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稀代の名作クロノグラフ、ロンジン13ZN 完全ガイド

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ヴィンテージクロノグラフを語るとき、その頂点に名を連ねる存在がロンジンの〈13ZN〉である。卓越した自社製ムーブメント、世界初の実用的フライバック機構、そして

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The Ultimate Guide to the Longines Chronograph 13ZN

稀代の名作クロノグラフ、ロンジン13ZN 完全ガイド

ヴィンテージクロノグラフを語るとき、その頂点に名を連ねる存在がロンジンの〈13ZN〉である。卓越した自社製ムーブメント、世界初の実用的フライバック機構、そして極めて希少な防水クロノグラフ〈Ref.4270〉――。コレクターを魅了し続ける伝説のクロノグラフを、豊富なアーカイブ資料と現存個体をもとに徹底解説する。

by George Pakkos. Feb 14, 2022

ロンジンは群を抜いていた

 私がヴィンテージウォッチの収集を始めた当初、すぐに惹かれたのがヴィンテージのロンジンであった。当時の私にとって(そして今なおそうであるが)、ロンジンはヴィンテージウォッチ収集の中で、最も魅力的なブランドのひとつであった。

 1920〜40年代は、時計の黄金時代と広く見なされており、数多くの“世界初”が誕生している。そして、生産技術、ハンドメイドのケース、高品質なダイヤル、さらには優れた仕上げが施された自社製ムーブメント、これらすべてにおいて、ロンジンは群を抜いていた。

 1913年、ニューヨーク・タイムズが実施した世論調査で、「価格を気にしなくてよいとしたら、どの高級時計ブランドを所有したいか」をアメリカ人に聞いている。その結果、実に92%もの回答者が「ロンジンを選ぶ」と答えたのである。

 1940年代半ばまで、ロンジンの時計は品質・格式の両面において、オメガやロレックスを上回る存在であり、おそらくパテック フィリップに次ぐ位置にあったといえる(ちなみに当時のパテック フィリップは完全な自社製ムーブメントではなかった)

 ロンジンは当時、数少ない完全な垂直統合型マニュファクチュールのひとつであり、そのため現在ではヴィンテージモデルの人気が非常に高まっている。

 また、今日ではあまり知られていないが、ロンジンは当時、クロノグラフおよびクロノメーターにおいて卓越した実力を誇るブランドであった。

 現在はスウォッチ グループの傘下にあるが、現代のロンジンは自らの歴史を非常に大切にしており、往年のモデルを忠実に再現したリエディションを数多く手がけている。

 さらに業界でも類を見ないほど充実したヘリテージ部門がある。誰でも時計の写真とシリアルナンバーを送れば、ケースやムーブメント、場合によってはダイヤルに至るまで確認し、その時計がどこで販売されたかといった情報まで、無料で提供してくれる。

 こうした要素がすべて相まって、ヴィンテージのロンジンを収集することは、非常に魅力的で興味深いものとなっている。

キャリバー13ZNの歴史

フランス語版ロンジン・スペアパーツカタログ No.8

 数多くの興味深いリファレンスやキャリバーの中でも、キャリバー13ZNを搭載したモデルは、コレクターの間で特に高い人気を誇っている。

 1936年から1951年にかけて製造・販売されたこのムーブメントは、より小型のキャリバー13.33Zの後継として登場し、1930〜40年代のヴィンテージクロノグラフを語るうえで欠かせない“名機”としての地位を確立している。

 フライバック機構自体は、13ZN以前にもごく少数の13.33Zにおいてすでに採用されていたが、特許が正式に出願され、広く実用化されたのはこの13ZNが初めてであった(フランス語で“ルトゥール・アン・ヴォル”、あるいはテイラーシステムとも呼ばれる)。

 キャリバー13ZNは1935年6月12日に出願され、1936年6月16日に登録されている。このムーブメントは、セミ・インスタンタニアスカウンター、フライバックの有無、モノプッシャー仕様、センターミニッツ表示など、さまざまな仕様で展開され、多様なケースに搭載された。

 1930年代半ばには、ロンジンはスチール製パーツのほぼすべてを自社で製造できる体制を整えており、自社製ムーブメントを持つメーカーがごく限られていた当時において、その技術力は際立っていた。

13ZNは、フライバック機構において特許が出願され、かつ広く実用化された最初のキャリバーである。ここに掲載されているのは、そのフライバック機構に関する当時の特許書類と、出願時に提出された図版である(Image: orologi.forumfree.it)

 この時代、クロノグラフは非常に人気を集めていた。一方、防水性――すなわちケースの気密性の確保は、多くのブランドにとって重要な課題となっていた。いかにして時計を水の侵入から守るか、その解決策をめぐって各社の競争が激化していたのである。

 ロレックスはすでに1926年に、3針時計としてオイスターケースを発表していた。また、ユニバーサル・ジュネーブは1933年、〈コロニアル〉によって世界初の防水クロノグラフを実現したと主張している。

 しかしこのモデルは角型プッシャーを備えており、その周囲がどのように密閉されていたのかは明らかにされていなかった。真に防水性を備えたクロノグラフを実現するためには、プッシャー自体をどのように防水化するかが最大の課題だったのである。

 同時期には、いくつかのブランドが防水クロノグラフケースの開発に取り組んでいた。代表的な例としてはギャレットの〈クラムシェル〉、ミドーの〈マルチクロノ〉(1937年10月に初登場)、そしてオメガの33.3(1938年)などが挙げられる。

 多くのブランドがプッシャーの防水性に関してさまざまな特許を出願したが、共通する問題は、プッシャーが“静止状態”にあるときは防水性が保たれるものの、操作して押し込んだ瞬間に水がケース内部へ侵入してしまう可能性があった点だった。

▲ 1930年代末のカタログに掲載された、ロンジン リファレンス4270の販売広告の図版。“acier hermétique tachym.”という表記は、この時計がステンレススティール製の防水ケースを備え、タキメータースケールを有していることを示している。

  ロンジンの名機キャリバー13ZNの中でも、おそらく最も希少で、かつ最も魅力的なバリエーションといえるのが、リファレンス4270である。“マッシュルームプッシャー”、あるいはイタリアのコレクターの間で“プルサンティ・アド・オンブレッロ(傘型プッシャー)”として知られるこのモデルは、ごく限られた数しか製造されなかった。

 初期の防水クロノグラフのひとつであり、ロンジンにとっても初の試みとなるユニークな設計を備えている。プッシャーに関する特許は、1938年2月19日にロンジンによって出願された。

 この極めて希少で個性的なリファレンス4270には、コレクターを惹きつけてやまない興味深い特徴がいくつも存在する。

 製造期間は1937年から1942年までの約5年間で、その大半は1938年から1941年初頭にかけて生産された。さらに、1941年から1942年にかけては特別な仕様の個体も作られた。これについては後ほど詳しく触れる。

 ロンジンの“用語”を理解する

 まずは、ロンジンが用いていたいくつかの用語について理解しておくことが重要である。

・クリシェ番号(Cliché Numbers)

 クリシェ番号とは、コレクターの間でいうリファレンス番号にあたるもので、カタログ上に記載される型番である。たとえばロレックスのサブマリーナーのように、同一コレクションの中に複数のリファレンスが存在するのと同様に、ロンジンにもひとつのクリシェのもとに複数のモデルが含まれる。

 各クリシェにはさらに複数のオーダー番号が存在し、これらはケースバックに刻印されている。実質的にはケースのロット(バッチ)番号に相当するものである。

・防水ペアリング番号(Waterproof Pairing Numbers)

 さらに、ケースバックやラグ部分には、2桁または3桁の追加番号が刻まれている場合がある。ロンジンはこれを防水ペアリング番号として使用しており、製造工程においてケースとケースバックが正しく組み合わされるよう管理するためのものであった。

 これらの番号はオーダー番号の中で連番になっていると考えられるが、必ずしもそのオーダー内での製造本数と一致するわけではない。

・シリアルナンバー(Serial Numbers)

 ムーブメントに刻まれ、場合によってはケースにも記載される番号である。ロンジンのアーカイブを用いれば、クリシェ番号やオーダー番号との対応関係を確認でき、時計がオリジナルの状態を保っているかを判断することができる。

 13ZNのマッシュルームプッシャーに対応するクリシェはリファレンス4270のみである。クリシェ4813の小型モデルも計画されていたが、最終的に製造は中止された。

 リファレンス4270のオーダー番号は2010、2352、2191、2160、2475である。通常はケースバックに刻印されるが、4270の刻印が見られる例や、オーダー番号が存在しない個体も確認されている。細部の違いはあるものの、基本的には同一モデルと考えられる。

 ダイヤルはスターン・フレールおよびフルッキガー(ゼリム・ジャコ)によって製造された。いずれも当時の最高峰ブランドにダイヤルを供給していたメーカーであり、品質は非常に高い。

 ダイヤル径は共通で、タキメーターやテレメーターを備えるもの、単一スケール、あるいはスケールなしなど多様なバリエーションが存在する。メーカーごとにフォントなど細部にわずかな違いが見られる点も興味深い。

これらの写真は、ミドルケースがどのように加工され、プッシャー用のカラー(筒状パーツ)を収める構造になっているかを示している。カラーはケースの途中まで差し込まれる設計である。当初、プッシャーにはコルク、あるいはそれに類する弾性を持つ防水素材が用いられており、特許で説明されているように、防水性を確保する役割を果たしていた。

もうひとつの図版は、2本のステムを備えたリュウズを示している。この非常に特徴的なリュウズは、リファレンス4270のすべてのオーダー番号に共通して用いられていた。(Image: Renato Zamberlan)

リファレンス4270のリュウズは、非常に厚みのある防水仕様で、イタリアのコレクターの間では“ミッレリーゲ”と呼ばれている。2本のステムを備えており、これによってリュウズの操作性が高められている。また、この時代のロンジンのリュウズと同様に、24枚の歯を持つのも特徴である。ここではあわせて、マッシュルームプッシャーのクローズアップも確認できる。

  特許文書では、このプッシャー機構がどのように機能するのかが詳しく説明されている。その主目的がケースおよびムーブメントへの水の侵入を防ぐことにあったのは明らかである。その仕組みは、特許図面の図1に示されている。

 通常のプッシャーでは、プッシャー本体は内部のロッドに接続され、スプリングによって押し戻される構造となっている。これに対し本機構では、円筒状の開口部とそれに対応するチューブが設けられ、内側のパーツは外側に対してわずかにタイトに収まる設計となっている。

 ロンジンはここに“防水スリーブ”と呼ばれる弾性素材を用いた。この素材は圧縮されると元に戻る性質を持ち、その復元力によってプッシャーを元の位置へ戻す仕組みとなっている。これにより、通常のプッシャーで水の侵入が起こりやすいスプリング機構に依存せず、防水性を高めている。

 この防水スリーブを実現するために、ロンジンはコルクを採用した。コルクはプッシャー本体、ステム、ガイドチューブによって形成される密閉空間内に収められ、押圧時には軸方向に圧縮される。そして圧力が解放されると元の形状に戻り、その復元力によってプッシャーとステムを元の位置へと戻す仕組みとなっている。

クロノグラフ用防水プッシャーに関する特許。その形状から、現在ではコレクターの間で“マッシュルーム”あるいは“オンブレッロ”プッシャーと呼ばれている。

ロンジンのアーカイブに残る、クリシェ4270の詳細を示す図版。

 近年デジタル化が進んだことで、ロンジンはシリアルナンバーをもとにアーカイブから個々の時計を特定できるようになった。

 さらに、多くの場合において、関連する台帳や請求書などの記録を突き合わせることで、その時計に関する詳細な情報を明らかにすることができる。

 これにより、いつどこで販売されたかにとどまらず、ケースやダイヤルの仕様、さらには注文内容や製造工程に関する特別な情報まで把握できることもある。

 実際、これらの時計の多くは特注品であり、中には特別な防水試験を受けたものや、ダイヤルに関して特別な指定がなされた例も存在する。

 こうしたデジタル化されたロンジンのアーカイブは、コレクターにとって非常に有用なツールであり、本稿執筆時点(2021年6月)では、誰でも無料で利用することができる。

ロンジンのアーカイブ画像。こちらはクリシェ4813の個体である(ただし、マッシュルームプッシャーを備えた4813はプロトタイプとして確認されている1本のみで、通常はポンププッシャーが採用されている)

リファレンス4270(18Kゴールド製)

ロンジン・アーカイブの協力により、18Kゴールド製リファレンス4270の文字盤に見られる謎のロゴは、「G.C.T.」であると特定された。同じロゴは別の3針モデルにも確認されており、LEA(ロンジン電子アーカイブ)の記録とも一致している。ただし、この「G.C.T.」が何を示すのかはいまだ明らかになっていない。おそらくリテーラーの略称ではないかと考えられている。

 掲載されているこの時計は、リファレンス4270の既知個体2本のうちの1本であり、さらに18Kゴールドの防水ケースを備えたものとしては、わずか5本しか製造されていない極めて希少なモデルである。

 この個体はケース・ムーブメントともに一致した“オールマッチング”で、スターン・フレール製のツートーンのシャンパンカラーダイヤルを備える。

 マッシュルーム型プッシャーは採用していないものの、スチールモデルと多くの共通点(高圧防水仕様のケースバックや段差のあるステップケース構造など)を持つ。なお、ゴールドケースであるため、ラグの構造はスチールモデルとは異なる。

 市場に現れた13ZNクロノグラフの中でも、最も美しく、かつ重要な一本であることは疑いようがない。

 実質的に極めて良好な状態で現存する唯一のゴールド製13ZN“マッシュルームプッシャー系統”といえる。プッシャーの形状自体は異なるが、他の4270系と同様の防水機構が採用されていた可能性が高い。

 この時計は、おそらく当時の重要なリテーラーの特注品であったと考えられるが、これは推測の域を出ない。ダイヤルのロンジン表記の下には謎の「G.C.T.」ロゴがある。このロゴはロンジンの3針モデルのほか、レコード、エベラール、モバードといった同時代の時計にも確認されている。

 その意味はいまだ解明されていないが、リテーラーの名前、またはグリニッジ標準時(Greenwich Civil Time)を指すものではないとも考えられている。

 これらの時計はいずれもイタリア向けに出荷されており、とりわけミラノとの関連が深い。当時、ミラノにおけるロンジンの主要代理店はオスタースェッツァーであった。

オーダー2191

オーダー番号2191を持つリファレンス4270。市場で確認されているわずか4本のうちの1本である。

ステンレススティール製の高圧防水仕様のケースバックには、「Longines W. Co. Swiss」「Waterproof」「Non Magnetic」の刻印が施されている。さらにオーダー番号2191が刻まれており、ケースバックには2桁の番号も打刻されている。この番号は上部左ラグにも同様に刻まれており、両者は一致している。

 オーダー2010では外側のケースバックに「Patent + Pending(特許出願中)」と刻まれているのに対し、このオーダー2191では、内側ケースに「Modele + Depose(登録意匠)」の刻印が施されている。

 掲載されている時計は、オーダー番号2191を持つリファレンス4270の中でも、市場で確認されているわずか4本のうちの1本という、極めて希少な個体である。ツートーンのマットなシルバーダイヤルはスターン・フレール製で、12時と6時位置にブラックのアラビア数字、1・5・7・11時位置にバーインデックスを配する。

 また、ダイヤルにはタキメーターとテレメーターの両スケールが備わり、それぞれ平均速度と距離の計測が可能となっている。

 興味深いことに、これまでに確認されているオーダー2191の13ZN“マッシュルームプッシャー”クロノグラフ4本はいずれも、当初チリ向けに出荷されている。シリアル番号のレンジも非常に近接しており(これは他のオーダー番号でも同様に、一定のシリアル範囲が存在する)、同一ロットであることがうかがえる。一方で、ダイヤルのデザインは他のオーダーと同様にバリエーションが存在する。

 ロンジンのアーカイブには次のように記録されている。

 “ステンレススティール製の腕時計クロノグラフ、リファレンス4270、オーダー番号2191。ロンジンの手巻き機械式ムーブメント、キャリバー13ZNを搭載。1940年11月30日付で、当時チリにおける当社(ロンジン)の代理店であったヴェイル社へ出荷された”

オーダー2010

スターン・フレール製のツートーンのマットなシルバーダイヤルを備えた、オーダー2010

ケースバックには、「Longines W. Co. Swiss」および「Patent +」の刻印が見られる。

 掲載されているこの時計は、オーダー2010の優れた一例である。オーダー2010の個体は、ケースバック外側に「Patent +」の刻印が入るものが珍重される。これは当時のプッシャー機構は、まだ特許出願中であったためだ。

 一方で、オーダー2010の中には、ケースバックに「2010」のオーダー番号と防水ペアリング番号のみが刻まれた個体も存在する。また、オーダー2010ではラグに防水ペアリング番号の刻印が入らない点も興味深い。

 本個体は、スターン・フレール製のツートーンのマットなシルバーダイヤルを備え、保存状態も非常に良好である。

 12時と6時位置にブラックのアラビア数字、1・5・7・11時位置にバーインデックスを配し、さらにタキメーターとテレメーターの両スケールを備えることで、それぞれ平均速度と距離の計測が可能となっている。

オーダー2010のもうひとつの美しい個体。こちらはスターン・フレール製の数少ないグロッシーなブラックのギルト(ガルバナイズド)ダイヤルを備える。スケールおよびインデックスはギルト仕上げであるのに対し、「Longines」のロゴはホワイトで表現されている。

 時計にしばしば見られるように、例外的な仕様も存在する。本個体(オーダー2010)では、ケースバックにオーダー番号2010に加えて、クリシェ番号4270も刻まれている。

ケースバックにクリシェ番号も併記された、オーダー2010のユニークな個体。

 オーダー2475

オーダー番号2475は、13ZNクロノグラフ“マッシュルームプッシャー”の中でも非常に興味深いバリエーションである。ケースバックには「Longines W. Co. Swiss」およびオーダー番号2475の刻印が見られる。

  13ZNクロノグラフ“マッシュルームプッシャー”の中でも、もうひとつ非常に興味深いバリエーションがオーダー番号2475である。掲載されている個体は、市場で確認されているわずか2本のうちの1本にあたる。

 この個体にはいくつかの注目すべき特徴がある。まず、オーダー2475はマッシュルームプッシャーの最終ロットにあたり、シリアル番号も遅く、1941年頃に位置づけられる。ケースバックにはオーダー番号と2桁の防水ペアリング番号、「Longines W. Co. Swiss」の刻印が確認できるが、他の4270に見られる「Waterproof」や「Non Magnetic」の刻印は省かれている。

 さらに、オーダー2475は唯一、他のオーダーに見られる固定式バーではなく、スプリングバー(バネ棒)を採用している。一方で、高圧防水仕様のケースバックやプッシャー、厚みのある防水リューズなどは従来と同様のシステムを踏襲している。

 また、ムーブメントをケースに固定するクランプ構造も異なり、従来の二点固定ではなく、テンプ直下に単一の固定クランプを備える。この構造は、スクリューバック防水の13ZN“トレタッケ”(クリシェ4974)にも見られるものと同様である。ダイヤルはフルッキガー製によるオリジナルで、ラジウムインデックスとシングルスケールを備えている。

 ここに掲載されているのは、オーダー2475の13ZNマッシュルームプッシャーとして確認されている2本目の個体であり、先に紹介された個体とはシリアル番号がわずか6番違いに過ぎない。

 当然ながら、スプリングバー、同様の固定クランプ(トレタッケと同型)、ケースバックなど、すべての特徴を共有している。

オーダー2475を持つ13ZN“マッシュルームプッシャー”の、確認されている2本目の個体。

  ロンジンのアーカイブには次のように記録されている。

 “当該シリアル番号は、リファレンス4270、オーダー番号2475のステンレススティール製腕時計クロノグラフを示す。ロンジンの手巻き機械式ムーブメント、キャリバー13ZNを搭載し、1941年3月14日付で、当時アメリカにおける当社(ロンジン)の代理店であったロンジン=ウィットナー社へ出荷された”

 オーダー2352

オーダー番号2352のRef.4270。スターン・フレール製のツートーンのマットシルバーダイヤルを備え、ブラックのアラビア数字インデックスを配している。

  オーダー番号2352のRef.4270もまた、極めて希少な個体である。これまで市場で確認されているのは、およそ10本程度に過ぎない。典型的なダイヤルレイアウトは、タキメーターとテレメーターの両スケールを備えるもので、スターン・フレール製のツートーンのマットシルバーダイヤルにブラックのアラビア数字インデックスが配されている。

 さらに、オーダー2352には、スターン・フレール製のグロッシーなブラックのガルバニック仕上げダイヤルを備えた仕様も存在する。このダイヤルはホワイトのグラフィックでタキメーターおよびテレメータースケールを表示している。

 こうしたブラックのガルバニックダイヤル(ホワイトグラフィック仕様)は、最もレアなバリエーションのひとつであり、同時に人気も高い。特にマッシュルームプッシャーケースとの組み合わせは、ほとんど市場に現れない。

 また重要な点として、これらのケースはすべて一点ごとに製作されていたため、同一のオーダー番号内であっても、ケース形状や仕上げにはわずかな個体差が認められる。

オーダー2352の中でも、スターン・フレール製のグロッシーなブラックのガルバニック仕上げ(真鍮ベース)ダイヤルを備えた、極めて希少な個体。

オーダー2352のもうひとつの美しく希少な個体は、外周にブルーのタキメータースケールを備えたスターン・フレール製のマットシルバーダイヤルに加え、ロンジンの書体による「Fab. Suisse(ファブリック・スイス=スイス製)」の表記を備えている。

 一般に、ダイヤル上の「Fab. Suisse」表記はフランス市場向けを示すとされることが多いが、少なくともロンジンにおいては必ずしもそうではない。例えばチリ向けに出荷された個体にも同様の「Fab. Suisse」表記が確認されており、これらはすべてロンジンのアーカイブによって裏付けられている。

 ここに掲載した個体は、1940年5月21日に当時ロンジンのツェリェ(現スロベニア)における代理店であったサダール社へ出荷されたものである。

 この時計が誕生時から「Fab. Suisse」表記のダイヤルを備えていたことは、同表記が必ずしもフランス向けを意味しないことを改めて示す事例である。

 

オーダー2160

このオーダー番号は、他のすべてのオーダー番号が刻印(スタンプ)であるのに対し、ケースバックに彫り込み(エングレービング)で施されている唯一の例である。

 クリシェ4270における次の例は、オーダー番号2160である。この個体のケースは他のオーダーと同じく、ツーピース構造、特徴的なステップドベゼル、そしてリップを備えたハードプレッシャー式の防水ケースバックを採用している。

 ダイヤルはスターン・フレール製の美しいマットシルバー仕上げで、外周にはタキメータースケールが配されている。本個体は1939年に製造され、同年10月5日にロンジンのミラノにおける主要代理店であったオスタースェッツァーに販売された。

ムーブメント

  ロンジンのクロノグラフ13ZN “マッシュルームプッシャー”には、主に2種類のムーブメント仕上げが存在する。ニッケル仕上げ(またはロジウムメッキ)と、ギルト仕上げ(ガルバニックによる金色仕上げ)である。

 一般的な13ZNと13ZN“マッシュルームプッシャー”との実質的な違いは、ムーブメントのケースへの固定方法にある。Ref.4270では(ごく一部の例外を除き)下図の通り、ダブルフィックス、すなわち追加の固定クランプが設けられている。

Ref.4270に特有の追加固定クランプ(いわゆるダブルフィックス)を、青で囲って示している。

前述の通り、オーダー2475では固定クランプはテンプの直下に配置されている。この固定方式は、13ZNのもうひとつの極めて人気の高いバリエーションである「トレ・タッケ(イタリア語で“三つの切り欠き”の意)」にも見られる。

結びと謝辞

 13ZN “マッシュルームプッシャー”あるいはプルサンティ・アド・オンブレッロは、1930〜40年代のヴィンテージウォッチの中でも、まさに最も垂涎される存在のひとつである。その希少性とデザインの両面において唯一無二であり、ケース径37.5mmというサイズも理想的といえる。

 さらに重要なのは、この時計が、ロンジンが優れた防水クロノグラフを生み出そうとした時代の結晶であるという点だ。その試みは、多くの意味で、現代に通じるクロノグラフ(あるいはクロノメーター)の原型を形づくったともいえる。

 加えて私見ではあるが、初期のロンジンのクロノグラフは、この時代において最も美しい意匠を備えた時計のひとつである。これに匹敵する防水クロノグラフを他ブランドに求めるとすれば、思い当たるのはパテック フィリップのRef.1463くらいであろう。ただしその登場は1949年まで待たねばならない。

18KゴールドのRef.4270。1941年、ミラノのオスタースェッツァーへ出荷された個体。

 本稿の執筆にあたっては、多くのロンジン愛好家の協力を得た。ロンジン・ミュージアムのキュレーターであるジェニファー・ボシュッドには、アーカイブ画像および資料の提供において多大な助力をいただいた。彼女の支援なくして本稿は成り立たなかったであろう。

 また、グレン・マリコンダおよびアドーニャ・アワーシャリミアンには詳細な画像の提供を、さらにアルフレード・パラミコ、アウロ・モンタナーリ、アンドレア・フォッフィにはゴールドのRef.4270の画像を提供いただいたことに感謝したい。

加えて、多くの時計画像を提供してくれたロベルト・ランダッツォ、そして自身のコレクションの画像を提供してくれたグース、トモ、ジャンカ、デイブにも深く感謝する。また、特許文書の翻訳においてご協力いただいたシルテ氏にも心より御礼申し上げる。

本稿にご関心をお持ちいただけたなら、ロンジン・コレクターによる書籍『Treasures of Longines』にて、さらに詳細な長編版が掲載される予定である。

これまでに確認された中でも特に重要かつ興味深いロンジンの時計を紹介する内容となっているので、ぜひご期待いただきたい。

Brand:Longines
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