もし腕時計の歴史において、たったひとつの“黄金の10年”を選ぶとしたら、それは1920年代ではないだろうか。アール・デコが世界を彩り、ジャズが街に響き、自動車と
Was the 1920s the Most Influential Decade in Wristwatch History?
1920年代は腕時計の歴史で最も影響力のある10年だったのか?
もし腕時計の歴史において、たったひとつの“黄金の10年”を選ぶとしたら、それは1920年代ではないだろうか。アール・デコが世界を彩り、ジャズが街に響き、自動車と航空機が人々の価値観を変えた時代。時計の世界でもまた、数々の伝説的なエピソードが生まれた。
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by Ken Kessler . May 7, 2025 |
時計史を学ぶ者であれば、1900年以降のどの10年をとっても「腕時計の発展、普及に大きな影響を与えた時代だ」と主張できるだろう。例えば、1940年代はミリタリーウォッチ、スウィープセコンド、耐衝撃構造などが注目を集めた。1960年代は自動巻きクロノグラフ、アキュトロンなどが登場した。
しかし私の考えでは、腕時計が“臨界点”に達したのは狂騒の1920年代=ローリング・トゥエンティーズである。あの時代の空気を見れば明らかだ。20年代を思い返してみよう。
自動車はもはや珍品ではなくなり、アール・デコ——今なおあらゆる分野で最も美しい様式——が、過剰に装飾的なアール・ヌーヴォーに取って代わった。街にはジャズが流れ、トーキー映画が登場し、電気録音が本格的な音楽再生を可能にした。
1926年の米国「航空商業法」は民間航空の礎を築き(それ以前は飛行機を飛ばすのに免許はいらなかった)、ブガッティは史上最も美しく、最も成功したレーシングカー「タイプ35B」を作り上げた。ついでに言えば、私の両親もこの時代に生まれた。

▲ ウィリアム・グローバー=ウィリアムズは、1929年の第1回モナコ・グランプリでブガッティ 35Bを駆り、優勝を飾った。(Image:classicargarage.com)
時計史の観点から見れば、1904年にカルティエが飛行家サントス=デュモンのために腕時計を作ったことに始まり、第一次世界大戦(1914〜18年)では兵士の利便性のために小型の懐中時計にストラップが取り付けられた。さらに1918年にはカルティエが「タンク」を発表する——そんな“モダン・リストウォッチ”の終着点が1920年代だった。
女性解放の気運に乗って、レディスウォッチが爆発的に流行し、いわゆる“フラッパー”たちが、ごく小さな腕時計を颯爽と身につけ始めたのである。

▲ 1920年代の“フラッパー”ガールたち。
技術面で、最も重要な革新は、英国人時計師ジョン・ハーウッドが開発した「世界初の実用的な自動巻き腕時計」である。彼の発明は1924年に特許を取得し、現在のすべてのローター式自動巻き時計のルーツとなった。
ハーウッドの重要性は、ブレゲ、ジョージ・ダニエルズ、ジョン・ハリソンらと同格だと思う。

▲ ハーウッドの腕時計。ローターではなく、重りが約130度の間を行き来するバンパー式。オートマ専用機でリューズがなく、時刻はベゼルを回して合わせる。
1920年代、腕時計という存在が本格的に市民権を得るうえで、決定的な出来事があった。当時の映画界を席巻した大スター、ルドルフ・ヴァレンティノが、スクリーン上で腕時計を身につけて登場したのである。サイレント映画時代を象徴する絶対的アイコンであり、いまの世界に同等の存在を見出すことは難しい。
1926年公開の映画『熱砂の舞』において、ヴァレンティノは自らの愛機であるカルティエ・タンクを、時代考証を無視してまで全シーンで着用することにこだわった。この巨星の“個人的選択”は、タンクに新たな象徴性を与え、ひいては腕時計という文化そのものの浸透を加速させることになったのである。

▲ 1926年の映画『熱砂の舞』に出演するヴィルマ・バンキーとルドルフ・ヴァレンチノ。ヴァレンチノは撮影中、自身の愛用するカルティエ タンクを全シーンで着用することにこだわった。

▲ 1926年の映画『熱砂の舞』の衣装をまとったルドルフ・ヴァレンチノ。
その1年後の1927年、20年代の時計史における、もうひとつのエポック・メーキングな事件が起こった。メルセデス・グライツがロレックス・オイスターを着けてドーバー海峡を泳ぎ切ったのである。このニュースは新聞の一面を飾った。そしてロレックスという名を世界に知らしめたのだ。

▲ 1927年、若き英国人スイマー、メルセデス・グライツがドーバー海峡を横断した際、彼女の腕には「ロレックス オイスター」が着けられていた。10時間を超える過酷な泳行の後も、その時計は完全な作動状態を保っていた。

▲ ドーバー海峡横断の成功を記念し、ロレックスは『デイリー・メール』紙に全面広告を掲出し、防水時計「オイスター」の偉業を高らかに宣伝した。この出来事を経て、“テスティモニー(証言者)”と呼ばれるロレックス独自の広告哲学が誕生した(1927年 Daily Mail)

▲ メルセデス・グライツのロレックス・オイスター(Image: rolexmagazine.com)
※このストーリーは、2020年1月30日に初めて公開されたものです。
