We’re All One: The Integrated Bracelet Sports Watch Story

インテグレーテッド・ブレスレット・スポーツウォッチの物語

by Ross Povey,Sep 13, 2021

 ファッションにおいては、流行は移ろい、過去半世紀のスタイルの中には忘れ去られるべきものもあれば、仮装パーティーでのみ復活するようなものもある。あらゆるトレンドは巡り巡るものであり、冬が春へ、春が夏へと移り変わるように、いずれすべてが色褪せていく。

 その点、時計趣味が素晴らしいのは、ほとんど何でも許されるところである。ありがたいことに、ごく一部の例外を除けば、時計は時代を超越した存在で、50年前のモデルをしていても、昨日発売されたモデルをしていても、同じように語ることができる。

 とはいえ市場には一定の波があり、ヴィンテージ市場では特定のスタイルや仕様が強く求められる時期があるのも事実だ。

 実際、現代の時計市場はトレンドで動く傾向がある。フュメダイヤル、真鍮製ケース、グリーンダイヤル、そして今回のテーマであるインテグレーテッド・ブレスレットの時計など、確かに“潮流”があることがわかる。

 今日では、ほとんどすべてのブランドがインテグレーテッド・ブレスレットのモデルをラインナップしている。新たなコレクションを立ち上げるブランドもあれば、過去のデザインを復活させるブランドもあり、それらを中核とするブランドも少なくない。

 このカテゴリーには“王者”が存在する。すなわち、パテック フィリップ〈ノーチラス〉と、オーデマ ピゲ〈ロイヤル オーク〉である。

 いずれもジェラルド・ジェンタの手によるデザインであり、ロイヤル オークは1972年、ノーチラスは1976年に誕生した。それから45年余りが経過した現在、ノーチラスは地球上でも屈指の需要を誇る時計となっている。

 2021年のステンレススティール製Ref.5711は、トレンドのグリーンダイヤルを採用し、小売価格は約3万5000ドル弱であった。しかし本稿執筆時点(2021年7月)において、これらのモデルはセカンダリーマーケットで30万ドルを超える価格で取引されている。

 ロイヤル オークにも極めて高い需要を誇っている。

 さらに、1970年代のインテグレーテッド・ブレスレット・モデルをベースに開発されたチューダーの〈ロイヤル〉にも、ステンレススティールモデルには長大なウェイティングリストあるのだ。

<ロイヤル オーク>と<ノーチラス>のデザインを手掛けたデザイナーのジェラルド・ジェンタ。

ジェンタの傑作 — オーデマ ピゲ <ロイヤル オーク>(Cシリーズ)Ref.5402と、1976年のパテック フィリップ <ノーチラス>

 ここでは、このジャンルにおける名作の数々を駆け足で振り返ってみよう。この種のテーマで“完全ガイド”というのはあり得ない。「では、あれはどうなのか?」といった声が必ず後から上がってくるからだ。

 今年初め、Revolution創設者のウェイ・コーと私は音声SNS、Clubhouseでセッションを行い、これらの時計の歴史をわずか90分で語り尽くそうと試みた。結果はどうだったか? 

 案の定、事前に用意したリストに入っていない時計の話に多くの時間を費やすことになった。この世界に踏み込めば、まさに“底なし沼”のように話題が広がっていくのである。

 そこでここでは、時計を三つのセクションに分類した。誕生当初から一貫してインテグレーテッドの思想を貫いてきた“王道モデル”、再興をキーワードとする“復刻モデル”、そして次なる章を切り拓こうとする“新世代モデル”である。

王道モデル

 前述のとおり、このテーマを深く掘り下げるうえで、ジェラルド・ジェンタに触れないわけにはいかない。1970年代初頭は、彼にとって最も重要な時代であり、パテック フィリップ〈ノーチラス〉、オーデマ ピゲ〈ロイヤル オーク〉、そしてIWC〈インヂュニア〉という、インテグレーテッド・ブレスレットを備えた時計の中でも屈指のアイコンを3本も手がけた。

 ここでヴァシュロン・コンスタンタン〈222〉にも触れておきたい。このデザインをジェンタのものと誤解している人は多いが、実際にこれを描いたのは、当時まだ若きヨルグ・イゼックであった。

 ジェンタについてはこれまで何度も書いてきたが、なかでも強く印象に残っているのが、ロイヤル オーク誕生の逸話である。

 1970年代初頭、いわゆるクォーツショックの影響により、オーデマ ピゲは多くの時計ブランドと同じく大きな困難に直面していた。だが一部のマーケット、特にイタリアの代理店は、高級ステンレススティール製時計に好機があると確信していた。

 時計収集文化を生み出したともいわれるイタリアのコレクターたちの間には、確かな需要が存在していたのである。

 当時のオーデマ ピゲのマネージングディレクター、ジョルジュ・ゴレイは、世界最高の時計デザイナーであるジェラルド・ジェンタに、究極のステンレススティール製時計を託す決断をした。

 噂によれば、その依頼は1970年のバーゼルフェア前夜、ぎりぎりのタイミングで行われたという。

 私には、ジェンタが片手にペン、もう一方にエスプレッソを持ち、夜を徹してデザインを描き上げる姿が思い浮かぶ。そして夜明けとともにスケッチを完成させ、ショー初日の朝、ジョルジュ・ゴレイがそのデザインを披露する――そんな情景を想像せずにはいられないのだ。

ジェラルド・ジェンタが描いたロイヤル オーク誕生時のスケッチ。

ロイヤル オークが特別であることを強調した当時の広告。スターン・フレール社が製造した“プティ・タペストリー”ダイヤルとインテグレーテッド・ブレスレットは、この時計を象徴する要素となった。1972年の発売当時、その価格は3,300 スイスフランに設定されていた。

 8本のホワイトゴールド製ビスと可視のラバーガスケットを備えた、舷窓を思わせる八角形ベゼルを特徴とするこの時計は、1972年のバーゼルでリファレンス5402として発表された。

 スターン社が手がけた“プティ・タペストリー”ダイヤルもまた、このモデルを象徴する意匠となった。インテグレーテッドのスティールブレスレットがもたらす流麗なラインを備えたこの時計は、当時3,300スイスフランで販売されたのである。これは大変高価であった。

 2021年現在の価値に換算すればおよそ8,500スイスフランに相当する。当時は、この時計がブランドを危機に陥らせるという声もあった。だが結果は逆であり、ロイヤル オークはブランドの未来を決定づける存在となった。

 実際、一時は〈ロイヤル オーク〉を独立したブランドとして展開する構想すらあったという。ジェラルド・ジェンタ自身もこのデザインを自負しており、「自らが手がけた中で最も誇らしいデザイン」とたびたび語っている。

 1976年には、ジェンタが手がけたもうひとつの名作、ノーチラスがパテック フィリップから発表される。少なくともこの代表的な二作に関して言えば、ジェンタは数週間、数ヶ月とかけて熟考するタイプのデザイナーではなかったようだ。

 ノーチラスのデザインもまた、レストランでナプキンに数分で描かれたという逸話が残る。ジェンタ自身の言葉によれば、

「ホテルのレストランにいたとき、パテックの関係者たちが一角で食事をしており、私は離れた席にひとり座っていた。給仕長に紙と鉛筆を頼み、“何かデザインしたい”と彼らに伝えた。そして彼らが食事をする様子を観察しながらノーチラスを描いたのだ。わずか5分で完成したスケッチだった」

 1976年に登場したモデルは、スティール製のリファレンス3700/1A、通称“ジャンボ”である。当時としては異例の42mmという堂々たるサイズで、多くのブランドが薄型で控えめな時計を志向していた時代にあって、ひときわ存在感を放っていた。

 120メートルの防水性能と堅牢な構造を備えた本格的なスポーツウォッチでありながら、しなやかなリンクを持つインテグレーテッド・ブレスレットによって装着感はきわめて快適であった。

 ロイヤル オークにも見られるジェンタの海洋モチーフへのこだわりは、ノーチラスにも反映されている。そのケースは客船の舷窓のロック機構から着想を得たものだ。二体構造のケースは、ヒンジ機構と4本の側面ビスによってベゼルを固定し、高い防水性を確保している。

ノーチラスのダイヤルはスターン・フレール製、ムーブメントはジャガー・ルクルトの超薄型キャリバー920、ブレスレットはゲイ・フレールが手がけた。当時の超一流サプライヤーが結集した。

1976年に登場した初代パテック フィリップ ノーチラス、リファレンス3700/1。

パテック フィリップ ノーチラス Ref.3700の当時の広告。

 ロイヤル オークとノーチラスはいずれも、時計ブランドが今日のような垂直統合体制を築く以前の時代に生まれたモデルである。ノーチラスの文字盤もまた、スターンが製造を担っていた。

 チャコールグレーあるいはダークブルーで仕立てられ、特徴的な水平ストライプを備えたその文字盤は、ロイヤル オークのプチタペストリー・ダイヤルに匹敵するほど、一目でそれとわかる強い個性を備えていた。

 ムーブメントはジャガー・ルクルトの極薄キャリバー920をベースとし、ブレスレットは専門メーカーであるゲイ・フレアーが手がけていた。

 ここで改めてゲイ・フレアーに触れないわけにはいかない。なぜなら、初期のスポーツウォッチに見られる数々の一体型ブレスレットは、彼らなくしては成立し得なかったからである。 

 1835年創業の老舗、ゲイ・フレアーの原点は、懐中時計用チェーンとジュエリーにある。

 ジュエリー業界においては、かつてエルメスやヴァン クリーフ&アーペルといった名門メゾンのためにジュエリーを製作していた。1960〜70年代のゲイ・フレアー製ジュエリーは、高度な手仕事によって、今日でもコレクターのあいだで高く評価されている。

 時計業界においては、ジュネーブを拠点として懐中時計用チェーンでその名を知られるようになった。

 腕時計の時代が到来すると、懐中時計企業の多くは衰退していったが、ゲイ・フレアーは流れに適応し、腕時計用ブレスレットの製造へと舵を切った。その代表例のひとつが無段階調整できる金属ストラップ“ボンクリップ”である。これは軍用としてロレックスへ大量供給されたことでよく知られている。 

 20世紀半ばになると、時計素材としてのステンレススティールの人気は一気に高まり、重要なメゾンの多くが、高品質なスティール製ブレスレットを必要とするようになった。

 ゲイ・フレアーは、そのスティール製ブレスレット市場のリーダーであった。スティールの加工はゴールドよりも難しく、高度な技術と機械設備が必要だった。それらを持つ同社は、多くのブランドから契約を獲得していった。

 ロイヤル オークの重要な構成要素である、あのきわめて複雑なブレスレットを製造できる工房はほかになかった。ノーチラスの一体型ブレスレットでも事情は同じだった。

 またゲイ・フレアーは、史上もっともアイコニックなブレスレットのひとつ、ロレックスのオイスター ブレスレットの製造においても重要な役割を果たした。オイスターにもまた、一体型の仕様が1970年代に登場している。

ゼニスのためにゲイ・フレアー(GF)が手がけたブレスレット。同社はゴールドより加工が難しいスティール製ブレスレットにおいて市場をリードした。

ゲイ・フレアーのオリジナル広告。

アーティスティックなデザインワークが光るゲイ・フレアーの広告。

 ロレックスをこのリストに含めたのは、オイスターがもともとスポーツウォッチのケースとしての性格を持っていること、そして何より私自身にとって特別な存在だからである。

 実際、ロレックスとチューダーはどちらも1970年代初頭からインテグレーテッド・ブレスレットの時計を手がけており、その流れの中で語るべきブランドだ。

 ロレックスの流れは、実は1950年代にまでさかのぼる。コレクターの間で“UFO”と呼ばれているユニークなモデルがある。これはオイスターではなく、厳密にはスポーツウォッチとは言えない。

 ロレックス プレシジョン リファレンス9083というモデルで、ワッフルダイヤルと一体型のリベット式オイスター ブレスレットを備えている。このブレスレットは、ゲイ・フレールが製造したものと考えられている。

 1972年には、ベータ21というクォーツ開発プロジェクトの一環として、リファレンス5100が発表された。“テキサン”と呼ばれるこのモデルは、ホワイトゴールドやイエローゴールドのケースを持つ大型の時計で、インテグレーテッド・ブレスレットを備えていたが、やはりスポーツウォッチではなかった。

 その翌年、1973年にはチューダーが〈レンジャーII〉を発表する。スティール製のオイスターケースに一体型ブレスレットを組み合わせ、防水性やねじ込み式リューズ、自動巻きムーブメントといった、創業者ハンス・ウイルスドルフが掲げたオイスターの考え方を受け継いだモデルであった。

 1975年になると、ロレックスはリファレンス1530を発表する。このモデルは、1977年に登場するオイスタークォーツの原型と考えられている。

 内部にはデイトジャストと同じムーブメントとダイヤルを持ちながら、外装には新しい一体型ブレスレットケースを採用していた。従来のオイスターよりも角ばったケース形状で、ブレスレットへとなめらかにつながるデザインが特徴である。

 その後登場したオイスタークォーツは、デイトジャストとデイデイトという、ロレックスを代表する二つのラインで展開された。

1972年、ロレックスはクォーツウォッチ、リファレンス5100を発表した。ホワイトゴールドまたはイエローゴールドのケースを持つこのモデルは、“テキサン”の愛称で知られる大型の時計で、一体型のブレスレットを備えていた。(Image: Sotheby’s)

オイスタークォーツのケースに自動巻きムーブメントを搭載した、スティール製のロレックス リファレンス1530。デイトジャストと同じムーブメントとダイヤルを備えつつ、新たに設計された一体型ブレスレットケースに収められたモデルである。

1980年代のロレックス オイスタークォーツ Ref.17000(Images: A Collected Man)

904Lスティールを使用した、現代のロレックス オイスター ブレスレット。ロレックスは1998年にゲイ・フレアーを買収している。

 ジェラルド・ジェンタのデザインに話を戻すと、インテグレーテッド・スポーツウォッチのもうひとつの中核的存在として、IWC〈インヂュニア〉が挙げられる。

 1950年代半ばにリリースされた初代インヂュニアは、もともとはロレックス〈ミルガウス〉と同じく、科学者向けの耐磁時計として開発されたモデルであった。

 しかしクォーツの登場により状況は大きく変わる。クォーツは磁気の影響をほとんど受けず、仮に影響を受けてもすぐに回復するため、こうした環境で働く人々にとっては、安価なクォーツ時計で十分ということになっていった。

 それでもIWCはこのモデルの可能性を信じ、ジェンタにデザインの刷新を依頼する。ノーチラスをわずか5分で描いたことで知られる彼は、インヂュニアの新しいデザインも手がけることになった。

 その仕上がりは、独自の個性をしっかりと備えていた。ベゼルはノーチラスのようにフラットだが、5つのビスが配されており、ロイヤル オークを思わせる要素も感じられる。

 ケースサイズは40mmと存在感があり、ブレスレットは完全な一体型。ダイヤルにはバスケット織りのような、ワッフル状のテクスチャーが施され、初期のミルガウスと同様に耐磁性能にも寄与していた。

 このリファレンス1832は、当時の他のモデルと同様に“ジャンボ”と呼ばれているが、発売当初の評価は芳しくなく、生産数は1000本程度にとどまった。

 ただし物語はそこで終わらない。1989年には短期間ながら再登場し、その後2000年代に入るとトゥールビヨン、クロノグラフ、さらにはパーペチュアルカレンダーを備えたモデルへと発展しながら、再びその存在感を取り戻していくことになる。

1989年のIWC〈インヂュニア〉リファレンス3508は、〈ノーチラス〉というよりもむしろ〈ロイヤル オーク〉に近い印象を備えていたが、それでもなお、確固たる独自のキャラクターと雰囲気を湛えていた。

ヴァシュロン・コンスタンタンは1977年、ヨルグ・イゼックがデザインを手がけたリファレンス222によって、インテグレーテッド・ブレスレットを備えたスポーツウォッチの競争に参入した。

 ヴァシュロン・コンスタンタンは1977年、222によってインテグレーテッド・ブレスレットのスポーツウォッチ競争に参入した。この時計はジェンタの作品と誤解されることがある。

 だが実際には若きデザイナー、ヨルグ・イゼックがデザインし、それをヴァシュロンが買い上げて製品化したという。

 このモデルは当時の典型的な水平分業体制から生まれた。ダイヤルはスターン、ムーブメントはジャガー・ルクルト、そしてブレスレットはゲイ・フレアー製と、各分野のスペシャリストが結集した。

 222は3サイズで展開されたが、特に重要なのはコレクターが“ジャンボ”と呼ぶ38mmモデルである。ケースバックには様式化された「222」の刻印が入り、右下ラグにはゴールドのマルタ十字が配される。

 ベゼルは周囲に刻みを持ち、回転しそうにも見える。独特の意匠を備えつつ、過度に主張しない絶妙なデザインといえる。製造された約700本のジャンボの多くはブルーまたはチャコールグレーのダイヤルで、ごく少数にシルバー、さらにわずかにホワイトダイヤルの個体が存在する。

 さらに、洒落ていたのは、この時計はベゼルと同形状のマネークリップとセットで販売されていたのだ。魅力的な組み合わせである。

 そして最後に挙げるのがカルティエ〈サントス〉である。1970年代は、時計業界全体が苦境にあった。カルティエも例外ではなかった。

 1975年にCEOに就任したアラン=ドミニク・ペランは、ブランドを存続させるために、それまでとは異なるアプローチが必要であると考えた。

 1977年にディフュージョンライン“マスト ドゥ カルティエ”を立ち上げ成功を収めたのち、1978年には既存の〈サントス〉をインテグレーテッド・ブレスレット仕様として再構築した。

 素材にステンレススティールを採用しながらも、ベゼルにはイエローゴールドを用い、さらにブレスレットにもゴールドのビスを配することで、ラグジュアリーな雰囲気が生まれた。ツートーンウォッチという新たなスタイルの誕生だ。

 ホワイトダイヤルにはブラックのローマ数字が描かれ、控えめなクラウンガードと相まって、スポーティでありながらエレガンスを保ったデザインとなった。

1975年から1998年までカルティエのCEOを務めたアラン=ドミニク・ペランは、1978年にゴールドのアクセントを配したスティール製の手頃な〈サントス〉を投入するというアイデアを打ち出した。(Image: theconnectedtable.com)

左:カルティエ〈サントス ガルベ〉 右:1978年のツートーン仕様〈サントス〉(© George Cramer)

 この時計は大成功を収め、瞬く間に世界中で大人気となった。その外観を形作るのがブレスレットだ。これは史上最も重要なブレスレットデザインのひとつである。この時計は単なる時計を超え、ほとんどファッションアクセサリーのような存在となった。

 1987年、カルティエはケースサイズをわずかに拡大し、エッジを滑らかに整えつつ、インテグレーテッド・ブレスレットを継承した〈サントス ガルベ〉を発表する。

 ガルベは、1980年代の経済成長期における富とスタイルの象徴となった。映画『ウォール街』(1987年)で、マイケル・ダグラスが着用していたことで知られる。

 Revolutionのファウンダー、ウェイ・コーは同作におけるガルベの登場についてこう語っている。

「私は映画のプロデューサーであるアレクサンダー・キットマン・ホーのもとで働く機会があったが、彼はこう言っていた。『映画に登場するものはすべてオリヴァー・ストーンが徹底的に選び抜いたものだった。葉巻はダビドフだが、キューバ産でなければならなかった。素晴らしいスーツはアラン・フラッサーが手掛けた。そして時計はカルティエでなければならなかった』と」

カルティエ〈サントス〉は、1987年の映画『ウォール街』において、ゴードン・ゲッコーを演じる俳優マイケル・ダグラスに着用された。

復刻モデル

 ここ数年、インテグレーテッド・ブレスレットのスポーツウォッチの人気が大きく高まったことで、多くのブランドが過去のアーカイブに目を向け、往年の名作を復活させている。

 その好例がショパールであり、2019年に〈アルパインイーグル〉を発表した。このモデルは、かつてのヒット作〈サンモリッツ〉をベースとしている。

 その名が示す通り、サンモリッツは1970〜80年代に頂点を迎えた華やかな世界観を体現していた。冬になるとコート・ダジュールの住人たちが移動する“ヨーロッパの遊び場”として知られていた場所である。

 このサンモリッツ・プロジェクトを主導したのが、当時わずか20歳だったカール=フリードリッヒ・ショイフレであった。彼は父であるカール・ショイフレ3世に対し、インテグレーテッド・スポーツウォッチが主流となりつつある時代に合わせた新しい時計が必要だと説得し、ついに承諾を得る。こうして新たなモデルが誕生した。

 カール=フリードリッヒはこう語る。

「これはまさに自分の世代が求めていた時計だった。スキーのときにも着けられ、タキシードを着た場面でも違和感のないものだ」

 この時計は完全自社製で開発され、1979年に香港でプレローンチされたのち、1980年のバーゼル・フェアで正式発表された。このモデルはすぐに成功を収め、同年のバーゼルでは1,000本の注文を獲得。同ジャンルの時計の中でも、特に売れ行きの早いモデルとなった。

 デザイン面では、ベゼルに8本のビスを配しつつ、四隅のビス周辺には曲線を取り入れている。また、3連リンクのインテグレーテッド・ブレスレットは、当時の他モデルに比べてよりミニマルな仕上がりとなっており、極めてクリーンなラインを描いている。

1980年代の〈サンモリッツ〉の広告。

1980年、〈サンモリッツ〉コレクションを発表するショイフレ家。

 2019年、ショパールはインテグレーテッド・スポーツウォッチの系譜を継ぐモデルとして〈アルパイン イーグル〉を発表した。完成度の高い魅力的な一本である。

 このアルパイン イーグルの発案者は、カール=フリードリッヒの息子であるカール=フリッツであった。それは1970年代後半に父がサンモリッツを生み出した経緯をなぞるかのようだった。

 カール=フリッツはブランド関係者の腕元でその存在を目にし、さらに小売店からも再発売を望む声が寄せられていることを受けて、ファミリーのクラシックを復活させるべきだと考えたのだ。

 当初、父カール=フリードリッヒはこの案に乗り気ではなかったが、祖父と叔母の後押しもあり、最終的にプロジェクトは承認された。

 デザインにおいては、ベゼルの四方に配されたペアのビスや、端正でクリーンな3連ブレスレットなど、〈サンモリッツ〉の要素が受け継がれている。

2019年に発表された初代〈アルパイン イーグル〉。ベゼルには上下左右に2本ずつのビスが配され、視覚的に強調された“耳”とインテグレーテッド・ブレスレットを備える。プリントによるモダンなフォントとテクスチャードダイヤルの組み合わせが、モダンな印象を際立たせている。

旧来のインテグレーテッド・ブレスレットウォッチとは異なり、〈アルパイン イーグル〉のブレスレットは手首に沿ってまっすぐに落ちる構造となっており、さまざまな手首サイズに対応する。

ショパール〈アルパイン イーグル XL クロノ〉。そのデザインは一目でそれと分かるほど特徴的で、完全なオリジナリティを有している(©Revolution)

 1970年代後半、新たなデザイン潮流に呼応しようとしたブランドのひとつがピアジェである。1979年、イヴ・G・ピアジェは〈ポロ〉を発表した。

 インテグレーテッド・ブレスレットを備え、“王者のスポーツ”にちなんで名付けられたこの時計は、まさに時代の美意識を体現していた。

 イヴ・G・ピアジェはこう語っている。

「ポロの哲学は一文で表せる。それは“単なる腕時計ではなく、ブレスレットとしての時計である”ということだ。われわれの時計が市場の需要に応えて作られたのはこれが初めてだった。1979年当時、アメリカ市場からは明確な要望があった。販売店はラグジュアリーなスポーツウォッチを求めていたのだ」

 この時計が初めて大きな注目を集めたのは、ボンドガールとして知られるウルスラ・アンドレスがパームビーチのワールド・ポロ・カップに着用して登場したときである。ダイヤル上に〈ポロ〉と表記されることはなく、その名称は広告上で用いられていた。

 やがてこの時計は当時のトレンドセッターたちに受け入れられた。アンディ・ウォーホルやブルック・シールズといった著名人が愛用し、その名の由来であるノーブルなスポーツとも強く結び付いていった。

 そして2016年、ポロは〈ポロ S〉として本格的に再登場する。「S」はスティールを意味し、従来のモデルからの変化を示すものであったが、ラグジュアリー・スティールスポーツウォッチへの需要が高まる中で的確なネーミングであった。

 新しい42mmモデルではインテグレーテッド・ブレスレットの要素が弱まり、レザーストラップの選択肢も用意された。これは現代の時計コレクションにおいて重要である。

 正直なところ、サントロペでこの時計を着けるなら、スイスのストラップメーカー、JPMのスエード製バンドあたりを合わせたくなるのではないだろうか。

1979年、イヴ・G・ピアジェは〈ポロ〉を発表した。完全なインテグレーテッド・ブレスレットを備え、“王者のスポーツ”と称されるポロ競技にちなんで名付けられたこの時計は、まさに時代の美意識を体現していた。

この時計が初めて大きな注目を集めたのは、ボンドガールとして知られる女優ウルスラ・アンドレスが、パームビーチで開催されたワールド・ポロ・カップに着用して登場したときであった。

ピアジェ〈ポロ スケルトン〉は、進化を遂げた厚さ2.4mmの自動巻きキャリバー1200S1を搭載している。

 1973年、チューダーは〈プリンス オイスターデイト〉リファレンス9101および〈レンジャー II〉リファレンス9111において、インテグレーテッド・ブレスレットを備えたモデルの製造を開始した。

 ムーブメントにはETA製キャリバー2784を改良したものが搭載され、ケース径は38mm。素材はスティール、ゴールド、そしてツートーンが用意され、チューダー特有の刻みが入った幅広のベゼルが特徴であった。

 また、サブマリーナーを想起させる回転ベゼルを装備したモデル〈クロノタイム〉も存在する。この時計は1970年代半ばに登場し、プレーンなダイヤルからより個性的な仕様まで幅広く展開された。

 さらにクォーツ時代の流れを受け、ロレックスの〈オイスタークォーツ〉に呼応するかたちで、1979年には〈プリンス クォーツ〉もラインナップに加わる。こちらも同じく38mmケースを採用し、完全なインテグレーテッド構造であった。

 そして2020年、チューダーは〈ロイヤル〉コレクションを発表し、再びインテグレーテッド・スポーツウォッチの世界へと回帰する。

 フラッグシップとなる41mmモデルはデイデイト表示を備え、スティール、スティール×ゴールド、さらに多彩なダイヤルバリエーションが用意された。すべてのモデルにはチューダーのT600系ムーブメントが搭載され、手の届きやすい価格設定が実現されている。

 ケースとブレスレットには316Lスティールが用いられ、ソレイユ仕上げのダイヤルにはローマ数字やダイヤモンドのインデックス(場合によってはマザーオブパール)を配するなど、華やかな表情を持つ。チューダー標準の5年間保証が付帯する点も特徴である。

1973年に登場した、インテグレーテッドブレスレットを備えたチューダー〈レンジャーII〉

デイト表示とデイ表示を備えたチューダー〈ロイヤル〉

新世代モデル

 すべてのブランドが、老舗メゾンのような長い歴史を持っているわけではない。しかし、それがこの分野に加われない理由にはならない。

 ここ数年、インテグレーテッド・スポーツウォッチの人気は非常に高まっていると何度も述べてきたが、その市場規模は想像以上に大きい。

 2014年、ブルガリは〈オクト フィニッシモ〉を発表した。このモデルは登場してまだそれほど時間が経っていないにもかかわらず、すでに確固たる地位を築いており、まるで長年の定番モデルのように感じられる。

 このオクト フィニッシモには、八角形ベゼルを特徴とするスポーツウォッチの名手、ジェラルド・ジェンタとのつながりもある。

 2000年、ブルガリはシンガポールのアワーグラスを率いるテイ家からジェラルド・ジェンタ ブランドを買収した。これにより、ジェンタ自身がブランド設立後に手がけた八角形ケースとベゼルのデザインを受け継ぐことになったのである。

 ブルガリはローマの伝統に強い誇りを持つブランドであり、新たな時計には“力強さ”と“エレガンス”という、イタリアらしい二つの要素を表現したいと考えた。

 そこでジャン-クリストフ・ババン、ファブリツィオ・ボナマッサ、グイド・テレーニというチームが、このオクトの再解釈に取り組む。

 その際に掲げられた目標が、「世界で最も薄い機械式時計をつくること」であり、それが“フィニッシモ”という名の由来となっている。

 ただし、単に薄いだけでは不十分であった。革新的、かつ高い完成度で仕上げられていることが重要だったのである。

 これまでに紹介してきた時計とは異なり、ブルガリはムーブメント、ダイヤル、ケース、ブレスレットに至るまで、すべてを自社で一貫製造している。

 ジャン-クリストフ・ババンは次のように語っている。

「オクト フィニッシモは、ムーブメントメーカー、ダイヤルメーカー、ケースメーカー、そしてブレスレットメーカーを自社で保有していたからこそ実現できた。外部のサプライヤーに同じレベルの取り組みを求めることは不可能だったでしょう」

2014〜2020年までに発売された〈オクト フィニッシモ〉のコレクション。三針からクロノグラフ、トゥールビヨン、ミニッツリピーターまで多彩なバリエーションが揃っている。

〈オクト フィニッシモ〉のブレスレットの設計過程を示したドローイング。

2021年に発表されたブルガリ〈オクト フィニッシモ パーペチュアルカレンダー〉

当時は世界最薄の自動巻きパーペチュアルカレンダーとして注目を集めた。

 この最初のモデルは、厚さわずか5.15mm。厚さ2.23mmのキャリバーBVL 128を搭載し、文字盤の厚さも0.2mmという、まさに“極薄”という表現がふさわしい一本だった。

 八角形のケースにはサファイアケースバックが一体化され、オクタゴナルベゼルは、ケースバック側の五角形スクリューによって留められていた。

 その2年後、ブルガリは〈オクト フィニッシモ ミニッツ リピーター〉を発表し、従来は保守的だと思われていた複雑時計のデザインを、現代的なものへと刷新した。そこから快進撃が始まる。

 2017年には一体型ブレスレット仕様の〈オクト フィニッシモ オートマティック〉、2018年には〈トゥールビヨン オートマティック〉、2019年には〈GMTクロノグラフ〉、そして2020年には〈レボリューション エディション クロノ GMT リミテッド エディション〉が続いた。

 さらに2021年、ブルガリは〈オクト フィニッシモ パーペチュアル カレンダー〉を発表し、新たな世界記録を打ち立てた。この時計はチタン製で登場し、その厚さは驚異の5.80mm。ムーブメントもまた、驚くべき2.75mmの薄さを実現していた。 

 ベル&ロスは2019年に〈BR-05〉を発表した。厳密に言えば、ブランド初の一体型ブレスレットを備えたスポーツウォッチではなかったものの、このモデルは新たな方向性を示すものだった。

 摩天楼から着想を得たこの時計は、都会的かつ、どこか親しみやすい表情で、確かな個性を放っている。そこには、スクリューダウンベゼル、洗練されたリュウズガード、Hリンク風ブレスレットといった定番の意匠も見られる。

 ケースはベル&ロスを象徴する、角をやわらかく落としたスクエア型で、ブレスレットへとなめらかに連続していく。コックピットの計器を思わせる円形開口部が印象的だ。ブランドとアビエーション文化とのつながりを示している。

 興味深いのは、リュウズガードがスクリューでケースに固定されている点で、これがベゼルの意匠とも美しく呼応している。 

2019年に発表されたベル&ロス〈BR-05〉

〈BR-05 スケルトン ナイトラム〉 ブラックアウトされたムーブメントと、宙に浮かんでいるかのように見える夜光のアワーマーカーおよび針を備えた、ベル&ロスでも屈指のクールな一本。

〈ナイトラム〉では、メタリックなインデックスおよび時分針に、発光力の高いグリーンのC5スーパールミノバが充填されている。

 ベル&ロスの創業者のひとりであるブリュノ・ベラミッシュは、発表時に次のように語っている。

「既存のふたつの柱を補完したかったのです。これは、これまでのコレクションとケース形状をつなぐ“ミッシングリンク”です。ラウンドは航空の歴史、すなわち過去に由来し、スクエアはモダンな造形とプロフェッショナルユース、すなわち現在に根ざしています。私たちはベル&ロスを象徴するケースにスティールブレスレットを融合させた時計を作りたかったのです。BR-05によって、“都市を探検する人々のためのタイム・インストゥルメント”が完成しました」

 スケルトン仕様は2019年にグレーで初登場し、2020年にはクロノグラフとともにブルーのスケルトン〈BR-05〉が続いた。そして今年、その中でも群を抜いてクールなモデルとして登場したのが、ブラックアウトされたムーブメントと、宙に浮かぶような夜光インデックスと針を備えた〈BR-05 スケルトン ナイトラム〉である。

 もっともベラミッシュ自身も、この〈BR-05〉の外観が先行するモデルから影響を受けていることを十分に認識している。

「ケースとブレスレットはひとつのユニットとして構成されています。この種のデザインは1970年代に登場した時計の系譜に連なるものです。そこにベル&ロスのアイデンティティを注ぎ込むことで、際立ってモダンで印象的なスタイルが生まれたのです」

 このラウンドアップの最後を飾るのは、H.モーザーの〈ストリームライナー〉である。H.モーザーは1828年、ハインリッヒ・モーザーによってロシアで創業されたブランドにその起源を持つ。

 20世紀半ばには短期間の活動を経て、クォーツ危機の影響で一度その歴史に幕を下ろすが、2005年にハインリッヒ・モーザーの曾孫ロジャー・ニコラス・バルジガーとユルゲン・ランゲ博士によって現在のブランドとして復活した。

 翌年には〈モーザー パーペチュアル1〉でジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリ(GPHG)を受賞し、その後もダブルヒゲゼンマイを備えた〈ヘンリー〉などを発表。

 そして2020年、モーザーは〈ストリームライナー〉を発表する。その名の通り、このモデルは、多くの一体型ブレスレットウォッチが持つ角張った造形とは対照的に、ベゼルを排したことで柔らかく、流れるようなフォルムを実現している。

H.モーザー〈ストリームライナー・フライバック クロノグラフ オートマティック〉

多くの一体型ブレスレットウォッチとは一線を画し、柔らかく調和の取れた美観を実現している。

〈ストリームライナー・フライバック・クロノグラフ・オートマティック〉に搭載されているキャリバーHMC 902

 初代モデルであるフライバック・クロノグラフは、2020年のジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリ(GPHG)で受賞を果たし、同年にはセンターセコンドが続いた。

 クロノグラフがスポーティかつエアロダイナミックな印象を持つのに対し、センターセコンドはモーザーのシグネチャーであるフュメダイヤルによって、きわめてエレガントな仕上がりとなっている。

 ケース径は42mmと大ぶりだが、クッションケースの側面がなだらかに傾斜しているため、装着時にはよりコンパクトで、どこかヴィンテージライクな印象を与える。

 さらに一体型ブレスレットに備えられたバタフライバックルが、完成度の高いデザインを締めくくり、この競争の激しいセグメントにおいて有力なモデルとなっている。