控えめなブルーグレーの輝き、手首に感じる確かな重量、そして職人泣かせの加工難度。タンタルは、現代の時計製造において最も扱いにくく、同時に最も魅力的な
Tantalum: The Hidden Treasure of Modern Metals
美しい、しかし加工が難しい。謎の金属“タンタル”とは?
控えめなブルーグレーの輝き、手首に感じる確かな重量、そして職人泣かせの加工難度。タンタルは、現代の時計製造において最も扱いにくく、同時に最も魅力的な素材のひとつである。
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by Cheryl Chia. Sep 20, 2024 |
すべてが“予想外”の金属
私たちにとって、タンタル製の時計との出会いは戸惑いを伴う体験だ。最初に感じるのは、その予想外の重さである。色味はチタンを思わせるが、重量ははるかに高級感のあるものだ。
その驚きは“価格ショック”によって上書きされる。タンタルは時にプラチナやゴールドをも上回るほど高価なのだ。
しかしタンタルは貴金属には分類されず、地中の存在量も金やプラチナほど希少ではない。タンタル時計が高価になる理由は金属そのものの希少性ではなく、この複雑な素材を加工する際の技術的困難さにある。
金に匹敵する密度、銅のような延性、鋼に近い熱伝導性、さらにタングステンに匹敵する高い融点……。こうした特性が入り混じった性質のため、タンタルは加工が極めて難しい素材である。だから、タンタル製時計はきわめて稀な存在なのだ。
こうした特性は、時計製作において、何を価値とみなすのかという問いにつながる。それは二次市場でしばしば見られる現象とも重なる。そこでは、製造に費やされた目に見えない努力や複雑機構さえも、歴史的意義や希少性の前に退いてしまうことがある。
これが、いわゆる“ハイプウォッチ”で、実質的価値よりも投資的価値が重視される状況を生んだ。
しかし価値とは、時計の希少性、ブランドの威光、歴史の重みだけに宿るのではなく、費やされた目に見えない努力の中にも見いだされるはずなのだ。
金が華やかさを誇示し、プラチナが威厳を主張するのに対し、タンタルはおとなしい。金のような視覚的インパクトも、プラチナのような重みも持たない。しかし実は、時計のケースやブレスレットとしてあること自体が驚異なのである。

▲ MB&F〈レガシー・マシン サンダードーム〉タンタルケース、2019年に10本限定で製作。
ある金属がなぜ“貴金属”と見なされるのか? 貴重さは、希少性、採掘の難しさ、物理的特性、市場需要、そして歴史的・文化的意義といった複数の要素によって決まる。
金は、その美しさ、加工のしやすさ、そして腐食に強い性質によって、何千年にもわたって珍重されてきた。地殻中の存在量は約0.004ppm(100万分の4)で、実は最も希少な金属というわけではない。
例えば、ロジウムやオスミウムはそれぞれ 約0.0007ppm、約0.0001ppmと、金よりもはるかに希少である。しかし、金は歴史的に通貨や宝飾品、文化的象徴として用いられてきたため、富の象徴としての地位を確立している。
一方、プラチナは地殻中では約0.005ppmと、わずかに金より多く存在するが、採掘可能な地域が限られており、採掘も難しく、生産が特定地域に集中している。そのため自然界での存在量がやや多くても、価値が高い金属となっている。
金は中国、オーストラリア、ロシア、アメリカなど多くの国で採掘される。これに対し、プラチナは主に限られた地域で産出し、世界生産の大部分は南アフリカで占められ、続いてロシアやジンバブエが続く。
このような地理的集中はプラチナの希少性をさらに高め、紛争などによって供給が影響を受けやすい。
金は天然のナゲット(金塊)として発見されることもあるが、多くの場合は鉱石から採取される。採掘後はシアン化法、アマルガム法、製錬などの工程を経て抽出され、さらに電解精製や酸による精錬によって純化される。
プラチナは多くの場合、パラジウム、ロジウム、イリジウム、オスミウムなどの白金族金属(PGM)とともに鉱石中に存在するため、それら化学的に似た金属を分離する必要がある。このため精製工程はより複雑となる。

▲ アメリカ・モンタナ州のベアトゥース山脈に位置する、有名なプラチナおよびパラジウムの採掘地スティルウォーター鉱山で産出したプラチナ‐パラジウム鉱石(Image: Wikipedia)
こうした要因の結果として、プラチナの世界年間生産量は金よりもはるかに少ない。金は年間およそ3,300トンが採掘されるのに対し、プラチナは約190トン程度にとどまる。
金は市場に広くいきわたる供給量があり、市場での流動性が高く、プラチナと比べて価値の保存手段として利用しやすい。その結果、金はインフレや経済不安に対するヘッジ資産と見なされ、現在の高価格の一因ともなっている。
一方、タンタルは地殻中の存在量が約2ppmで、金やプラチナよりもはるかに多く存在する。タンタルは通常、溶融した岩石(マグマ)が冷えて結晶化する過程のなかで形成される。
主にタンタライトという鉱物中に含まれ、コルタン鉱石群の一部として産出することが多い。また、地殻深部で形成される粗粒の火成岩であるペグマタイト中で、しばしばニオブ と共に見つかる。

▲ オーストラリア・ピルバラ地域で産出したタンタライト。(Image: Wikipedia)
タンタルの採取は、ペグマタイト鉱床や、もとの岩石から侵食されて水によって運ばれ堆積した沖積鉱床の採掘によって行われる。
鉱石は重力分離や浮遊選鉱といった方法で処理され、タンタルを濃縮する。濃縮後、タンタルを含む鉱物は浸出や還元などの化学処理を経て、純粋なタンタル金属が抽出される。
タンタルは大規模な純粋鉱床として産出することがほとんどないため、その採掘と精錬には多くの労力とコストがかかる。
21世紀初頭以降、タンタルの鉱山生産は、それまで主流だったオーストラリアやブラジルからアフリカへと移行している。現在ではコンゴ民主共和国やルワンダなどが最大の供給源となっている。
タンタルは非常に耐火性の高い金属で、摩耗、熱、腐食に対する卓越した耐性を持つことで知られる。生体適合性も高く、融点は 3017℃と極めて高い(金属の中でも4番目に高い)
このような特性から、タンタルは主に特殊産業に用いられる。真空炉、原子力発電所、ミサイル、航空機、外科用縫合糸やインプラント、コンデンサーなどである。なかでもコンデンサー用途が消費量の約50%を占めている。

▲ タンタルは、卓越した生体適合性、耐食性、そして骨の内生(骨組織が内部に成長すること)を促す性質を備えているため、再建外科で広く用いられている。タンタル製の整形外科用インプラント、人工関節などは多孔構造で、骨組織がインプラント内部へ成長でき、長期的に固定できるのである。
用途が専門的であり、供給網も複雑であるため、タンタルの市場は広がりにくい。その結果、タンタルには先物市場が存在せず、主要な商品取引所では売買されず、長期の直接契約やニッチ市場を通じて取引されている。
2024年9月6日時点で、金のスポット価格は1kgあたり約88,402ドル、プラチナは1kgあたり約32,421ドル)である。これに対して、タンタルの価格ははるかに低く、1kgあたり約313ドル程度である。

▲ 2024年9月6日時点で、金のスポット価格は1kgあたり約88,402ドル、プラチナは1kgあたり約32,421ドル。タンタルの価格は1kgあたり約313ドル程度である。さらに、2018年以降、金とプラチナの価格差は拡大しており、1オンスあたり400ドル未満だった差は1,587ドルにまで広がっている。(グラフ:Revolution 出典:タンタル=Investing.com、プラチナ=Macrotrends、金=Bloomberg / ICE / Datastream / World Gold Council)
時計素材としてのタンタル
タンタルは近年、時計製造の分野でますます注目されている。その理由はいくつかある。
まず、美しいブルーグレーの色調を持ち、現代のラグジュアリー観に合致する、印象的でコンテンポラリーな美しさを備えている点だ。また、適度な重量感があり、時計に確かな質感と高級感を与える。
さらに、ケースやブレスレットの素材として優れた特性も備えている。特筆すべきはその卓越した耐食性で、金やプラチナよりも腐食に強い。王水のような極めて強力な酸にも耐えることができる。
王水とは、濃硝酸と濃塩酸を混合した酸で、「王の水」を意味するラテン語に由来し、金やプラチナといった金属さえ溶かすことで知られている。
タンタルという名称自体も、この並外れた化学的安定性に由来している。
タンタルは1802年、スウェーデンの化学者アンデシュ・グスタフ・エーケベリによって発見された。彼はこの金属を、ギリシャ神話に登場する半神タンタロスにちなんで名付けた。
タンタロスは、ゼウスによって水の中に立たされ、喉の渇きを癒そうとすると水が引き、頭上の果実を取ろうとすると枝が遠ざかるという永遠の罰を受けた人物である。酸が溶かそうとしても溶けないタンタルは、まるで水が目の前にあるのに飲めないタンタロスのようだ、と考えたのだ。

▲ 硝酸と塩酸を混合した王水によって、溶解していく金。
物理的特性を見ると、タンタルの密度は約16.6g/cm³、モース硬度は約6.5であり、純金やプラチナより硬い一方で、密度はそれらよりやや低い。
金は柔らかいため加工しやすいが、実用では強度を高めるため他の金属と混ぜる必要がある。純金の密度は約19.3g/cm³だが、他金属を加えた18Kゴールドの密度は約15.6g/cm³となり、タンタルよりも軽くなる。18Kゴールドのモース硬度はおよそ2.7〜2.8である。
プラチナは金よりも密度が高く、一般的なプラチナ合金であるPt950(プラチナ95%+他金属5%)の場合、密度は約19.2g/cm³となる。モース硬度は約4.5で、金よりは傷や摩耗に強い。
タンタルのもうひとつの重要な特性は低アレルギー性である。生体に対して化学的に不活性であるため、敏感肌や金属アレルギーを持つ人に適している。これはニッケルや銅などのアレルゲンを含む金属とは対照的だ。
例えば、316Lステンレススティールやホワイトゴールドにはニッケルが含まれ、イエローゴールドやローズゴールドには銅が含まれている。
チタンも生体不活性の金属であり、色調もタンタルに近く、グレード5チタンはタンタルより硬い。しかしチタンは軽量であるため、タンタルのような重量感や質感はない。

▲ アメリカの時計師、J.N.シャピロによる〈インフィニティ〉タンタルモデル。
タンタルはその特異な性質と、それらの性質が相互に関係し合うことで、加工が困難である。切削時には「粘りつく」ような挙動を示し、金属がきれいに削り取られるのではなく、切削工具に付着してしまうような傾向がある。
その結果、小さく扱いやすい切りくずではなく、厚く大きな切りくずが生じやすい。
さらに、タンタルは融点が非常に高いため、加工時には大きな切削力が必要となり、それに伴って多量の熱が発生する。一般に融点の低い金属の方が成形や加工は容易である。
この過剰な熱は加工工具の急速な摩耗や損傷を引き起こし、通常の加工工具ではこうした過酷な条件に耐えられないことが多い。
加えて、タンタルは熱伝導率が比較的低い(約57W/m·K、プラチナは約71W/m·K)。つまり熱を伝えることはできても、効率よく放散することができない。そのため加工中の熱が局所に集中し、工具をさらに摩耗させる。
また、化学的に不活性であるため、一般的な加工液と反応しにくく、十分な冷却を得ることが難しい。冷却不足などの問題を防ぐために、不活性金属用に設計された専用の加工技術や加工液を用いる必要がある。
このような理由から、タンタルの加工には高度な専門知識と技術が不可欠で、その独特の性質を制御しながら、求められる精度と仕上げを実現しなければならない。
タンタルでできた時計たち
タンタルは近年、とりわけドレスウォッチ用として注目を集めているが、時計製造における歴史は1980年代まで遡る。この時期は、オーストラリアでタンタル鉱床の開発が進んだ時代であった。
タンタルを用いて製作された最初期の時計として知られるのは、スペイン国王フアン・カルロス1世のために製作されたオーデマ ピゲの〈ロイヤル オーク〉である。
国王は狩猟の際に獲物を驚かせないよう、光の反射を抑えた控えめな外観のロイヤル オークを求めていた。彼は以前、自身のロイヤル オークを銃職人に渡し、狩猟用ライフルの銃身に施されるブルーイング処理(鉄や鋼の表面に青黒い酸化皮膜を形成させる防錆処理)を試みたが、うまくいかなかった。
そこでオーデマ ピゲに相談し、ブランドは解決策としてタンタルに着目した。タンタルは暗いグレーがかったブルーの光沢を帯びており、国王が求めた控えめでステルス性の高い外観にぴったりな素材だったのである。
タンタルを用いた時計がシリーズとして初めて製造されたのは1988年で、いずれもクォーツ式のロイヤル オークであった。
ひとつは33mmのツートーンモデル、ロイヤル オーク Ref.56175TRで、タンタルとローズゴールドの組み合わせ。もうひとつはRef.66270TTで、タンタルとチタンの組み合わせだった。
その数か月後には、35mmの自動巻きモデル Ref.14486TRも登場した。これらのロイヤル オークでは、ケースとブレスレットにタンタルを用い、ベゼルや中間リンクには対照的な金属を組み合わせるデザインが採用された。
さらに同年、ブランドはタンタルとローズゴールドの組み合わせによる40mmケースのクロノグラフ〈ユイティーム〉Ref.25644TRも発表している。

▲ 左:〈ロイヤル オーク〉 Ref.56175TT(33mm) タンタル×チタンモデル 中:1988年に発表されたタンタルとローズゴールド製 Ref.14486TR(35mm) 右:タンタルとローズゴールドのバイメタルケース(40mm)を採用した〈ユイティーム〉Ref.25644TR
その翌年の1989年、ジャガー・ルクルトはバーゼル・フェアで、タンタル製ケースを採用したメカクォーツ式〈オデュッセウス・クロノグラフ〉を発表した。当時のジャガー・ルクルトのプレスリリースには次のように記されている。
“ジャガー・ルクルトは、ついに世界で最も神秘的な金属を加工する秘法を手にした。この金属の硬さ、耐食性、耐熱性、耐薬品性は研究者たちにとって大きな挑戦であった。これまでタンタルは単純な部品にしか使われておらず、その加工、仕上げはとても難しいものだった”
リリースはさらに、勝利を誇るような調子でこう続く。
“ジャガー・ルクルトの悪魔のような金属に挑んできた努力は、ついに実を結んだ。黄金のように磨き上げられ、重厚なローズゴールドのアクセントを備えた輝くブルーのケースを持つオデュッセウスは、この壮大な闘いの終結を告げるものである。卓越した時計製造技術と特異な素材を融合させたこの希少な作品は、その価値を見抜くコレクターの目を釘付けにするだろう”

▲ 1989年に登場したジャガー・ルクルト〈オデュッセウス・クロノグラフ〉。タンタル製ケースにローズゴールドのアクセントを組み合わせ、メテオライト(隕石)文字盤を備える。(Image: Hairspring.com)
1993年、オメガは、チタン製ケースを備えた〈シーマスター ダイバー300M クロノグラフ〉(Ref.2296.80.00)を発表した。このモデルは、タンタル、チタン、ローズゴールドの3色構成のブレスレットを採用していた。
主要なリンクはチタン製だが、中央の2列のリンクはポリッシュ仕上げのローズゴールドとサテン仕上げのタンタルを重ねたサンドイッチ構造となっていた。
2018年には、この個性的なモデルへのオマージュとして、トライカラー仕様のシーマスター ダイバー300M(Ref.210.60.42.20.99.001)が2,500本限定で登場した。
このモデルでは、ベゼルとセンターリンクにタンタルが用いられ、リューズ、ベゼルリング、ヘリウムエスケープバルブにはセドナゴールドが採用された。
さらに2020年には、シーマスター ダイバー300M クロノグラフ(Ref.210.60.44.51.03.001)が発表され、再びタンタル、チタン、セドナゴールドのトライメタル構成が採用された。

▲ トライメタル仕様のオメガ〈シーマスター300m クロノグラフ〉の1993年広告。

▲ 左:2018年に2,500本限定で発売されたトライメタル仕様のシーマスター ダイバー300m 右:セドナゴールド、チタン、タンタルのトライメタル仕様のシーマスター300M クロノグラフ。
ウブロやパネライもまた、タンタルの使用を試みてきたブランドである。タンタルがユニークなのは、その汎用性にある。控えめな色合いと卓越した耐食性はスポーツウォッチに理想的な素材でありながら、ラグジュアリーな重量感はドレスウォッチにも同様に適している。
プラチナ、ゴールド、スチール、チタンはいずれもスポーツウォッチとドレスウォッチの両方に用いられる素材であり、現代では「何でもあり」と言える。しかしタンタルは、この二つのカテゴリーをより自然に横断できる素材と言えるだろう。
F.P.ジュルヌとタンタル
タンタルがタイムオンリーの手巻きドレスウォッチに初めて用いられたのは2009年のことである。
フランソワ=ポール・ジュルヌは次のように語っている。
「以前からブルーダイヤルのコレクションを作りたいと思っていましたが、なかなか実現できませんでした。2007年、高級ダイヤル専門工房、カドラニエ・ド・ジュネーブと協力することで解決策を見つけたのです。このダイヤルに合うケースの金属は何かと考えたとき、タンタルが選ばれました。こうして〈クロノメーター・ブルー〉が誕生したのです」

▲ クロノメーター・ブルーは、タイムオンリーのドレスウォッチ・ケースにタンタルが初めて用いられたモデルである(Image: A Collected Man)
ジュルヌは語る。
「クロノメーター・ブルーが成功を収めた後、タンタルを使った別のモデルを作ってほしいという依頼を受けました。しかし、製造の難しさと限られた生産体制を考えると、その要望には応えられないため、私は常に断ってきました。そこで私は、チャリティー・オークションの“オンリーウォッチ”のためだけにタンタル・コンセプトを作ることにしたのです」
2015年以降、ジュルヌはオンリーウォッチのために5本のユニークピースを製作してきた。それらはいずれもクロノメーター・ブルーの系譜を引くもので、タンタルケースにブルーダイヤルを組み合わせたデザインを特徴としており、多くの場合、事前予想価格を大きく上回る金額で落札されている。
2023/24年のオンリーウォッチでは、〈クロノメーター・フュルティフ・ブルー〉を発表。これは初めてタンタル製ブレスレットを備えたモデルである。この時計は予想最高額44万スイスフランに対し、200万スイスフランで落札された。

▲ 左:タンタル製ブレスレット(さらに新開発のムーブメントと半透明のグラン・フー・エナメルダイヤル)を備えたF.P.ジュルヌ〈クロノメーター・フュルティフ・ブルー〉は、オンリーウォッチ2024で200万スイスフランで落札された。 右:F.P.ジュルヌがこれまでに製作した中で最も複雑な腕時計である〈アストロノミック・ブルー〉は、オンリーウォッチ2019で180万スイスフランで落札された(Image: Wanyu Lee)

▲ フランシス・フォード・コッポラのアイデアから生まれたF.P.ジュルヌ〈FFCブルー〉は、“オンリーウォッチ”2021で250万スイスフランで落札された。
ジュルヌのケース製造部門ボワティエ・ド・ジュネーブのケース職人はこう説明する。
「タンタルは非常に加工が難しい素材です。0.1mm未満のごく小さな切削加工を行うことはできません。また、切削工具の摩耗が非常に激しいのです。タンタルはレーザー溶接で修復することができず、従来の方法では研磨することもできません。私たちは特別な工程で素材を均質化し、独自の研磨方法を開発しましたが、それはボワティエ・ド・ジュネーブの製造上の秘密です」
F.P.ジュルヌのインターナショナルPRマネージャー、ネイサン・バイリーもこう付け加える。
「この研磨技術を完成させるまでには何年もかかりました。適切な回転速度や、最適な研磨ディスクと研磨ペーストを見つける必要があったのです。タンタルは加工時に大量の熱を発生させ、そのため工具が壊れやすくなります。さらに、使用する工具は金やプラチナの加工に使うものよりも強度が高くなければならず、その分コストも高くなります。破損のリスクを抑えるため、CNCの回転速度も下げる必要があります。タンタル加工は、常に神経を集中させなければなりません」
タンタルケースを製作しているもう一人の独立時計師、カリ・ヴティライネンも同様の苦労を語っている。彼は2020年に、タンタル製の〈タントール 9 デシマル・ミニットリピーター〉のユニークピースを製作した。
ヴディライネンは語る。
「この時計の製作はまさに悪夢のようで、完成まで非常に長い時間がかかりました。この金属を旋盤で削ることは不可能に近いのです。切削工具を当てても切りくずが出ない。工具は金属の前でただ転がるだけで、すぐに摩耗してしまう。常に研ぎ直さなければなりません。そして研ぎ直すたびに、新たに工具のセッティングをやり直す必要がありました」

▲ ヴティライネン〈タントール 9 デシマル・ミニットリピーター〉
これに比べると、プラチナの加工ははるかに容易だという。
ヴディライネンは続ける。
「難易度の目安で言えば、プラチナは10段階中3程度ですが、タンタルは10です。ネジ切り加工も不可能ではありませんが、非常に“クリスピー”な感触があります。タンタルのネジ切りは10点満点中10、プラチナは8程度です」
また、タンタルケースの製作には膨大な時間がかかるという。
「タンタルのケースを作るには非常に多くの時間と手間が必要です。しかし、完成したものは実に美しい。見た目も良く、触れた感触はまるでシルクのようです」
ヴティライネンはその後、サルトリー・ビラールなど他ブランドのためにもタンタルケースを製作している。価格については、プラチナケースとタンタルケースを同価格で提供している。

▲ サルトリー・ビラール〈SB05〉(タンタル)のユニークピース。
タンタルと格闘する時計師たち
2022年にグローネフェルト兄弟が初のクロノグラフ〈1941 グローノグラーフ〉を発表した際、ケース素材として選ばれたのも、極めて化学的に不活性な金属=タンタルだった。これは、彼らがケースメーカーに対して繰り返し要望を出し続けた結果、実現したものである。

▲〈1941 グローノグラーフ〉
バルト・グローネフェルトは次のように振り返る。
「私が初めてタンタル製の時計を見たのは1990年代半ばでした。友人が所有していて、その重さと色合いにすぐに魅了されました。売ってくれないかと頼み込み、私が購入することになりました。そのモデルはオーデマ ピゲ ロイヤル オーク Ref.14800TRです。直径はわずか36mmで、私の腕には少し小さかったため頻繁には着けませんでしたが、今でも個人的なコレクションの中で大切な一本です」
グローネフェルトは続ける。
「この金属について調べていくうちに、その化学的な不活性さと、3017°Cという非常に高い融点にも興味を抱きました。ただし、ケースのポリッシュの仕上がりには満足できませんでした。もっとも、そのオーデマ ピゲは中古で購入したもので、熟練していない時計職人によって急いで磨き直された可能性もあります。2018年に私たちはブランドを立ち上げました。最初のモデルである〈GTM-06〉はゴールドとプラチナで展開していました。2作目のワンヘルツを開発する際、新しいケースメーカーを見つけてタンタルケースを依頼しましたが、仕上げとポリッシュの難しさを理由に断られました。4作目の〈1941 リモントワール〉を発表する際に依頼した別のケースメーカーにも、最初は同じ理由で断られました。何年にもわたる協力関係の末、私たちは彼らに頼み込み、〈1941 グローノグラーフ〉のためにタンタルケースを再度検討してもらいました。最終的に彼らは挑戦を受け入れ、技術を高め、完璧な品質のケースを完成させることに成功したのです」
一方、2021年に〈インフィニティ タンタル〉(26本限定)を発表したジョシュ・シャピロは、さらに難しい挑戦を行った。タンタルへのギヨシェ彫りである。
「プラチナでギヨシェを試したことがありますが、結果は良くありませんでした。タンタルでのギヨシェはさらに難しい。まるで粘土に指を引きずるような感触です。私たちはインフィニティ タンタルのチャプターリングにギヨシェを施すことに成功しましたが、できたのはラチェット・ボーダー・パターンだけでした。このパターンは金属を切削するというより“成形する”ような作用になるため、タンタルでもうまく機能したのです」

▲ J.N.シャピロ〈インフィニティ・タンタル〉は、タンタル製ケースを採用しているだけでなく、ラチェット・ボーダー・パターンのギヨシェ装飾が施されたタンタル製チャプターリングも備えている。
シャピロは次のように説明する。
「鋭いナイフでリンゴの皮をむくところを想像してみてください。リンゴの皮はナイフから簡単に離れます。では、台所用のナイフで木の樹皮を削ぎ取ろうとしたらどうでしょう。樹皮はなかなか剥がれず、ナイフはすぐに鈍ってしまいます。タンタルの加工も同じ問題を抱えています。切りくずが工具から離れにくいため、フライス盤や旋盤などの切削工具は、ステンレススチールや真鍮、ゴールドといった素材に比べて、はるかに早く摩耗したり破損したりするのです。例えば、ステンレススティールなら1本のエンドミルで20個のケースを加工できるかもしれませんが、タンタルの場合は1本でケースの3分の1も加工できないのです」
また、タンタル加工の効率的な方法についてもこう述べている。
「タンタルを扱う最も効率的な方法は、そもそも切削工具を使わず、プレス加工(スタンピング)することです。ただし、少量生産の場合、プレス工程を整えるのは非常に高コストで手間もかかります。さらにプレス加工には、ケースの研磨を助けるという利点もあります。タンタルは硬い状態であるほど研磨しやすく、プレス加工は金属をより硬くするからです」
加工に用いる工具について彼はこう説明する。
「タンタルの加工には、特殊なコーティングを施した超硬工具(カーバイド工具)を使用しています」
タンタルの研磨はプラチナに近いと言われることが多いが、シャピロは最後にこう強調した。
「タンタルの研磨はプラチナに最も近いですが、実際にはそれよりもはるかに難しい。私たちはこの工程を何年もかけて改良してきました。タンタルを美しく磨き上げることは、時計製造の中でも最も困難な作業のひとつなのです」

▲ 東アラビア数字を配したユニークピース、J.N.シャピロ〈インフィニティ タンタル〉
フレミングの共同創業者ジェームズ・コンも同様の見解を示している。彼らはデビュー作である〈シリーズ1〉のタンタル製リミテッドエディションを製作した。
「タンタルケースの製造は、プラチナケースを作るよりもはるかに難しいと感じました。タンタルは工具への負担が大きく、研磨も格段に難しくて手間がかかります。また、ケースメーカーがタンタルを扱う機会は非常に少ないため、実際に経験のあるメーカーであっても、新しいケースデザインをタンタルで作る際には、試行錯誤をしなければならないことが多いのです」
コンはさらにこう説明する。
「スイスのサプライヤーの多くは、そもそもタンタルの加工を引き受けようとしません。私たちは幸運にも、このケースの製作を引き受けてくれるスイスのケースメーカーを一社だけ見つけることができました。私たちのケースは、ポリッシュ仕上げのファセットラグ、ヘアライン仕上げとポリッシュ仕上げを交互に施したケースバンド、そしてポリッシュ仕上げのベゼルといった仕様になっています。満足のいく結果にたどり着くまでにはほぼ2年を要しました。何度も試作を重ね、廃棄になったロットもあり、ケース設計の見直しも行いました。プラチナやゴールドのケースと同等のポリッシュ仕上げを実現することが最も難しかったですね。最後まで付き合ってくれたケースメーカーにはとても感謝しています」

▲ フレミング〈シリーズ1〉。タンタルの加工と仕上げの難しさに加えて、ケースデザイン自体も非常に複雑である。ラグはオープンワーク構造を採用し、ケースミドルは三つのパーツで構成されている。
コンはいう。
「コストという観点では、タンタルの加工はプラチナと同等、あるいはそれ以上に高価になることがわかりました。タンタルは貴金属ではなく、素材そのものの価格は安いものの、加工コストが非常に高いためです。特に研磨工程が加わると、そのコストはスティールの加工よりもはるかに高くなります」
最近、J.N.シャピロ、フレミング、ミンの3ブランドは、オルタナティブ・ホロロジカル・アライアンス(AHA)の設立を発表した。これは、各ブランドがそれぞれの専門知識を持ち寄り、新しいコンセプトを探求し、単独のブランドでは経済的に成立しにくい独創的なプロジェクトを実現することを目的とした協力体制である。
その最初の共同プロジェクトとして発表されたのが、5連リンクのタンタル製ブレスレットだ。このブレスレットは、19mm、20mm、21mmのエンドリンクを用意し、3ブランドすべての時計に装着できるよう設計されている。デザインはミンが担当し、製造はシャピロが手がけた。
シャピロはこう語る。
「このブレスレットをタンタルで作るのは難しい挑戦でした。ミンのデザインは有機的で、小さなリンクが数多く連なる構造だからです。もしフラットリンクのブレスレットだったなら、はるかに簡単だったでしょう」

▲ AHAのタンタル製ブレスレットは受注生産で、ヘアライン仕上げまたはポリッシュ仕上げから選ぶことができる。リンクの形状と数の多さが、このブレスレットを極めて困難なプロジェクトにしている。
以上の話から、この金属の加工がいかに困難であるか理解できただろう。しかし、ケースやブレスレットの製造工程でどのような技術が使われているのかを把握することは容易ではない。その多くはメーカーの企業秘密に関わるからだ。
膨大な困難が伴うからこそ、ひとたび成功すればそれ自体が名声につながり、製造方法は厳重に守られる。
次にタンタル製の時計を目にしたときは、その素材の選択が決して簡単なものではないことを思い出してほしい。時計の機構そのものとは別に、タンタルのケースやブレスレットは、それ自体が高度な技術力を示す証であり、まさに「目に見える場所に隠された」技術の結晶なのである。
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