1969年、時計業界に落とされた一つの爆弾――それがホイヤー〈モナコ〉だった。当時34~36mmが常識だった腕時計市場に、40mm×40mmという圧倒的な角形ケースで殴り込みをかけた「世界初の防水自動巻きクロノグラフ」。その名を不朽のものにしたのは、映画『栄光のル・マン』でスティーブ・マックイーンが選んだ、あの鮮烈なブルーダイアルだった。誕生から50年、賛否を巻き起こし続けたこの異端児は、いかにして時計史に特別な地位を築いたのか。その軌跡を辿る。。
Icon of Time: The Heuer Monaco
マックイーンの愛機、タグ・ホイヤー〈モナコ〉の50年間
1969年、時計業界に落とされた一つの爆弾――それがホイヤー〈モナコ〉だった。当時34~36mmが常識だった腕時計市場に、40mm×40mmという圧倒的な角形ケースで殴り込みをかけた「世界初の防水自動巻きクロノグラフ」。その名を不朽のものにしたのは、映画『栄光のル・マン』でスティーブ・マックイーンが選んだ、あの鮮烈なブルーダイアルだった。誕生から50年、賛否を巻き起こし続けたこの異端児は、いかにして時計史に特別な地位を築いたのか。その軌跡を辿る。
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by Arno Haslinger . Dec 2, 2019 |
マックイーンが選んだモデル
1970年、フランスのル・マン・サーキットでのことだった。若い小道具担当者が、当時を代表するレーシングドライバーたちの写真6枚を机の上に並べた。スティーブ・マックイーンは迷うことなく、その中のジョー・シフェールの写真を指差してこう言った。
「(映画『栄光のル・マン』では)彼のように見せたい」
そうと決まれば話は早い。マックイーンが選べるよう、さまざまなホイヤーの時計が撮影現場へ持ち込まれた。そして予想どおり、“キング・オブ・クール”は最も個性的なモデルを選んだ。それが鮮やかなブルーダイアルを備えたホイヤー〈モナコ〉だったのである。
モナコRef. 1133Bの型番は次のように読み解くことができる。
「11」=新開発の自動巻きクロノグラフムーブメント Cal. 11
「3」(1つ目)=〈モナコ〉ライン
「3」(2つ目)=ステンレススティールケース
「B」=ブルーダイアル
この時計は技術面でも革新的だった。ケースはモノコック構造を採用し、ムーブメントをケースバック側から収納する設計となっていた。ケース外周の12時位置と6時位置にはそれぞれ4つの切り欠きが入っている。
一方、ケース上部にはスクエア型の風防が装着され、その下にはラバー製ガスケットが配置された。この上下2つのパーツを噛み合わせることで固定し、防水性を確保するという、当時としてはとてもユニークな構造だったのである。 ![]()
▲ ホイヤーのロゴをまとったレーシングスーツとマシンとともに、レースに向けて準備を進めるジョー・シフェール。
以前、ジャック・ホイヤーは仕事の会食の席で私にこう語った。
「当時のスポーツウォッチはすべて丸形でした。私たちの時計はどれも防水仕様でしたが、ケースメーカーのピケレがこの角形ケース用の新しい防水システムを提案してきたのです。そこで私は独占使用権を求め、思い切って採用することにしました」
当時の広告でホイヤーは、この新しいモナコをスイスらしい控えめな表現でこう紹介している。
“Avant-garde. Le seul chronographe automatique carré du monde!”
(アヴァンギャルド。世界で唯一の角形自動巻きクロノグラフ)
さらに、その名にふさわしい魅力的なキャッチコピーも添えられていた。
“Monaco — partout à sa place: aussi bien au volant d’une voiture de course Formule 1 qu’à la soirée de gala du Casino!”
(モナコはどこにあってもふさわしい。F1マシンのステアリングを握るときも、カジノのガラ・パーティーに出席するときも)
ドイツの広告では、ホイヤーはモナコを“人生をともに楽しむ相棒”と表現している。一方、アメリカの広告では、自動巻きのため手巻きの必要がないことを示すべく、リューズがケース左側へ移された理由が図解されていた。さらにその広告には、モナコが“著名なスイス人デザイナーによってデザインされた”とも記されている。果たしてそれは若き日のジェラルド・ジェンタだったのだろうか。それともリヒャルト・ザッパーだったのだろうか。
1960年代半ば、一般的な腕時計のサイズは34〜36mm程度だった。そのような保守的な時計市場において、モナコの登場はまさに爆弾のような衝撃を与えた。好きか嫌いか――。当時も今も、その評価は大きく分かれる。
しかし、そのデザインが革新的であったことに異論はないだろう。ヘアライン仕上げとポリッシュ仕上げを巧みに組み合わせ、凸面と凹面を使い分けたケース造形は極めて先鋭的だった。ひと目でそれと分かる40mm×40mmの大型ケースは圧倒的な存在感を放つ。
そして1970年に登場した、いわゆる“スティーブ・マックイーン仕様”は、実に美しいブルーダイアルを備えていた。光の当たり方や見る角度によって、その色彩はインディゴからスチールブルーへ、あるいはサファイアブルーからミッドナイトブルーへと、一瞬のうちに表情を変えるのである。
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▲ ジョー・シフェールのスタイルを再現したスティーブ・マックイーン。映画『栄光のル・マン』(1971年)で着用した腕時計は〈モナコ〉Ref. 1133Bだった。
私はモナコのオーナーとなってずいぶんと経つが、このRef. 1133Bは極めて中毒性が高い。時計愛好家であれば誰もが経験したことがあるだろう。気がつくと何度も腕時計に目を落としてしまい、その魅力に取り憑かれたようになっていることを。傍から見れば、少々無愛想な人物と思われかねない。
ホイヤー モナコは卓越したデザインと技術的革新性を兼ね備えていた。しかし私は、この時計は時代を先取りしすぎていたのだと思う。 その評価は決して万人に受け入れられたわけではなかった。それは、もうひとつの傑出した機械――エンジンとクラッチを備えた名車、ポルシェ 911 ターボ 3.0にも通じる。
1974年、第一次オイルショックのさなかに発表された初代量産ターボチャージャー搭載ポルシェは、大型リアスポイラーと大きく張り出したフェンダーを備えた刺激的なデザインで登場した。ル・マンを制したレーシングカー、ポルシェ 917の血統を受け継ぐその姿は、まるでレーシングカーをわずかに公道向けへ仕立て直したかのようだった。そして、その性能を引き出すには熟練したドライビング技術が求められた。
発売後まもなく、この911ターボは“ウィドウ・メーカー(未亡人製造機)”と呼ばれるようになる。そう考えれば、自動車狂として知られたスティーブ・マックイーンが、自らのガレージに911ターボを加えたのも不思議ではない。
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▲ マルティニ・レーシングのオーナー、グレゴリオ・ロッシ・ディ・モンテレーラが所有していたワンオフのポルシェ 911 ターボをドライブする筆者。腕には〈モナコ〉を着用している。
新たな挑戦
話を時計に戻そう。
1971年、ホイヤーはモナコのラインナップを拡充し、手巻きモデルと、魅力的な3つ目のインダイアルを備えた仕様を追加した。私にとって、このモデルはまさに“隠れた名作”である。ランニングセコンドに加え、30分積算計と12時間積算計を備えたこの時計は、欲しい要素をすべて兼ね備えた素晴らしいクロノグラフだった。
さらにその翌年1972年には、印象的なシルバーダイアルを採用した新たな自動巻きモナコが登場する。10時位置にスモールセコンドを配したこのモデルは、モナコ コレクションの魅力をさらに広げる存在となった。
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▲ 3つのインダイアルを備えた希少なホイヤー〈モナコ〉
一方で、クォーツ革命はスイス時計産業の上空に暗い影を落とし始めていた。ホイヤーは最後の挑戦として、ブラックコーティングを施したモナコを発表する。このモデルは、フェルディナント・アレクサンダー・ポルシェによって始められたブラック仕上げのトレンドを反映したものだった。しかし残念ながら、モナコは華々しいデビューからわずか5年後に生産終了を迎えることになる。
1980年にはスティーブ・マックイーンが癌との闘いに敗れ、そして1982年にはジャック・ホイヤーもまた、自らの会社を去らなければならなくなった。その頃にはホイヤー社はすでにTAG(Techniques d’Avant Garde)の支配下に入り、社名もタグ・ホイヤーへと変更されていた。買収後に発表されたすべての新製品には、ホイヤーのシールドロゴの上にTAGを配した新しいブランドロゴが採用されている。余談になるが、TAGは当時、マクラーレン・レーシングに資本参加しており、ポルシェ製F1エンジンの開発資金も提供していた。
そして1984年、かつてホイヤーのスポンサードドライバーだったニキ・ラウダは、マクラーレン/ポルシェを駆り、自身3度目となるF1ワールドチャンピオンの座を獲得している。
〈モナコ〉とマックイーンの復活
1998年、私はパリで大手ラグジュアリー企業のマーケティング担当として働いていた。そんなある日、タグ・ホイヤー〈モナコ〉の発表会への招待状が私のもとに届いた。私はもちろん参加した。そこではスティーブ・マックイーンがブランドの広告塔として再び起用され、その存在が前面に押し出されていた。私はこの時計にすっかり魅了されてしまった。
新しいモナコはステンレススティールケースを採用し、ブラックダイアルには「HEUER」と「MONACO」のみが記され、ヴィンテージモデルを強く意識したデザインとなっていた。ケースサイズはオリジナルよりも小さくなり、デザインもより簡潔でミニマルな方向へと再構築されていた。
ヘルムート・ラングのようなミニマリズムの旗手たちが全盛期を迎えていた1990年代の空気感を考えれば、この時計はまさに時代にふさわしい存在だったのである。生産数はわずか5000本に限定された。そして翌1999年には、その年のモナコGPを記念して、わずか120本のみ製造されたモナコが登場する。
さらに大きな飛躍となったのが、2009年に発表された40周年記念限定モデルだった。これはジャック・ホイヤーがスティーブ・マックイーンへ捧げたオマージュモデルであり、私見ではモナコの歴史における大きな前進だったと思う。
美しいブルーダイアルに加え、オリジナルモデルを思わせるシルバー仕上げの横長インデックスが復活。そして針には、ヴィンテージモデル同様に大型の夜光塗料が充填され、視認性も大きく向上していた。
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▲ タグ・ホイヤー〈モナコ スティーブ・マックイーン リミテッドエディション〉(2009年)
モナコ誕生40周年記念モデルは、1969年のオリジナルRef. 1133Bと比べると、腕に着けた際の存在感がやや控えめだった。その主な理由は、ケース側面の寸法が小さくなったことにある。またリューズはケースデザインへより自然に溶け込むよう設計されており、従来のモナコに比べて保護性能も向上していた。新しいプッシャーの操作感も素晴らしく、むしろオリジナルを上回るほどである。
このスティーブ・マックイーンへのオマージュモデルは、世界限定1000本という希少性も含め、非常に完成度の高いパッケージだった。特に、ヴィンテージの雰囲気を求めながらも、新しいCal.11ムーブメントを搭載した時計を望むコレクターにとっては理想的なⅠ本だったのである。
近年、タグ・ホイヤーは実に印象的なコレクションを築き上げてきた。まさに脱帽だ。私には、ひとつの技術的傑作が生まれるたびに、また次の傑作が続いているように思える。
タグ・ホイヤーは時計業界における先駆者であり続けてきた。革新的なデザインを実現するため、常に新しいアイデアと技術的ソリューションを追求してきたのである。そして、その挑戦の多くはモナコ コレクションにおいて具現化されてきた。その好例が、自社開発によるベルトドライブ機構を採用した〈モナコ V4〉だろう。
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▲〈モナコ V4〉は、2004年にコンセプトウォッチとして発表され、2009年に市販化されたタグ・ホイヤーの革命的モデル。ベルトドライブ伝達、リニアウェイト巻き上げ、V型エンジンを模した4つの香箱など革新的な機能が詰め込まれていた。
50周年を迎えた〈モナコ〉
2019年は、モナコにとって非常に特別で興味深い年となった。誕生50周年を記念し、さまざまな祝賀イベントや新作モデルが発表されたのである。ブランドはこの年、5種類の記念モデルを順次発売した。各モデルは169本限定で製作され、総生産数は845本となる。
そのなかで、私が個人的に最も気に入っているのは第1弾モデル(1969〜1979年をテーマにしたモデル)だ。拡大鏡で眺めると、グリーンダイアルはまさに珠玉の出来栄えである。細部に至るまで驚くほど丁寧に仕上げられており、その完成度には感心させられる。
色使いも実に魅力的だ。すべてスティール製の針は、赤い夜光ドットを載せたイエローのインデックスと見事に調和している。さらに、インダイアルにはサンレイ仕上げが施されており、文字盤にもうひとつの表情を与えている。
また、「MONACO」のロゴはやや大きくなったように見え、セリフ体の文字もより太く表現されている(ちなみに、オリジナルのRef. 1133Bの文字盤にもセリフ体が採用されていた。)

▲ 第1弾:1969〜1979年の時代をテーマにした〈モナコ 1969–1979 リミテッドエディション〉(Image © Revolution)
第2弾モデル(1979〜1989年をテーマにしたモデル)で私が最も気に入っているのは、2つのインダイアルの形状である。 鮮やかなレッドダイアルには美しいサンレイ仕上げが施されており、横方向のヘアライン仕上げが与えられたインダイアルとのコントラストが実に見事だ。

▲ 第2弾:タグ・ホイヤー〈モナコ 1979–1989 リミテッドエディション“ル・マン”〉(Image © Revolution)
第3弾モデル(1989〜1999年をテーマにしたモデル)は、一方ではシルバーダイアルを備えたRef. 1533を思い起こさせる。その一方で、独特のテクスチャー仕上げが施された文字盤には、手仕事的な趣が感じられる。まるで研磨前の天然石を思わせるような表情だ。文字盤中央の赤いスクエア状のラインは、モナコ特有の角形ケースデザインを反映したものだろう。
また、「MONACO」と「CHRONOGRAPH」の文字は通常よりも大きく表現されている。これはおそらく、モナコが世界初の防水自動巻きクロノグラフとして築いた歴史的な地位を強調する意図によるものではないだろうか。もっとも、これはあくまで私の推測に過ぎない。

▲第3弾:〈モナコ 1989–1999 リミテッドエディション〉(Image © Revolution)

▲第4弾:2000年代をテーマにした限定仕様の〈モナコ〉(Image © Revolution)

▲第5弾:〈モナコ 2009–2019 リミテッドエディション〉(Image © Revolution)

▲ 時計誕生50周年を記念して製作されたタグ・ホイヤー〈モナコ〉限定シリーズの全ラインナップ(Image © Revolution)
私はヴィンテージウォッチを愛する人間であり、常にオリジナルこそが最良の選択だと考えてきた。しかし、本当に状態の良いヴィンテージ個体を見つけることは、いつの時代も容易ではない。私は英国のオークションハウス、ボナムズのコンサルタントとして数多くのヴィンテージウォッチを手にしてきたが、完璧な状態のモナコに出会う機会は今や極めて少ない。
一方で、ホイヤー市場は年々成熟を続けている。現在では膨大な情報が入手可能となり、価格も大きく上昇した。その結果、大半の人にとっては、ヴィンテージよりも新品のモデルのほうがはるかに魅力的な選択肢になっている。モナコは、豊かな歴史と数多くのバリエーションを持つ、極めて感情に訴えかける時計である。誕生から50年を経た今、モナコのラインナップは大きく成熟した。
ヴィンテージコレクター垂涎のモデルから、コート・ダジュールへの夏の旅に気軽に着けていけるエントリーモデルまで、その選択肢は実に幅広い。
今年、私は再びモナコ・グランプリを訪れた。イタリア国境を越え、地中海を見下ろす海岸道路“コルニッシュ”でクルマを停め、潮風を胸いっぱいに吸い込んだ。ふと腕元のブルーダイアルのモナコRef. 1133Bへ目を落とし、私はひとり思った。
「またモナコGPを見に戻ってこられて、本当に良かった」と。
Brands:TAG Heuer
※この記事は2019年12月に作成されたものです。
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