クオーツ、GPS、そして原子時計が存在する時代に、機械式時計の精度を競う意味はあるのか。COSC、METAS、TIMELAB──さまざまな認証制度を通じて見えてくるのは、単な
Why Chronometry Still Matters Despite Atomic Time
原子時計の時代でも、なぜ機械式時計の精度が重要なのか?
クオーツ、GPS、そして原子時計が存在する時代に、機械式時計の精度を競う意味はあるのか。COSC、METAS、TIMELAB──さまざまな認証制度を通じて見えてくるのは、単なる日差の優劣ではなく、時計師たちが今なお追い求める“機械式時計の本質”である。
![]() |
by Oliver R Muller . Jun 4, 2024 |
ジョージ・ダニエルズとの会食
私がクロノメトリー(精度計測)を、時計の最も重要なものとして認識したのは、1999年のバーゼルワールドでオメガが“コーアクシャル脱進機”を発表したときだった。その日、私は、発明者である時計師ジョージ・ダニエルズと一日をともにし、一緒に夕食をとるという幸運に恵まれた。
そして彼から、この発明に至るまでの過程について、詳しい説明を受けたのである。私が学んだのは、この機構がブレゲの“ナチュラル脱進機”に着想を得たものだということだった。
この機構は、耐久性を大きく向上させ、サービスインターバルを延ばし、何よりクロノメトリー、すなわち精度を大幅に改善することを目的としていた。
ただし、まず言っておかなければならないのは、この発明をアイデアの段階から、具体的な形へと発展させ、スイス・レバー脱進機を凌ぐものへと導いたのは、当時SMH(のちのスウォッチグループ)の会長だったニコラ・G・ハイエックだったということだ。
これらすべては、スウォッチグループの研究開発力によって実現され、オメガを新たな次元へと押し上げることになった。この点については後ほど触れることにしよう。

▲ 1999年、オメガは発明家ジョージ・ダニエルズが開発したコーアクシャル脱進機を発表した。

▲ 20世紀最高の時計師の一人、ジョージ・ダニエルズ(1926〜2011年)
1999年のその夕食の席で、ダニエルズは、コーアクシャル脱進機によって時計技術は飛躍的な進歩を遂げたのだから、オメガは新しいクロノメーター認証の基準を設立すべきだと主張していた。
「諸君! COSCのことは忘れて、自分たちの基準を作るべきだ」
それが彼の言葉だった。しかし、マスタークロノメーター認証(METAS)が実際に導入されるまでには、そこから16年を要した。これはスイス人特有の“ゆっくりした進み方”だけが理由ではない。むしろ、その仕組み全体が極めて複雑だったことが大きい。
年間50万本以上の時計を認証するという作業は、天文台に毎年数本の時計を送って検定するのとは比較にならないほど大きな挑戦でもあった。
個人的には、ローラン・フェリエのマイクロローター搭載ムーブメント、すなわちナチュラル脱進機を備えたモデルの開発に、ムーブメント工房、ラ・ファブリック・デュ・タンと取り組み始めたとき、ようやくこの学びの輪が閉じた。
専門マニュファクチュールの創設者であるミシェル・ナヴァスとエンリコ・バルバシーニの二人は、ブレゲが考案したナチュラル脱進機の四つのバリエーションのうち一つが持つ利点について、私に丁寧に説明してくれた。
脱進機についての“集中講義”を受ける中で、私はようやく点と点がつながったのである。つまり、ダニエルズが丸一日かけて説明してくれた内容を完全に理解するまで、私には10年以上の歳月が必要だったというわけだ。その講義の合間には、何杯かのジントニックが挟まれていたのだが……。
セイコー〈アストロン〉の衝撃
まずは最初から話を始めよう。1969年、セイコーはクリスマスの日にクオーツ腕時計〈アストロン〉を発売した。そしてほどなくして、スイス時計産業のすべてが変わることになる。
機械式クロノメーターを購入するのに必要な金額のほんの一部で、手巻きも自動巻きも必要とせず、当時の最高のスイス製機械式時計よりも正確な時計を入手できるようになったのだ。

▲ 1969年に登場した画期的なアストロン。クオーツムーブメントを搭載した世界初の腕時計。
スイスが技術的に遅れていたわけではない。実際、クオーツ技術を最初に開発したのはスイスのほうだった。
スイスは1967年、すでに世界初のクオーツ腕時計を発表している。それが、現在はすでに解散したセンター・エレクトロニク・オロロジー(CEH)で開発されたベータ1ムーブメントを搭載したモデルである。
ただし、この技術を工業化し、ブランド製品として市場に送り出すまでには時間がかかった(後に誕生したのが、ベータ21ムーブメントであった)。

▲ 1967年に開発されたCEHのキャリバー・ベータ1のプロトタイプ。(© H.R. Bramaz)

▲ ベータ21ムーブメントの表側と裏側。
実際、1970年にはスイスの時計ブランド20社が、それぞれ独自のクオーツ腕時計を発表している。ラドー、ブローバ、パテック フィリップなどがその一例である。これらは、日本がクオーツ腕時計を発表してからわずか数カ月後、フォワール・スイス・ド・バーゼル(現在は消滅したバーゼルワールドの前身)で披露された。
当時スイスのメーカーが直面していた問題は、クオーツ技術を市場に投入するタイミングではなかった。むしろ問題は電池の持続時間で、この点で日本のクオーツ技術に比べて劣っていたのだ。

▲ パテック フィリップ(左)とラドー(右)のクオーツ時計。どちらもベータ21を搭載している。
スイスにおけるクオーツの第一章は長くは続かなかった。ベータ21ムーブメントは約6,000個が生産されたが、その後スイスの時計業界は戦略を見直さざるを得なくなった。その頃にはすでに、セイコーのクオーツ腕時計が世界中を席巻し始めていたのである。
もっとも、一般に語られているように、いわゆる“クオーツ危機”(1975〜1985年)は単なる技術革新だけが原因だったわけではない。新技術への対応が遅れた、あるいは対応する意思がなかったという面も確かにあったが、それだけではない。
当時のスイスフランの不利な為替レート、1973年のオイルショック、他の地政学的な要因も重なり、機械式時計産業は著しく弱体化した。その結果、この産業は一時、絶滅寸前にまで追い込まれることになった。

▲ 1969年のセイコー アストロンに搭載されたクオーツムーブメント。
1983年、スウォッチが投入されるまで、スイスの時計産業はほとんど壊滅状態にあった。
スウォッチは、51個の部品で構成されたポップな時計というコンセプトで、エントリークラスの腕時計を再発明したのである。挑発的な広告戦略と、絶え間ない新製品の投入によって、市場に大きなインパクトを与えた。こうして、スイス時計産業はようやく再生への道を歩み始めたのである。
機械式時計製造の復活
スウォッチグループ前会長ニコラス・ハイエックが打ち出した戦略によって、市場のボトムレンジにおける日本勢の脅威が抑え込まれると、再び機械式時計が注目されるようになった。ハイエックは「競争相手に、ケーキの次の層を取らせてはならない」と語ったことで知られている。
スウォッチグループとその旗艦ブランドであるオメガに加え、ジャン=クロード・ビバー率いるブランパンや、ロルフ・シュナイダーが経営したユリス・ナルダンといったブランドもまた、伝統的な時計製造の価値を訴えていた。
しかし新しい時計界のスターたちが行ったのは、クオーツ危機によってほぼ壊滅状態となった生産能力を再建することだけではなかった。彼らは同時に、“精度”や”正確さ”というイメージそのものを再構築したのである。もっとも、それらは実用的な意味では、すでに重要ではなくなっていた。
実際、クオーツムーブメントがクロノメーター認証を得るためには、機械式時計よりもはるかに厳しい精度基準を満たさなければならない。平均日差はわずか±0.07秒であり、これは機械式時計の基準である−4秒から+6秒、すなわち1日あたり最大約10秒の誤差とは大きな違いである。
つまり、クオーツは機械式クロノメーターよりも71倍も高い精度を備えていなければならないということになる。精度や持続時間という観点で見れば、クオーツと機械式という二つのムーブメントが同じ土俵に立っていないことは誰にでも理解できるだろう。
クオーツ時計は電池によって数年単位の駆動時間を確保できるのに対し、機械式ムーブメントの場合、その持続時間は数日に過ぎない(業界標準では少なくとも2日以上とされている)。では、クロノメーター認証を取得することに、いったいどれほどの意味があるのだろうか?

▲ 左:ユリス・ナルダンのクロノメーターを紹介する古い広告。右:フュゼ機構と搭載したクロノメーター機構の内部(1904年頃)
私は自動車愛好家でもあるので、時計とクルマの世界を重ね合わせて考えるのが好きだ。マニュアル車を運転するほうが本物のドライビングだと考える人がいるように、リューズを回して時計を巻き上げるほうが、時計との特別な結びつきが生まれると考える人もいるのだ。
歯車が動く姿やその音は、子どものような驚きと感動を呼び起こす。真の時計コレクターは、クオーツムーブメントの電子回路を作ることとは異なり、機械式ムーブメントを精密に調整するという時計師の技術を理解している。
機械式ムーブメントの精度を可能な限り高めること――それこそが時計師にとって究極の目標である。そしてこの話題はクロノメトリー、さらには磁気耐性やクラフツマンシップといった関連するテーマへとつながっていくのである。
クロノメーター認証の歴史
クロノメーター認証が重要な問題として浮上したのは、懐中時計が大量生産されるようになった19世紀である。各ブランドは、自社製品の売り込むため、マーケティング主導のさまざまなアイデアを競い合っていた。
こうした背景のもと、1880年代頃には精度を管理・検証する公的機関が設立され、認証制度が整えられていった。
重要だったのは、ジュネーブやラ・ショー=ド=フォン、そして後にフランスのブザンソンに設立されたクロノメトリー天文台である。これらの施設は、時計の精度を科学的に検定する中心的な役割を担うことになった。

▲ 1964年、スイスのヌーシャテル天文台で開催された精度コンクールにおけるセイコーの結果はよいものではなかった。最高でも順位は144位にとどまったのである。(Source:observatory.watch)
こうした公式認証機関の主な目的は、高価格帯の時計、すなわちより高級な製品に対して、時計製造における正統性を与えることにあった。
1930年代になると腕時計が大量生産されるようになり、懐中時計は急速に姿を消していった。しかしその後も、クロノメトリー、すなわち精度をどのように測定し認証するかという問題は、時計界にとって重要なテーマであり続けた。当時の時計ブランドは、とりわけ男性用時計において、“計測器”あるいは“ツール”としての価値を訴えていた。
こうした物語は現在でも続いている。特にロレックスは、自社製品の優秀さを示すため、「Superlative Chronometer Officially Certified(公式認定スーパラティブ・クロノメーター)」という表記をダイヤルに記し、その伝統を強調している。

▲ ロレックス〈オイスタークォーツ デイトジャスト〉17000(Mk2)のダイヤル。上半分には「ROLEX OYSTERQUARTZ DATEJUST」、下半分には「SUPERLATIVE CHRONOMETER OFFICIALLY CERTIFIED」と記されている。これは、このモデルに搭載されたムーブメントがCOSCに送られ、クロノメーター認証を受けていたためである(© Revolution)
METASとマスタークロノメーター
もし21世紀においてもクロノメトリー、すなわち精度の重要性に疑問を抱く人がいたとすれば、オメガが最近発表した新しい“ラボラトワール・ド・プレシジョン”の設立は、その疑念を払拭するのに十分だと言えるだろう。
オメガは1930年代から1969年にクロノメトリー競技が終了するまでのあいだ、ロレックス、ロンジン、ゼニスと並び、クロノメーター認証の分野で常にトップランナーであり続けてきた。
オメガは2015年、スイス連邦計量研究所(METAS)と協力してマスタークロノメーター認証をスタートさせた。これは、スイス公式クロノメーター検定機関(COSC)を超える厳しいテストで、二重認証を行うことでブランドの信頼性を確立することを目的としていた。
ただし、METASによるマスタークロノメーター認証は、オメガだけの専売特許ではなかった。オメガはMETAS認証を取得するための試験施設を整備した他ブランドにも門戸を開いたのである。

▲ 近年におけるオメガの重要なマイルストーンの一つが、METASによるマスタークロノメーター認証の開発である。この認証では、正確な計時を確保するために耐磁性能の要件が追加されている。オメガはマスタークロノメーター認証を取得したムーブメントの生産を拡大している。
スイス連邦計量研究所、通称METASは、スイスにおける計量単位の管理機関である。METASの試験をパスした時計が、クロノメトリー認証における最高の基準を満たしていることを保証している。
METASによるマスタークロノメーター認証は、本来どのブランドでも取得できる制度となっているが、現在この試験に時計を提出しているブランドは二つしかない。
ひとつはオメガで、ほぼすべての機械式時計がこの認証を受けている。もうひとつはチューダーで、ブラックベイに搭載されるキャリバーMT5602-Uという1種類のマスタークロノメーター・ムーブメントを提出している。試験はMETASの職員(スイス連邦政府の職員)の監督のもと、オメガの施設内で実施されている。チューダーの場合も同様である。

▲ チューダーは自社内に試験施設を備え、時計がMETASのマスタークロノメーター基準を満たすかどうかを検証している。
METASによるマスタークロノメーター認証は、腕時計が取得できる認証の中でも、最も厳格な基準を持つものと言える。この制度は、公式機関による二重認証で構成されている。まずCOSCがムーブメントのクロノメーター認証を行い、続いてMETASが時計全体(ムーブメントだけではなく完成した腕時計)のクロノメトリー精度を検証する。
15,000ガウスの磁場に対する耐磁性能に加え、パワーリザーブ、耐久性、防水性能なども試験対象となる。なお、耐衝撃試験は含まれていない。この認証は合計8つの試験で構成されており、ISO 3159の手順に基づいて15日間にわたり実施される。
新しいラボラトワール・ド・プレシジョン
オメガは現在、ラボラトワール・ド・プレシジョンの設立によって、次の段階へと踏み出そうとしている。この新施設は、これまで同社ムーブメントに対して行われてきたCOSC認証に代わるものとして位置付けられている。
試験はISO 3159と同じ認証手順に従って実施されるが、新たに整備された試験および認証体制は、スイスの国家認定機関であるスイス認定制度(SAS)の極めて厳格な基準に基づき、正式に認可されている。

ラボラトワール・ド・プレシジョン(Laboratoire de Précision)は、2024年、スイス・ピールにオメガが設立した自社の精度試験・認証施設の名称。従来ムーブメントの精度認証として使われてきたCOSCに代わる、オメガ独自の認証システムである。
ISO規格 ISO 3159では、クロノメーターを“異なる姿勢およびさまざまな使用条件において調整された高精度の腕時計”と定義している。
これを踏まえ、オメガのラボラトワール・ド・プレシジョンは、この基準を満たすだけでなく、それを上回ることを目指している。具体的には、各ムーブメントのすべての振動を測定し、その測定精度は業界標準の10倍に達するという。

要するに、新たに設立された認証機関であるラボラトワール・ド・プレシジョンは、測定精度をより高める一方で、計時精度の基準自体はオメガが従来採用してきた日差0〜+5秒の範囲を維持する。これは、日差−4〜+6秒(合計10秒の幅)を許容するISO3159規格よりも、約2倍厳しい。
さらに、試験工程をすべて自社内に統合することには利点がある。まず、外部機関への輸送や取り扱いといった不要なハンドリングを回避できる点だ。これらはしばしばムーブメントに悪影響を及ぼす可能性がある。
また、ブランドのCO₂排出量削減にも寄与する。ちなみにCOSCでは毎年100万個以上の機械式ムーブメントが試験されている。
しかし何より重要なのは、膨大なデータを得られることである。時計の性能を継続的に測定し、そのデータを蓄積することで製品の品質を絶えず向上させていく――それが、ラボラトワール・ド・プレシジョンの最大の目的である。
TIMELABとジュネーブ・シール

世界的に見ても最も信頼性の高い品質証明のひとつとされるのが、ポワンソン・ド・ジュネーヴ(ジュネーブ・シール)である。この認証は、ジュネーブ州法I 1.25に基づいて設立された公的財団TIMELAB(タイムラボ)によって実施されている。
ポワンソン・ド・ジュネーヴの認証は、次の3つの要素から構成される。
・由来(Provenance)
ムーブメントの部品は、厳格な仕上げおよび装飾の規則に従って加工されなければならず、アッセンブリー作業を行うアトリエはジュネーブ州内に所在している必要がある。
・伝統的職人技(Traditional craftsmanship)
TIMELABは革新的な素材の使用を認める場合もあるが、基本的には伝統的な製造方法の維持を重視している。たとえば、ヒゲゼンマイを接着することは禁止されている。
・信頼性(Reliability)
時計の機能試験(例:クロノグラフや永久カレンダーなどの機構)、防水性能の試験、精度試験
精度については、試験初日と7日目に視覚的測定が行われ、その誤差は1分以内でなければならない。これは1日あたり約8.57秒以内の誤差に相当する。
スイス公式クロノメーター検定局(COSC)

スイス公式クロノメーター検定局(Contrôle Officiel Suisse des Chronomètres、通称COSC)は、クロノメーター認証を行うスイスの公的検査機関であり、国際規格ISO3159に基づく精度試験を実施している。試験は通常、ケースに収められる前のムーブメントを対象として行われる。
この認証はしばしば「第二級のクロノメーター認証」と誤解されることがあるが、実際にはそうではない。というのも、METASによるマスター クロノメーター認証を採用するオメガやチューダー、そしてスーパラティブ クロノメーター認証を掲げるロレックスでさえ、まずムーブメントをCOSCで認証したうえで、さらに完成時計としての追加認証を行っているからである。
したがって、これらのブランドのクロノメーター認証は二層構造の品質保証となっている。まずムーブメントがCOSCの認証を受け、そのうえで完成時計(ウォッチヘッド)に対して追加試験が行われる。そこではパワーリザーブ、防水性能、耐久性、さらには耐磁性などが検証される。
カルテフルリエ(フルリエ品質財団、FQF)

カルテフルリエ(Fondation Qualité Fleurier、通称FQF)は、単に計時精度だけでなく、時計の品質を多角的に評価する認証制度である。
この認証を取得するためには、まず時計が100%スイスで製造されている必要がある。また、ムーブメントの仕上げは、ジュネーヴ・シールと同様に一定の基準を満たさなければならない。さらにムーブメントはCOSCのクロノメーター認証を取得していることが条件となる。
加えて、時計はクロノフィアブル・テスト(長期間の使用を人工的に再現する試験)によって耐衝撃性や耐磁性などの耐久テストを受ける。そして最終段階として、実際に腕に着けた状態を再現する24時間の試験を通じて、日差0〜+5秒以内の精度を満たすことが求められる。
この認証は2004年、ヌーシャテル州フルリエ渓谷に拠点を置く時計メーカーによって創設された。創設メンバーはショパール L.U.C、ボヴェ、パルミジャーニ、そしてムーブメントメーカーのヴォーシェである。
この認証は、製造品質、部品の出自、そして仕上げの品質を保証する非常に信頼性の高い制度であり、さらにCOSCクロノメーター認証に加えて複数の試験を経ることで品質を保証する。しかしながら、このホールマークは本来得られるはずの知名度を獲得してきたとは言い難い。
その理由として考えられるのは、フルリエという地名が、ジュネーブ・シールが象徴するような知名度を持つ土地ではないためだろう。
ショパールはL.U.Cコレクションの一部モデルにおいてジュネーブ・シールの基準にも準拠しており、これらの時計はスイス時計産業の中でも屈指のタイムピースとして知られている。
ブザンソン天文台(Observatoire de Besançon)
ブザンソンはフランス時計産業において重要な役割を果たしてきた都市であり、かつてはルロワなどのブランドによる多くの懐中時計のクロノメーター認証を行い、その後は腕時計の認証も手がけてきた。
ブザンソン天文台のクロノメーター認証は、2008年に独立時計師カリ・ヴティライネンの働きかけによって復活を遂げた。彼は独立時計師の中でも早くから、精度がブランドの競争力となり得ることを理解していた人物である。
ブザンソン天文台による認証を受けた時計のムーブメントには、“テット・ド・ヴィペール(tête de vipère)”、すなわち毒蛇の頭をかたどった刻印が打たれる。この刻印は、時計ブランドや独立時計師にとって、卓越した精度の証とされている。

▲ ロジェ・デュプイの認定証。COSCはムーブメントを対象として試験を行っていたが、ブザンソン天文台は完成時計を対象としていた。これはロジェ・デュブイとカルロス・ディアスが競合他社との差別化を図ろうとしていたことを示している。
今日では、少なからぬ独立時計師がブザンソン天文台のサービスを利用して時計の認証を受け、“ビュレタン・ド・マルシュ・ド・クロノメトリー(bulletin de marche de chronométrie)”と呼ばれる証明書を発行している。これは顧客にとって価値ある書類である。
カリ・ヴティライネン、ローラン・フェリエ、レジェップ・レジェピといった独立時計師たちは、顧客の要望があれば、自らの時計をスイスからフランスへ送り、ブザンソン天文台で認証を受けさせている。
大手ブランドの存在感
機械式時計の精度というテーマは、1970年代初頭にクロノメトリー競技が廃れて以降、もはや過去の話のように思われるかもしれない。しかし実際には、究極の精度を追求する姿勢は、今なおロレックスとオメガのブランドメッセージの中心にある。
たとえばロレックスは、自社の時計を“スーパラティブ クロノメーター公式認定(Superlative Chronometer Officially Certified)”と称し、その文言をエンボス加工したグリーンシールを添えることで、精度がブランドの根幹をなすことを示している。

▲ ロレックス“スーパラティブ クロノメーター公式認定”シール。
オメガは、自社の高精度モデルを“マスター クロノメーター”と名付けており、この呼称もまた非常に力強い響きを持っている。ただし両ブランドの主な違いは、オメガの認証がスイスの公的機関METASによる試験を経ている点にある。
両ブランドに共通しているのは、認証プロセスに対する厳格な姿勢である。いずれのブランドも、認証方法に対して非常に真剣に取り組んでいる。(チューダーも、1モデルがMETASによるマスタークロノメーター認証を取得している)。

▲ オメガのマスター クロノメーター認証。
少数の時計をクロノメーター認証にかける独立時計師たちの取り組みは称賛に値する。しかしロレックスやオメガのように、ほとんどの機械式時計をクロノメーター認証に通すとなると、まったく次元の異なる話になる。それはすなわち、15日間にわたる認証試験を通過しなければならない数十万本の時計を意味する。
昨年、ヒゲゼンマイの調整精度を高めるための新機構“スピレート システム”を発表したオメガは、さらにその先を見据え、ラボラトワール・ド・プレシジョンによって精度追求の限界を押し広げようとしている。
スピレートの発想そのものは完全に新しいものではない(スウォッチ グループは特許を申請している)。そのアイデアは1920年代にまで遡り、ラ・ショー=ド=フォンの時計師シャルル・ル・ブランが、テンプに3本のネジを設けることでヒゲゼンマイの取り付け位置を微調整できる仕組みを考案していた。
とはいえ、スピレートの導入によってオメガはさらに優れたクロノメトリー性能を実現しており、日差0〜+2秒という精度を達成している。
磁場への耐性
クロノメーター精度を実現するためには、部品の精密さやムーブメントの調整だけでなく、磁場が及ぼす悪影響を克服することも不可欠である。この領域では、オメガ、チューダー、ロレックスと同じレベルで競い合えるブランドはほとんど存在しない。
オメガとチューダーの2ブランドは、METASによって検証される15,000ガウスという極めて高い耐磁基準に準拠している。一方でロレックスは、自社の時計がどの程度の磁場耐性を満たしているかについて具体的な数値を公表していない。
このような高い耐磁性能は印象的ではあるものの、日常生活ではそれほど意味のある数値とは言えない。通常の環境で遭遇する磁場は最大でも約1,500ミリガウス程度とされている。一般的に時計の耐磁性能を認証する基準は16,000A/mに設定されており、これは約200ガウスに相当する。

▲ 2013年、オメガは15,000ガウス以上の磁場に耐えるムーブメントを発表した。
ISO764の基準値は、実際にはTIMELABが実施する“OC+”認証でも採用されている。この数値はMETAS認証と比べると低く見えるが、日常生活のほとんどの状況には十分対応できるレベルである。
時計を耐磁仕様にするうえで重要なのは、シリコン製ヒゲゼンマイや、脱進機の他の部品に耐磁素材を用いることである。しかし、これらは高度な製造設備を必要とするため、小規模ブランドにとっては導入が難しい。
たとえばレジェップ・レジェピの〈クロノメトル・アンチマグネティック〉では、ケースに耐磁性ステンレススティールを採用し、手仕上げのムーブメントをファラデーケージで保護している。このアプローチは、20世紀半ばに北極や南極の探検家たちが極地の磁場の影響を避けるために使用していた時計を思わせるものだ。
しかし、オメガ、チューダー、ロレックスが採用しているシリコン製ヒゲゼンマイのような技術とは性格を異にする。

▲ レジェップ・レジェピ〈クロノメトル・アンチマグネティック〉
クロノメトリーの未来に向けて
クロノメーター精度に適用されている基準は1976年にさかのぼるものであり、新たな公式基準を設けることを検討するのも一案だろう。 実際、オメガはMETASによるマスター クロノメーター認証を導入することで、COSC認証の一歩先を行く基準を提示している。
今日の加工技術の精度を考えれば、達成可能な性能は50年前とは比べものにならない。したがって、クロノメトリーを語るうえでも、この技術進歩を考えてもいい。
しかし同時に、あまりに多くの基準や認証によって顧客を混乱させてはならない。年間数十万本の時計をクロノメーター認証にかけるには、高度な製造能力が求められる。そのためには巨額の投資が必要となり、この点においては真に実力のあるブランドとそうでないブランドを分ける要因になるだろう。
クロノメトリーをめぐる競争は終わったわけではなく、むしろ新しい技術と認証制度によって、いまなお進化を続けているのだ。
・
