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“ビースト(野獣)”の美——〈ロイヤル オーク オフショア〉

Reviews

規格外のサイズ、露出したラバーガスケット、そして武骨な存在感は、伝統的な高級時計の価値観に真っ向から挑むものだった。

Reference

Beauty in the Beast — the Royal Oak Offshore

“ビースト(野獣)”の美――〈ロイヤル オーク オフショア〉

1993年、時計業界の常識を打ち破る一本が誕生した。直径42mmという当時としては規格外のサイズ、露出したラバーガスケット、そして武骨な存在感は、伝統的な高級時計の価値観に真っ向から挑むものだった。

by Revolution. Oct 13, 2021

規格外の成功作

 1993年に発表された当初、〈ロイヤル オーク オフショア〉は“ビースト(野獣)”と呼ばれていた。名作である〈ロイヤル オーク〉の系譜を引きながらも、その大胆で荒々しい解釈は、まさにその異名にふさわしい存在に思われた。

 だが、人々がその野獣の中に美を見出すまでに、そう時間はかからなかった。2000年代に入る頃には、オフショアは確固たる地位を築き、アーノルド・シュワルツェネッガーやジェイ・Zといったスーパースターたちの腕元に、当然のように収まっていた。

 オフショアというモデルにおいて、オーデマ ピゲは実験とコラボレーションのための理想的なプラットフォームを手にした。そして間もなく、映画『エンド・オブ・デイズ』(1999年)やボーイバンドのイン・シンク、さらにはモータースポーツなど、さまざまな分野と結びついた限定モデルが次々と登場していくことになる。

 この最強の腕時計が、いかにして規格外の成功を収めていったのか、その軌跡を追う。

1993年、〈ロイヤル オーク オフショア〉は42mmケースというサイズで、それまでの常識を打ち破った。時計としては前例のない大型サイズで、新たな基準を打ち立てたのである。オリジナルの〈ロイヤル オーク〉を想起させるブルーダイヤルを備えたこのモデルが〈ロイヤル オーク オフショア〉コレクションの原点となった。

起源:1972年の〈ロイヤル オーク〉

 現代のアイコンたるロイヤル オーク オフショアを語るにあたり、その原点である1972年のロイヤル オークの誕生を抜きにすることはできない。この時計は、著名なデザイナーであるジェラルド・ジェンタによって生み出された。

 独創的な八角形ベゼルと三層構造のケースがどのようにして生まれたのかについては、二つの説が存在する。

 ひとつは、イギリス海軍初の装甲艦であるHMSロイヤル オークの舷窓(ポートホール)の八角形に着想を得て、そのデザインをベゼルに落とし込んだというものだ。

 しかし後に、Revolutionのインタビューにおいて、当時のオーデマ ピゲCEOのフランソワ=アンリ・ベナミアスは次のように説明している。

「ジェンタ氏の妻イヴリン・ジェンタ氏から聞いた話では、彼はレマン湖のほとりで見かけたダイバーに着想を得たそうです。特に、潜水服にヘルメットがねじ留めされている構造にインスピレーションを受けたのです」

 いずれの説を採るにせよ、ロイヤル オークの八角形ベゼルと露出したビスというデザインは、現代ラグジュアリーウォッチにおいて最も有名な意匠のひとつとなっている。

 ベナミアスはこう語る。

「ロイヤル オークは、部屋の向こう側からでもひと目でそれと分かる存在なのです」

 だが、その美学の背後には明確な機能性がある。ロイヤル オークのケース構造においては、ベゼルとビスはいずれも単なる装飾ではなく、構造の中核を担う要素であった。

ケースを貫通するビスに裏側からフラットナットを固定することで、時計全体を裏側から密閉する仕組みとなっており、それはまるで建築における荷重を支える柱のような役割を果たしている。

 ロイヤル オークは、初の“超高級スティールウォッチ”として革命を起こした。発表当時の価格は3,750スイスフランに設定されていたが、これはロレックスのサブマリーナーを12本購入できるほどの金額だった。つまり、この時計は明確に特定の顧客層に向けられたものだったのだ。

 元オーデマ ピゲCEOのジョルジュ=アンリ・メイランはこう語っている。

「ロイヤル オークは、新しい世代の(非常に裕福な)若い時計愛好家に向けて提案されたものだったのです」

過激なラグジュアリー、〈ロイヤル オーク オフショア〉

 直径42mmという巨大なロイヤル オークをベースとした時計の着想は、1980年代半ば、デザイナーのエマニュエル・ギュエの頭の中で生まれた。

 オーデマ ピゲのデザインスタジオに在籍していた彼は、抑えきれない情熱をもってこのプロジェクトに没頭する。そして生み出されたものは、前例のない存在となった。

 当時、パネライの42mm径〈ルミノール マリーナ〉はまだ市場に登場しておらず、ギュエの作品こそが“オーバーサイズ”と呼べる最初のラグジュアリーウォッチであった。

 さらに驚くべきは、露出したラバー製ガスケットやラバーで覆われたクロノグラフプッシャーといった、従来であれば洗練された時計とは相容れないと考えられていた要素を大胆に取り入れていた点である。

 ムーブメントに関して、オーデマ ピゲは長年関係の深い二つのブランドに解を求めた。ひとつはジャガー・ルクルト(当時、オーデマ ピゲはル・サンティエの同社マニュファクチュールの大部分を保有していた)、そしてもうひとつはジュウ渓谷の著名なモジュールメーカーであるデュボア・デプラである。

 改良が施されたジャガー・ルクルト製自動巻きキャリバーに、デュボア・デプラのモジュールを組み合わせることで、オフショアのクロノグラフムーブメントは構成された。

 また、オフショアの特徴的な日付表示を拡大するルーペは、このモジュール構造に起因するものである。

 ギュエはこう語る。

「ダイヤルと日付ディスクの距離がかなり離れていたのです。そこで日付を拡大するためにルーペを使うことにしました。面白いことに、これがこの時計の視覚的なシグネチャーのひとつになったのです」

デザイナー、エマニュエル・ギュエ。

 1993年、このステンレススティール製の巨大な時計が直径42mmという当時としては前代未聞のサイズで登場すると、大きな論争を巻き起こした。

 オリジナルのロイヤル オークの生みの親であるジェラルド・ジェンタ本人も、バーゼルワールドのオーデマ ピゲのブースに乗り込み、このオフショアは自身のデザインを台無しにしたと非難したと伝えられている。

 しかし今日において、オフショアほど多様で進化を遂げたモデルはない。その精神は大きく広がり、無数のバリエーションを生んだ。

 初期のステンレススティール、ゴールド、プラチナといった素材に始まり、やがてチタン、カーボン、セラミック、サーメット、さらにはラバーに至るまで、よりエキゾチックな素材が次々と採用されていった。

 われわれは、コレクターの間でまだ十分に評価されていないロイヤル オーク オフショアのバリエーションが数多く存在すると考えている。ここでは、将来的にコレクターズピースとなる可能性を秘めた限定モデルを数点紹介したい。

〈ロイヤル オーク オフショア クロノグラフ“ツール・オート 2009”〉Ref.26278IK.GG.D002CA.01

〈ロイヤル オーク オフショア ファン・パブロ・モントーヤ〉 Ref.26030IO.OO.D001IN.01

〈ロイヤル オーク オフショア ヤルノ・トゥルーリ〉 Ref.26202AU.OO.D002CA.01

 Brands:Audemars Piguet

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