀かもしれない。
1517年、マルティン・ルターがドイツのヴィッテンベルクの教会の扉に“95カ条の論題”を打ち付け、宗教改革を引き起こした。そのくらいの大胆さと言ってもいい。
それに、「なぜ、お前の話を聞かなきゃいけないんだ?」と思う人がいるのももっともだ。私といえば、90年代クイーンズブリッジのヒップホップ黄金期についてぶつぶつ語り続ける、ちょっと偏屈な中年の時計オタクにすぎない。
しかも今は、TikTokやInstagramといった新しいプラットフォームから、次々と新世代の“時計の伝道師”が生まれてくる時代だ。まるで1ミリ秒ごとに新しいインフルエンサーが登場しては、「小さい時計はクールだ」とか、「男だってジュエリーウォッチを着けていい」とか、あるいは私のお気に入りの一言、「カルティエって最高じゃん、なんで知らないの?」といった“衝撃的な真実”を世界に向けて発信している。……ありがとう。そんなこと、今までまったく知らなかったよ!
さて、このリストを作るにあたっての基準については一応説明しておこう。私のやり方は、いま流行りの「自分の感情と向き合う」ようなGen Z的アプローチとはあまり関係がない。むしろ、実際のリサーチや事実確認、そしてこれらの時計を作り上げた技術責任者やプロダクト責任者への取材に基づいている。
こう考えてみてほしい。歴史的に見れば、時計は大きく二つのカテゴリーに分けられてきた。ひとつは機能性を重視したツールとしてのスポーツウォッチ。そしてもうひとつは、ハイ・ウォッチメイキングの芸術的傑作だ。
私に言わせれば、これから紹介する10本の時計は、この二つのカテゴリーの間に橋を架けることに最も成功したモデルである。いや、それどころか、この二つを融合させることで、まったく新しい第三のカテゴリーを生み出したと言ってもいい。
それこそが、コンプリケーテッド・スポーツウォッチである。
これらの時計はいずれも、ダイビングやレガッタレースといったそれぞれの分野において、機能的な革新をもたらした。 重要なのは、その革新が創造的でありながら、操作は驚くほどシンプルで直感的だという点だ。しかも、それが圧倒的に美しいデザインとしてまとめられている。
私がこのリストを作るうえで重視した基準のひとつが“機能的な革新”であるため、単にコンプリケーションを付け加えただけの時計は除外している。確かにそれらもクールではあるが、今回の趣旨とは少し違う。
例えば、ただ単にトゥールビヨンを追加しただけの時計や、レマニア2310クロノグラフを搭載しただけのモデルだ。
また革新という点では、ケース技術よりもムーブメントそのものに焦点を当てている。つまり、新しいコンプリケーションがどのように機能や性能を高めているのか、という部分だ。 もしケース技術に話を広げてしまうと、ロレックスのリングロックのような技術―水深3900メートルでも潰れないように設計された〈ディープシー〉のケース―といったダイバーズウォッチの話ばかりになってしまうからだ。
では、ここで言う“現代”とは何を指すのか。私の定義では、クォーツショック以降、とりわけ2000年代以降を意味している。CAD/CAMをはじめとする新しい技術が導入され、メーカーが革新のスピードを一気に高めることができるようになった時代だ。
というわけで、このリストにヴィンテージウォッチは登場しない。
さて、前置きはこのくらいにしよう。ここからは、私が選ぶ“現代最高のコンプリケーテッド・スポーツウォッチ10本”と、それぞれがどのようにスポーツウォッチの性能をかつてないレベルへと引き上げたのかを紹介していきたい。
オメガ〈スピードマスター クロノチャイム〉
クロノグラフに打鐘機構を組み合わせた時計を手がけてきた人々には敬意を払うが、このカテゴリーにおいて、機能面でこれほど革新的で、しかも印象的な時計は〈オメガ スピードマスター クロノチャイム〉をおいて他にないだろう。
なぜか?
それは、この時計の打鐘機構が経過時間そのものを鳴らして知らせるからだ。つまり、クロノグラフにとって最も重要な情報を音で知らせるのである。
私は常々、クロノグラフとは“現在時刻も表示するストップウォッチ”だと考えてきた。だが本来の存在理由は、ある出来事の経過時間を測定することにある。

▲ オメガ〈スピードマスター クロノチャイム〉
なぜ私はこれほど〈クロノチャイム〉に惹かれるのか。なぜこれがクロノグラフ史上、最も過小評価されている偉業のひとつだと思うのか。
それは、この時計が打鐘機構というオート・オルロジュリーの要素をクロノグラフに加えながらも、それを単なる装飾ではなく意味のある形で実現しているからだ。
クロノグラフの経過時間をハンマーとゴングで鳴らすことに、実際の機能的なメリットがあるのか。 私に言わせれば、ある。少なくとも、この50万ドル近い時計を買える人々にとっては、おそらくそうだろう。
というのも、われわれはもう十分に年を取っていて、15分積算計や秒針を読み取るにはポケットから老眼鏡を取り出さなければならないからだ。
あるいは、もし若くしてこの時計を買えるのだとしたら、おそらく何か新しい仮想通貨でも発明したのだろう。そして若い頃から画面を見続けてきたせいで、同じように近視になっているに違いない。
だがこの時計なら、ケース左側のボタンをひと押しするだけでいい。低音で分を、高低音で10秒単位を、そして高音で残りの秒を鳴らしてくれる。
それは、不要で、気まぐれで、途方もなく高価な追加機能なのだろうか。 いや、それは世界初のミニッツリピーターが生まれた理由と同じくらい不要ではない。つまり、フランスの貴族たちが暗闇で時計を読むためにわざわざ蝋燭を灯さなくても済むようにするための機構だった、というあの理由と同じ程度に、ということだ。
では、私がクロノチャイムを愛するもう一つの理由は何か。
それはまず、この時計がスピードマスターのケースを採用していることだ。しかも、アイコニックなCK2998の現代版とも言えるケースである。
私にとって、クロノグラフというコンプリケーションを語るうえで、スピードマスターはこのジャンルで最も伝説的な時計と言っていい。なぜなら、NASAが実施した数々の過酷な試験をすべてクリアし、マーキュリー計画やアポロ計画の宇宙飛行士たちの公式時計として採用されたモデルだからだ。
その評価は、アポロ13号のエピソードによって確固たるものとなる。宇宙船の電子機器がすべて故障した状況で、乗組員はスピードマスターを使ってロケット噴射の時間を計測し、地球への再突入のための姿勢制御を行ったのである。
だから私に言わせれば、経過時間を打鐘で知らせるハイコンプリケーションのクロノグラフを作るのだとしたら、そのベースとなる時計としてスピードマスター以上にふさわしいものはない。

▲ 18Kセドナゴールド製ベゼルにアベンチュリンガラスのインサートを組み合わせ、ダイヤルを封じ込めている。
続いて、この時計のムーブメントについて見ていこう。オメガとブランパンの6年にわたる共同開発によって生まれたこのムーブメントは、次のような構成になっている。
まず、この時計は5Hz(毎時3万6000振動)で作動するコーアクシャル脱進機を備えており、そのため10分の1秒単位まで時間を分割することができる。この振動数で動作するコーアクシャルムーブメントは、これが初めてだ。
さらに、この時計にはスプリットセコンド機構を備えたモノプッシャー式クロノグラフが搭載されており、クラッチには垂直クラッチが採用されている。垂直クラッチの利点は、クロノグラフを作動させたままでも振り角の低下が起こらない点だ。
私の考えでは、このクラッチ機構のルーツはフレデリック・ピゲのキャリバー1181にあるのではないかと思う。そう考えると、今回のオメガとブランパンの協業にも納得がいく。
さて、ここからがオメガが成し遂げた本当の驚きだ。
通常のミニッツリピーターでは、フィールレバーが時針車に取り付けられた段付きのスネイルカムから情報を読み取る仕組みになっている。この時計でも似た構造が使われている。
ただしここでは、クロノグラフの分積算計と秒車に連動したカムから情報を読み取る仕組みになっている。
クロノチャイムの開発を主導したひとりであり、オメガの技術部門を率いるグレッグ・キスリングはこう語る。
「基本的な構造は伝統的なミニッツリピーターと同じですが、完全に新しい仕組みです。分のカム、10秒単位のカム、そして秒のカムを備えています。最大の難題は10秒と秒の読み取りでした。これはクロノグラフの秒車からしか取得できない情報です。想像してみてください。その繊細なバランスと慣性のコントロールを……」
グレッグ、敬意を表するよ。

▲ セドナゴールド製ケースにセドナゴールドのムーブメントという組み合わせは、実にしっくりくる。
余談だが、クロノチャイムのようにオート・オルロジュリーの手法でクロノグラフの性能を押し上げる一方、超微調整を可能にするヒゲゼンマイメカニズム“スピレート”のような比較的ベーシックな技術でも性能向上を図っているオメガの姿勢を見ると、私はとても嬉しくなる。
クロノグラフの性能を高めようとするオメガの探求は、スイス時計業界にとって刺激的であり不可欠なものだ。それは同社CEO、レイナルド・アッシュリマンの卓越したリーダーシップの証でもある。
さてクロノチャイムに話を戻そう。この驚異的な技術は、直径45mmのセドナゴールド製ケースに収められている。ダイヤルとベゼルには、粉砕したアベンチュリンを用いたグラン・フーエナメルが採用されている。さらにサブダイヤルのカウンターやムーブメントのブリッジまでもがセドナゴールド製だ。
この時計の操作方法は次の通り。スタート、ストップ、リセットを行うモノプッシャーはリューズに組み込まれている。ラトラパンテ(スプリットセコンド)機能は2時位置のプッシャーで操作する。
このスプリットセコンド機能は打鐘機構とは独立しており、好きなタイミングで停止させることができる。さらに、オメガはラトラパンテのドラッグを防ぐためにアイソレーター機構を組み込んでいるため、この状態のまま無期限に停止させておくことも可能だ。
一方、打鐘機構を作動させると、鳴らされるのはスプリットセコンド針が示す区間タイムではなく、メインのクロノグラフ針が示す経過時間である。これは理にかなっているだろう。
なお、これはあまり説明されていない点だが、打鐘機構を作動させるにはクロノグラフを停止させておく必要がある。
とはいえ、私に言わせればクロノチャイムは、ラトラパンテ・クロノグラフという機構をさらに高次元へと引き上げ、その機能性を拡張した最良の例と言える。
最後にちょっと面白い話を付け加えておこう。クロノチャイムは、スタンリー・キューブリックの映画『2001年宇宙の旅』(1968年)に登場するモノリスを思わせるほど巨大な木箱で届けられる。友人の@kodoholicのもとに届いたとき、書斎に運び込むためにフォークリフトを探さなければならなかったそうだ。
リシャール・ミル〈RM 027〉
私に言わせれば、ラファエル・ナダルのために作られたリシャール・ミル〈RM 027〉トゥールビヨンこそ、現代におけるスポーツウォッチの歴史を塗り替えた最も重要な一本である。
なぜか?
それは、この時計が、世界でも屈指のトップアスリートが激しい試合の最中に実際に腕に着けて戦った、最初の機械式時計――しかもトゥールビヨンだったからだ。
私はよく、時計史は“リシャール・ミル以前”と“リシャール・ミル以後”に分けられると言う。
というのも、ナダルがRM 027を着けるまでは、50万ドル近い極めて繊細なトゥールビヨンを、世界でも屈指のハードヒッターであるテニスプレーヤーの腕に巻きつけるなど、ほとんど狂気の沙汰としか思えなかったからだ。
怒れる木こりが木をなぎ倒すかのような、あの強烈な両手バックハンドの衝撃に耐えられるはずがない、と誰もが思っただろう。
しかしミルにとって、それこそが自らのブランド哲学――軽量性、人間工学、素材革新、そして極限の耐衝撃性能――が本物であることを証明する、これ以上ない実験だった。
結果はどうだったか?
時計は生き残っただけではない。迷信深いことで知られるナダルにとって、やがてそれは幸運のお守りのような存在になった。 ミルとのパートナーシップが始まった最初の年、ナダルは四大大会のうち三大会を制覇する。そしてそれ以来、彼は試合でリシャール・ミルの時計を腕から外したことがない。

▲ スペイン出身、世界屈指のテニスプレイヤー、ラファエル・ナダル。
この時計の背景にあるストーリーもまた、実に興味深い。
ミルは以前から、自分の時計がいかに並外れた性能を持つかを世界に示したいと考えていた。彼の時計はすでにフェリペ・マッサのようなF1ドライバーによって着用されており、マッサの時計はあの激しいクラッシュさえものともせずに生き残っている。
しかしミルが本当に求めていたのは、世界的な舞台で誰の目にもはっきりと見える形で時計を着けてくれる人物だった。
そこで名前が挙がったのがナダルだった。彼をミルに紹介したのは、ミルの友人であり顧客でもあったスペイン国王フアン・カルロス1世である。
ミルはさっそくナダルにアプローチしたが、当初ナダルは乗り気ではなかった。
時計は大きすぎるし、重すぎるし、プレーの邪魔になるかもしれない。腕に時計があることを意識してしまえば、自分のプレーに影響が出る可能性もある。
そこでミルは、ナダルが着けていることすら忘れてしまうほど軽く、自然な時計を作る必要があった。
その結果誕生したのが、時計界の常識を覆す一本だった。カーボンファイバー製ケースと、アルミニウム・リチウム合金で極限までスケルトン化されたムーブメントを備えた、世界最軽量の機械式トゥールビヨンである。
ミルは当時をこう振り返る。
「それでもラファエルは、何本ものプロトタイプを壊した。最終的に正しい技術的解決にたどり着くまでね」

▲ リシャール・ミル〈RM 027〉
2010年、ナダルが全米オープン、フラッシング・メドウズのセンターコートに姿を現したときのことだ。アメリカのテニス界のレジェンドであり、当時は解説者だったジョン・マッケンローは、こう言った。
「信じられない。彼は50万ドルの時計を腕につけてテニスをしているのか」
この瞬間こそが、現代の新しい時代の幕開けだった。テニス選手からオリンピック選手に至るまで、トップアスリートたちがリシャール・ミルをはじめとする時計を着けて競技に臨む時代の始まりだったのである。
そして同時に、スイスの最も複雑な高級時計でさえ、極限の競技環境に耐え得ることを初めて証明した出来事でもあった。
RM 027はその後、5つのバリエーションへと発展していくが、私にとってはいまなおオリジナルモデルが一番のお気に入りだ。ちなみに現在このモデルは、当時の定価を大きく上回る価格で取引されている(ジョン・マッケンロー、どうだい?)。
続くモデルとしては、ムーブメントを微細なサスペンションケーブルで支え、衝撃を隔離する構造を採用した〈RM 27-01〉がある。
さらに、カーボンケースバンドと一体化したブリッジによって極めて高い剛性と耐衝撃性を実現した〈RM 27-02〉および〈RM 27-03〉が登場する。
そして極めつけが〈RM 27-04〉だ。これは従来の固体ブリッジを廃し、テニスラケットのストリングを思わせるサスペンションケーブルの格子構造でムーブメントを支えるという、まさに常識外れの構造を採用している。
さらに〈RM 027〉は、「ベビー・ナダル」と呼ばれる〈RM 035〉という人気モデルも生み出した。こちらもまた、独自のカルト的な人気を誇る一本である。
ロレックス〈ヨットマスター II〉
圧倒的な存在感を放つロレックス〈ヨットマスター II〉は、スポーツウォッチの中でも特に存在感の高いモデルのひとつだ。
俳優マーク・ウォールバーグ、ラッパーのドレイク、元サッカー選手のデヴィッド・ベッカム、さらにはアイルランドの総合格闘家で将来の大統領候補とも言われるコナー・マクレガーといったセレブたちが愛用していることでも知られている。
しかし私はいつも少しおかしく思っている。というのも、この時計を所有している人の多くが、腕に載っている技術的傑作――プログラム可能なカウントダウン機能という驚くべき革新や、その背後にあるムーブメントの天才的な構造を、実は完全には理解していないからである。
しかもロレックスらしい見事なセンスで、極めて直感的に操作できるようになっている。それがこの時計をさらに印象的なものにしている。
とはいえ、正直なところ、上に面々がヨットクラブのあの気取った世界に足を踏み入れる可能性は、私がそこに紛れ込む可能性と同じくらい低い気がする。
ウォールバーグは少しブルーカラーすぎるし、ベッカムはタトゥーが多すぎる。マクレガーに至っては、好きなボートといえばランボルギーニ製のものくらいだろう。まあ、ドレイクなら入れてもらえるかもしれない。
……つい話がそれてしまった。

▲ ロレックス〈ヨットマスター Ⅱ〉
2007年に発表されたロレックス ヨットマスター IIは、レガッタレースの世界に存在していたひとつの問題を解決するために生まれた時計だった。それは、レースごとにスタートまでのカウントダウン時間が異なるという点だ。
多くのレースでは5分カウントダウンが採用されているが、レースによってはそれより長かったり短かったりする。
この問題を解決するため、ロレックスはプログラム可能なカウントダウン機構を備えた時計を開発した。
仕組みはこうだ。まずリングコマンドベゼルを反時計回りに回し、クリック位置まで動かす。そしてリセットプッシャーを押す。そしてリューズを動かすことで、カウントダウン針を1〜10分の間で設定できるのだ。
このカウントダウン針で面白いのは、レトログラード針である点だ。つまりゼロに到達すると、針は瞬時に10分位置へと跳ね戻る。私の知る限り、ロレックスでレトログラード針を採用したモデルは、このヨットマスター IIだけである。
カウントダウン時間を設定したら、ベゼルを時計回りに戻してクリック位置に合わせれば準備完了だ。
このカウントダウン機構を支えているのが、ロレックス キャリバー4161である。これはロレックス〈デイトナ〉に搭載されるキャリバー4130をベースとしたクロノグラフムーブメントだ。
驚くべきことに、4130の部品数がわずか201点であるのに対し、このムーブメントは360点もの部品で構成されている。そのうち159点がカウントダウン機構のために使われている。
右上のプッシャーでクロノグラフをスタートすると、センタークロノグラフ針が動き始める。そして1分が経過するごとに、レガッタカウントダウン表示は次の分へとジャンプする。
視認性を高めるため、分表示はダイヤルだけでなく、セラミック製ベゼルインサートにも刻まれている。
もし何らかの理由でカウントダウンをやり直す必要があれば、リセットプッシャーを押すだけでいい。そう、このヨットマスター IIはフライバッククロノグラフでもあるのだ。
直径44mmという大胆なサイズの時計ではあるが、このモデルを特別な存在にしているのは、キャリバーの卓越した設計と、それが実現した真に実用的な機能革新にある。だからこそ、この時計は現代における最も優れたコンプリケーション・スポーツウォッチのひとつなのだ。
F.P.ジュルヌ〈サンティグラフ スポーツ アルミニウム〉

▲ F.P.ジュルヌ〈サンティグラフ スポーツ アルミニウム〉
100分の1秒クロノグラフを語るなら、当然ながら〈サンティグラフ〉を外すわけにはいかない。これは伝説的な時計師フランソワ=ポール・ジュルヌによる、100分の1秒クロノグラフへの回答である。
真の50Hzオシレーターによって100分の1秒計測を実現しようとすると、いくつかの問題が生じる。ひとつは、これほど高速で振動する機構にかかる摩耗。そしてもうひとつは、膨大なエネルギー消費だ。
ジュルヌはこの問題に対して、まったく異なるアプローチを取った。彼はこう説明している。
「50Hzオシレーターで駆動する100分の1秒クロノグラフというアイデアには、摩擦とパワーリザーブの両面で限界があります。そこで私は、ダイヤルを1秒で1周するクロノグラフ針を作り、停止した瞬間に任意の位置で切り離される構造にしました」
この針が停止した位置でデカップルされる――つまり無数の位置を取り得る――ことこそが、〈サンティグラフ〉を100分の1秒クロノグラフたらしめている理由だ。
理論上、ジュルヌはこれを1000分の1秒クロノグラフにすることもできただろう。もしそれだけの解像度で目盛りを印刷できたなら、という話だが……。
しかし実際には、100分の1秒という表示こそが、精度と視認性のバランスとして最適だったのである。
ダイヤルのレイアウトは次のようになっている。左上にはフドロワイヤント、すなわち100分の1秒表示。右上には20秒で1回転するカウンター。そして6時位置には10分積算計が配置されている。
サンティグラフという名前も実に魅力的だ。
この機構を支えているのは、クロノグラフムーブメントの中でも極めて革新的なキャリバーである。通常クロノグラフは秒車から動力を取るが、この時計はそうではない。というのも、この時計は3Hzで作動するため、秒車から動力を取っても意味がないからだ。
その代わり、クロノグラフ輪列は香箱から直接駆動されている。これはクロノグラフの構造を根本から再考した、非常に大胆な設計と言える。
さらに、一般的なプッシャーの代わりに、ジュルヌの時計はロッカー式操作機構を採用している。これによってスタートやストップの操作がより素早く、直感的に行えるようになっている。
サンティグラフにはいくつかのバリエーションが存在するが、この記事は現代最高のコンプリケーション・スポーツウォッチを扱うものだ。そう考えるなら、私の意見ではアルミニウム製のモデルこそがベストバージョンだろう。圧倒的な軽さを実現しているからだ。
ドゥ・ベトゥーン〈DB28 GS グランド・ブルー〉

▲ ドゥ・ベトゥーン〈DB28 GS グランド・ブルー〉
ドゥ・ベトゥーンという名前を聞くと、私の頭に浮かぶのは時計製造の詩だ。デニス・フラジョレという天才時計師によって形を与えられた、まだ完全には定義されていない、極めて個人的な時計言語。その独自の世界観こそが、ドゥ・ベトゥーンの魅力である。
2010年に登場した〈DB28〉は、彼が生み出してきた革新技術を集約した、いわば“ベストヒット集”のような時計だった。
テンプ用のショックアブソーバーに加えてテンプブリッジの両側にも二つを配置したトリプル・パラシュート耐衝撃システム、自社製テンプとヒゲゼンマイの終端曲線、ミラーポリッシュ仕上げのグレード5チタンケース、そして可動式ラグなどが採用されている。
このモデルは大きな成功を収め、ブランドを象徴するフラッグシップモデルとなった。
2019年、ドゥ・ベトゥーンは多くの人の予想を裏切る一本を発表する。なんと〈DB28〉のダイバーズウォッチ版であるグランドスポール(GS)グランド・ブルーだ。
ケース径44mm、厚さ12.8mmと力強いサイズ感を持ち、防水性能は100m。さらに回転ベゼルも見事に統合されている。
だが、この時計の驚きの瞬間は、6時位置のプッシャーを押したときに訪れる。時計全体がまばゆい光に包まれるのだ。
リュウズの内側、すなわちインナーベゼルの四つの位置に小さなLEDライトが配置されている。発電は香箱のエネルギーを利用した小型ダイナモによってなされる。
これは、スウェーデンの発光素材スペシャリストであるジェームズ・トンプソン(ブラック・バジャー)とフラジョレの共同開発によって生まれた、画期的な「完全機械式」照明システムなのだ。
その結果、この時計は従来のダイバーズウォッチに、まるで視覚的な花火のような華やかさを与えつつ、同時に実用的な機能革新も実現しているのである。
ルイ・ヴィトン〈タンブール ツイン クロノ マッチレーシング〉

▲ ルイ・ヴィトン〈タンブール ツイン クロノ マッチレーシング〉
2012年に登場した〈タンブール スピンタイム レガッタ〉の驚くべき点は、カウントダウン表示を機能的なアートへと昇華させたことにある。小さな立体キューブが回転し、青から赤へと変わることでカウントダウンの進行を示す仕組みだ。
驚くべきは、ボタンひとつで通常のクロノグラフモードとレガッタモードを切り替えられる点だ。12時位置の窓が、現在どちらのモードにあるのかを表示する。
もしこのタンブール スピンタイム レガッタに感心したなら、さらに驚く準備をしてほしい。なぜなら、マックス・ブッサーがGPHG最高賞を受賞したMB&F〈シーケンシャル Evo〉ダブルクロノグラフを発表する10年も前に、ルイ・ヴィトンは、私の考えるところでは史上最も革新的なクロノグラフのひとつをすでに作り上げていたからだ。
〈タンブール トゥイン クロノグラフ〉は、互いに競い合う2艇のヨットのタイムを計測し、その差を表示するために作られている。
その仕組みはこうだ。クロノグラフをスタートすると、深いブルーのグラン・フーエナメルダイヤルの下部に配置された2つのサブダイヤルが動き始める。どちらも同軸の60秒計と60分計で構成されている。
もう一度プッシャーを押すと、左側のサブダイヤルの針は停止するが、右側のサブダイヤルの針は動き続ける。そして同時に、12時位置のダイヤルが動き出し、2つの計測タイムの差を表示する。
さらにもう一度押すと、右側のサブダイヤルと12時位置の表示も停止する。そしてもう一度押せば、すべての表示がゼロにリセットされる。
この時計のムーブメントは、単一の3層式コラムホイールによって制御される3つの独立クラッチ機構から構成される、まさに建築的とも言える傑作だ。
もしこの時計に心を動かされるなら、ぜひ手に入れることをおすすめしたい。私の考えでは、これは現代における過小評価された大傑作なのだから。

▲ ルイ・ヴィトン〈タンブール スピンタイム レガッタ〉
ブランパン〈フィフティ ファゾムス X ファゾムス〉
直径56mmという巨大なフルチタンケースを持つブランパン〈フィフティ ファゾムス X ファゾムス〉を腕に着けてディナーに現れる人を、ぜひ一度見てみたいと思っている。私はこの時計は、機械式ダイバーズウォッチにおける史上最大の技術的成果だと考えているからだ。
もちろん、かなり大胆な主張だということは分かっている。だからその理由を説明しよう。
このダイバーズウォッチには、次のような機能が搭載されている。まず水深計。これはIWCの〈ディープ・ワン〉のようなブルドン管ではなく、圧力に反応する液体金属製の変形膜を利用した仕組みだ。そのため水が時計内部に入り込む必要がない。
さらに水深表示は2種類用意されている。ひとつは0〜90mまでを表示する一般的な水深計。そしてもうひとつは、より精密に読み取れる0〜15mの表示で、減圧停止をより正確に行うためのものだ。
それだけではない。減圧停止の時間を正確に計測するための5分カウントダウンタイマーまで備えている。
さらに最大到達水深インジケーターも搭載されており、そのリセットボタンは、チタン製トリガーガードによって保護されている。
ムーブメントは5日間のパワーリザーブを持ち、シリコン製ヒゲゼンマイと脱進機を採用することで磁気の影響も受けない。さらにベゼルはサファイアクリスタル製で全面発光する仕様となっている。加えて、水中での視認性を高めるため、すべての表示は異なる色のルミノバで処理されている。
針とベゼルはグリーン、90m水深計と5分減圧タイマーはオレンジ、そして15m水深計はブルーに発光する。

▲ ブランパン〈フィフティ ファゾムス X ファゾムス〉
私はこの時計の発表イベントに出席したことを覚えている。場所はドバイ・モール。そこでは、ブランパンのCEO自らがドバイ水族館の巨大水槽へと潜り、サメの泳ぐ中でこの時計の機能を実演するという、なかなか壮観なデモンストレーションが行われた。
ここで私ははっきり言っておきたい。革新的なダイバーズウォッチという点において、ブランパンを超えるブランドはない。なぜなら、スウォッチグループのトップであるニコラス・G・ハイエックは、ダイビングと海洋保護に対して並々ならぬ情熱を持っているからだ。
昨年彼が発表した〈フィフティ ファゾムス ミルスペック〉は、ブランパンが持つ軍用時計の歴史に対する敬意と愛情を示す、見事な例だった。
だが、この〈フィフティ ファゾムス X ファゾムス〉こそ、海を愛するダイバーの情熱を体現した究極のモデルと言えるだろう。
これまでにも水深計付きの時計は、IWC、ジャガー・ルクルト、パネライなどから登場してきた。しかしXファゾムスほど完成度が高く、ダイビングという行為そのものへの情熱を感じさせる時計は、ほかにない。
MB&F〈レガシー・マシン シーケンシャル EVO〉
近年登場したクロノグラフの中でも、特に驚異的な存在と言えるのがMB&Fの〈レガシー・マシン シーケンシャル EVO〉だ。この時計は、クロノグラフにまったく新しいアプローチをもたらすと同時に、垂直クラッチ方式が本質的に抱えてきた課題にも真正面から取り組んでいる。
この時計には、二つの香箱、二つの輪列、そして二つのクロノグラフ機構が搭載されている。それぞれの輪列の第4輪は垂直クラッチ機構の中に組み込まれており、そこから直接クロノグラフ秒針を駆動する構造となっている。
その結果、このクロノグラフは非常に安定した作動を実現すると同時に、これまでのクロノグラフとはまったく異なる新しい構造を生み出している。

▲ MB&F〈レガシー・マシン シーケンシャル EVO〉
垂直クラッチを採用し、なおかつクロノグラフ秒針を直接駆動する構造を持つクロノグラフは、私たちが思っている以上に少ない。とりわけ現代のムーブメントでは、薄型化が優先されることが多く、この構造を実現するのは容易ではない。
クロノグラフ秒針を駆動するために補助輪列が必要になると、垂直クラッチが本来解決するはずだった問題、すなわちバックラッシュや秒針のスタッター(針の跳ねやぎこちなさ)が再び生じる可能性がある。
シーケンシャル EVOは、垂直クラッチ機構の本来の利点を最大限に引き出したうえで、さらに一歩踏み込んでいる。第4輪の軸には二つのジュエルベアリングが設けられており、摩擦を極限まで抑える構造となっている。これにより、クロノグラフが作動していない状態でも、第4輪の軸が垂直クラッチの軸と接触しながら回転する際の摩擦が抑えられ、振り角の低下を防ぐことができる。
しかし、この時計の真の革新はツインバーターシステムにある。この機構は、二つのクロノグラフの動作状態を反転させることができ、とりわけラップタイマーとして機能する点が特徴だ。
ケース両側のプッシャーによって、二つのクロノグラフはそれぞれ独立してスタート/ストップできる。だが9時位置のツインバーター・プッシャーを押すと、レバー機構を介してコラムホイールが1段階進み、二つのクロノグラフの状態が入れ替わる。
つまり、一方が作動中で他方が停止している場合、このボタンを押すことで作動しているクロノグラフが停止し、同時に停止していたクロノグラフがスタートする。これにより、計測を途切れさせることなくラップタイムの計測が可能になる。
こうした要素を総合すると、シーケンシャル EVOは現代クロノグラフの中でも極めて完成度の高いモデルであり、なおかつ量産可能な設計を持ちながら、その姿はまさに異次元と言えるだろう。
タグ・ホイヤー〈カレラ マイクロトゥールビヨンズ〉

▲ タグ・ホイヤー〈カレラ マイクロトゥールビヨンズ〉
私はこれから紹介する2本の時計を同じグループにまとめている。というのも、両者は基本的に同じムーブメント構造を共有しているからだ。
2012年、タグ・ホイヤー〈カレラ マイクロトゥールビヨンズ〉が発表された。これは前年に登場した〈カレラ マイクログラフ〉の後継にあたるモデルだ。マイクログラフは世界初の量産型1/100秒計測クロノグラフ腕時計として大きな話題を呼んだ。
この時計の鍵となるのは、二つのテンプを持つ構造だ。ひとつは時刻表示用で4Hz、もうひとつはクロノグラフ専用で50Hzという超高速振動を採用している。これは、1/100秒計測を行うストップウォッチから着想を得たものだ。
1秒の間に100の位置を取るクロノグラフ針がダイヤル上を猛烈な速度で回転する光景は、まさに圧巻だった。
マイクロトゥールビヨンSは、このすでに驚異的な機構をさらに進化させた。基本的には同じ1/100秒クロノグラフだが、二つのテンプをダイヤル側に配置するレイアウトを採用している。
ダイヤル左下には、クロノグラフ専用の50Hzテンプがあり、クロノグラフが作動するまで停止している。しかしよく見ると、このテンプは5秒で1回転するフライングトゥールビヨンの中に収められている。
一方、左上には4Hzで振動するテンプを備えた1分トゥールビヨンが配置されている。
この時計は過剰なのか? もちろんそうだ。
50Hzテンプを5秒トゥールビヨンに収めることに、実際の性能面でのメリットがあったのか?
正直に言えば、それはとてつもなく格好良かったというだけで、私には十分だった。だがそこにこそ、この時計の魅力がある。伝統的な複雑機構をさらに押し進め、機械式時計における究極の視覚的スペクタクルを作り出すという発想。その精神が、この途方もない時計には豪快に体現されている。そして機能面でも、1/100秒クロノグラフは実に見事な完成度を誇っていた。
しかしその後、経営体制の変化に伴う戦略的な理由から、マイクロトゥールビヨンズをはじめとするタグ・ホイヤーのマイクロシリーズは、すべてラインナップから姿を消すことになった。
ゼニス〈デファイ エクストリーム ダブル トゥールビヨン〉

▲ ゼニス〈デファイ エクストリーム ダブル トゥールビヨン〉
そして時は2022年。ゼニス〈デファイ エクストリーム ダブル トゥールビヨン〉が誕生する。物語として考えるなら、統合型クロノグラフの王者であったゼニスがこのムーブメントを復活させたことは、実にふさわしい展開だった。ただし、そこにはひとつ大きな違いがある。
ゼニスのダブルトゥールビヨンでは、ベースムーブメントが5Hzで作動する。つまり時刻表示用のトゥールビヨンは5Hzの1分トゥールビヨンであり、一方、1/100秒クロノグラフには50Hzのテンプを備えた5秒トゥールビヨンが搭載されている。
ここで私が気に入っているのは、この時計のすべてが「5」という数字の倍数で構成されている点だ。この美しい整合性が、時計全体に独特のシナジーを生み出している。
それに合わせるかのように、この自動巻き時計のパワーリザーブも50時間となっている。
私は、当時のゼニスCEOだったジュリアン・トルナーレと、製品開発責任者ロマン・マリエッタに拍手を送りたい。このモデルを、非常にクールなデファイ・ファミリーの中に、巧みで意味のある形で組み込んだからだ。
正直に言って、もし消費者が50Hzオシレーターを搭載した1/100秒クロノグラフを手に入れたいと思えば、ゼニスのブティックに行くだけで、技術的傑作をそのまま購入できるという事実が、私はとても好きだ。
さらに素晴らしいのは、ゼニスは良心的価格のブランドであるため、この二つのトゥールビヨンを搭載したチタンモデルの価格が6万9,000スイスフランに設定されたことだ。私に言わせれば、これほど革新的なパフォーマンスマシンとしては、驚くほどリーズナブルなプライスだ。
そして、もうひとつ面白い点がある。ジュリアン・トルナーレは現在、タグ・ホイヤーのCEOを務めている。彼がタグ・ホイヤーに、再び高性能エンジニアリングのビジョンを持ち込むのかどうか──それを見守るのは実に興味深い。
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