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月へ行った12人のアポロ宇宙飛行士と〈スピードマスター〉

Interviews

 1969年7月20日、人類は初めて月面に降り立った。その歴史的な一歩を刻んだ12人のアポロ宇宙飛行士たちの腕には、常にオメガ〈スピードマスター〉があった。アポロ11号から最後の月面着陸となったアポロ17号まで、月へ赴いた12人の宇宙飛行士たちの挑戦を振り返りながら、それぞれのミッションとともに時を刻んだ〈スピードマスター〉のリファレンス、そして月面で生まれた数々の逸話をたどる。

Interview

The 12 Apollo Astronauts (and their trusty Speedmasters)

月へ行った12人のアポロ宇宙飛行士と〈スピードマスター〉

 1969年7月20日、人類は初めて月面に降り立った。その歴史的な一歩を刻んだ12人のアポロ宇宙飛行士たちの腕には、常にオメガ〈スピードマスター〉があった。アポロ11号から最後の月面着陸となったアポロ17号まで、月へ赴いた12人の宇宙飛行士たちの挑戦を振り返りながら、それぞれのミッションとともに時を刻んだ〈スピードマスター〉のリファレンス、そして月面で生まれた数々の逸話をたどる。

by Ethan Hariyono. Jul 16, 2019

アポロ11号

 私たちは今日、宇宙旅行を当たり前のものとして捉えがちだ。イーロン・マスク率いるスペースXは火星植民地化の可能性を探っている。

 しかし、人類が当時は不可能と思われていた月着陸の光景を白黒テレビで目撃したのは、わずか半世紀前のことである。

 ニール・アームストロングが月面に降り立ち、アメリカ国旗を掲げたその瞬間は、人類史を決定づける出来事となった。

 月面を歩いた12人の宇宙飛行士たちと、彼らの“航海”に寄り添ったオメガ〈スピードマスター〉に思いを馳せたい。

 1969年7月16日、アポロ11号の乗組員を乗せたサターンVロケットがケネディ宇宙センターから打ち上げられた。

 それは、人類による史上初の月面着陸を目指す挑戦の幕開けだった。打ち上げの様子は広くテレビ中継され、大きな祝賀ムードに包まれた。しかし、このミッションが持つ真の歴史的意義が広く認識されるまでには、さらに3日を要することになる。

1969年7月16日、ケネディ宇宙センターの発射施設39Aから打ち上げられるアポロ11号のサターンVロケット(Image: NASA)

アポロ11号の乗組員たち。左からニール・アームストロング、マイケル・コリンズ、エドウィン・“バズ”・オルドリン(Image: NASA)

 このミッションの乗組員は、船長のニール・アームストロング、司令船操縦士のマイケル・コリンズ、そして月着陸船操縦士のエドウィン・“バズ”・オルドリンで構成されていた。

 実際に月面へ降り立ったのはアームストロングとオルドリンの2人である。

 アームストロングが月着陸船イーグルの脚部から月面へ足を踏み出し、

「これはひとりの人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である」

 そう語った映像を見たことがある人も多いだろう。

 彼らの腕には、オメガ〈スピードマスター〉Ref.105.012が装着されていた(マイケル・コリンズのみRef145.012着用)

 ただし実際には、自らを“時計好き”と公言していたオルドリンが着用していたのに対し、アームストロングは月着陸船のタイマーが故障した際の予備として、自身のスピードマスターを機内に残していた。

 その後、両者の時計は米国政府の所有物として、スミソニアン国立航空宇宙博物館へ寄贈されることになった。しかし、オルドリンの時計は輸送中に行方不明となり、現在も所在はわかっていない。

愛用の〈スピードマスター〉を腕に着けたバズ・オルドリン(Image:NASA)

ニール・アームストロングが所有していた〈スピードマスター〉Ref.105.012。現在はスミソニアン国立航空宇宙博物館に収蔵・展示されている(Image: Smithsonian National Air and Space Museum)

 アームストロングは2012年にこの世を去ったが、オルドリンは現在も宇宙開発の熱心な支持者として活動を続けている。

 また、アポロ11号月面着陸50周年を迎えた2019年には、オメガと協力して記念プロジェクトにも参加した。

アポロ12号

アポロ12号の乗組員。左からチャールズ・“ピート”・コンラッド、リチャード・ゴードン、アラン・ビーン(Image: NASA)

 そのわずか数か月後の1969年11月14日、アポロ12号はNASAによる2度目の月面着陸ミッションとして打ち上げられた。

 乗組員は、船長のチャールズ・“ピート”・コンラッド・ジュニア、司令船操縦士のリチャード・“ディック”・ゴードン、そして月着陸船操縦士のアラン・L・ビーンで構成されていた。

 このうち、実際に月面へ降り立ち、科学調査を担当したのはコンラッドとビーンの2人だった。

左:コンラッドが撮影した月面でのアラン・ビーン。左手首には〈スピードマスター〉Ref.105.012を着用している。右:アポロ12号の訓練中のリチャード・ゴードン(左)とアラン・ビーン(右)。ビーンの腕には〈スピードマスター〉が確認できる(Image: NASA)

 陽気な性格で知られたコンラッドは、アームストロングの有名な言葉をもじってこう宣言した。

「やったぞ! ニールにとっては小さな一歩だったかもしれないが、私にとっては大きな一歩だ」

 これは、ある記者との賭けの一環だったという(本人によれば、結局その賭け金は受け取らなかったそうだ)

 ミッション期間中、彼らの腕にはいずれもスピードマスター Ref.105.012が着けられていた。

 コンラッドは1999年に、ビーンは2018年にこの世を去った。

 なお、熱心な画家でもあったビーンは、宇宙へ行った唯一の芸術家として知られている。宇宙飛行士としての経験は彼の作品に色濃く反映されており、その作品群は公式ウェブサイトで見ることができる。

アポロ14号

 1971年1月31日、アポロ13号の有名な事故から1年も経たないうちに、アポロ14号は月へ向けて旅立った。

 このミッションには、船長のアラン・シェパード、司令船操縦士のスチュアート・ルーサ、そして月着陸船操縦士のエドガー・ミッチェルが参加した。

 アポロ13号では、ジャック・スワイガートのスピードマスターが乗組員の生還を支える重要な役割を果たしたが、アポロ14号はNASAにとって、その失敗を乗り越え月面探査を再開するための“名誉回復の旅”でもあった。

アポロ14号の乗組員たち。左からエドガー・ミッチェル、アラン・シェパード、スチュアート・ルーサ(Image: NASA)

 そして彼らは、まさにその名誉回復を成し遂げた。乗組員は無事に月面へ着陸しただけでなく、シェパードはアポロ計画を通じて最も正確な月面着陸のひとつを成功させたのである。

 月面活動を行ったのはシェパードとミッチェルで、ルーサは司令船からミッションを支援した。

 彼らが着用していたのはスピードマスターRef.145.012だったと考えられている。その理由は、写真に写る時計のプッシャーが、先行するアポロ宇宙飛行士たちが着用していたRef.105.012と比べて大きく見えるためである。

ミッチェル(左)とシェパードの〈スピードマスター〉もスミソニアン博物館へ寄贈された。プッシャーが大型化されていることから、これらはおそらくRef.145.012と考えられている(Image: Smithsonian National Air and Space Museum)

 月面でゴルフをプレーした唯一の人物として知られるシェパードは、打ったボールについて「何マイルも、何マイルも飛んでいった」と語っている。

 そのシェパードは1998年にこの世を去り、ミッチェルも2016年に亡くなった。

アポロ15号

 アポロ14号の成功を受け、NASAはわずか6か月後の1971年7月26日、アポロ15号を打ち上げた。

 乗組員は、船長のデビッド・スコット、司令船操縦士のアルフレッド・ウォーデン、そして月着陸船操縦士のジェームズ・アーウィンで構成されていた。

 これまでのミッションで得た経験と自信を背景に、アポロ15号はさらに野心的な計画となった。

 月面での滞在期間を延長したほか、月面車(ルナ・ロービング・ビークル)が初めて投入されるなど、科学探査により重点が置かれたミッションだった。

アポロ15号の乗組員。左からデビッド・スコット、アルフレッド・ウォーデン、ジェームズ・アーウィン(Image: NASA)

月着陸船操縦士ジェームズ・B・アーウィンが、アポロ15号最初の船外活動(EVA)中に月面車(ルナ・ロービング・ビークル)の作業を行う様子。これは宇宙探査において月面車が初めて使用された瞬間でもあった(Image: NASA)

 ミッションそのものは成功を収めたものの、アポロ15号は論争とも無縁ではなかった。

 乗組員たちが密かに持ち込んだ少数の記念切手が、後に西ドイツの業者によって転売されたことが発覚し、問題となったためである。

ケースバック内側に刻まれたジェームズ・アーウィンの〈スピードマスター〉Ref.105.012(Image: Smithsonian National Air and Space Museum)

スコットが自身の〈スピードマスター〉の不具合時に予備として使用した、試作型ブローバ・クロノグラフ(Image: Fratello)

 アーウィンが着用していたのは、おそらく1967年支給のスピードマスターRef.105.012だったと考えられている。

 一方、スコットが着用していたスピードマスターの正確なリファレンスを特定できる確実な写真は残されていない。

 しかし、3回目の月面活動ではスピードマスターのヘサライト風防に不具合が生じたため、代替として試作型ブローバ・リストクロノグラフ Ref.885104/01 2’509’052を着用していたことが知られている。この時計は後にオークションへ出品され、2015年に165万ドルで落札された。

 篤いキリスト教徒だったアーウィンは、引退後、ノアの箱舟の痕跡を探す探検隊を率いる活動に取り組んだ。彼は1991年に死去し、アポロ宇宙飛行士の中で最初の逝去者となった。

 一方のスコットは、現在ロサンゼルスで引退生活を送っている。

アポロ16号

 1972年4月16日、NASAは再び月へ向けてアポロ16号を打ち上げた。乗組員は、船長のジョン・ワッツ・ヤング、司令船操縦士のトーマス・マッティングリー三世、そして月着陸船操縦士のチャールズ・デューク・ジュニアで構成されていた。

 このミッションの目的は、より古い地質年代に属する月の岩石や試料を採取し、月の歴史と起源について探ることにあった。

アポロ16号の乗組員。左からトーマス・マッティングリー、ジョン・ヤング、チャールズ・デューク(Image: NASA)

月面でチャールズ・デュークが着用したスピードマスター (左)とジョン・ヤングが着用したスピードマスター(右)どちらもRef.145.012(Image: NASA)

 ヤングとデュークは、月面で3日間にわたり計3回の船外活動を実施し、そのすべてでスピードマスターRef.145.012を着用していた。

 ヤングは、NASAに42年間在籍し、6度の宇宙飛行を経験した、アメリカの宇宙飛行士の中でも屈指の経歴を持つ人物だった。彼は2018年にこの世を去った。

 一方のデュークは現在、アストロノート奨学財団(Astronaut Scholarship Foundation)の理事を務めている。

 それから12か月後、アポロ計画最後のミッションであり、NASAによる最後の月面着陸ミッションとなったアポロ17号が実施された。

アポロ17号

 1972年12月7日に打ち上げられたこのミッションの乗組員は、船長のユージーン・“ジーン”・サーナン、司令船操縦士のロナルド・エヴァンス、そして月着陸船操縦士のハリソン・シュミットで構成されていた。

 アポロ17号は、有人宇宙飛行における数々の記録を打ち立てた。

・最長の月面滞在時間

・最長の船外活動(ムーンウォーク)総時間

・最大量の月試料採取

・最長の月周回飛行時間

・そして75周という最多月周回数

▲ アポロ17号の乗組員。左からハリソン・シュミット、ジーン・サーナン(着席)、ロナルド・エヴァンス。アポロ計画最後の乗組員である(Image: NASA)

 なお、シュミットはもともと地質学者であり、その後宇宙飛行士としての訓練を受けた人物だった。

 このミッションでは、当初搭乗が予定されていたアポロ14号の予備搭乗員ジョー・エングルに代わって選出された。まさに“科学のため”の人選だったと言えるだろう。

 シュミットとサーナンは、合計22時間に及ぶ船外活動を行い、月面活動時間の新記録を樹立した。彼らの腕にはスピードマスターST105.003が装着されていた。

 そして、このST105.003こそが月へ行った最後のスピードマスターとなった。

サーナン(左)とシュミットの〈スピードマスター〉ST105.003。いずれも月面で使用された実機である(Image: Smithsonian National Air and Space Museum)

アメリカ国旗のそばに立つジーン・サーナン。人類最後の月面歩行者となった宇宙飛行士である(Image: NASA)

 撤収作業を終え、月を離れる準備を整えたサーナンは、短いスピーチを残した。

 その締めくくりの言葉はこうだった。

「今日のアメリカの挑戦が、明日の人類の運命を切り開いたことを記録しておきたい……アポロ17号の乗組員に幸運を」

 これが人類によって月面で最後に発せられた言葉となり、一つの時代の終焉を告げることになった。こうして乗組員たちはスピードマスターとともに月面を後にし、地球への帰路についた。

 サーナンは2017年に死去した。彼の遺産は、シカゴにあるプラネタリウム施設サーナン・アース・アンド・スペース・センターに受け継がれている。

 一方のシュミットは、その後共和党所属の上院議員として活動し、1994年からはウィスコンシン大学で教授職も務めている。

 また、両宇宙飛行士は2014年公開のドキュメンタリー映画『The Last Man on the Moon』にも登場している。

 月面はその後およそ半世紀にわたり再び人類を迎えていない。しかしオメガ スピードマスターは、月面を歩いた12人の宇宙飛行士たちの勇気と挑戦心を今なお伝え続けている。

 そしてそれは、“決して限界などないこと”、そして“不可能と思えることに挑み続けるべきこと”を私たちに思い出させてくれるのである。

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